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第一部 決闘大会編
百一話
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「よいしょ、よいしょ」
机をぬれ布巾でぎゅっぎゅっと拭う。こぼれたロウがこびりついていて、なかなか骨が折れる作業だ。
俺は今、ひとりで教室の後片づけをしているところ。
授業が終わった後、高柳先生に言われたんだよな。
「吉村くん。君は残って後片づけをしなさい。今日は君のために、訓練にならなかった生徒がいるんです。そのペナルティとして」
正直さ、「えーっ?」て感じではあるよ。
だって、俺そんな何かした? そりゃ、あの後もずっと蝋燭ドロドロにしちまったけど。
俺の周りのやつらだって、みんなドロドロにさせてたっていうのにさ。
「まあ、ぼやいてもしかたないけども~」
机を拭いて、燭台を磨いて。床にモップをかけて。
最後に、駄目になった分の蝋燭の補充を取りに倉庫へ行った。
廊下は、生徒であふれかえってた。
蝋燭の箱を抱えて、窓際をこそこそ歩いていると、にわかに校庭が騒がしくなる。
なんか、デジャブだな。
何の気なしに窓の下を見て、俺は目を丸くした。
「イノリ!」
今まさに、校庭へ出てきたのはイノリだった。遠巻きに囲むように生徒がついて回ってて、ちょっと変な光景だ。
いつのまにか、廊下にいた生徒達も窓に張りついていて、下を見ながら口々に話してる。
「桜沢くん、生徒会室から出てくるの、珍しいな」
「ほら、あれだろパトロール。今日は桜沢くんの担当だったんだな」
イノリは、駆け寄ってきた風紀委員となにか話している。
すげえ真剣なかお。
どきっとした胸に戸惑って、こするように右手で押さえた。
でも、そうか。「みんなが安心して過ごせる学園にしたい」って言ってたもんな。
ふいに、イノリが上を見た。
「あ」
目が合った。とっさに手を上げそうになって、慌てて堪える。
危ねえ、バレちゃまずいんだった。
すると、イノリはごそごそポケットを探ってから、なにか目の高さに持ち上げた。
青いプーマの、俺のハンカチが風に揺れてる。
「あ・し・た」
イノリの口が、そうやって動く。
胸が、ぱあっと明るくなった。こくこく頷くと、イノリはくるっと踵を返して行ってしまう。
イノリの行動を訝しんで、周囲がざわついた。
「さっきの、何かのサイン?」
「わかんね。ハンカチ振ってたよな」
「じゃあ、「あばよ!」とかそういうの?」
頭の上で交わされるやりとりをよそに、俺はわっと駆け出した。胸に抱えた箱の中で 蝋燭がちゃらちゃら音を立てる。
イノリ、置手紙読んでくれたんだ。
なんか、やたら嬉しかった。
蝋燭を補充して、教室に戻る。
葛城先生は教壇に立っていて、ホームルームは今にも始まりそうだ。慌てて席に着く。
「期末も間近だが、今日の連絡事項は期末のことではない。のちの冬季決闘大会に関することだ」
葛城先生は、張りのある声で言って教室中を見回した。
「明日、魔力の再測定を行う。学期中、どれだけ魔力量に変動があったかを確認・記録するためだ。決闘大会の前に、自らのステータスを再確認し、戦闘に役立ててほしい」
クラスメイトがざわめいた。
魔力の再測定って、あの水晶みたいのに触るやつだよな。いつか、先生の部屋に運んだ箱。あれがついに、お目見えしちゃうわけか。
「測定は明日、一日かけて行う。数人ずつ呼び出しをかけるから、呼ばれたら授業中であっても測定室へ向かうこと。出席番号順に呼ぶので、自分の順番が近づいたら気にしておくようにな」
「先生、測定は一人ずつ行われるんですか」
誰かが、声を上げる。葛城先生は、そっちを見て頷いた。
「そうだ。測定には、技士と教員二人が立ち会うが、口外は誓ってしない。プライバシーは守られるから安心するといい」
力強く請け負われて、質問したやつはホッとした顔になった。他に質問がなかったので、葛城先生は話を締めくくる。――その前に、ちょっと不思議なことを言った。
「ないと思うが、一応伝えて置くぞ。魔力測定に際し、”一時的に魔力の変動するような行為”は慎むことだ。正確な数値を測れなくなるからな。ないと思うがな」
先生は、しつこく念を押す。
クラスメイト達は急に元気づいて、肩をどつきあったりしてる。なんのこっちゃ。この、思いがけず下ネタ聞いたみてえな空気。
葛城先生はオホンと咳払いする。
「魔力とは、一朝一夕に増やせるものではない。他人の魔力は、自分の体に長く留めてはおけないし、合わなかった場合は体調を崩す。魔力中枢の乱れは酷いぞ。まともに魔法を使えなくなるし、万病のもとだ。ゆめゆめ忘れるな」
真剣な声に、教室の空気が引き締まった。
