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皆が喜ぶ道
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卒業式から三日ほど、リュカは忙しく過ごしていた。
招かれた茶会に参加したり、お世話になる先輩たちへ挨拶の品物を贈ったりと、やることは尽きない。
「お会いできて良かったぁ」
リュカは王城の回廊を歩きながら、ほうと息を吐いた。今日は、アリスタ殿下のご機嫌伺いに来ていたのだ。明るく、好奇心旺盛な殿下は、隣国で新しく発表された転移魔法について、熱心に教えてくれた。
「ふふっ。次にこちらに来るまでに、もっと勉強しておかなくちゃ!」
王太子に次いで優秀であると噂のアリスタに、物足りない思いをさせてはいけない。やる気に燃えながら、歩いていると、庭園で見知った人物と行き会った。
「フィリ?」
「――リュカ」
リュカが呼びかけると、青年――フィリクスは眼鏡の奥で目を見ひらいた。吹き抜けていった風が、フィリクスの長い黒髪をなびかせる。細身で手足のすらりと長い、高貴な猫のような美少年だ。武骨な眼鏡をかけ、地味な藍色の服を着ていても、水が滴るように美しい。
「こんにちは、フィリ」
「……」
リュカは偶然会った同級生に、ほほ笑んで挨拶をした。しかしフィリクスは眉を顰め、大きくリュカを迂回し、行き過ぎていった。
(フィリ……)
リュカは遠のいていく背を見送り、肩を落とす。
かつて友人だったフィリクスと、アリスタ殿下のお側役の就職口を争うことになるとは思わなかった。そして、優秀なフィリクスではなく、自分が選ばれたことも、未だに信じがたいことだ。
「……フィリの分まで、頑張るよ」
この数年疎遠ではあったが、試験以降、口さえ聞いてくれなくなった友人に誓う。しかし、自分も彼も懸命に臨んだ試験、恨みっこなしなのだ。
(なら、頑張ろう! 力の限り)
リュカは強く決意し、馬車まで小走りに戻った。
その決意が、早々に揺らがされるとは、思っても見ないままで。
*
翌晩、リュカは父である侯爵に、部屋に呼び出された。
「――結婚、ですか? 僕が?!」
父から告げられた言葉に、リュカは目を見ひらく。がっしりした執務机に両肘をつき、侯爵は言う。
「そろそろ、後継ぎのことを考えなければならないのは、お前も承知のことだと思う。今まで、シエルの結婚話を進めてきたが……このたびの栄転で話が変わった。騎士団入りをして、すぐに後継ぎなど作れようはずもない。だろう?」
「それは……仰る通りです」
動揺しつつ、リュカは父の言葉に頷いた。
(夜明けの騎士団は、大きな出世の道であるぶん……すごく激務だとうかがったもの。そんな状況で、お子を作るなんてとても……!)
執務室を照らす魔石の光が、緊張でぐっと陰った気がする。室内にいるみなが真剣だった。同席している母と兄は応接用のソファで、黙ったまま話を聞いていた。
「リュカ、お前はもう一人前の貴族だ。どうすべきか、わかるね?」
問いの形を持ちながら、断定的に侯爵は言う。リュカは小さく息を飲み、身を固くした。
「明日にでも、アリスタ殿下のお側役を辞退しなさい。それから、すぐに見合いを始めよう。シエルが危険な任務に就く以上、家を継ぐ責務はお前が担うんだ、リュカ」
「お父様……」
予想は出来ていた言葉だった。しかし、いざ告げられると酷く寂しかった。
兄ほどの栄転ではなくとも、リュカも頑張って勝ち得た仕事だ。試験を競った相手や、選んでくださったアリスタ殿下にも申し訳なかった。
「も、もう少し待っていただくことは、できませんか?」
「無理だ」
何とか延命を図るリュカに、侯爵は焦れたように言葉を重ねた。
「どうしたんだ、リュカ? ルミエールの為に力を尽くすと言ってくれたじゃないか。あれはその場限りの嘘なのかい?」
「いえ、そんなことは! ただ……」
「なら、歯切れよく受けなさい。まったく、シエルは魔獣狩りの職務があろうと、結婚すると直ぐに言ったんだよ。お前は、いつまでも兄の陰に隠れて、責任感がなくていけないね」
「申し訳ありません……」
父の呆れ声に、リュカは小さくなった。卒業式の夜に激励してくれた父は、今はルミエール侯爵として、すでに別の判断を下していると悟る。
「では、見合いを兼ねてパーティを開くから、準備して居なさい。就職に際して、世話になった人達へのあいさつ回りも忘れないようにね」
「はい、お父様」
リュカは目を伏せて頷いた。「よろしくお願いします」と伺った矢先に、「お世話になりました」と謝罪して回ることになるとは……。じっと手を握りしめていると、侯爵は少し声音を和らげた。
「あのね、リュカ? 側役の仕事は、なりたい者がたくさんいるんだよ。それこそ、ノア伯爵家のフィリクス君は、とても優秀だっていうじゃないか。きっと立派に後任を務めてくれるさ」
「……っ!」
父の言葉に、リュカは目を見ひらいた。母も苦笑する。
「そうね。ノア伯爵夫人とは、私も懇意にしてるから……優秀な息子さんを、侯爵家のうちが押しのけたなんて、やりにくいなって思っていたのよ」
「お母様……」
両親のやわらかな声音には、優しくたしなめるような響きがあった。「いつまでたっても頼りない次男を導いてあげよう」という、過保護な愛情さえ感じられる。視界の片隅では、シエルが心配そうにこっちを窺っていた。
「胸を張りなさい、リュカ。ルミエールの血を継ぐのは、お前にしか出来ないんだからね」
父の励ましに、リュカは泣きたい気持ちで微笑んだ。
父の執務室を出て、とぼとぼ歩くリュカの後を、慌ただしい足音が追いかけてきた。
「リュカ!」
「お兄様……」
息せき切ったシエルが、リュカを呼び止める。心配に顰められた美しい顔が、廊下の魔石にほのぼのと照らされていた。
「ええと。大丈夫か?」
肩を掴まれて、そっと顔を覗き込まれる。金色の瞳が、心配そうに揺らいでいた。わざわざ励ましに来てくれた兄に、リュカは頬を緩ませた。
「はい。ありがとう、お兄様」
「リュカ……悪いな、俺のために」
シエルは痛みを堪えるよう、顔をくしゃりと歪めた。
「いいえ! 僕だってルミエールの一員ですもの。さっそく、家の役に立てて嬉しいんですよ」
咄嗟に言ったことは、嘘ではなかった。本当の気持ちを、少し隠しているだけで――。リュカは兄を励まそうと、ことさら明るく言って見せる。
「お仕事も、楽しみでしたけど……僕、素敵な伴侶を持つのも夢でしたから! お父様が素敵な方を探して下さるって言うし」
「……そっか!」
シエルは、嘘をついていないか探るように見ていたが、安心したように破顔した。銀の髪をわしわしとかき回し、ふうと息を吐いている。
「良かった……俺、実はフィリに相談されててさ……リュカの気持ち聞けて、ホッとした!」
「え?」
「いやさ。フィリの親って”オメガは嫁ぐのが幸せ”、って考えだろ? 今年就職できなかったら嫁ぐよう言われたらしくて……だから、父上に「フィリに推薦状を」って頼んだんだ。そしたら、リュカが辞退したらいいって。もともとフィリの方が適任で、アリスタ殿下はルミエール家に配慮してくださっただろうから……って」
シエルの言葉に、リュカは小さく息を飲んだ。
(ルミエールの力? じゃあ……僕を選んでくださったんじゃないの……?)
