あなたの光になりたい

高穂もか

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背伸びはしないまま

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 もたもたと感傷に浸る暇はなかった。
 まずアリスタ殿下に、丁寧に辞退を申しいれた。選考に関わった貴族達にも、お詫びにまわる。――いずれも、心を込めた品物を贈り、リュカは誠実に謝った。成人した貴族であるリュカの行動は侯爵家の意向とみなされるため、気を抜けないのだ。

「ふう。やっと、ひとごこちついたね……」

 お詫びの行脚を終え、リュカは自室のソファにぐったりと身を預けた。立派な年長の方に謝罪して回るのは、精神的な疲労が大きい。

「お疲れさまでした、リュカ様。皆さま、お怒りではありませんでしたか?」
「うん、大丈夫だったよ」

 ハンナからお茶を受け取り、リュカはほほ笑んだ。こちらの勝手な家の事情で振り回してしまったのに、ほとんどの人がにこやかに許してくれた。むしろ、「よろしくお願いします」と挨拶に行ったときの方が、態度が固かったくらいだ。
 
 『後任のフィリクスは優秀な人だし、心配しないで』

 アリスタも、快く送り出してくれた。その笑顔が少し寂しそうに見えたのは――きっと、リュカの願望なのだろう。さっそく、フィリクスをお召しになって、楽しそうに春の式典の衣装を決めていらっしゃると、シエルから聞いていた。
 
 (殿下のお優しさに感謝しないとなのに……僕は、だめだなあ)

 ご迷惑をかけずに済んだと喜ばないといけないのに、自分が居なくても事が済んでしまうことが、少し寂しいなんて。
 リュカは紅茶に映る暗い顔に、強く息をふきかけた。

「……リュカ様! 方々へのお詫びも済んだのですし、さっそく楽しいことをいたしましょう?」

 しゅんとしているリュカに、ハンナが励ますように声を上げた。

「楽しいこと?」
「お見合いパーティのお衣装を決めるのですわ! うんと美しく装って、伴侶の心を射止めなければ」

 ハンナの言葉に、リュカはハッとする。

「そうだった……今からが、本番だよね!」

 父である侯爵から、二週間後にお見合いパーティを開けと伝えられていたのである。急な日程は、シエルの着任式までにリュカの伴侶を選び終えたいという、願いのためだそうだ。なんでも、夜明けの騎士団に着任するとき、騎士たちは「命を懸け王太子に奉仕する」と宣誓しなければならないらしい。
 
 『計り知れない重圧だ。せめて、家のことまで気負わなくていいと、あの子を安心させてあげたい』

 そう語る侯爵は、優しい父の顔をしていた。招待客は父が選んでくれるそうなので、リュカはパーティの準備をするよう言いつけられていた。
 お詫びと並行して準備を進めていたが、まだ当日の衣装を決めていない。

「こうしちゃいられないっ。ハンナ、すぐに呉服商に行こう!」

 リュカはわれに返り、勢いよく立ち上がった。

「かしこまりました! テオ、馬車の準備をしてちょうだい」

 ハンナは我が意を得たり、と部屋の隅に控えていたテオに言いつける。テオは欠伸まじりに、「はあい」と頷いた。
 春の陽気がまぶしい日である。
 

 *

 
「あっ、リュカ!」

 玄関に出たとき、シエルと行き会った。シエルも出かけるところなのか、よそ行きの美しい外套を羽織っている。リュカはにこやかに尋ねた。

「お兄様、おでかけですか?」
「そうなんだよー。今日は、公爵夫人の茶会。昨日は伯爵家で夜会だったし……騎士団は嬉しいけど、挨拶まわりばっかで鍛錬の時間が取れねえの」
「ふふっ、お兄様ったら」

 シエルは鬱憤が溜まっているようで、しゅっしゅっと空を蹴っている。華やかなシエルだが、実は茶会よりも鍛錬などの一人の時間を好んでいる。リュカは、勤勉な兄を尊敬の目で見つめた。

「リュカは、どこに行くんだ?」
「僕は、呉服商に行くんです」
「あーっ、ドレス選ぶのか? いいなあ、俺もリュカと一緒が良かったよ~!」

 がっくりと肩を落とすシエルに、侍女たちがほがらかな笑みをこぼす。すると、侯爵夫人がいらいらと外から戻ってきた。

「リュカ、シエルを引き留めないで。シエル、行きますよ! ジュリア様は気難しいから、早くいかなくちゃ」
「はあい。じゃな、リュカ! あとで、どんな服えらんだか、見せて!」

 シエルは、部屋が明るくなるような笑顔をのこし、母の後についていった。

「いってらっしゃいませ!」

 リュカは去っていく二人を、そっと見送る。シエルも入団のために忙しく、母はずっとつきっきりだった。嫁入り前のパーティの差配、先達としての母に相談したいことはたくさんあるのだが。
 
 (……きっと、信頼してくださってるんだよね。結婚するのに、しっかりしなきゃ!)

 リュカは頬を叩き、活を入れる。
 ルミエールの威信に相応しいパーティにして、喜んでいただくんだ。

 
 *


「さあさあ、どんなお衣装にいたしましょうか!」

 一時間後、呉服商ではリュカが真剣に衣装を選んでいた。店のオーナーが恭しく、リュカの前に衣装を広げて見せる。
 アルムでは、大きな布を体に巻き付けるように着て、その上に上着を羽織るのが一般的なスタイルだ。成人男性は落ち着いた色味を選ぶのだが、オメガの場合は華やかに装うことが一般的である。リュカの前にも甘いピンクや、神秘的な青色の布が並んでいた。

「とっても綺麗ですね。どういったものが、この春の流行なのでしょう?」
「そうですね……こちらなど、特に人気でございますよ」

 オーナーが得意げに広げたのは、桜桃のように鮮やかなピンクのレース編みの衣である。手に持つとやわらかに透け、裾には金糸の縁取りがあり、小さな真珠がたっぷり縫い付けられて――見るも麗しい逸品だ。

「す、すごい……!」
「なんて豪華なの」

 目を見張るリュカとハンナに、オーナーは笑顔で説明する。

「高貴なお若い方が、こぞって着られる色味にございます。いかがでしょうか、お試しになっては」
「リュカ様、ぜひご試着なさってくださいまし! きっとよくお似合いですわっ」

 ハンナが興奮気味に身を乗り出す。彼女は、自分の坊ちゃんが美しくなるのが大好きなのだ。リュカは、ばあやの意気込みをくすぐったく思いながら、頷いた。

「ありがとう、着てみるね!」

 しかし。

「お、おお……美しゅうございますよ。リュカ様」

 試着室を出たリュカを、オーナーは「しまった」と言う顔をして眺めていた。

「……ちょっと変かな?」
「いえいえいえ、そんなことは」

 勢いよく首を左右に振るオーナーとハンナに、リュカは苦笑する。試着室で鏡を見た時から、自分でもわかっていたから大丈夫なのに。
 
 (うーん。僕って子供っぽいのかな……)

 リュカは改めて、鏡に映る自分をしげしげと眺めた。
 テーブルで見た時はそうは思わなかったが、この衣は着てみると、大変セクシーだったのだ。花柄に編まれたレースはロマンティックに透けて、細い肢体の陰影を浮き上がらせている。その上、背面には大胆なスリットが入り、腰までが露わになっていた。本来は、ピンクの色味が素肌と重なることで、神秘的な深みを醸し、上品な色気で留まるそうなのだが――。

「それ、やめたほうがいいんじゃないですか? リュカ様、子どものままごとみたいですもん」
「テオ!? なんてことを言うのッ!」

 テオの辛辣な意見に、ハンナが目を剥いた。リュカは少年の正直さが愛らしく、くすりと笑う。

「やっぱり? 僕も、同じこと思ってたんだ。とっても素敵なんだけど、僕には大人っぽいのかも」

 リュカは、同年代より幼くやわらかな容姿をしている。そのため、このセクシーな衣では、子どもが大人の真似事をしたようにしか見えない。
 
 (それに……この衣装じゃ、傷が……)

 リュカは左肩を押さえる。傷跡は、一部背中にまで至っているため、見えてしまう恐れがあった。ハンナがはっとして、ストールを着せかけてくれたのに、「ありがとう」と微笑む。

「オーナー、他の服も見てもいい? あまり大人っぽくないのを……」
「かしこまりました。お好きな色はございますか?」

 その問いに、ふと恋しい方の瞳の色が浮かんだ。

「翠……」

 無意識に呟いて、頬がぱっと熱を持つ。オーナーはすこし考えこみ、「少々お待ちください」と奥から、一枚の衣を出してきた。

「わあ……!」

 その衣は、若葉のようにやわらかなグリーンで、裾には春の陽ざしを思わせる金糸の縁取りがされていた。さっきの衣装とは、比べ物にならないほど素朴だ。

「いかがでしょうか? こちらの衣は異国の染料で染めたもので、アルムではまだ数が出ていないんです」
「そうなんですね。とっても綺麗な、みどりいろ……」

 リュカは、滑らかな光沢のある布に見惚れた。それは、まさしくライアンの瞳に、クリームを混ぜたような、甘い色味だった。

「……決めました! 僕、これにしますっ」

 即決したリュカに、ハンナが「ええっ」と大きくのけ反った。

「リュカ様、よろしいのですか? 国内でまだ珍しいという事は、悪目立ちしてしまうかも……」
「いいの! 僕、好きな衣装を着て、勝負したい」
「リュカ様……」

 にっこりと笑って、リュカは衣装を胸に抱く。
 心配そうなハンナだったが、実際にその衣を纏ったリュカを見て、言葉を失った。――とても清楚で、可憐だったのだ。大人びすぎていないデザインと淡い色味が、リュカの愛らしい容姿を損なうことなく、花を添えている。テオでさえ、思わず口笛を吹いたほどだ。

「まあ……美しゅうございます、リュカ様……」
「ありがとう、ハンナ」

 リュカは笑って、愛しい方の瞳を想う。
 
 (ライアン様が、お見合いパーティに来てくださることはない……この姿も、見てはいただけないけど)

 父に見合いを命じられてから、リュカは覚悟していた。恋しい人と結ばれることは、ありえないのだと。
 
 (だったら、せめて……大好きなあなたの色をまとっていきたいです)

 切なく、衣装に包まれたわが身を抱いた。
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