4 / 17
恋心は甘く揺れる
しおりを挟む
「こちらへ。一休みいたしましょう」
手を引かれて、麗かな光の差す窓辺に向かい合って座る。湯気を立てる茶器を、そっと手渡された。
――こ……これが噂に聞く逢瀬……!?
辰さんと、お部屋にふたりっきり。花の形をした茶器に口をつけながら、僕はどきどきと胸を高鳴らせた。辰さんの穏やかな眼差しが気恥ずかしくって、でも見つめてほしくて……何度もちらちらと彼を窺ってしまう。
辰さんは、くすりと笑った。
「羅華様、お菓子はいかがですか?」
「わあっ……!」
辰さんが差し出してくれたのは、ふたつの可憐なお菓子だった。桃花の蜜漬けを閉じ込めた寒天と、ほかほかのおまんじゅう。僕の大好物に、ぱあっと心に花が咲く。
「辰さんっ、はんぶんこしましょう?」
「ええ」
辰さんは心得ていたように、小刀で切り分けてくれた。「頂きます」と、おまんじゅうにかぶりつくと、ほわりと甘い湯気がたちのぼる。
「美味しいっ」
にこにこしていると、辰さんもほほ笑んでくれる。大好きな人とはんぶんこにしたら、ますます美味しいから不思議だよね。ぱくぱくと夢中で食べていると、緑がかった瞳がふと優しくなる。
「羅華様」
大きな手が伸びて来て、唇の端を親指で拭われる。目を丸くする僕に、辰さんは笑った。
「唇に、花びらがついていました。お転婆ですね」
甘く囁かれ、ぶわりと頬が燃え上がる。
剣を握るせいで硬い指先の感触が、唇に残ってる。胸がきゅうって苦しくなって、僕はもじもじと俯いてしまった。
「あ……ありがとうございます。恥ずかしい……」
すると、頬を包む大きな手のひらが、すこし熱くなった気がした。不思議に思って、そろそろと顔を上げると――辰さんと目が合った。緑ががった美しい瞳は、見たことがないほどひたむきで、息を飲む。
「羅華様……」
「……辰さん?」
真剣な声で名を呼ばれ、僕は目をぱちぱちさせる。なんだか不思議な空気に、息も出来ないほど胸が苦しくなって……
――はっ、も、もしかして……接吻……!?
ふと思い至り、僕はぎゅっと目を閉じる。……辰さんの清冽な香が、鼻先をくすぐる。凄くどきどきして、まるで耳の横に心臓があるみたいな気がしながら、僕は辰さんを待った。
けれど、すっと手が離れていく。
「え」
僕は、目を見ひらく。辰さんは、どこかはぐらかすような笑みを浮かべている。
「……お茶が冷めましたね。入れ直してもらいましょうか」
茶器を持って、部屋を出て行ってしまった。
「えええ~~……!?」
ひとり残された僕は、真っ赤になって、椅子にへたり込んだ。
「なんでー? なんだったの~……!?」
唇を両手でおさえて、へにゃりと眉を下げる。てっきり接吻だと思って目をつぶってしまったけど、違ったんだろうか。もしかして、はしたないって思われたのかなあ!?
「わーっ、恥ずかしいよ~!」
ごろごろと椅子に丸まる僕の上を、春の風は知らぬ存ぜぬで吹き抜けていった。
「はあ……」
僕は針を持つ手をとめて、ため息を吐く。刺繍もかなり形になって来たのに、気もそぞろになっていた。真珠色の牡丹の花さえ、ちょっとしおれて見えてしまう。
「辰さん……どうして、僕に接吻してくれないのかなあ……」
あれから――幾度も、良い雰囲気になったんだ。二人っきりで、真剣に見つめ合って……だから、今度こそって思うんだけどね。辰さんは、いつもはぐらかすみたいに、離れていっちゃう。
「僕が、子供っぽいから……?」
あまり成長しなかった小柄な体に、ぺたりと手を当てる。
辰さんは、僕より五つも年上なこともあって、とても落ち着いた素敵なひとなんだ。それに比べて、僕ときたら子供っぽいし……とため息を吐く。
――やっぱり、辰さんにつりあってないのかなあ……
僕はしょんぼりしつつ、糸を切って玉止めをした。これ以上続けても、素敵な刺繍になりそうもないと思ったから。僕は、赤い絹をひろげて、日に透かす。
一生懸命、手をすすめた甲斐があって、完成図がうっすらと見えてきていた。
天地から見つめ合う、鳳凰と玄武。真珠色に輝く幸福の象徴を眺めていると――勇気が湧いてくる。
――『羅華様、どうか私の妻となってくれませんか』
あの夜の、辰さんの真摯な眼差しが思い浮かんだ。
「そうだよね……辰さんは、僕に告白してくれたもん!」
ぎゅっと赤い絹を胸に抱く。
「ただ追いかけていたときより不安に思うなんて、駄目だよっ」
自分に喝を入れて、立ち上がる。
――今日は、僕の方から辰さんに会いに行ってみよう!
今の時間なら、お兄様のところで護衛のお仕事をしてるはずだ。差し入れを渡して、ちょっと顔を見るだけでもいいから、会いたい。
「梅、ちょっとお願いがあるんだ!」
梅にたのんで瑞々しいびわを籠に詰めてもらうと、僕はさっそくお兄様のいらっしゃる棟に向かった。回廊を歩いていけば、とてもいい天気。自然、足取りが軽くなる。
「辰さん、早く会いたいな」
僕は、うきうきしていた。お兄様のところで衝撃的な事実を知ることになるとも知らず――
手を引かれて、麗かな光の差す窓辺に向かい合って座る。湯気を立てる茶器を、そっと手渡された。
――こ……これが噂に聞く逢瀬……!?
辰さんと、お部屋にふたりっきり。花の形をした茶器に口をつけながら、僕はどきどきと胸を高鳴らせた。辰さんの穏やかな眼差しが気恥ずかしくって、でも見つめてほしくて……何度もちらちらと彼を窺ってしまう。
辰さんは、くすりと笑った。
「羅華様、お菓子はいかがですか?」
「わあっ……!」
辰さんが差し出してくれたのは、ふたつの可憐なお菓子だった。桃花の蜜漬けを閉じ込めた寒天と、ほかほかのおまんじゅう。僕の大好物に、ぱあっと心に花が咲く。
「辰さんっ、はんぶんこしましょう?」
「ええ」
辰さんは心得ていたように、小刀で切り分けてくれた。「頂きます」と、おまんじゅうにかぶりつくと、ほわりと甘い湯気がたちのぼる。
「美味しいっ」
にこにこしていると、辰さんもほほ笑んでくれる。大好きな人とはんぶんこにしたら、ますます美味しいから不思議だよね。ぱくぱくと夢中で食べていると、緑がかった瞳がふと優しくなる。
「羅華様」
大きな手が伸びて来て、唇の端を親指で拭われる。目を丸くする僕に、辰さんは笑った。
「唇に、花びらがついていました。お転婆ですね」
甘く囁かれ、ぶわりと頬が燃え上がる。
剣を握るせいで硬い指先の感触が、唇に残ってる。胸がきゅうって苦しくなって、僕はもじもじと俯いてしまった。
「あ……ありがとうございます。恥ずかしい……」
すると、頬を包む大きな手のひらが、すこし熱くなった気がした。不思議に思って、そろそろと顔を上げると――辰さんと目が合った。緑ががった美しい瞳は、見たことがないほどひたむきで、息を飲む。
「羅華様……」
「……辰さん?」
真剣な声で名を呼ばれ、僕は目をぱちぱちさせる。なんだか不思議な空気に、息も出来ないほど胸が苦しくなって……
――はっ、も、もしかして……接吻……!?
ふと思い至り、僕はぎゅっと目を閉じる。……辰さんの清冽な香が、鼻先をくすぐる。凄くどきどきして、まるで耳の横に心臓があるみたいな気がしながら、僕は辰さんを待った。
けれど、すっと手が離れていく。
「え」
僕は、目を見ひらく。辰さんは、どこかはぐらかすような笑みを浮かべている。
「……お茶が冷めましたね。入れ直してもらいましょうか」
茶器を持って、部屋を出て行ってしまった。
「えええ~~……!?」
ひとり残された僕は、真っ赤になって、椅子にへたり込んだ。
「なんでー? なんだったの~……!?」
唇を両手でおさえて、へにゃりと眉を下げる。てっきり接吻だと思って目をつぶってしまったけど、違ったんだろうか。もしかして、はしたないって思われたのかなあ!?