もたらされた事情に、リュカは呆然とした。大喜びした合格の通知、アリスタが向けてくれた笑顔――すべて、ルミエール侯爵家への忖度だったのか。あまりのことに、足からフウッと力がぬけそうになる。
シエルは申し訳なさそうに「ごめん!」と両手を合わせた。
「ごめん、リュカ! 俺も、兄貴としてお前の肩を持ちたいよ……でも、試験は公正じゃないと意味がないと思う。それに、フィリはオメガでも社会進出したいって俺の同志なんだ……! あいつが、どれほど努力してるか、リュカもわかるよな? 元々は、お前の友だちだったんだし」
「……あ」
リュカの胸にフィリクスと仲良く過ごしたころが過る。顔を上げたリュカを、シエルはひた向きな目で見つめる。
「な、わかってやって……! フィリのこと、リュカは嫌いかも知んないけど……友だちだった時のことまで、忘れないで。夢を応援してやってくれないか?」
「お兄様……」
シエルの声は真摯で、熱かった。親友であるフィリクスのことを、本当に想っているのだとひしひしと伝わってくる。
(フィリ……僕は、君の道を潰すところだったんだね)
そんな事さえ知らず、「頑張りたい」なんて思っていた自分が、恥ずかしかった。
リュカは泣きたい気持ちを堪え、こくりと頷いた。
「もちろんです、お兄様。僕にとっても、フィリは大切な友人ですもの」
「リュカ……! わかってくれて、サンキュ!」
シエルは花が咲いたように笑い、リュカを抱きしめた。甘いバニラの香りが漂い、シエルの歓喜を知らせる。あたたかい兄の腕にだかれ、リュカはじっと目を瞑っていた。
「――じゃあ俺、フィリに伝えてくるよ!」
「はい。いってらっしゃいませ」
無邪気な子犬のように駆けだしたシエルの背を、見送った。
ノア家に向かい、フィリクスと手を取り合って喜ぶ兄の姿が見えるようで、リュカは少し微笑んだ。
「……これでいいんだよね」
そして、フィリクスと机を並べ、一緒に勉強していた頃を思う。幼いころは病弱で、学園に通うこともおぼつかなかったリュカの、初めての友だちだった。
しかし――シエルと出会い、フィリクスは変わった。頭の回転が良く、志の高い二人は馬が合っていたらしい。フィリクスはリュカが彼の話を理解できないことを疎み、軽んじるようになった。
『君みたいなつまらない奴と、もう話したくないよ』
そう言って、絶交を言い渡されたのである。
「……あの時は、辛かったけど。でも、お兄様の言う通りだ。僕は、君への友情を忘れてはいないよ」
リュカはハンカチで鼻を押さえ、ぐいと空を見上げた。
紺碧の空に、ちらちらと星が瞬いている。
仕事のことも、アリスタ殿下に忖度させていたことも、ショックだった。でも、それ以上に――友人の道を潰すかも知れなかったことが、一番の衝撃だった。
(友達を傷つけなくて、良かった……)
リュカは痛む胸を宥め、にっこりと笑う。正直なところ、自分が情けなく、辛い気持ちなのだが……自分が身を引けば皆が喜んでくれるのだ。
そして、リュカにはまだ、家族の役に立てる道がある。左肩の傷に触れ、リュカは笑う。
「また、頑張ればいいよ。ねっ」
まずはハンナに見合いのことを告げるべく、部屋に向かって歩き出した。
招かれた茶会に参加したり、お世話になる先輩たちへ挨拶の品物を贈ったりと、やることは尽きない。
「お会いできて良かったぁ」
リュカは王城の回廊を歩きながら、ほうと息を吐いた。今日は、アリスタ殿下のご機嫌伺いに来ていたのだ。明るく、好奇心旺盛な殿下は、隣国で新しく発表された転移魔法について、熱心に教えてくれた。
「ふふっ。次にこちらに来るまでに、もっと勉強しておかなくちゃ!」
王太子に次いで優秀であると噂のアリスタに、物足りない思いをさせてはいけない。やる気に燃えながら、歩いていると、庭園で見知った人物と行き会った。
「フィリ?」
「――リュカ」
リュカが呼びかけると、青年――フィリクスは眼鏡の奥で目を見ひらいた。吹き抜けていった風が、フィリクスの長い黒髪をなびかせる。細身で手足のすらりと長い、高貴な猫のような美少年だ。武骨な眼鏡をかけ、地味な藍色の服を着ていても、水が滴るように美しい。
「こんにちは、フィリ」
「……」
リュカは偶然会った同級生に、ほほ笑んで挨拶をした。しかしフィリクスは眉を顰め、大きくリュカを迂回し、行き過ぎていった。
(フィリ……)
リュカは遠のいていく背を見送り、肩を落とす。
かつて友人だったフィリクスと、アリスタ殿下のお側役の就職口を争うことになるとは思わなかった。そして、優秀なフィリクスではなく、自分が選ばれたことも、未だに信じがたいことだ。
「……フィリの分まで、頑張るよ」
この数年疎遠ではあったが、試験以降、口さえ聞いてくれなくなった友人に誓う。しかし、自分も彼も懸命に臨んだ試験、恨みっこなしなのだ。
(なら、頑張ろう! 力の限り)
リュカは強く決意し、馬車まで小走りに戻った。
その決意が、早々に揺らがされるとは、思っても見ないままで。
*
翌晩、リュカは父である侯爵に、部屋に呼び出された。
「――結婚、ですか? 僕が?!」
父から告げられた言葉に、リュカは目を見ひらく。がっしりした執務机に両肘をつき、侯爵は言う。
「そろそろ、後継ぎのことを考えなければならないのは、お前も承知のことだと思う。今まで、シエルの結婚話を進めてきたが……このたびの栄転で話が変わった。騎士団入りをして、すぐに後継ぎなど作れようはずもない。だろう?」
「それは……仰る通りです」
動揺しつつ、リュカは父の言葉に頷いた。
(夜明けの騎士団は、大きな出世の道であるぶん……すごく激務だとうかがったもの。そんな状況で、お子を作るなんてとても……!)
