君に捧げる紅の衣

高穂もか

文字の大きさ
17 / 17

ならべない背中

しおりを挟む
 僕は、雷に撃たれたみたいに棒立ちになる。
 怖い顔で近づいて来た辰さんに、強く両肩を掴まれた。

「あっ……!」
「こんなときに外出するなど、どうかしています。――どうして、こんな勝手な真似を!」

 きつく叱責され、肩を揺さぶられる。僕は、がくがくと左右に振られながら、あまりの怖さに声も出せない。
 
 ――辰さん……すごく怒ってる……!
 
 力の抜けた手から、お饅頭の包みが滑り落ちた。包みが解けて、ころころとお饅頭が床に散らばっていく。一瞬、悲しみに冷えた胸は、すぐに「怖い」で塗り替えられた。
 怒ってる辰さんが怖い。

「あ……う……」

 僕を睨む緑の瞳は、冷たく冴えていた。
 辰さんにはよく叱られるけど、今日は何か違う気がする。いつもは、「駄目でしょう」って言われても、ここまで怖くないもの。こんな、嫌われたかもってほどじゃ……。

「答えなさい、羅華様」

 もう気を失いそうなのに、許さじと辰さんの叱責が迫ってくる。

「羅華様に何かあって、傷つくのは貴方だけではないのですよ。若君様と姉上様だって、どれほど心配されることか――!」
「……し、辰さん。ごめんなさ……僕、心配かけるつもりじゃ……」

 僕は、息も絶え絶えに謝った。
 ぶるぶる震えていると、目の前にばっと色鮮やかな影が立ちはだかる。文徳さんだ。

「辰、お前というやつは……! なんとデリカシーのない男なのだッ。危険を顧みず、そなたに会いに来た羅華様の気持ちが分からぬか?!」

 と大きな声で言い返し、長いお袖の後ろに庇ってくれる。……文徳さん、お兄様みたいだ。思わず、縋るように袖を掴むと、辰さんの目がもっと剣呑になる。

「ええ、わかりませんよ。この非常事態に――お立場を省みない、子供の気持ちなど! 張様、梅殿も何故おとめしないのか!」
「……っ!」

 忌々しそうに怒鳴られ、僕は目を見ひらく。
 
 ――こども……。
 
 その言葉が、ぐっさりと胸を貫いた気がした。じわ、と瞼が熱をもって、視界がぼやけだす。

「……ううっ」
「羅華様……」

 呻いた僕の肩を、梅がそっと支えてくれる。

「このぉ……出過ぎたことを申すな、辰! 私は、景岳様のご意向を酌んで動いておる。そなたの出る幕ではないわ!」

 怒りで顔を真っ赤にした文徳さんが、怒鳴り返した。
 対する辰さんも冴え冴えとした瞳で睨んでいる。バチバチ、と二人の間に火花が散っているみたいだった。

「ひええ」
「張様……辰殿もどうしちまったんだ」

 お兄様の側近の文徳さんと辰さんの睨み合いに、室内の空気は肌が切れそうに張り詰めている。気の強い梅も青褪めてる。
 僕は泣きたい気持ちで、みんなの顔をきょどきょどと見まわした。
 
 ――僕のせいで、みんなが困ってる……。
 
 会いに来たいなんて、わがまま言ったからだ。僕のせいで――ぐっとおなかに力をこめ、袖で顔を擦った。

「ごめんなさい!」

 大きな声で言い、ペコリと頭を下げる。

「羅華様――?」

 部屋中の目が集中する中、僕は笑った。ずび、と鼻が鳴って台無しになったけれど。

「えへへ……ちょっと驚かせようと思って。急に来て、ごめんなさいっ。僕、帰りますね!」

 それだけ言って、くるりと身を翻すと、僕はその場から走り去った。


 
 走り出した途端、ぶわっと涙が溢れる。

「羅華様……!!」

 たくさんの声が背にかかる。心配をかけるのはわかっていたけど、僕は振り返れなかった。
 
 ――僕のばか……なんで来たいなんて言ったんだろ……!
 
