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第四章~新たな門出~
二百八話【SIDE:陽平】
そうだ。晶は、俺にしか頼れないと思っていた。
だから、成己に行為を見られた時も。――俺にしか晶は守れないのだから、アルファとして退くことは出来ないと思った。
それは……俺にとっても苦しい決断だったんだ。
『なにしてんの……!』
ゼミ室で、晶の体を宥めていた時だ。岩瀬とともに、成己が現われたのは肝をつぶした。
――まさか、大学に来るなんて。
さんざん揶揄われるのに嫌気が差して、成己には来ない様に言い含めてあった。あいつは、それを従順に守っていたから、ここまでするとは思わなかった。
成己は叫び、晶に掴みかかった。
嫉妬、憎しみ……あれほどネガティブな感情を剥き出しにするあいつは初めてだった。
『晶に何するつもりだ!』
その分、余計に腹がたった。
確かに疑わしい状況かもしれないが、俺が浮気をしたと決めてかかるなんて。成己にとって、俺はどんな人間に見えているというのか。
――友達思いなところがいいって、言ってただろう。都合が悪いとそれか?
そもそも、自分は野江を庇っておいて。簡単に、他の男を頼っておいて、何様だ。
俺に威圧されながらも、成己に駆け寄りたそうにしている岩瀬が癇に障る。一度会っただけの男に、ここまで気を持たせるなんて……成己はやっぱり馬鹿だ。
『俺が抑制剤の効かない体質だから、陽平は助けてくれただけだよ』
晶が自らの身体事情を打ち明けても、成己は止まらなかった。とうてい納得できない、と俺たちを責めた。どうして、そうも聞き分けが無いのかと愕然とする。
『同じオメガなのに、どうして晶の事情を解ってやらねーんだよ!』
どれほど大変な事情を抱えているか――その事に、俺がどれだけ心を砕いているのか、何故解ろうとしないのか。成己が、これほど情のない奴だと思わなかった。
成己なら、晶と同じオメガとして。俺の恋人として……理解してくれると思ったのに。
苛立ちと失望は、そのまま言葉になった。成己は開花が遅いから、体に欠陥があるから、晶の苦労が解らないんだと――ついぶつけてしまったんだ。
『……!』
成己は、固まった。顔色が紙のように白くなり、華奢な体が小刻みに震え始めるのが……掴んだ手から伝わってきて。――成己をこの上なく傷つけたと、悟った。
けれど、言葉を取り消せることは無い。
居たたまれなくなり、その場を逃げるように去った。ドアを閉める直前、へたりこむ成己の背が見えて、胸が重く軋んだ。
――俺が悪いんじゃない。お前が、わからないから……お前がこんなことを言わせたんだ!
そう思おうとしても、気は晴れなくて。
暫く、実家でも上の空で過ごしていた。――眠ると、夢を見た。高校時代、俺たちがつき合い始めた時の。
成己は、高校時代……学生生活のかたわら、婚活に一生懸命になっていた。
俺に一切の秋波を向けなかったあいつが、陰で必死に見合いを繰り返しては、玉砕している。この事情を、担任からのまた聞きで知ったとき、どれだけ驚いたことか。
成己は――徹頭徹尾、俺を友人扱いしていたんだ。
――『俺の婚約者にならねぇ?』
俺は成己に恋していたわけじゃない。なんで俺を一番に頼らないんだ――そんな不服が、成己へのプロポーズに繋がったのだと思う。
だから、成己の身体的事情を聞かされても、特に怯みはしなかった。むしろ、容姿も性格も良いあいつの、見合いが上手くいかなかったわけに、納得したくらいだった。
俺は何も気にするなと、伝えた。そうしたら……
――『ありがとう。嬉しい……』
成己は涙をこぼして、幸せそうにほほ笑んだ。
小さな手が、俺の背中をぎゅっと抱きしめてきて、どきりとした。ごく淡い花の香りが鼻腔をくすぐって――気恥ずかしいような、走り出したいような、不思議な気持ちになったんだ。
親友だった成己が、知らない奴みたいに、かわいく見えたから――
『やっぱり、言い過ぎたか……』
悩んで三日目に、観念した。
――成己に謝ろう。
思うところがあるにしても――流石に言ってはいけなかった。
しきりに引き止める母さんを宥め、俺はマンションに帰ることにした。
晶が椹木の家に帰っていたことは、少し有り難かった。あいつを侮辱した成己に謝ると言うと、いい気はしないと思ったから。
――顔を見たら、まず謝る。それから……
うちの送迎車の中で、段取りを考えた。流石の成己も、今回は一筋縄じゃいかないだろう。
途中、寄って貰った洋菓子店で、プリンを二つ買った。あいつは甘いものが好きだから、気が解れるだろうという狙いもあったが――シンプルに、詫びの気持ちだった。
謝ると言っても、全部を許容は出来ない。晶とのことは、解ってもらう必要がある。
成己は、俺の婚約者だから……そうでないといけない。
『ただいま。成己……?』
しかし――決意を持って帰った家に、成己の姿は無かった。
埃っぽくなった洗濯物が、ベランダに揺れていて。冷蔵庫の中には、残り物のおかずが傷みかけていた。
『――成己!』
テーブルの上の新聞も、三日前のまま……
――成己は、家に帰っていない。
俺は初めて、ざあ、と血の気が引く音を聞いた。
だから、成己に行為を見られた時も。――俺にしか晶は守れないのだから、アルファとして退くことは出来ないと思った。
それは……俺にとっても苦しい決断だったんだ。
『なにしてんの……!』
ゼミ室で、晶の体を宥めていた時だ。岩瀬とともに、成己が現われたのは肝をつぶした。
――まさか、大学に来るなんて。
さんざん揶揄われるのに嫌気が差して、成己には来ない様に言い含めてあった。あいつは、それを従順に守っていたから、ここまでするとは思わなかった。
成己は叫び、晶に掴みかかった。
嫉妬、憎しみ……あれほどネガティブな感情を剥き出しにするあいつは初めてだった。
『晶に何するつもりだ!』
その分、余計に腹がたった。
確かに疑わしい状況かもしれないが、俺が浮気をしたと決めてかかるなんて。成己にとって、俺はどんな人間に見えているというのか。
――友達思いなところがいいって、言ってただろう。都合が悪いとそれか?
