2 / 14
春の卒業式
しおりを挟む
「卒業生――リュカ・ルミエール殿」
魔法学園の大講堂に、学園長の厳かな声が響いた。
「はい」と答え、足を踏み出したリュカは、緊張のあまり、何もない床で転んでしまった。周囲から、どっと失笑が漏れる。
「い、いたた……」
小さく呻き、リュカは鼻を押さえた。
銀の髪がふわりと揺れ、その面貌が露わになる。
空色の大きな瞳をけぶらせる、長い銀の睫毛。優しく通った鼻筋に、珊瑚色の小さな唇。息を飲むような可憐な面差し――であるぶん、鼻の頭を真っ赤にしているのが、よけいに滑稽だ。
「ルミエール!何をもたもたしてる」
列席していた担任が厳しく囁いた。
「も、申し訳ありません!」
制服の埃を払い、リュカは慌てて立ち上がる。
卒業式の為、丁寧にくしけずった長い髪なのに、転んだ衝撃で水色のリボンが歪んでしまっている。
転ばないよう気をつけつつも、教師たちの呆れ顔を横切って、学園長の前に立った。長いひげを蓄えた学園長は、真っ赤になったリュカの顔を見て、鷲鼻を震わせた。
「ルミエール。最後まで君はどじだね」
「申し訳ありません、先生」
小さくなるリュカに、ふんと笑い学園長は証書を読み上げた。
「――学園の長として、本日をもって、君の卒業を認めます」
差し出された卒業証書を受け取り、リュカは深く礼をする。パチパチとおざなりの拍手が響くなか、リュカは熱く潤んだ声で、恩師に礼を伝えた。
「ありがとうございます、学園長先生」
「君ほど覚えが悪い生徒が卒業するのは、この学園にとって初めてのことだ。誇りを持ち、これからも人の何倍も励むことだね」
「はいっ」
皮肉たっぷりの激励に、リュカは笑顔で頷いた。その淡い空色の瞳は、素直な喜びだけをたたえている。呆気にとられる学園長の前で、リュカはもう一度深くお辞儀をし、卒業生の席に戻った。
「……っ」
膝の上で、証書をおさめた革張りの本を撫でる。しっとりとした感触に、リュカの胸は熱く震えた。
(やった……僕も、これで一人前なんだ!)
国立魔法学園は、このアルム王国の貴族の子弟が通い、国を導いてゆくにふさわしい教養・能力を養成する場所だった。卒業しなければ、この国の貴族として一人前とは認めて貰えない。
リュカは、アルム王国の上位貴族である、ルミエール侯爵家の次男。卒業することは、彼の人生において大切な目標だった。
(頑張って良かったぁ……! この証書は、僕の誇りにするんだ)
リュカはぎゅっと証書を胸に抱き、すんと鼻を鳴らす。嬉し泣きである。
と――喜びに頬を染めるリュカを、周囲は呆れ顔で眺めていた。
「おいおい、ルミエール家のリュカ様、嬉し泣きしていらっしゃるぞ」
「泣きたいのはこっちだよ。落第に賭けてたのに……まさか、あの劣等生が、卒業するなんて」
「賄賂でも握らせたんだろう。落第なんかしたら、輝ける兄上様にまで迷惑がかかるんだからさ」
ひそひそと辛辣な声が飛び交っている。
幸いにも、感激に浸っていたリュカの耳には届いていなかった。
*
「ただいま、ハンナ!」
「お帰りなさいませ、リュカ様」
ルミエール邸の玄関に駆け込んだリュカを、メイドのお仕着せに身を包んだ老女がひとり出迎えた。名はハンナといい、彼のばあやである。恰幅の良い体を屈め、礼をとるハンナにリュカは駆け寄った。
「見て、卒業したんだよ!」
持っていた卒業証書を、得意げに広げて見せる。その内容というより、無邪気な振る舞いをする坊ちゃまに、ハンナは目尻のしわを深くした。
「おめでとうございます、リュカ様。本当にご立派でございますよ」
「ありがとう! ハンナのおかげだよ」
白い頬を薔薇色に染め、リュカは肩掛け鞄を探った。そこから、小さい包を取り出し、ハンナの手に握らせる。
「これは?」
「えへへ。プレゼント」
悪戯が成功したような顔で笑う。学園からの帰りに、街の小間物屋によって来たのだった。
「まぁ! 頂けませんわ、そんな」
ハンナは目を丸くした。ルミエール家は裕福だが、オメガの次子である彼の予算が多くないことを知っている。遠慮するハンナに、リュカはにっこりした。
「僕、もう一人前だよ。日頃のお礼くらいさせて」
「リュカ様……」
ハンナは感激に目を潤ませる。震える手で開けた包は、上等な春手袋が入っていた。
「今度、また一緒に街に出かけてくれる?」
「ええ。私で良ければ、よろこんで……!」
手袋を押し抱き、頷いたハンナに、リュカはほほ笑んだ。小さいころから、ずっと自分の面倒を見てくれたばあやを、やっと安心させてあげられたのだ。
(お兄様と違って、ずっと心配かけてしまったから)
脳裏に自分と違い、美しく何でもできる兄を思い浮かべ、リュカは苦笑する。
「リュカ様、今日はお祝いですわね」
涙を拭ったハンナは、明るい声を張り上げる。リュカは目をぱちりとした。
「お祝い? でも……何も聞いてないよ?」
「あなたの卒業祝いですよ。今晩は、旦那さまに若君様も帰ってこられると、奥様から伺っております。リュカ様をお祝いしに来てくださるんですよ」
ハンナが言うには、今朝がた、急に厨房方が上等の食材を仕入れたという。きっと今宵、リュカの卒業祝いをするつもりだ、というのが彼女の見立てだ。
(ほんと?!)
