あなたの光になりたい

高穂もか

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スズランの想い

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 低く滑らかな声が、再び問う。

「そこにいるのは、リュカか?」

 夜空の下、姿を現した人物にリュカは目を見ひらいた。
 背の高い、厳しい面差しの若者である。厚みのある体躯に、清廉な純白の衣を纏っている。雪のような白髪を撫で上げており、切れ長の瞳は薄氷の色。銀色の片眼鏡が、怜悧な美貌を際立たせている。
 ライアンが眩しい夏の木漏れ日とすると、彼はまさに厳めしい冬の湖のようだ。

「カシミール兄様……!」

 リュカは、ブラン伯爵の一人息子であり、幼馴染であるカシミールの名を呼ぶ。そのことで、暗がりにいるのがリュカだと確証を得たのだろう。片眼鏡の下の眼が、リュカをじっと見据えた。

「久しいな。夏期休暇以来だろうか」
「はい……ご無沙汰しております、カシュ兄様」

 リュカは、慌てて礼を取る。招待客である彼に、まだ挨拶をできていなかったと思いだしたのだ。

「今夜は来てくださって、ありがとうございます」
「こちらこそ、お招きありがとう。立派な宴だ」

 生真面目に頷くと、カシミールはリュカの側に歩んできた。――リュカはさりげなく、持っていた手巾で瞼を押さえた。泣いていたことをバレたくなかったのだ。

「また、具合が悪くなったのか?」
「え……?」

 出し抜けに問われ、リュカは目を瞬く。
 欄干に片手をついたカシミールが、リュカをじっと見下ろしていた。

「君は体が強くない。パーティのホストと言えども、遠慮せず休むべきだと思う」
「兄様……」

 薄氷のような瞳に心配の色をくみ取り、リュカはくすぐったくなった。五歳年上のカシミールは、昔からそうだ。父親同士に親交があり、よく邸に遊びに来ていた彼は、リュカに親切にしてくれた。
 
 『具合はどうだ』

 邸に来ると、ベッドに寝ついているリュカを見舞いに来てくれたカシミール。社交的なブラン伯に似ず物静かな彼は、催される茶会が煩わしい、ここで本を読みたいのだと言っていたけれど――。
 そんな口ぶりは、リュカに気遣わせないためだと解っていた。
 
 『大丈夫か?』

 少し咳き込んだだけで、すぐに本を置いて背を擦ってくれた。学園を休みがちなリュカの勉強が遅れていると知ると、わざわざ面倒を見てくれて……本当に親切な人なのだ。
 
 (優しいなあ、カシュ兄様……)
 
 彼が王宮に出仕するようになってからも、頻度は減ったものの、親しい交流は続いていた。もう一人の兄のように、大切に思っている彼からの気遣いが胸に沁みる。

「ありがとう、兄様。大丈夫ですよ」

 リュカはにっこりとほほ笑む。

「本当か?」
「はい。少し、風に当たりたいなって思ったんです。今日は、あたたかい夜なので」
「……なら良い。君が出て行くのが見えて、気になっただけだ」

 重ねて言うと、カシミールは寄せていた眉を開いた。安心してくれたらしい。リュカはほっとして、話題を変えた。

「それよりも……カシュ兄様。夜明けの騎士団の副団長就任、本当におめでとうございます」

 カシミールもシエルと同じく、夜明けの騎士団に選ばれている。勤勉な幼馴染の素晴らしい出世を、リュカは心から喜んでいた。すでに祝いの品は贈っていたが、顔を見てお祝いしたかったのだ。
 カシミールは目を伏せ、片眼鏡に触れる。

「なんの――重要なのはこれからだ。選ばれただけでなく、殿下とこの国の為お役に立たねば価値はない」
「さすが兄様っ。ご立派です」
「……っ」

 尊敬の眼差しで見上げるリュカから目を逸らし、カシミールは何度か咳払いをした。

「大げさだ」
「いいえ」

 リュカは、彼の決意に胸打たれ……自分が恥ずかしかった。

「だって、僕は……お断りしてしまいましたもの。申し訳ありません。ブラン伯爵夫人にもお口添え頂きましたのに」

 王宮へ出仕するために、ブラン伯爵家にもお世話になっていた。この度の婿取りは、リュカの願いでないとはいえ、彼らの応援を無駄にしてしまうことだ。
 小さくなるリュカに、カシミールは静かに言う。