そもそも、自分は野江を庇っておいて。簡単に、他の男を頼っておいて、何様だ。
俺に威圧されながらも、成己に駆け寄りたそうにしている岩瀬が癇に障る。一度会っただけの男に、ここまで気を持たせるなんて……成己はやっぱり馬鹿だ。
『俺が抑制剤の効かない体質だから、陽平は助けてくれただけだよ』
晶が自らの身体事情を打ち明けても、成己は止まらなかった。とうてい納得できない、と俺たちを責めた。どうして、そうも聞き分けが無いのかと愕然とする。
『同じオメガなのに、どうして晶の事情を解ってやらねーんだよ!』
どれほど大変な事情を抱えているか――その事に、俺がどれだけ心を砕いているのか、何故解ろうとしないのか。成己が、これほど情のない奴だと思わなかった。
成己なら、晶と同じオメガとして。俺の恋人として……理解してくれると思ったのに。
苛立ちと失望は、そのまま言葉になった。成己は開花が遅いから、体に欠陥があるから、晶の苦労が解らないんだと――ついぶつけてしまったんだ。
『……!』
成己は、固まった。顔色が紙のように白くなり、華奢な体が小刻みに震え始めるのが……掴んだ手から伝わってきて。――成己をこの上なく傷つけたと、悟った。
けれど、言葉を取り消せることは無い。
居たたまれなくなり、その場を逃げるように去った。ドアを閉める直前、へたりこむ成己の背が見えて、胸が重く軋んだ。
――俺が悪いんじゃない。お前が、わからないから……お前がこんなことを言わせたんだ!
そう思おうとしても、気は晴れなくて。
暫く、実家でも上の空で過ごしていた。――眠ると、夢を見た。高校時代、俺たちがつき合い始めた時の。
成己は、高校時代……学生生活のかたわら、婚活に一生懸命になっていた。
俺に一切の秋波を向けなかったあいつが、陰で必死に見合いを繰り返しては、玉砕している。この事情を、担任からのまた聞きで知ったとき、どれだけ驚いたことか。
成己は――徹頭徹尾、俺を友人扱いしていたんだ。
――『俺の婚約者にならねぇ?』
俺は成己に恋していたわけじゃない。なんで俺を一番に頼らないんだ――そんな不服が、成己へのプロポーズに繋がったのだと思う。
だから、成己の身体的事情を聞かされても、特に怯みはしなかった。むしろ、容姿も性格も良いあいつの、見合いが上手くいかなかったわけに、納得したくらいだった。
俺は何も気にするなと、伝えた。そうしたら……
――『ありがとう。嬉しい……』
成己は涙をこぼして、幸せそうにほほ笑んだ。
小さな手が、俺の背中をぎゅっと抱きしめてきて、どきりとした。ごく淡い花の香りが鼻腔をくすぐって――気恥ずかしいような、走り出したいような、不思議な気持ちになったんだ。
親友だった成己が、知らない奴みたいに、かわいく見えたから――
『やっぱり、言い過ぎたか……』
悩んで三日目に、観念した。
――成己に謝ろう。
思うところがあるにしても――流石に言ってはいけなかった。
しきりに引き止める母さんを宥め、俺はマンションに帰ることにした。
晶が椹木の家に帰っていたことは、少し有り難かった。あいつを侮辱した成己に謝ると言うと、いい気はしないと思ったから。
――顔を見たら、まず謝る。それから……
うちの送迎車の中で、段取りを考えた。流石の成己も、今回は一筋縄じゃいかないだろう。
途中、寄って貰った洋菓子店で、プリンを二つ買った。あいつは甘いものが好きだから、気が解れるだろうという狙いもあったが――シンプルに、詫びの気持ちだった。
謝ると言っても、全部を許容は出来ない。晶とのことは、解ってもらう必要がある。
成己は、俺の婚約者だから……そうでないといけない。
『ただいま。成己……?』
しかし――決意を持って帰った家に、成己の姿は無かった。
埃っぽくなった洗濯物が、ベランダに揺れていて。冷蔵庫の中には、残り物のおかずが傷みかけていた。
『――成己!』
テーブルの上の新聞も、三日前のまま……
――成己は、家に帰っていない。
俺は初めて、ざあ、と血の気が引く音を聞いた。
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