「俺は魔法使いの息子らしい。」シリーズ短編集

高穂もか

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生徒会とバレンタイン【中編】

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 移動教室の最中、あの人のクラスのある棟を通過する。
 機会を逃さぬよう、常に鞄は携えていた。俺は、注意深く周囲に目を配り、あの人の姿を探した。自慢ではなく事実として、俺は長身だ。人捜しに目線の高さは当然のアドバンテージである。
 
「……!」
 
 すると、十メートル程先に、人波を避けるよう廊下の隅を歩く――細身の後ろ姿を発見する。顔が見えなくとも、俺が見間違うはずもない。息を一つ吸い、そちらに近づいて行く。
 
 ――まず、彼を呼び止めよう。そして、風紀の用だと言って連れ出す。目立つのが嫌いな彼に、ここでチョコを渡すような愚は犯さない。
 
 近くなる、彼のやわらかそうな黒髪に、胸が疼いた。
 
「海棠くんだ……! 今日も素敵」
「しっ、目を合わせるな。殺されるぞ」
 
 しかし――俺の存在に、ざわざわと周囲が騒ぐ。
 そのせいで、あの人がこちらを振り返ってしまった。胡乱そうな顔で振り向いた彼は、俺と目が合うと「げっ」と口を動かした。
 
「あ……!」
 
 ぱっと身を翻し、近くの階段を駆け下りていってしまう。
 引き留めようと、声を上げかけ――空しく口を噤む。ここは人目が多すぎて、彼の迷惑になる。
 
「チッ」
 
 鋭く舌を打つと、委縮した生徒達が去って行く。
 ――烏合の衆め。なお、苛立ちが増した。
 


 
 
「ご苦労だったな、海棠。お前の仕事は丁寧で良い」
「ありがとうございます」
 
 満足げな葛城先生に、俺は会釈する。
 塞いだ気分のせいで、実技の授業では発奮し過ぎてしまった。葛城先生への詫びを兼ね、武道場の清掃を手伝っていたのだ。
 腕時計を見れば、すでに昼休みから五分すぎている。
 あの人は弁当を持参しているので、食堂に行く事はない。早速心当たりを当たるべく、その場を辞そうとすると、ガラガラと扉が開いた。
 
「失礼します」
 
 張りのある声が、朗々と武道場に響き渡る。扉の前で、精悍な笑顔を浮かべた生徒が立っていた。
 
「おお、藤川」
「葛城先生、こんにちは。海棠も、元気そうだな!」
「藤川先輩。お久しぶりです」
 
 深く頭を下げ、武道場に入って来たのは、藤川先輩だ。
 会釈をすると、快活に肩を叩かれる。この人は、桜沢さんの前任の庶務だった。その分、色々と話す機会も多かったので、少し懐かしくなる。
 藤川先輩は、提げていた大きな紙袋から、葛城先生に麦チョコの袋を差し出した。
 
「葛城先生、これを貰ってください」
「うむ? 何だこれは」
「今日はバレンタインですから。世話になった人に菓子を配るのだと、赤尾から聞きまして。なら先生に、と……」
「馬鹿者。子供が余計な気を回すんじゃない」
 
 照れくさそうに「すみません」と藤川先輩が笑う。葛城先生は、口では突っぱねつつ感激しているらしく、何度か咳払いをした。素直に喜べばいいのに、大人とは厄介なものだ。
 と、藤川先輩がこちらを振り返る。
 
「海棠、君も貰ってくれ」
「俺もですか?」
 
 呆気に取られている間に、手のひらに乗せられたのは、お握り型せんべいの袋だった。
 
「庶務になったとき、色々教えてくれてありがとう。おかげで楽しかったよ」
「……あ、ありがとうございます」
 
 臆面もなくこんなことを言われては、面食らう。……が、気持ちはありがたかったので、素直に頂いた。
 
 
 藤川先輩は、葛城先生ともう少し話したそうだったので、気を利かせて先に出た。俺も行くところがあるので、丁度良い。
 鞄に頂いたせんべいを入れ、俺は些か浮上した気分で歩いていた。
 あの人のいる心当たりに、さっそく向かっているところだ。彼は、たいてい人のいない裏庭で食事をとっている。警備の面から考えると不安だが、人目が煩わしいのだという気持ちは尊重したかった。
 
「……」
「……して、どうすんだよ」
 
 裏庭に近づくと、小さく彼の声が聞こえる。逸る気持ちで近づき、覗きこんで――ぎくりと身が強張った。
 
「ででで、でも。お、お世話になった人に、お礼する日だそうなので……だ、だからっ」
 
 矢鱈おどおどとした口調の、青いネクタイの生徒があの人にチョコレートを差し出している。桃色の包装紙は、有名店の限定商品だと、一目でわかった。
 彼は、こちらに背を向けていて、何度か頭をかきまわす。
 そして――ぶっきらぼうに、その箱を受け取った。
 
 


