214 / 505
第四章~新たな門出~
二百十三話【SIDE:陽平】
淡い色のやわらかな髪が、風に揺れていた。
幸せを口に含んでいるように、ほほ笑みをたたえた頬……すべてが成己らしく、変わっていない。
「……っ」
喉がぐっと詰まる。感傷的な気分になっているのかもしれない。
釘付けになる俺に気づかず、成己は店先を掃除しはじめた。
「~♪」
風に乗って、微かに鼻歌が聞こえてきた。いつも、家事をする時に、口ずさんでいたメロディ。
離れていたのは、たったひと月程のことだ。なのに、ひどく懐かしいと感じる。
――変わってねぇ、ちっとも。
俺の家でもあんな風に、楽しそうに動いていた。――今は、野江の家で同じようにしてやってるのか。
「……うぐ」
胃がむかついて、手のひらで口を覆った。
吐き気を覚えながらも……成己から目が離せない。てきぱき動く背中で、エプロンの蝶々結びが揺れている。
俺は、道を挟んだ建物の影に立ち尽くし、成己を見詰めた。
勢いこんで来たのに、いまさら躊躇している。
――……成己は、どう思う? いきなり俺が来て……
この前会ったときは、酷い態度を取ったと思う。散々泣かせたし、その後も避けられていた気がする。
その俺が、いきなり現れて。まして、こんな物を渡して……あいつはどう思うんだろう?
――『……来ないで!』
恐怖に青褪めて、嫌悪の目を向ける成己を想像する。
考えただけで辛い。でも――ショッパーの持ち手を、ぎゅっと握りしめた。
「違うだろ。あいつは……そんな奴じゃない」
お人好しで、優しい奴だ。――もう、見誤っちゃいけない。
いつのまにか、成己は掃除を終えようとしていた。店先に置かれていた看板を、両手に抱えている。
行ってしまう。
「……成己!」
焦りに背を押され、俺は一歩踏み出しかけた。
その時だった。
「成ー」
自信に満ちた低音が、成己を呼んだ。店のドアから、あの男が長身を屈め姿を現す。
――野江!
野江の登場にぎくりとし、俺はその場に釘付けになった。
振り返った成己は、にっこりと笑った。おどけて看板を奪った野江に、くすぐったそうな眼差しを向けている。あの男は蕩けるような笑みを浮かべて見せ、成己を店の中へ入るよう、促した。
焦げ付くような思いで見つめている俺に気づかず……成己は店に入ってしまう。
「あ……」
俺は、呆然と立ち尽くす。あっけない幕引きに、握りしめていたショッパーが、にわかに重みを増した気がした。成己の戻った店内から、明るい笑い声が届き、胸が熱く疼いた。
――くそ……タイミングを逸した。
あの男が来なければ――苦々しい気持ちで、目を上げて、ギクリとする。
「――!」
野江が、こっちを見ていた。ドアに肩をつけ、店内の様子を遮るように立ち――俺を観察するように。
グレーの目は、動物のように無感情に見えた。が……警告しているのが、肌でわかる。
一歩でも近づいたら、わかってるな、と。
知らず、ごくりと喉が鳴る。米神を、汗が伝った。――上等だ、てめえなんか……そう思うのに、足を踏み出すことができない。
「!」
突如――にらみ合いを破るように、背後でちりんちりん、と軽い音が鳴った。隣を、さあっと自転車が行き過ぎていく。驚き、緊張が急激に弛緩して、手からショッパーが滑り落ちた。
――がしゃん。
物の壊れる、呆気ない音が響く。
「あ」
遅れて、間の抜けた声が俺の唇からこぼれ出る。
俺は棒立ちになり、アスファルトに横たわるショッパーを見下ろした。「壊れた」……そう頭の中で理解した刹那、強い風が巻き起こり、微かな花の匂いが鼻腔を撫でる。
「……っ」
何も、考える余裕はなかった。
身を屈め、ショッパーを攫うように拾い上げると、俺はその場を去った。
バタン!