でも、確かに言われて見れば――家の中がどことなく騒がしいかもしれない。侍女や侍従たちが、素早い影のように館内を動き回っている。
「うそ、嬉しい……!」
リュカの胸が、喜びと期待に膨らんだ。
ぎゅ、と卒業証書を胸に抱く。どうしよう、僕の為に帰ってきてくださるなんて、初めてじゃないかしら。
(そうだよね。駄目な僕だけど……今日は、一人前になった記念の日なんだもの!)
お会いしたら、まずはお礼を言おう。これからは、僕もルミエールの一員としてお役に立ちますって、伝えるんだ。
熱い思いを胸に、リュカは家族を迎えるべく、自室に戻った。
魔法学園の大講堂に、学園長の厳かな声が響いた。
「はい」と答え、足を踏み出したリュカは、緊張のあまり、何もない床で転んでしまった。周囲から、どっと失笑が漏れる。
「い、いたた……」
小さく呻き、リュカは鼻を押さえた。
銀の髪がふわりと揺れ、その面貌が露わになる。
空色の大きな瞳をけぶらせる、長い銀の睫毛。優しく通った鼻筋に、珊瑚色の小さな唇。息を飲むような可憐な面差し――であるぶん、鼻の頭を真っ赤にしているのが、よけいに滑稽だ。
「ルミエール!何をもたもたしてる」
列席していた担任が厳しく囁いた。
「も、申し訳ありません!」
制服の埃を払い、リュカは慌てて立ち上がる。
卒業式の為、丁寧にくしけずった長い髪なのに、転んだ衝撃で水色のリボンが歪んでしまっている。
転ばないよう気をつけつつも、教師たちの呆れ顔を横切って、学園長の前に立った。長いひげを蓄えた学園長は、真っ赤になったリュカの顔を見て、鷲鼻を震わせた。
「ルミエール。最後まで君はどじだね」
「申し訳ありません、先生」
小さくなるリュカに、ふんと笑い学園長は証書を読み上げた。
「――学園の長として、本日をもって、君の卒業を認めます」
差し出された卒業証書を受け取り、リュカは深く礼をする。パチパチとおざなりの拍手が響くなか、リュカは熱く潤んだ声で、恩師に礼を伝えた。
「ありがとうございます、学園長先生」
「君ほど覚えが悪い生徒が卒業するのは、この学園にとって初めてのことだ。誇りを持ち、これからも人の何倍も励むことだね」
「はいっ」
皮肉たっぷりの激励に、リュカは笑顔で頷いた。その淡い空色の瞳は、素直な喜びだけをたたえている。呆気にとられる学園長の前で、リュカはもう一度深くお辞儀をし、卒業生の席に戻った。
「……っ」
膝の上で、証書をおさめた革張りの本を撫でる。しっとりとした感触に、リュカの胸は熱く震えた。
(やった……僕も、これで一人前なんだ!)