 
「はぁ」
 
 俺は、重い体を引きずりながら、廊下を歩いていた。
 ……チョコを、受け取っていた。 
 何とか気を落ち着けようと、呼吸を繰り返す。
 しかし、どうしても、先を越されたという意識が拭えない。
 
「愚かな。あの人は素晴らしい人だ。誰に好意を持たれていても、不思議ではない」
 
 慢心を振り払うよう、頭を振った。
 
 ――焦るな。まだ、時間はある。それに……俺はあの人の楽しみを、奪いたいわけではない。
 
 ふらふらと歩いているうちに、生徒会室に着いてしまった。
 どうせだから仕事をしていくかと、ドアをノックする。
 
「戻りました」
「お帰りなさい」
 
 ドアを押し開けると、穏やかなテノールに迎えられる。先までは居なかった蓮条先輩が、笑顔で立っていた。鳶色の髪を背で一つに纏め、ティーポットを持っている。
 
「おー、海棠か。おつかれさん」
「いえ」
 
 須々木先輩も、いつの間にか戻っていたらしい。自身のデスクで何か食べている。
 部屋の中からは入れ替わりに、八千草先輩と桜沢さんがいなくなっていた。……松代先輩はいるのだが、何故か奥の給湯室から体を半分だけのぞかせ、こちらを見つめていた。
 
「……あの、どうしたんですか?」
「このおやつ? 蓮条が出してくれてん」
 
 須々木先輩が、笑顔で皿の上の菓子をフォークで指す。そっちではなく、松代先輩のことを聞いたのだが。
 と、蓮条先輩が、にこにこと笑みを浮かべ近づいてきた。
 
「海棠くんも、良かったら食べてくれませんか?」
「はあ……?」
 
 手渡されたトレイの上には、湯気を立てるティーカップと、大振りの皿。その上には、熊の形をした最中と、三角にカットされたチョコケーキが乗っている。
 
「蓮条先輩、これは?」
「よくぞ聞いてくれました! こちらは私の愛するテディちゃんをですね、調理部の皆さんの協力で、チョコ最中として再現したコラボフードなんです! 中身はチョコアイスになってましてね――」
「……結構なものを、ありがとうございます」
 
 この人は普段穏やかだが、興奮するとものすごく早口になる。勢いに半ば引きつつ、止まらない言葉に相槌を打っていると、須々木先輩がケッケっと笑い声を立てる。
 
「蓮条、ありがとうなあ。うまかったでー」
「本当ですか! 嬉しいですっ」
「海棠も早よ食べてみ。作り立てで、最中ばりっばりやから」
「あ、はい」
 
 これ幸いと、自分のデスクに着く。
 蓮条先輩と須々木先輩が、朗らかに談笑するのを横目に、俺は最中を齧った。ぱり、と皮が歯の下ではじけ、香ばしい小麦の風味とチョコレートの濃い芳醇な香りが鼻を抜ける。
 ……素直に美味だ。
 凝り性の蓮条先輩らしい仕上がりだと思う。これほどの腕前であれば、手作りを振舞っても喜ばれるだろう。
 しみじみと食べてしまうと、流れでチョコケーキにもフォークを突き立てる。
 
「……?」
 
 こっちは、蓮条先輩じゃないようだ。
 美味しいと言えなくは無いが、精度が違いすぎる。グラサージュの甘味が著しく強いうえ、ゴロゴロと底面に入っている栗は、一体どういう了見なのか。
 首を傾げていれば、同じくケーキを口にしたらしい須々木先輩が、何やら渋い顔をしていた。厳ついリングの嵌った華奢な手で目元を覆い、深くため息を吐く。
 
「はあ~……なんやもう」
 
 呆れ声で呟いて、給湯室の方へ歩んでいく。
 すると、依然として覗いていた松代先輩が、嬉しそうに頬を赤らめる。
 
「りょーさん、気づいてくれたん!」
「松代~、お前なあ。何をコソコソしてんねん」
「ふふーん、ええやろ! おれ、「みんなにどうぞ」してんで。りょーさんも生徒会のな・か・まやろ~」
「おま……。知恵をつけよって」
 
 ぐったりと肩を落とす須々木先輩に、松代先輩が嬉しそうに懐いている。
 そのやり取りに「もしや」と思い、蓮条先輩に尋ねてみた。
 
「先輩、このチョコレートケーキですが」
「ええ! 松代君のプレゼントですよ。「生徒会の仲間で食べよう」って、焼いて来てくれたんですって。嬉しいですね」
 
 人の好い笑みを浮かべる蓮条先輩に、俺は頭を抱えたくなった。
 松代先輩――なんという手段の選ばなさだ。
 
「りょーぉさん。んまかった? おれのザッハトルテ」
「あー、うまいうまい」
「もーう! 心こもってへんやんけ~!」
 
 きゃっきゃと燥ぐ松代先輩に、須々木先輩は遠い目だ。とはいえ……「男嫌い」の彼がこの態度なら、全く脈なしではないのだろう。
 松代先輩は、迷惑を省みないのはどうかと思う。
 だが……真っすぐ突進できる強さは、少し羨ましかった。
 
 
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