家に帰りつき、背中ごしにドアを閉める。
「はぁ……」
荒々しい鼓動を宥めるよう、息を吐き――ずるずると、ドアを滑るように座り込む。
手の中のショッパーが、しなだれるように床に倒れた。俺は緩慢にそれを見下ろし……手を突っ込んで、取り上げてみる。
長方形のラッピングされた箱。一角がへしゃげ、中身がしみ出しているのか、濡れていた。
「……ああ」
雑にラッピングを解き、箱を開けて、その有様に気分が暗くなる。
無残に割れた透明の瓶から、とろりと精油が溢れ出し……中の花も縺れて、よれてしまっていた。
少し前まで、ハーバリウムだった、残骸。
――『大切な方への贈り物に、いかがですか?』
そんな謳い文句につられ、さ迷いこんだ専門店で……瓶に詰められた色とりどりの花に、ふと成己を思い出した。
サボテンなんかを可愛がって、いろいろ話しかけている背中。センターの庭園を歩く、弾む足取り。俺があちこちで貰って帰る花束を、嬉しそうに活けている横顔……
――あいつ、こういうの好きじゃねえかな。
オーダーメイドのハーバリウムが作れると知って、晶の目を盗み、何度も店に足を運んだ。どうせ、「ベタだ何だ」と揶揄われると分かっていたから。
「はは……めちゃくちゃ。台無しだな……」
割れた瓶の中、花が濡れてしおれている。
ピンクのアジサイ、カスミソウ、赤い薔薇……担当の店員と相談し、選んだ花だった。
指で、濡れた花に触れる。……確かに、ベタかもしれない。花言葉で花を選んで、誕生月に合わせた色味にして……なんてな。
けど、成己は、こう言うものを喜ぶと思って――
「……いや」
たとえ、趣味じゃなくても。
あいつはにっこり笑って……「嬉しい」って、受け取ってくれると思ったんだ。
「……ッ!」
喉の奥を、熱いものがせり上げてきた。
頭が鈍く痛み、息が苦しくなる。俺は、たまらない気持ちになって、手を振り上げた。
「くそ……くそっ!」
腿を、きつく打ち据える。何度も、何度も――鈍い痛みが走ったが、どうでもよかった。
――成己に、これを渡してやりたかった。あいつの誕生日に……!!
焼けつくほどに、思う。
そうしたら、あいつは嬉しそうに笑ったはずなのに。
――どうして、その日は来なかったんだ?
晶に騙されたせいで。あいつに踊らされて……全部、台無しになってしまった。
「畜生……!!」
呻いて、何度も頭を掻きむしった。甘酸っぱい花の匂いが、薄闇に飲まれる玄関に満ちる。
俺は、長い間――そこに一人、項垂れていた。
幸せを口に含んでいるように、ほほ笑みをたたえた頬……すべてが成己らしく、変わっていない。
「……っ」
喉がぐっと詰まる。感傷的な気分になっているのかもしれない。
釘付けになる俺に気づかず、成己は店先を掃除しはじめた。
「~♪」
風に乗って、微かに鼻歌が聞こえてきた。いつも、家事をする時に、口ずさんでいたメロディ。
離れていたのは、たったひと月程のことだ。なのに、ひどく懐かしいと感じる。
――変わってねぇ、ちっとも。
俺の家でもあんな風に、楽しそうに動いていた。――今は、野江の家で同じようにしてやってるのか。
「……うぐ」
胃がむかついて、手のひらで口を覆った。
吐き気を覚えながらも……成己から目が離せない。てきぱき動く背中で、エプロンの蝶々結びが揺れている。
俺は、道を挟んだ建物の影に立ち尽くし、成己を見詰めた。
勢いこんで来たのに、いまさら躊躇している。
――……成己は、どう思う? いきなり俺が来て……
この前会ったときは、酷い態度を取ったと思う。散々泣かせたし、その後も避けられていた気がする。
その俺が、いきなり現れて。まして、こんな物を渡して……あいつはどう思うんだろう?
――『……来ないで!』
恐怖に青褪めて、嫌悪の目を向ける成己を想像する。
考えただけで辛い。でも――ショッパーの持ち手を、ぎゅっと握りしめた。
「違うだろ。あいつは……そんな奴じゃない」
お人好しで、優しい奴だ。――もう、見誤っちゃいけない。
いつのまにか、成己は掃除を終えようとしていた。店先に置かれていた看板を、両手に抱えている。
行ってしまう。
「……成己!」
焦りに背を押され、俺は一歩踏み出しかけた。
その時だった。
「成ー」
自信に満ちた低音が、成己を呼んだ。店のドアから、あの男が長身を屈め姿を現す。
――野江!