国立魔法学園は、このアルム王国の貴族の子弟が通い、国を導いてゆくにふさわしい教養・能力を養成する場所だった。卒業しなければ、この国の貴族として一人前とは認めて貰えない。
リュカは、アルム王国の上位貴族である、ルミエール侯爵家の次男。卒業することは、彼の人生において大切な目標だった。
(頑張って良かったぁ……! この証書は、僕の誇りにするんだ)
リュカはぎゅっと証書を胸に抱き、すんと鼻を鳴らす。嬉し泣きである。
と――喜びに頬を染めるリュカを、周囲は呆れ顔で眺めていた。
「おいおい、ルミエール家のリュカ様、嬉し泣きしていらっしゃるぞ」
「泣きたいのはこっちだよ。落第に賭けてたのに……まさか、あの劣等生が、卒業するなんて」
「賄賂でも握らせたんだろう。落第なんかしたら、輝ける兄上様にまで迷惑がかかるんだからさ」
ひそひそと辛辣な声が飛び交っている。
幸いにも、感激に浸っていたリュカの耳には届いていなかった。
*
「ただいま、ハンナ!」
「お帰りなさいませ、リュカ様」
ルミエール邸の玄関に駆け込んだリュカを、メイドのお仕着せに身を包んだ老女がひとり出迎えた。名はハンナといい、彼のばあやである。恰幅の良い体を屈め、礼をとるハンナにリュカは駆け寄った。
「見て、卒業したんだよ!」
持っていた卒業証書を、得意げに広げて見せる。その内容というより、無邪気な振る舞いをする坊ちゃまに、ハンナは目尻のしわを深くした。
「おめでとうございます、リュカ様。本当にご立派でございますよ」
「ありがとう! ハンナのおかげだよ」
白い頬を薔薇色に染め、リュカは肩掛け鞄を探った。そこから、小さい包を取り出し、ハンナの手に握らせる。
「これは?」
「えへへ。プレゼント」
悪戯が成功したような顔で笑う。学園からの帰りに、街の小間物屋によって来たのだった。
「まぁ! 頂けませんわ、そんな」
ハンナは目を丸くした。ルミエール家は裕福だが、オメガの次子である彼の予算が多くないことを知っている。遠慮するハンナに、リュカはにっこりした。
「僕、もう一人前だよ。日頃のお礼くらいさせて」
「リュカ様……」
ハンナは感激に目を潤ませる。震える手で開けた包は、上等な春手袋が入っていた。
「今度、また一緒に街に出かけてくれる?」
「ええ。私で良ければ、よろこんで……!」
手袋を押し抱き、頷いたハンナに、リュカはほほ笑んだ。小さいころから、ずっと自分の面倒を見てくれたばあやを、やっと安心させてあげられたのだ。
(お兄様と違って、ずっと心配かけてしまったから)
脳裏に自分と違い、美しく何でもできる兄を思い浮かべ、リュカは苦笑する。
「リュカ様、今日はお祝いですわね」
涙を拭ったハンナは、明るい声を張り上げる。リュカは目をぱちりとした。
「お祝い? でも……何も聞いてないよ?」
「あなたの卒業祝いですよ。今晩は、旦那さまに若君様も帰ってこられると、奥様から伺っております。リュカ様をお祝いしに来てくださるんですよ」
ハンナが言うには、今朝がた、急に厨房方が上等の食材を仕入れたという。きっと今宵、リュカの卒業祝いをするつもりだ、というのが彼女の見立てだ。
(ほんと?!)
でも、確かに言われて見れば――家の中がどことなく騒がしいかもしれない。侍女や侍従たちが、素早い影のように館内を動き回っている。
「うそ、嬉しい……!」
リュカの胸が、喜びと期待に膨らんだ。
ぎゅ、と卒業証書を胸に抱く。どうしよう、僕の為に帰ってきてくださるなんて、初めてじゃないかしら。
(そうだよね。駄目な僕だけど……今日は、一人前になった記念の日なんだもの!)
お会いしたら、まずはお礼を言おう。これからは、僕もルミエールの一員としてお役に立ちますって、伝えるんだ。
熱い思いを胸に、リュカは家族を迎えるべく、自室に戻った。
71
あなたにおすすめの小説
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。
これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。
無自覚両片想いの勇者×親友。
読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
運命よりも先に、愛してしまった
AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。
しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、
2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。
その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました
2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。
様々な形での応援ありがとうございます!
たとえば、俺が幸せになってもいいのなら
夜月るな
BL
全てを1人で抱え込む高校生の少年が、誰かに頼り甘えることを覚えていくまでの物語―――
父を目の前で亡くし、母に突き放され、たった一人寄り添ってくれた兄もいなくなっていまった。
弟を守り、罪悪感も自責の念もたった1人で抱える新谷 律の心が、少しずつほぐれていく。
助けてほしいと言葉にする権利すらないと笑う少年が、救われるまでのお話。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる