あなたの光になりたい

高穂もか

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光と影の帰還

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 窓から差す光が赤みを帯び出したころ、ハンナが部屋にやってきた。
 
「リュカ様! ご覧になってくださいまし」
「なあに、ハンナーーわあ!」
 
 机で物を書いていたリュカは振り返り、歓声を上げた。ハンナは、大きなチーズケーキを持っていたのだ。ふっくらきつね色に焼き上がったケーキは、まだ甘い湯気を立ち上らせている。
 
「すごい、良いにおい」
 
 目を輝かせるリュカに、ハンナは嬉しそうに胸を張った。
 
「リュカ様は、幼いころからこれがお好きですものね。あとで、生クリームをたっぷり乗せて仕上げますから、お楽しみに」
「ありがとう、ハンナっ。早く食べたいなぁ」
「あらあら」
 
 リュカの無邪気な笑顔に、ハンナも相好を崩す。
 ハンナの手作りケーキは、リュカの大好物だった。美味しいのはもちろん、祝われることの少ない彼を励まそうという、優しいばあやの気遣いがたっぷり込められているから。
 
「おばあさん。旦那さまと若様が、そろそろご帰宅だそうですけど」
 
 笑い合う二人の間に、つっけんどんな声が割って入る。従僕の服をまとった少年が、開け放した扉から覗いていた。焦げ茶の髪に濃い眉が、彼の祖母であるハンナとそっくりだ。
 
「テオ。まずはリュカ様にご挨拶でしょう?」
「はあ……」
 
 窘める祖母に、テオは気のない返事をする。生意気盛りの十四歳は手を焼かされる、とハンナが嘆いていたことを知っているリュカは、苦笑した。
 
「知らせに来てくれてありがとう、テオ。お出迎えに行かなきゃね」
「申し訳ありません、リュカさま。テオ、私はこれを置いてくるから、お前はリュカ様のお支度を手伝って」
 
 せかせかと指示を出す祖母に、テオは唇を尖らせた。
 
「えぇ、なんで俺が……ていうより、何でそんな野暮ったいケーキ焼いたの? 料理長が、立派なのを準備してるのにさあ」
「うっ」
 
 孫の指摘に、ハンナの顔が悲し気にしぼむ。リュカは慌てて言った。
 
「そんなことないよ! 僕はハンナのケーキが大好きだよ?」
「リュカ様……!」
 
 目を潤ませるハンナに、テオはふんと鼻を鳴らした。幾分拗ねた響きのそれに、リュカは「思春期って難しいんだなあ」と思った。
 ハンナがぱたぱたと部屋を出ていき、テオとリュカだけが残される。
 手持無沙汰そうに、入り口に突っ立っているテオに、リュカは笑いかける。
 
「テオ、お疲れさま。今日、忙しかったでしょう」
「……」
「ええと。お腹空いてない? 美味しい飴があるんだよ」
 
 テオは何も答えず、そっぽを向いている。
 
(……うーん。なかなか仲良くなれないなぁ)
 
 大好きなハンナの孫であるテオが出仕して、もうすぐ半年になる。他の家族には礼儀正しく忠実な彼だが、リュカにだけは素っ気ない。
 使用人に素っ気なくされるのは常のことなので、リュカとしては寂しく思いこそすれ腹は立てないが、ハンナは孫の態度に気を揉んでいるようだ。今だって、準備といっても上着を羽織るだけなのに、わざわざ手伝うように言うのは、打ち解けてほしいからなのだろう。
 
(ごめんね、ハンナ。道のりは遠いかも……)
 
 椅子にかけていた上着を羽織っていると、テオがじっと書き物机にあるものを見ていることに気づく。
 
「それ? お父様とお母様、お兄様へのお手紙を書いたんだ。今日ね、卒業できたんだけど……ずっとご心配をおかけしてしまったから」
「……」
 
 言いながら、封筒を用意したプレゼントに添える。晩餐の後に、皆に渡すつもりだった。リュカは笑顔で振り返る。
 
「テオもありがとう。僕のお祝いのために、頑張ってくれて」
「……あんたのお祝い?」
「うん!」
 
 やっと帰ってきた返事が嬉しくて、大きく頷く。目を丸くしていたテオは、何か合点が言った様にふき出した。
 
「どうしたの?」
「いいえ。当然です、大・切・なお祝い事ですから」
 
 テオは上機嫌にけたけた笑う。少し仲良くなれた気がして、リュカはにこにこと続けた。
 
「じゃあ、そろそろ行こうか」
 
 弾むような足取りのリュカの後ろをついていくテオは、薄笑いを浮かべていた。

 *

 大階段を下り、玄関ホールに出ると、もう使用人たちがずらりと整列していた。
 
「急ごう」
 
 と振り返ると、テオはすでに使用人の列に混じっている。リュカも慌てて、先頭の母の隣に立った。すると、「遅いですよ」と窘められる。
 
「申し訳ありません、お母様」
「まったく……久しぶりに旦那様とシエルが帰ってくるのに、もたもたしたりして……楽しみじゃないのかしら」
 
 独り言のような叱責に、リュカは身を縮める。
(そ、そんなつもりじゃないんだけどな……)
 
