上 下
57 / 112
第一章 おけつの危機を回避したい

五十七話 十一月十二日(十七時十二分)加筆完了しました!

しおりを挟む
「びっくりしたぁ! 何、それ?」
「今井くんこそ、よく気づいたね。面影残ってる?」
「いやもう、声だけ。声しかヒントない」
 
 クオリティ高すぎて、おしっこちびるかと思ったんやから!
 そう訴えると、ペニーワイズは可憐な笑みを浮かべて、道化服をつまんだ。
 
「よかった。同好会のみんなで、ホラー映画上映会してるんだ。キャストから雰囲気出した方が楽しいでしょ?」
「ほええ……めちゃめちゃ怖そう……」
 
 すげぇ。
 聞くところによると、猫耳とか吸血鬼とか美しめなんは無しって縛りなんやって。真柴くんなんか、全身キングコング(ホラーかな?)らしいよ。めっちゃ見てみたいんやが。
 
「でも、あんまり名前呼ばないでね。イメージ崩したくないから」
「わかった! 役作りやね」
「ふふ。そういう事にしとこうかな」
 
 優姫くんは、コロコロと笑う。可愛い。ペニーワイズであっても、可愛さって伝わるんやね。
 
「今はね、上映中で手が空いてるから食べ物買いに来たんだ。ハットク、プレーンの四つ貰える?」
「わあ、ありがとう!」
 
 おれはいったんオーダーを通しに、列を離れた。中では、みんな変わらず忙しそうに働いとった。竹っちも活き活きとお盆を四つ抱えて走り回ってて、ホッとする。
 
「ハットク四つ、おまたせしましたっ」
「……! ありがとう」
 
 あつあつのハットクを持って、廊下に戻る。優姫くんは、廊下の窓から中を覗いてたみたいや。
 
「どうしたん?」
「ううん。――トリックアート、すごい迫力だね。皆に渡したら、また改めて見に来るよ」
「わー、ありがとう! ぜひ来てなっ」
「今井くんも、良かったら来てね。皆も会いたがってるし。午後は、爆笑サメ映画だから怖くないよ」
「うん! 友達と遊びに行くわー!」
 
 優姫くんは、ニコニコと手を振って去って行った。
 爆笑映画かあ。きっと皆好きなやつやし、話してみよっと。




 
「――ねえ、大丈夫? 元気だしなよ」
「うん……」
 
 テーブルを片しとったら、後ろの生徒達の会話が聞こえてきた。二人組の可愛い感じの男の子が、しょんぼりと話し込んでる。
 
「榊原先生、急にお休みなんて酷いよね。一緒に花火見てくれるって、言ったんでしょ?」
「言わないで。ご家庭の事情だから仕方ないよ……」
 
 ――榊原!
 
 おれは、二人の会話にハッとする。
 そう言えば、姉やんが言ってた!
 
「榊原はね、学祭当日休みなのよ。だから、その日誰も行方を知らなくて。いきなりニューッ! と現れて、愛野くんを攫っちゃうわけ。それで会計も探すのに苦労したみたいよ」
 
 榊原が休みって言う事は、今日もゲーム通りに話が進んどるっていう事か……。おれは、ごくりと生唾を飲んだ。
 
「そうや、薬! やっぱ鞄やなくて、ポケットに入れとこう」
 
 何もないのが一番やけど、手元にあった方が安心する。竹っちが調理スペースにいるのを確認すると、ロッカーに鞄を取りに行く。
 
「ええと……一番奥にしまったんや……あ、これこれ!」
 
 鞄の奥から、薬の入った袋を引っ張り出す。
 長さがあるから、学ランのポケットにいれよう……ファスナーを下ろしてたら、どんっと背中に衝撃が。
 
「うわあ!」
「ふぎゃ!」
 
 思いきりつんのめって、顔からロッカーに突っ込む。――痛あ!
 涙目で振り返ると、愛野くんが尻もちをついとった。その足元に、おれの薬が転がっとる。
  
「悪い悪い、前見てなかった! あっ、これ今井の?」
「あっ」
 
 拾おうと屈んだ目の前で、小さい手が薬を拾いあげた。
 そして、まじまじと薬を見た愛野くんの顔が、一気に茹で上がる。
 
「お、お前! 皆が頑張って働いてるときに、何持ってるんだよ!」
「へ?」
 
 何のこと?
 きょとんとしとったら、愛野くんは小声で衝撃的なことを叫んだ。
 
「これ、ビデってやつじゃん! エッチの後に使うやつだろ!? レンが言ってた!」
「は、はああ!? 違うし!」
 
 何言うてんねんこの人!
 とんでもない誤解に度肝を抜かれる。すると愛野くんは、ぷんぷんしながらエプロンドレスのポケットに薬をしまい込んだ。
 突然の暴挙に、おれは猛抗議する。
 
「ちょっ、返してや! 拾って懐にって、山賊かっ」
「没収だっての! 夕方返すし。いまエッチする気無いなら、別に必要ないだろ!?」
「だから、そういうん違うんやってば! 大事なもんやから、返してッ!」
「だーめーだ!」
 
 追いすがるおれを鼻であしらい、愛野くんは接客に戻ってまう。うそ、おれの薬……!
 
「愛野くんってば!」
 
 肩を掴もうと、お客さんをかき分けて必死に手を伸ばす。
 ほしたら、その手をパッと掴まれて瞠目する。
 
「どうしたんや、シゲル」
「晴海……!?」
 
 いつの間に戻って来たんか、晴海が目をまん丸にしとった。
 
「はるみ~!」
「うお!?」
 
 わあんと泣きつくと、晴海はぎょっとしつつ背中を擦ってくれた。
 どうしよう、大事な薬やのに無くなってしもた。
 息も絶え絶えに説明すると、晴海は神妙に頷いた。
 
「……それは不安やったなあ。でも、大丈夫やで」
「うう、でもっ」
「まあ落ち着き。まず俺も薬は持ち歩いとる。それに……さっき、客引きのついでに被服室も見てきたんや。ちゃんと薬あったし、鍵もかけてきたからな。後で取りに行ったらええよ。なっ」
 
 丁寧に「大丈夫や」て説いてくれて、気持ちが落ち着いてくる。
 そうやんな。おれは動転したら、余計失敗するんやから……!
 
「ありがとう、晴海。わかった!」
「うん。よし、皆のとこ行こか!」

 薬のことはひとまず置いといて、おれは涙を拭った。

 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界でおまけの兄さん自立を目指す

BL / 連載中 24h.ポイント:11,083pt お気に入り:12,478

もう悪役には生まれたくなかった

BL / 連載中 24h.ポイント:972pt お気に入り:519

巣ごもりオメガは後宮にひそむ

BL / 完結 24h.ポイント:7,465pt お気に入り:1,591

子悪党令息の息子として生まれました

BL / 連載中 24h.ポイント:11,758pt お気に入り:250

俺が、恋人だから

BL / 完結 24h.ポイント:759pt お気に入り:23

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:26,309pt お気に入り:3,544

悪役令息になんかなりません!僕は兄様と幸せになります!

BL / 連載中 24h.ポイント:4,757pt お気に入り:10,288

処理中です...