「婚姻も貴族としての大切な務めだ。それに、伴侶を得てからも出仕の道はあるから、落ち込むことはない」

 不愛想な声が淡々と告げる言葉に、リュカは微笑んだ。慰めてくれているのだ。くすくすと笑いを溢すリュカに、カシミールは改まった様子で切り出した。

「リュカ、俺からも言いたいことがある」
「え?」
「これを」

 言って、懐から取り出した小さな箱を、リュカの前に差し出した。すべらかな絹に包まれたそれに、リュカは目を瞬いた。

「卒業おめでとう。大したものじゃないが、祝いの品だ。受け取ってほしい」
「えっ!?」

 卒業祝い。リュカの為に、わざわざ――。驚いて口をぽかんと開いていると、咳払いが聞こえる。慌てて受け取り、リュカは箱を胸に抱き、頭を下げた。
 まさか、お祝いしてもらえるなんて思わなかった。喜びに頬が火照る。

「ありがとうございます、カシュ兄様。開けてもいいですか?」

 カシミールは頷いた。リュカは震える手で包をひらいた。――小さな箱を開け、あっと息を飲む。

「わあ……!」

 箱に敷かれた天鵞絨の上に、そっと納まっていたのは、スズランの花を模したブローチだった。花の枝葉は華奢な銀細工で出来ており、花は小さな真珠があしらわれている。銀の葉の上に、雫のような金剛石がひと粒、燦然と輝いていた。
 
 (なんて……なんて、綺麗なんだろう)

 華美さはなく、流行の細工ではない。けれど愛らしく、落ちついた品のある意匠はリュカに似合うと思って選んでくれたのだろうか。その上、スズランはリュカの誕生花だ。
 あたたかい心のこもった贈り物に、リュカは涙ぐんだ。震える声で問う。

「カシュ兄様……僕、よろしいのでしょうか。こんな素敵なものを頂いてしまって」
「成人の祝いだ。これくらいは普通だろう」

 気難しく眉を寄せ、片眼鏡に触れるカシミールに、リュカは顔をほころばせた。
 
 (ハンナ。カシュ兄様が、お祝いしてくれたよ)

 カシミールの厚意に、卒業できて嬉しかった気もちが甦ってくるようだった。リュカは喜びのまま、スズランのブローチを衣につけた。翠の布の胸元に、清廉なスズランがやわらかな光を放つ。

「どうでしょうか?」

 にっこりと笑ったリュカをじっと見つめ、カシミールは腕を組む。

「その衣には合わないように思うが……」

 生真面目な言葉に、リュカはふき出した。

「いいえ、これが最高です!」

 リュカは心から嬉しそうに、胸元に光るスズランを撫でる。カシミールは、リュカのほほ笑みをどこか眩し気に見つめていた。
 
 
 そのとき、室内から華やかな音楽が響いて来た。
 ダンスの為に選んだ、明るく華やかな曲。部屋を振りかえれば。シエルの周りに人だかりができているのが見えた。

「俺と踊ってよ、シエル!」
「いいえ、ぜひ僕と」

 シエルの友人達をはじめとし、貴公子たちがしきりにダンスに誘っているようだ。シエルは困り顔で断っていたが、ふいに傍らのライアンの腕に飛びつく。

「ごめん、みんな! 俺、ライアンと踊るからっ」
「シエル」

 優しく抱き留めたライアンが、甘い微笑みを浮かべたのを見て、胸がズキリと痛んだ。
 
 (ああ……戻りたくないなぁ)

 でも、ずいぶん長い間、休憩してしまった。
 リュカは覚悟を決め、カシミールを振り仰いだ。

「僕、そろそろ戻ります」

 すると、目の前に大きな手が差し出されていた。

「共に戻ろう」
「……はい」

 リュカはカシミールの腕に、そっと手を添えた。あたたかい。ふわりと清らかな香気が漂った。
 
 (カシュ兄様がいて下さって、よかった……)

 会場に再び足を踏み入れると、お客がつくった輪の中心でシエルとライアンが踊っていた。
 麗しい二人に見惚れるお客に紛れ、リュカは眩しい光景を眺める。

「……っ」

 想い人が、美しい兄と身を寄せ合って踊る姿に、性懲りもなく胸が痛んでしまう。
 すると、そっと腕を引かれた。

「リュカ。一曲頼めないか」

 カシミールの言葉に、リュカは目を見ひらく。――今夜、リュカに踊る相手がいない事を察してくれたのだろうか。リュカはカシミールの気遣いに感謝し、頷いた。

「はい、喜んで」

 エスコートされながら、輪の中心へと向かう。

「おや、カシミール様とリュカ様だ……」
「カシミール様が踊られるとは」

 周囲から驚きの声が上がる。
 リュカは華やかな音楽に合わせ、カシミールの巧みなリードに身を任せた。何度も、踊る練習を共にした兄とのダンスは頼もしくて、安心できる。
 ゆったりと身を任せ、揺られていると――カシミールの肩越しに、ライアンと目があった気がした。
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