 辰さんを怒らせて、文徳さんや梅、みんなにも迷惑かけて。なにひとつ良いことがないじゃないか。
 ぐすぐすと鼻を鳴らし、一目散に来た道を戻る。
 最初に降り立った部屋まで来て、お勝手口を勢いよく開け放った。
 パシッ。

「わあっ!?」

 外に出ようとした瞬間、なにか壁のようなものに阻まれる。
 びっくりして目を凝らすと――開け放った出入り口に、光る膜がうねっていた。
 
 『この玉が無ければ、移動することはできませぬ』

 文徳さんの説明を思い出して、呆然とする。ここまで来たのに、戻れないなんて……。

「――羅華様!」

 ふいに遠くから、僕を呼ぶ声が響いてきた。
 どくん、と鼓動が跳ねる。――いちばん会いたくて、会いたくない人の声。振り返ると、辰さんが駆け寄ってくるのが見えた。

「……っ!」

 やだ!
 僕は咄嗟に、扉に身を投げた。途端にへんな膜に阻まれ、ビリビリする光にさらされる。

「わーっ、痛いよーっ!」

 静電気を浴びているみたいな痛みに、悲鳴を上げる。
 
 ――でも、やだよぉ!もう帰りたいっ。お兄様のとこへ、帰りたい……!
 
 意固地になって、前に進もうと両手を振り回した。すると――髪に差した簪がパチッ、と烈花を放つ。

「えっ?」

 戸惑ううちに、ぱちっ、ぱちっと音と光が大きくなっていく。

「羅華様! 戻りなさい……!」

 辰さんの焦った声が聞こえた。痛みで滲んだ視界に、辰さんがこっちに手を伸ばしているのが映る。
 
 ――辰さん……!
 
 大きな手に、腕を掴まれた瞬間。
 
 バリンッ!
 
 硝子の割れるような音を立て、結界が破れた。
 


 *
 


 一瞬、視界が真っ白に染まる。

「え……?」

 そして――気がつくと、僕はあの廃屋に立っていた。夕陽の差し込む室に、あいかわらず小父さんは机に突っ伏して、転寝している。
 
 ――僕、転移したの? 転移術なんて使えないのに……。
 
 そういえば、お兄様に頂いた簪がチカチカして、それで……と、思いを巡らしていると、

「羅華様……ご無事ですか!?」

 辰さんが側に居て、僕は息を飲んだ。

「あ……!?」

 ぐい、と広い胸に引き寄せられ、清冽な香を浴びる。大きな手で頬を掴まれ、どこにも怪我をしてないか検分するように、あっちこっちを向かされる。辰さんの目は睨むように真剣で、僕はかーっとなった。

「は、放してくださいっ。辰さんは、お仕事に戻って……」
「馬鹿なことを。お一人だと危ないと言ったでしょうが!」

 いやいやと頭を振ると、厳しい声でぴしゃりと叱られた。びく、と肩が跳ねる。

「……ごめん、なさ……」

 怒られてばかりで、流石に萎れちゃう。
 ふぐっ、とこみ上げた嗚咽を堪えていると……辰さんは少し表情を和らげた。

「……わかって下されば良いんです。さあ、私が玄家までお送りしますから、戻りましょう。若君様が心配されていますよ」

 幼い子を窘めるように言われて、悲しくなる。でも、僕は本当に子供なのかもしれないって思う。大人の恋人だったら……こんなに辰さんを困らせないもん。
 ぼろ、と涙が溢れた。

「はい。ごめんなさい……」

 袖で顔を覆って、こくりと頷いた。これ以上わがまま言って、呆れられたくなくって。
 辰さんは、ほっとしたように深い息を吐いた。

「では、参りましょう」

 辰さんが、僕の手を引いて歩きだす。前を行く鉄色の髪をじっと見つめながら、僕は蛇さんの道を歩んだ。

「……」

 二人とも、ちっとも喋らないから、沈黙が辛い。
 辰さんは前を向いたまま、黙々と歩いてる。凛々しい横顔は、ちっとも振り返ってくれない。
 
 ――やっぱり、怒ってるのかな。
 
 恐々と窺うと、辰さんと目があった。「どうした」と言うように片眉を上げた彼に、慌てて頭を振る。

「なんでも……」
「そうですか」

 また前を向いて歩きだした辰さんに、胸がずきずき痛む。また、無言の道中が始まって、大人しくついて行きながら、思った。
 
 ――僕が黙ってたら……こんなに静かなんだ。
 
 少し先を行く大きな背が悲しい。
 蛇の道を抜け、やっと大通りに出る。夕暮れになって、ますます賑わいを増す街に僕は戸惑う。

「わ……」
「羅華様、はぐれてはいけません。私から離れないように――」

 辰さんが僕の手を引き寄せた、そのとき――

「――あら、辰様?」

 鈴の鳴るような声が、辰さんを呼んだんだ。
 
しおりを挟む
感想 5

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(5件)