 もう一度頭を下げたとき、玄関の扉が開いた。
 
「お帰りなさいませ!」
 
 皆で声を揃えて、主人を迎える。
 
「やあ、出迎えご苦労」
 
 ルミエール侯爵は、軽い調子で手を上げた。驚くほど若々しい顔に、晴れやかな笑みを浮かべている。ルミエールの証である銀髪がシャンデリアに照らされ、輝いていた。
 夫人が、まず夫に駆け寄った。
 
「あなた、お帰りなさい!」
「ただいま、ローズ」
 
 親しげに抱擁を交わす二人に、使用人が感嘆の息を漏らす。
 
「私のいない間、変わりはなかったか?」
「はい。全てお指図の通りに」
「うむ。よろしい」
 
 満足そうな父の声を、リュカは頭を下げたまま聞いていた。三月ぶりの父との再会に、少し緊張しながらも、リュカはそっと顔を上げた。
 
「お帰りなさいませ、お父様」
「ああ」
 
 父は、母を見つめたまま頷く。頬を染めた夫人は、不思議そうに細い首を巡らせた。
 
「あなた、シエルの姿が見えませんが……」
「うーん、一緒に帰ってきたのだけど。馬の世話をすると言ってね……」
「まあ、あの子ったら。こんなおめでたい日にまで」
 
 呆れたように笑い合いながら、その声には頼もしさが溢れている。リュカはおめでたいという言葉に頬を染めた。
 
(そうだ、お礼を言わなくちゃ。その前に、卒業できたって報告して……)
 
 はやる気持ちで笑顔を向けたとき、足音高く玄関に飛び込んでくる者があった。
 
「たっだいまー! 皆、久しぶりだな」
 
 元気のいい、よく通る声がホールに響く。挨拶というより、戦場の号令のようなそれに、みな稲妻に打たれたように振り返った。


 
「シエル様……!」
 
 それきり、沈黙が落ちる。ルミエール家の若君を見た人間は、いつもそうなる。あまりの美しさに見惚れ、言葉を失ってしまうのだ。
 シャンデリアの光をくすませるような銀の髪。銀の睫毛に縁どられた金の瞳は、なつこい光をたたえ、笑っていた。魔獣狩りの武骨な制服に身を包んでいても、長身で均整のとれた体躯は美しさを損なっていない。
 
「こら、シエル。皆が驚くだろう?」
 
 侯爵が笑い交じりに窘めると、シエルは額を打った。
 
「ああ、申し訳ありません! つい、戦闘の癖がぬけなくて……あれ、きみ、大丈夫?」
 
 へたり込んでるメイドに気づいて、シエルは優しく声をかける。メイドは顔を真っ赤にした。
 
「うーん」
「えっ! ちょっと?!」
 
 まさに、麗人と呼ぶにふさわしい若者を間近に見て、メイドは気を失った。幸福そうな笑みを浮かべる彼女に、シエルだけがわけのわからない様子で、慌てている。
 
(お兄様、相変わらずだなぁ)
 
 リュカはくすりと笑い声をもらす。
 美しくて朗らかな兄は、たくさんの人に慕われている。信奉者をどんどん増やしているのに、本人は気づいていない。
 両親や使用人と笑い合う兄を眩しく見つめていると、金の瞳がリュカを見た。
 
「おお、リュカ! 久しぶり」
「お兄様、お元気そうでなによりです」
 
 朗らかに抱きしめられ、リュカは兄を見上げる。
 
「相変わらず、可愛い顔だなあリュカは! こうしてやる」
「わあっ、お兄様……目が回りますっ」
 
 シエルは弟の頭を、可愛くて仕方ないと言いたげに、撫でた。ガクガクと頭が揺れ、リュカは目を回しそうになる。
 
「今日は祝いだ! たくさん兄様と遊ぼうな」
「お兄様……」
 
 優しい言葉に感激し、リュカは頬を染める。
 
「本当にシエル様は、リュカ様を可愛いがってらっしゃるのね」
「羨ましい……」
 
 使用人たちがため息を漏らす。そんな賑やかな1幕を見ていた侯爵が、こほんと咳払いをした。
 
「そのへんにしておきなさい。皆を労うのがさきだ」
「あっ、申し訳ありません」
 
 シエルは照れたように笑い、リュカを離すと、侯爵の隣に並んだ。
 
「皆、今日は大切な家族の門出だ。今夜は無礼講でさわごう!」
 
 侯爵の言葉に、わっ、と歓声があがる。皆が笑顔で、祝福の空気に満ちている。
 
(嬉しい……)
 
 シエルはどきどきしながら、自分も歩み出ようとした。
 しかし、それより早く、侯爵がシエルの肩を引き寄せた。
 
「皆も知っての通り、シエルが王太子殿下の親衛隊に選出された!」
「俺のためにパーティーなんてありがとな!」
 
 シエルが片腕を突き上げる。玄関ホールに、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
 
「……えっ」
 
 リュカはぽつりと呟いた。
 
(お兄様のお祝い?)
 
 沸く周囲のなか、ポカンとしているのはリュカとハンナだけだった。
 ホールの片隅で、テオが舌を出した。
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