いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第六章~鳥籠の愛~

四百話【SIDE:宏章】

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「えっ」

 ぎくりとしたように、成が目を泳がせる。
 こいつは髪の長い俺のために、すぐに洗面を譲ってくれようとする。
 
 ――気にしなくていいって言ってるのに、頑固な気遣い屋め。

 俺は自分の首に下げていたタオルを取り、成の髪をわしわしと拭う。
 
「わあっ!」
「ほら、じっとしてな。ちゃんとしとかないと、風邪ひいちまうぞ?」
「あわわ……前が見えないですーっ」
 
 成はおろおろしていたが、丹念に髪を拭いてやるうちに、大人しくなる。タオルから覗く唇が、ムズムズした笑みを浮かべているのが見えた。

「ふふ。いい子だなあ、成己くん。動くんじゃないぞ」
「……うん」

 わざとお道化ると、くすぐったそうな応えが返る。
 実は、子どものように構われるのも嫌いじゃないって知ってる。そして俺も、成の世話を焼くのが心底好きだ。なんでも自分で出来るこの子が、子猫みたいに身を預けてくるのが可愛いくてしかたない。

――それに、今日は……たくさん甘やかしてやりたいからな。

 小さな耳まで優しく拭いてやるころには、眠くなってきたのか体が傾いでくる。
 
「成、眠い?」
「ん……」
「無理するな。疲れたろ……今日は、久しぶりに抑制剤を飲んだんだしな」
 
 今日の集まりには、アルファが顔を出すと聞いての措置だった。
 念のため、センターで薬を処方してもらっていたのだ。成が普段飲んでいるより効き目が短く、続けて服用しない限りヒート周期に影響はないのだが、眠気・倦怠感などの副作用があるらしい。
 興奮で、覚醒していたのが覚めてきたのか――小さな頭がふらふらしている。
 
「だ、大丈夫……遊びに行ったのに、眠いなんてこと……」
「ばか。遠慮するな」
 
 子どものアルファに、成人したオメガのヒートを誘発する力はない。それでも万全に対策をうってくれるのは、俺の為だと解っているつもりだ。……まだボディガードを用意できないせいで、不便をかけているというのに。 
 抱き寄せて、ベッドに横たえてやる。「やあ」と可愛く抵抗するのを抑え込み、強引に布団をかけてやった。
 
「宏ちゃん……」
「……成。頑張ったな」
「……」
 
 しばらくすると、小さな寝息が聞こえる。
 布団から出た小さな手を仕舞ってやった。 
 
「……ゆっくり、おやすみ」
 
 愛しい子の唇に、そっとキスを落とす。
 そして、名残惜しく立ち上がった。寝巻をぽいと脱ぎ捨て、ちゃんとした外出着に着替えると、財布とスマホを持って家を出た。






 待ち合わせの場所は、落ちついたバーだった。酒とドラマが好きな友人が経営している会員制のそこは、密談をするにはもってこいだ。上質な憩いの空気を醸す店内には、俺の他には二組ほどいるらしい。
 俺はカウンターに近づき、氷を削っていたバーテンダーに「よう」と声をかけた。

「おう、宏章」
「お疲れ。無理きいてくれて、ありがとうな」
「はは、いいって。奥の個室、好きに使ってくれ」

 礼を言い、奥の部屋に入った。
 ソファが二台、向かい合わせに置かれた静かな部屋だ。銀のローテーブルには、映画のマフィオーソなんかがゆったりと葉巻をくゆらせたり、部下を殴ったりするのに適してそうな、立派な灰皿が据え置いてある。
 約束の時間の三十分前に、待ち合わせの相手がドアを開けた。

「お待たせしました、野江さん」

 昼間も会った青年が、同じ笑みを浮かべて頭を下げる。
 俺も立ち上がって、手を伸べた。

「こんばんは、宍倉さん。ちっとも待っていませんよ」

 握手を交わし、俺達は席につく。正直、成と結婚してから、一人で夜に外出することは好きじゃない。
 それでも、この話し合いには応じないわけにいかなかった。
 ポケットの中を探り――俺は言った。

「とりあえず、なんか飲みましょうか」
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