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第一章 おけつの危機を回避したい

五十八話

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 みんなと合流したおれらは、「忘れ物がある」って事情を伝えて、薬を回収しに被服室へ向かったん。もちろん、竹っちを一人に出来んから全員で。
 でも、首尾よく回収できるかと思ってんけど、被服室のある棟で思わぬ事態が起こった。
 
「この棟は、いまは立ち入り禁止です。生徒会の皆様が着替えていらっしゃいますから」
 
 棟の入り口を、すっとした美人の生徒達がふさぐように立ちはだかる。「会長と副会長の親衛隊だ」と、鈴木が呟いた。
 美人達いわく、覗きの防止のバリケードらしい。安全な生徒会室を来賓が使うので、人が来ず着替えをできる場がこの棟しかないようで。
 それにしても、強引すぎひん? 困惑して、みんなで顔を見合わせた。
 晴海が、袖の下のイチゴあめ渡しつつ食い下がる。
 
「上の被服室に、ちょっと用あるだけなんですわ。一階は、階段の横をささっと通るだけで……」
「ダメです。あと一時間は誰も通すなって言われてますので。一時間後に来て貰えれば、通れますから」
 
 美人達は石の像のように動かへん。
 
「そこをなんとか……!」
「しつこいですね。あまり言葉が通じないようなら、実力行使に出ますが、いいですか?」
 
 それでも言い募ろうとすると、彼らの後ろにぞろぞろ立っとるゴリラが、シャドーボクシングを始めた。ブオンブオン空気を切る拳がシュールすぎて、「ぶはっ」と噴き出した鈴木が、竹っちにどつかれる。
 恥ずかしかったんか、美人の米神がピクリと引き攣る。今にもゴリラをけしかけてきそうで、おれは慌てて晴海の袖を引いた。
  
「ええよ、晴海。おれ、また後から取りに来るから」
「シゲル。でも、お前」
「大丈夫! いろいろ回ってたら一時間なんてすぐやもん」
 
 納得しかねる様子の晴海の背を押して、「行こう!」てみんなでその場を離れた。「いいのか?」って気にしてくれる皆に、お礼を言う。せっかくの学祭やのに、ゴリラにボコられたんじゃたまったもんやないもんな。


 それで、ひとまず学祭を楽しむことにしてん。
 腹ごしらえに、出店を回って。全制覇を目指す鈴木を煽りつつ、おれは竹っちと揚げタコ焼きに挑戦したり、魚を釣ったりした。
 
「竹っち、人形焼きお食べよ」
「お、サンキュ」
 
 もごもごとほっぺを膨らませる竹っちに和んどったら、鈴木に「べったりだなー」て呆れられた。そういう鈴木も、竹っちに焼きそばを食わせようとしてて、笑いが漏れる。照れ屋さんやで。
 すると、逆隣を歩いてた晴海が、難しい顔しとるのに気づく。
 
「晴海、人形焼き……どしたん?」
「おう。……さっきの、何やろうと思ってな」
 
 人形焼きをむしゃむしゃしながら、晴海が訝し気に眉を顰める。
 
「あっこ、いつも人が全然こおへんやんか。やのに、今日に限っておかしないか」
「はっ……! ゲームが邪魔しとるかも、ってこと?」
 
 息を飲むおれに、晴海は頷いた。
 
「シゲル。竹っちのこともやけど、お前も絶対一人になったらあかんで」
「わ、わかった!」
 
 敬礼すると、晴海が二ッと笑って背中を叩いた。手のあったかさに勇気が湧いてくる。
 
「おーい、お前ら! 山田のダチのライブ行くぞ!」
「おう!」
 
 上杉の号令に、おれらは体育館へ向かった。
 
 
 



「くー、マジ最高だったぜ! ありゃ絶対ビッグになるわ」
「おう、感動した!」
「サンキューな! あいつらもめっちゃ喜ぶよ」
 
 ライブの後も興奮冷めやらず、おれらはわいわいと校庭を歩いた。
 いやあ、かっこよかった~!
 山田の友達はめちゃくちゃ本格的なロックバンドで、なんとラストの一曲は自作の歌やってん! 凄ない? もう観客も大盛り上がりでな、おれらも踵が痛くなるくらい飛び跳ねたんよ。
 山田がニコニコしたまま、時計を確認する。
 