魔力中枢ってのが乱れると、怖いんだな。でも、結局それって具体的になにしたら駄目なんだろう。
今度、イノリに聞いてみよ。
机をぬれ布巾でぎゅっぎゅっと拭う。こぼれたロウがこびりついていて、なかなか骨が折れる作業だ。
俺は今、ひとりで教室の後片づけをしているところ。
授業が終わった後、高柳先生に言われたんだよな。
「吉村くん。君は残って後片づけをしなさい。今日は君のために、訓練にならなかった生徒がいるんです。そのペナルティとして」
正直さ、「えーっ?」て感じではあるよ。
だって、俺そんな何かした? そりゃ、あの後もずっと蝋燭ドロドロにしちまったけど。
俺の周りのやつらだって、みんなドロドロにさせてたっていうのにさ。
「まあ、ぼやいてもしかたないけども~」
机を拭いて、燭台を磨いて。床にモップをかけて。
最後に、駄目になった分の蝋燭の補充を取りに倉庫へ行った。
廊下は、生徒であふれかえってた。
蝋燭の箱を抱えて、窓際をこそこそ歩いていると、にわかに校庭が騒がしくなる。
なんか、デジャブだな。
何の気なしに窓の下を見て、俺は目を丸くした。
「イノリ!」
今まさに、校庭へ出てきたのはイノリだった。遠巻きに囲むように生徒がついて回ってて、ちょっと変な光景だ。
いつのまにか、廊下にいた生徒達も窓に張りついていて、下を見ながら口々に話してる。
「桜沢くん、生徒会室から出てくるの、珍しいな」
「ほら、あれだろパトロール。今日は桜沢くんの担当だったんだな」
イノリは、駆け寄ってきた風紀委員となにか話している。
すげえ真剣なかお。
どきっとした胸に戸惑って、こするように右手で押さえた。
でも、そうか。「みんなが安心して過ごせる学園にしたい」って言ってたもんな。
ふいに、イノリが上を見た。
「あ」
目が合った。とっさに手を上げそうになって、慌てて堪える。
危ねえ、バレちゃまずいんだった。
すると、イノリはごそごそポケットを探ってから、なにか目の高さに持ち上げた。
青いプーマの、俺のハンカチが風に揺れてる。
「あ・し・た」
イノリの口が、そうやって動く。
胸が、ぱあっと明るくなった。こくこく頷くと、イノリはくるっと踵を返して行ってしまう。
イノリの行動を訝しんで、周囲がざわついた。
「さっきの、何かのサイン?」
「わかんね。ハンカチ振ってたよな」
「じゃあ、「あばよ!」とかそういうの?」
頭の上で交わされるやりとりをよそに、俺はわっと駆け出した。胸に抱えた箱の中で 蝋燭がちゃらちゃら音を立てる。
イノリ、置手紙読んでくれたんだ。
なんか、やたら嬉しかった。
蝋燭を補充して、教室に戻る。
葛城先生は教壇に立っていて、ホームルームは今にも始まりそうだ。慌てて席に着く。
「期末も間近だが、今日の連絡事項は期末のことではない。のちの冬季決闘大会に関することだ」
葛城先生は、張りのある声で言って教室中を見回した。
「明日、魔力の再測定を行う。学期中、どれだけ魔力量に変動があったかを確認・記録するためだ。決闘大会の前に、自らのステータスを再確認し、戦闘に役立ててほしい」
クラスメイトがざわめいた。
魔力の再測定って、あの水晶みたいのに触るやつだよな。いつか、先生の部屋に運んだ箱。あれがついに、お目見えしちゃうわけか。
「測定は明日、一日かけて行う。数人ずつ呼び出しをかけるから、呼ばれたら授業中であっても測定室へ向かうこと。出席番号順に呼ぶので、自分の順番が近づいたら気にしておくようにな」
「先生、測定は一人ずつ行われるんですか」
誰かが、声を上げる。葛城先生は、そっちを見て頷いた。
「そうだ。測定には、技士と教員二人が立ち会うが、口外は誓ってしない。プライバシーは守られるから安心するといい」
力強く請け負われて、質問したやつはホッとした顔になった。他に質問がなかったので、葛城先生は話を締めくくる。――その前に、ちょっと不思議なことを言った。
「ないと思うが、一応伝えて置くぞ。魔力測定に際し、”一時的に魔力の変動するような行為”は慎むことだ。正確な数値を測れなくなるからな。ないと思うがな」
先生は、しつこく念を押す。
クラスメイト達は急に元気づいて、肩をどつきあったりしてる。なんのこっちゃ。この、思いがけず下ネタ聞いたみてえな空気。
葛城先生はオホンと咳払いする。
「魔力とは、一朝一夕に増やせるものではない。他人の魔力は、自分の体に長く留めてはおけないし、合わなかった場合は体調を崩す。魔力中枢の乱れは酷いぞ。まともに魔法を使えなくなるし、万病のもとだ。ゆめゆめ忘れるな」
真剣な声に、教室の空気が引き締まった。
魔力中枢ってのが乱れると、怖いんだな。でも、結局それって具体的になにしたら駄目なんだろう。
今度、イノリに聞いてみよ。
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