あなたの光になりたい

高穂もか

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春の卒業式

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「卒業生――リュカ・ルミエール殿」
 
 魔法学園の大講堂に、学園長の厳かな声が響いた。
 
「はい」と答え、足を踏み出したリュカは、緊張のあまり、何もない床で転んでしまった。周囲から、どっと失笑が漏れる。
 
「い、いたた……」
 
 小さく呻き、リュカは鼻を押さえた。
 銀の髪がふわりと揺れ、その面貌が露わになる。
 空色の大きな瞳をけぶらせる、長い銀の睫毛。優しく通った鼻筋に、珊瑚色の小さな唇。息を飲むような可憐な面差し――であるぶん、鼻の頭を真っ赤にしているのが、よけいに滑稽だ。
 
「ルミエール!何をもたもたしてる」
 
 列席していた担任が厳しく囁いた。
 
「も、申し訳ありません!」
 
 制服の埃を払い、リュカは慌てて立ち上がる。
 卒業式の為、丁寧にくしけずった長い髪なのに、転んだ衝撃で水色のリボンが歪んでしまっている。
 転ばないよう気をつけつつも、教師たちの呆れ顔を横切って、学園長の前に立った。長いひげを蓄えた学園長は、真っ赤になったリュカの顔を見て、鷲鼻を震わせた。
 
「ルミエール。最後まで君はどじだね」
「申し訳ありません、先生」
 
 小さくなるリュカに、ふんと笑い学園長は証書を読み上げた。
 
「――学園の長として、本日をもって、君の卒業を認めます」
 
 差し出された卒業証書を受け取り、リュカは深く礼をする。パチパチとおざなりの拍手が響くなか、リュカは熱く潤んだ声で、恩師に礼を伝えた。
 
「ありがとうございます、学園長先生」
「君ほど覚えが悪い生徒が卒業するのは、この学園にとって初めてのことだ。誇りを持ち、これからも人の何倍も励むことだね」
「はいっ」
 
 皮肉たっぷりの激励に、リュカは笑顔で頷いた。その淡い空色の瞳は、素直な喜びだけをたたえている。呆気にとられる学園長の前で、リュカはもう一度深くお辞儀をし、卒業生の席に戻った。
 
「……っ」
 
 膝の上で、証書をおさめた革張りの本を撫でる。しっとりとした感触に、リュカの胸は熱く震えた。
 
(やった……僕も、これで一人前なんだ!)
 
 国立魔法学園は、このアルム王国の貴族の子弟が通い、国を導いてゆくにふさわしい教養・能力を養成する場所だった。卒業しなければ、この国の貴族として一人前とは認めて貰えない。
 リュカは、アルム王国の上位貴族である、ルミエール侯爵家の次男。卒業することは、彼の人生において大切な目標だった。
 
(頑張って良かったぁ……! この証書は、僕の誇りにするんだ)
 
 リュカはぎゅっと証書を胸に抱き、すんと鼻を鳴らす。嬉し泣きである。
 と――喜びに頬を染めるリュカを、周囲は呆れ顔で眺めていた。
 
「おいおい、ルミエール家のリュカ様、嬉し泣きしていらっしゃるぞ」
「泣きたいのはこっちだよ。落第に賭けてたのに……まさか、あの劣等生が、卒業するなんて」
「賄賂でも握らせたんだろう。落第なんかしたら、輝ける兄上様にまで迷惑がかかるんだからさ」
 
 ひそひそと辛辣な声が飛び交っている。
 幸いにも、感激に浸っていたリュカの耳には届いていなかった。

 *
 
「ただいま、ハンナ!」
「お帰りなさいませ、リュカ様」
 
 ルミエール邸の玄関に駆け込んだリュカを、メイドのお仕着せに身を包んだ老女がひとり出迎えた。名はハンナといい、彼のばあやである。恰幅の良い体を屈め、礼をとるハンナにリュカは駆け寄った。
 
「見て、卒業したんだよ!」
 
 持っていた卒業証書を、得意げに広げて見せる。その内容というより、無邪気な振る舞いをする坊ちゃまに、ハンナは目尻のしわを深くした。
 
「おめでとうございます、リュカ様。本当にご立派でございますよ」
「ありがとう! ハンナのおかげだよ」
 
 白い頬を薔薇色に染め、リュカは肩掛け鞄を探った。そこから、小さい包を取り出し、ハンナの手に握らせる。
 
「これは?」
「えへへ。プレゼント」
 
 悪戯が成功したような顔で笑う。学園からの帰りに、街の小間物屋によって来たのだった。
 
「まぁ! 頂けませんわ、そんな」
 
 ハンナは目を丸くした。ルミエール家は裕福だが、オメガの次子である彼の予算が多くないことを知っている。遠慮するハンナに、リュカはにっこりした。
 
「僕、もう一人前だよ。日頃のお礼くらいさせて」
「リュカ様……」
 
 ハンナは感激に目を潤ませる。震える手で開けた包は、上等な春手袋が入っていた。
 
「今度、また一緒に街に出かけてくれる?」
「ええ。私で良ければ、よろこんで……!」
 
 手袋を押し抱き、頷いたハンナに、リュカはほほ笑んだ。小さいころから、ずっと自分の面倒を見てくれたばあやを、やっと安心させてあげられたのだ。
 
(お兄様と違って、ずっと心配かけてしまったから)
 
 脳裏に自分と違い、美しく何でもできる兄を思い浮かべ、リュカは苦笑する。
 
「リュカ様、今日はお祝いですわね」
 
 涙を拭ったハンナは、明るい声を張り上げる。リュカは目をぱちりとした。
 
「お祝い? でも……何も聞いてないよ?」
「あなたの卒業祝いですよ。今晩は、旦那さまに若君様も帰ってこられると、奥様から伺っております。リュカ様をお祝いしに来てくださるんですよ」
 
 ハンナが言うには、今朝がた、急に厨房方が上等の食材を仕入れたという。きっと今宵、リュカの卒業祝いをするつもりだ、というのが彼女の見立てだ。
 
(ほんと?!)
 
 でも、確かに言われて見れば――家の中がどことなく騒がしいかもしれない。侍女や侍従たちが、素早い影のように館内を動き回っている。
 
「うそ、嬉しい……!」
 
 リュカの胸が、喜びと期待に膨らんだ。
 ぎゅ、と卒業証書を胸に抱く。どうしよう、僕の為に帰ってきてくださるなんて、初めてじゃないかしら。
 
(そうだよね。駄目な僕だけど……今日は、一人前になった記念の日なんだもの!)
 
 お会いしたら、まずはお礼を言おう。これからは、僕もルミエールの一員としてお役に立ちますって、伝えるんだ。
 熱い思いを胸に、リュカは家族を迎えるべく、自室に戻った。
 
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