執務室を照らす魔石の光が、緊張でぐっと陰った気がする。室内にいるみなが真剣だった。同席している母と兄は応接用のソファで、黙ったまま話を聞いていた。
「リュカ、お前はもう一人前の貴族だ。どうすべきか、わかるね?」
問いの形を持ちながら、断定的に侯爵は言う。リュカは小さく息を飲み、身を固くした。
「明日にでも、アリスタ殿下のお側役を辞退しなさい。それから、すぐに見合いを始めよう。シエルが危険な任務に就く以上、家を継ぐ責務はお前が担うんだ、リュカ」
「お父様……」
予想は出来ていた言葉だった。しかし、いざ告げられると酷く寂しかった。
兄ほどの栄転ではなくとも、リュカも頑張って勝ち得た仕事だ。試験を競った相手や、選んでくださったアリスタ殿下にも申し訳なかった。
「も、もう少し待っていただくことは、できませんか?」
「無理だ」
何とか延命を図るリュカに、侯爵は焦れたように言葉を重ねた。
「どうしたんだ、リュカ? ルミエールの為に力を尽くすと言ってくれたじゃないか。あれはその場限りの嘘なのかい?」
「いえ、そんなことは! ただ……」
「なら、歯切れよく受けなさい。まったく、シエルは魔獣狩りの職務があろうと、結婚すると直ぐに言ったんだよ。お前は、いつまでも兄の陰に隠れて、責任感がなくていけないね」
「申し訳ありません……」
父の呆れ声に、リュカは小さくなった。卒業式の夜に激励してくれた父は、今はルミエール侯爵として、すでに別の判断を下していると悟る。
「では、見合いを兼ねてパーティを開くから、準備して居なさい。就職に際して、世話になった人達へのあいさつ回りも忘れないようにね」
「はい、お父様」
リュカは目を伏せて頷いた。「よろしくお願いします」と伺った矢先に、「お世話になりました」と謝罪して回ることになるとは……。じっと手を握りしめていると、侯爵は少し声音を和らげた。
「あのね、リュカ? 側役の仕事は、なりたい者がたくさんいるんだよ。それこそ、ノア伯爵家のフィリクス君は、とても優秀だっていうじゃないか。きっと立派に後任を務めてくれるさ」
「……っ!」
父の言葉に、リュカは目を見ひらいた。母も苦笑する。
「そうね。ノア伯爵夫人とは、私も懇意にしてるから……優秀な息子さんを、侯爵家のうちが押しのけたなんて、やりにくいなって思っていたのよ」
「お母様……」
両親のやわらかな声音には、優しくたしなめるような響きがあった。「いつまでたっても頼りない次男を導いてあげよう」という、過保護な愛情さえ感じられる。視界の片隅では、シエルが心配そうにこっちを窺っていた。
「胸を張りなさい、リュカ。ルミエールの血を継ぐのは、お前にしか出来ないんだからね」
父の励ましに、リュカは泣きたい気持ちで微笑んだ。
父の執務室を出て、とぼとぼ歩くリュカの後を、慌ただしい足音が追いかけてきた。
「リュカ!」
「お兄様……」
息せき切ったシエルが、リュカを呼び止める。心配に顰められた美しい顔が、廊下の魔石にほのぼのと照らされていた。
「ええと。大丈夫か?」
肩を掴まれて、そっと顔を覗き込まれる。金色の瞳が、心配そうに揺らいでいた。わざわざ励ましに来てくれた兄に、リュカは頬を緩ませた。
「はい。ありがとう、お兄様」
「リュカ……悪いな、俺のために」
シエルは痛みを堪えるよう、顔をくしゃりと歪めた。
「いいえ! 僕だってルミエールの一員ですもの。さっそく、家の役に立てて嬉しいんですよ」
咄嗟に言ったことは、嘘ではなかった。本当の気持ちを、少し隠しているだけで――。リュカは兄を励まそうと、ことさら明るく言って見せる。
「お仕事も、楽しみでしたけど……僕、素敵な伴侶を持つのも夢でしたから! お父様が素敵な方を探して下さるって言うし」
「……そっか!」
シエルは、嘘をついていないか探るように見ていたが、安心したように破顔した。銀の髪をわしわしとかき回し、ふうと息を吐いている。
「良かった……俺、実はフィリに相談されててさ……リュカの気持ち聞けて、ホッとした!」
「え?」
「いやさ。フィリの親って”オメガは嫁ぐのが幸せ”、って考えだろ? 今年就職できなかったら嫁ぐよう言われたらしくて……だから、父上に「フィリに推薦状を」って頼んだんだ。そしたら、リュカが辞退したらいいって。もともとフィリの方が適任で、アリスタ殿下はルミエール家に配慮してくださっただろうから……って」
シエルの言葉に、リュカは小さく息を飲んだ。
(ルミエールの力? じゃあ……僕を選んでくださったんじゃないの……?)