くるみん
2026.03.01 くるみん
ネタバレ含む
2026.03.03 高穂もか

くるみんさん、読んでくださりありがとうございます!
傷ついた羅華に優しく寄り添ってくださって、とても嬉しいです😊
辰、本当に不器用でしたよね……💦羅華の心がどう動いていくのか、そして辰がその想いにどう向き合っていくのか――大切に描いていきたいと思っています🍀
羅華の幸せを願ってくださって、本当にありがとうございます。
最後には「よかったね」と安心していただけるような、エンディングにたどり着けるよう、心を込めて紡いでまいります🌸

解除
吉川和
2026.02.27 吉川和
ネタバレ含む
2026.02.28 高穂もか

吉川和さん、読んでくださりありがとうございます!
わああ、本当に……辰、なんて不器用なんでしょう😭私も、思わずごろごろ転がってしまいました💦
羅華のことをあたたかく見守ってくださって、とっても嬉しいです🌸
壁と空気になってくださるなんて、心強すぎます……🥹!
辰が何を想っているのか、そして羅華がハッピーエンドを迎えるまで、心を込めて紡いでまいりますね💖
続きも楽しんでいただけるよう、がんばります🍀

解除
吉川和
2026.01.23 吉川和
ネタバレ含む
2026.01.24 高穂もか

吉川和さん、読んでくださり、ありがとうございます!
羅華のために切なくなって頂いて……とっても嬉しいです🥹✨️それ、絶対そうです……!私も「辰、早く会いに来てやって!」とソワソワしています😂
今回も羅華を優しく応援してくださり、本当にありがとうございます✨️
羅華が甘いハピエンに辿り着けるよう、心を込めて書いて参りますね🌸続きも見守って頂けたら幸せです🍀

解除

あなたにおすすめの小説

夫には好きな相手がいるようです。愛されない僕は針と糸で未来を縫い直します。

伊織
BL
裕福な呉服屋の三男・桐生千尋(きりゅう ちひろ)は、行商人の家の次男・相馬誠一(そうま せいいち)と結婚した。 子どもの頃に憧れていた相手との結婚だったけれど、誠一はほとんど笑わず、冷たい態度ばかり。 ある日、千尋は誠一宛てに届いた女性からの恋文を見つけてしまう。 ――自分はただ、家からの援助目当てで選ばれただけなのか? 失望と涙の中で、千尋は気づく。 「誠一に頼らず、自分の力で生きてみたい」 針と糸を手に、幼い頃から得意だった裁縫を活かして、少しずつ自分の居場所を築き始める。 やがて町の人々に必要とされ、笑顔を取り戻していく千尋。 そんな千尋を見て、誠一の心もまた揺れ始めて――。 涙から始まる、すれ違い夫婦の再生と恋の物語。 ※本作は明治時代初期~中期をイメージしていますが、BL作品としての物語性を重視し、史実とは異なる設定や表現があります。 ※誤字脱字などお気づきの点があるかもしれませんが、温かい目で読んでいただければ嬉しいです。

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ/Ⅱ

MITARASI_
BL
I 彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 Ⅱ 高校を卒業し、同じ大学へ進学した陸と颯馬。  別々の学部に進みながらも支え合い、やがて同棲を始めた二人は、通学の疲れや家事の分担といった小さな現実に向き合いながら、少しずつ【これから】を形にしていく。  未来の旅行を計画し、バイトを始め、日常を重ねていく日々。  恋人として選び合った関係は、穏やかに、けれど確かに深まっていく。  そんな中、陸の前に思いがけない再会をする。  過去と現在が交差するその瞬間が、二人の日常に小さな影を落としていく。  不安も、すれ違いも、言葉にできない想いも抱えながら。  それでも陸と颯馬は、互いの手を離さずに進もうとする。  高校編のその先を描く大学生活編。  選び続けることの意味を問いかける、二人の新たな物語。 続編執筆中

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。