「いま、十四時かあ。映画の上映時間って、いつだっけ?」
「えっと。十四時半やで」
「じゃあ、もうちょっと時間あるな。俺、たこせん並んできていい?」
「いいね。俺も行く」
「あ、俺も」
 
 鈴木がたこせんに繰り出すのに、われもわれもと手を上げる。おれもついて行こうとしたら、上杉に襟を掴まれる。
 
「ぐえ」
「ま、いいから。今井は有村と残ってろ。ついでに色々見てくるし」
 
 ひそひそと囁かれ、おれは目を丸くする。上杉は、パチンとウインクした。
 
「だいじょーぶ。竹っちには俺らがついてっし。ちょっと二人きりになりてーだろ?」
「う、上杉……」
「じゃ、映画屋で現地集合な!」
 
 上杉は、竹っちの肩を組み行ってしもた。同じように山田に肩組まれとった晴海と、顔を見合わせる。
 
「あいつら、ええ奴やなあ」
「うん、ほんまに……」
 
 胸が、じいんとしてまうよ。おれらのことまで、気にかけてくれて……。
 
「しかし、シゲル。俺は、竹っちから目を離さんのがええと思う」
「……うん。ゲームが何してくるかわからんもんな」
 
 晴海の決然とした声に、おれも神妙に頷いた。
 すると、晴海が手を差しだした。
 
「やから。二人で、ちょっと離れてついてこうや。それやったら、ギリ安全やろ?」
「……うん!」
 
 今日、初めて手を繋いで――不謹慎やけどおれは嬉しくなった。


 竹っちらにバレへんように距離を取って、つかず離れずでついて行く。道中、りんご飴を買って二人で半分こしたりもして。……そんな場合やないのわかってるけど、気持ちが浮ついてまう。
 おれは、晴海の手をギュッと握った。
 
「なあ、晴海。今年の花火な……やっぱみんなで見いひん?」
「……!」
 
 目を丸くした晴海に、がばっと頭を下げる。
 
「おれが誘ったくせに、ほんまにごめん。でも……」
 
 竹っちは、ああ言ってくれたけど……やからこそ、そんな大事な友達を放っとくなんて、やっぱり出来ひん。
 そう言うたら、晴海が「そうか」て息を吐いた。
 
「そうやなあ。今年は、そうした方がええかもしれへんな」
「ごめん……」
「気にすんな。花火は来年もあがるやんか」
「!」
 
 はっと顔をあげると、晴海は穏やかに微笑んどる。
 
「シゲル。来年は二人で見ような」
「うん……!」
 
 思わず晴海に飛びつくと、危なげなく受け止められる。ギューてされて、おれも目いっぱい抱き返した。
 すると、目立ってしまったんか、周りがワイワイと囃し立てる。
 
「いいぞ!」
「よっ、熱いね!」
 
 おれらは顔を真っ赤にして、慌てて離れた。
 
「イチャついてるなあ、おめーら」
「あっ、鈴木!」
 
 鈴木は、フランクフルトを齧りながらニヤニヤしとる。そうか、大騒ぎになったから見つかってしもたんか……!
 
「あれ。鈴木だけ?」
 
 さっきまで皆いたのに。慌てて聞くと、鈴木が「ああ」と頷く。
 
「三人ならトイレだよ。かき氷で冷えたつってなー。デリケートなやつらだぜ」
「そっかあ」
 
 ホッと胸を撫でおろして、トイレまで連れ立って行く。
 すると、列に並んでる山田と上杉が気づいて手を振った。
 
「おう。なんだ、有村と今井も来たのか」
「そーよ、そこで会ってさ。山田、竹っちは入ってんの?」
 
 鈴木が尋ねると、上杉と山田が顔を見合わせた。再びこっちを振り向いた顔には、にんまりと笑みが。
 
「それが、聞いて驚け」
「竹っち、呼び出しだよ。理科棟の君からさ」
「え……!?」
 
 おれは、ヒュッと息を飲む。鈴木が「わっ」と飛び上がった。
 
「マジかよ!?」
「そうそう。トイレも忘れて、走って行っちまったよ……ん? って、おい! 今井、どこ行くんだよ!?」
 
 上杉の驚愕の声を背に、おれは走り出していた。
 どうしよう。どうしよう、竹っち……!
 
 
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