野江の登場にぎくりとし、俺はその場に釘付けになった。
振り返った成己は、にっこりと笑った。おどけて看板を奪った野江に、くすぐったそうな眼差しを向けている。あの男は蕩けるような笑みを浮かべて見せ、成己を店の中へ入るよう、促した。
焦げ付くような思いで見つめている俺に気づかず……成己は店に入ってしまう。
「あ……」
俺は、呆然と立ち尽くす。あっけない幕引きに、握りしめていたショッパーが、にわかに重みを増した気がした。成己の戻った店内から、明るい笑い声が届き、胸が熱く疼いた。
――くそ……タイミングを逸した。
あの男が来なければ――苦々しい気持ちで、目を上げて、ギクリとする。
「――!」
野江が、こっちを見ていた。ドアに肩をつけ、店内の様子を遮るように立ち――俺を観察するように。
グレーの目は、動物のように無感情に見えた。が……警告しているのが、肌でわかる。
一歩でも近づいたら、わかってるな、と。
知らず、ごくりと喉が鳴る。米神を、汗が伝った。――上等だ、てめえなんか……そう思うのに、足を踏み出すことができない。
「!」
突如――にらみ合いを破るように、背後でちりんちりん、と軽い音が鳴った。隣を、さあっと自転車が行き過ぎていく。驚き、緊張が急激に弛緩して、手からショッパーが滑り落ちた。
――がしゃん。
物の壊れる、呆気ない音が響く。
「あ」
遅れて、間の抜けた声が俺の唇からこぼれ出る。
俺は棒立ちになり、アスファルトに横たわるショッパーを見下ろした。「壊れた」……そう頭の中で理解した刹那、強い風が巻き起こり、微かな花の匂いが鼻腔を撫でる。
「……っ」
何も、考える余裕はなかった。
身を屈め、ショッパーを攫うように拾い上げると、俺はその場を去った。
バタン!
家に帰りつき、背中ごしにドアを閉める。
「はぁ……」
荒々しい鼓動を宥めるよう、息を吐き――ずるずると、ドアを滑るように座り込む。
手の中のショッパーが、しなだれるように床に倒れた。俺は緩慢にそれを見下ろし……手を突っ込んで、取り上げてみる。
長方形のラッピングされた箱。一角がへしゃげ、中身がしみ出しているのか、濡れていた。
「……ああ」
雑にラッピングを解き、箱を開けて、その有様に気分が暗くなる。
無残に割れた透明の瓶から、とろりと精油が溢れ出し……中の花も縺れて、よれてしまっていた。
少し前まで、ハーバリウムだった、残骸。
――『大切な方への贈り物に、いかがですか?』
そんな謳い文句につられ、さ迷いこんだ専門店で……瓶に詰められた色とりどりの花に、ふと成己を思い出した。
サボテンなんかを可愛がって、いろいろ話しかけている背中。センターの庭園を歩く、弾む足取り。俺があちこちで貰って帰る花束を、嬉しそうに活けている横顔……
――あいつ、こういうの好きじゃねえかな。
オーダーメイドのハーバリウムが作れると知って、晶の目を盗み、何度も店に足を運んだ。どうせ、「ベタだ何だ」と揶揄われると分かっていたから。
「はは……めちゃくちゃ。台無しだな……」
割れた瓶の中、花が濡れてしおれている。
ピンクのアジサイ、カスミソウ、赤い薔薇……担当の店員と相談し、選んだ花だった。
指で、濡れた花に触れる。……確かに、ベタかもしれない。花言葉で花を選んで、誕生月に合わせた色味にして……なんてな。
けど、成己は、こう言うものを喜ぶと思って――
「……いや」
たとえ、趣味じゃなくても。
あいつはにっこり笑って……「嬉しい」って、受け取ってくれると思ったんだ。
「……ッ!」
喉の奥を、熱いものがせり上げてきた。
頭が鈍く痛み、息が苦しくなる。俺は、たまらない気持ちになって、手を振り上げた。
「くそ……くそっ!」
腿を、きつく打ち据える。何度も、何度も――鈍い痛みが走ったが、どうでもよかった。
――成己に、これを渡してやりたかった。あいつの誕生日に……!!
焼けつくほどに、思う。
そうしたら、あいつは嬉しそうに笑ったはずなのに。
――どうして、その日は来なかったんだ?
晶に騙されたせいで。あいつに踊らされて……全部、台無しになってしまった。
「畜生……!!」
呻いて、何度も頭を掻きむしった。甘酸っぱい花の匂いが、薄闇に飲まれる玄関に満ちる。
俺は、長い間――そこに一人、項垂れていた。
あなたにおすすめの小説
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
完結しました!ありがとうございました。
文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる──
侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。
だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。
アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。
そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。
「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」
これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。
⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。
4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
幼馴染がいじめるのは俺だ!
むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに...
「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」
「はっ...ぁ??」
好きな奴って俺じゃないの___!?
ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子
ーーーーーー
主人公 いじめられっ子
小鳥遊洸人
タカナシ ヒロト
小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。
姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。
高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、
脳破壊。
千透星への恋心を自覚する。
幼馴染 いじめっ子
神宮寺 千透星
ジングウジ チトセ
小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。
美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている)
転校生の須藤千尋が初恋である
愛され方を教えて
あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。
次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。
そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…
世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました
由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。
——皇子を産めるかどうか。
けれど私は、産めない。
ならば——
「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」
そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。
毒を盛られても、捨てられず。
皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。
「お前は、ここにいろ」
これは、子を産めない女が
ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。
そして——
その寵愛は、やがて狂気に変わる。