もたらされた事情に、リュカは呆然とした。大喜びした合格の通知、アリスタが向けてくれた笑顔――すべて、ルミエール侯爵家への忖度だったのか。あまりのことに、足からフウッと力がぬけそうになる。
シエルは申し訳なさそうに「ごめん!」と両手を合わせた。
「ごめん、リュカ! 俺も、兄貴としてお前の肩を持ちたいよ……でも、試験は公正じゃないと意味がないと思う。それに、フィリはオメガでも社会進出したいって俺の同志なんだ……! あいつが、どれほど努力してるか、リュカもわかるよな? 元々は、お前の友だちだったんだし」
「……あ」
リュカの胸にフィリクスと仲良く過ごしたころが過る。顔を上げたリュカを、シエルはひた向きな目で見つめる。
「な、わかってやって……! フィリのこと、リュカは嫌いかも知んないけど……友だちだった時のことまで、忘れないで。夢を応援してやってくれないか?」
「お兄様……」
シエルの声は真摯で、熱かった。親友であるフィリクスのことを、本当に想っているのだとひしひしと伝わってくる。
(フィリ……僕は、君の道を潰すところだったんだね)
そんな事さえ知らず、「頑張りたい」なんて思っていた自分が、恥ずかしかった。
リュカは泣きたい気持ちを堪え、こくりと頷いた。
「もちろんです、お兄様。僕にとっても、フィリは大切な友人ですもの」
「リュカ……! わかってくれて、サンキュ!」
シエルは花が咲いたように笑い、リュカを抱きしめた。甘いバニラの香りが漂い、シエルの歓喜を知らせる。あたたかい兄の腕にだかれ、リュカはじっと目を瞑っていた。
「――じゃあ俺、フィリに伝えてくるよ!」
「はい。いってらっしゃいませ」
無邪気な子犬のように駆けだしたシエルの背を、見送った。
ノア家に向かい、フィリクスと手を取り合って喜ぶ兄の姿が見えるようで、リュカは少し微笑んだ。
「……これでいいんだよね」
そして、フィリクスと机を並べ、一緒に勉強していた頃を思う。幼いころは病弱で、学園に通うこともおぼつかなかったリュカの、初めての友だちだった。
しかし――シエルと出会い、フィリクスは変わった。頭の回転が良く、志の高い二人は馬が合っていたらしい。フィリクスはリュカが彼の話を理解できないことを疎み、軽んじるようになった。
『君みたいなつまらない奴と、もう話したくないよ』
そう言って、絶交を言い渡されたのである。
「……あの時は、辛かったけど。でも、お兄様の言う通りだ。僕は、君への友情を忘れてはいないよ」
リュカはハンカチで鼻を押さえ、ぐいと空を見上げた。
紺碧の空に、ちらちらと星が瞬いている。
仕事のことも、アリスタ殿下に忖度させていたことも、ショックだった。でも、それ以上に――友人の道を潰すかも知れなかったことが、一番の衝撃だった。
(友達を傷つけなくて、良かった……)
リュカは痛む胸を宥め、にっこりと笑う。正直なところ、自分が情けなく、辛い気持ちなのだが……自分が身を引けば皆が喜んでくれるのだ。
そして、リュカにはまだ、家族の役に立てる道がある。左肩の傷に触れ、リュカは笑う。
「また、頑張ればいいよ。ねっ」
まずはハンナに見合いのことを告げるべく、部屋に向かって歩き出した。
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