「わーっ、恥ずかしいよ~!」
ごろごろと椅子に丸まる僕の上を、春の風は知らぬ存ぜぬで吹き抜けていった。
「はあ……」
僕は針を持つ手をとめて、ため息を吐く。刺繍もかなり形になって来たのに、気もそぞろになっていた。真珠色の牡丹の花さえ、ちょっとしおれて見えてしまう。
「辰さん……どうして、僕に接吻してくれないのかなあ……」
あれから――幾度も、良い雰囲気になったんだ。二人っきりで、真剣に見つめ合って……だから、今度こそって思うんだけどね。辰さんは、いつもはぐらかすみたいに、離れていっちゃう。
「僕が、子供っぽいから……?」
あまり成長しなかった小柄な体に、ぺたりと手を当てる。
辰さんは、僕より五つも年上なこともあって、とても落ち着いた素敵なひとなんだ。それに比べて、僕ときたら子供っぽいし……とため息を吐く。
――やっぱり、辰さんにつりあってないのかなあ……
僕はしょんぼりしつつ、糸を切って玉止めをした。これ以上続けても、素敵な刺繍になりそうもないと思ったから。僕は、赤い絹をひろげて、日に透かす。
一生懸命、手をすすめた甲斐があって、完成図がうっすらと見えてきていた。
天地から見つめ合う、鳳凰と玄武。真珠色に輝く幸福の象徴を眺めていると――勇気が湧いてくる。
――『羅華様、どうか私の妻となってくれませんか』
あの夜の、辰さんの真摯な眼差しが思い浮かんだ。
「そうだよね……辰さんは、僕に告白してくれたもん!」
ぎゅっと赤い絹を胸に抱く。
「ただ追いかけていたときより不安に思うなんて、駄目だよっ」
自分に喝を入れて、立ち上がる。
――今日は、僕の方から辰さんに会いに行ってみよう!
今の時間なら、お兄様のところで護衛のお仕事をしてるはずだ。差し入れを渡して、ちょっと顔を見るだけでもいいから、会いたい。
「梅、ちょっとお願いがあるんだ!」
梅にたのんで瑞々しいびわを籠に詰めてもらうと、僕はさっそくお兄様のいらっしゃる棟に向かった。回廊を歩いていけば、とてもいい天気。自然、足取りが軽くなる。
「辰さん、早く会いたいな」
僕は、うきうきしていた。お兄様のところで衝撃的な事実を知ることになるとも知らず――
112
あなたにおすすめの小説
夫には好きな相手がいるようです。愛されない僕は針と糸で未来を縫い直します。
伊織
BL
裕福な呉服屋の三男・桐生千尋(きりゅう ちひろ)は、行商人の家の次男・相馬誠一(そうま せいいち)と結婚した。
子どもの頃に憧れていた相手との結婚だったけれど、誠一はほとんど笑わず、冷たい態度ばかり。
ある日、千尋は誠一宛てに届いた女性からの恋文を見つけてしまう。
――自分はただ、家からの援助目当てで選ばれただけなのか?
失望と涙の中で、千尋は気づく。
「誠一に頼らず、自分の力で生きてみたい」
針と糸を手に、幼い頃から得意だった裁縫を活かして、少しずつ自分の居場所を築き始める。
やがて町の人々に必要とされ、笑顔を取り戻していく千尋。
そんな千尋を見て、誠一の心もまた揺れ始めて――。
涙から始まる、すれ違い夫婦の再生と恋の物語。
※本作は明治時代初期~中期をイメージしていますが、BL作品としての物語性を重視し、史実とは異なる設定や表現があります。
※誤字脱字などお気づきの点があるかもしれませんが、温かい目で読んでいただければ嬉しいです。
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
幼馴染がいじめるのは俺だ!
むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに...
「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」
「はっ...ぁ??」
好きな奴って俺じゃないの___!?
ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子
ーーーーーー
主人公 いじめられっ子
小鳥遊洸人
タカナシ ヒロト
小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。
姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。
高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、
脳破壊。
千透星への恋心を自覚する。
幼馴染 いじめっ子
神宮寺 千透星
ジングウジ チトセ
小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。
美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている)
転校生の須藤千尋が初恋である
昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する
子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき
「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。
そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。
背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。
結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。
「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」
誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。
叶わない恋だってわかってる。
それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。
君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。
僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ/Ⅱ
MITARASI_
BL
I
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。
揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。
不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。
すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。
切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。
Ⅱ
高校を卒業し、同じ大学へ進学した陸と颯馬。
別々の学部に進みながらも支え合い、やがて同棲を始めた二人は、通学の疲れや家事の分担といった小さな現実に向き合いながら、少しずつ【これから】を形にしていく。
未来の旅行を計画し、バイトを始め、日常を重ねていく日々。
恋人として選び合った関係は、穏やかに、けれど確かに深まっていく。
そんな中、陸の前に思いがけない再会をする。
過去と現在が交差するその瞬間が、二人の日常に小さな影を落としていく。
不安も、すれ違いも、言葉にできない想いも抱えながら。
それでも陸と颯馬は、互いの手を離さずに進もうとする。
高校編のその先を描く大学生活編。
選び続けることの意味を問いかける、二人の新たな物語。
続編執筆中
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる