カクリヨ美容室の奇譚

泥水すする

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第一話『呪われた髪』

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 美容室を出て、ほだかんさんと二人、並んで歩く。

 これから髪を供養する神社までは、大体歩いて15分程だという。「僕の場合は30分くらいかかりますけどね」と、申し訳なさそうに語る。

 そんな顔しないでほしかった。だって、これはわたしの問題だ。むしろわたしがやるべきことを、ほだかさんが代行してくれているだけ。だったらせめて、どこまででも付いていくのがわたしの礼儀。

 その道中だ。ほだかさんは、わたしに色々な話を聞かさせてくれた。

「古来より、髪には霊的な力があるとされています。髪という呼び名の由来も、神さまの『かみ』からきているそうです。そのくらい、神聖なものとして扱われていたそうですよ」

 髪には霊力が篭る。その話自体は、どこかで聞いたことがあった。特に女性の髪は、霊力が篭りやすいとか、だったじゃないかな?

 はて、いつ聞いた話だったろうか──

「だけど同時に、邪気が宿りやすいとも言われていたそうです。まじないや呪いの儀式を行うとき、髪の毛を使うといった話を聞いたことはありませんか?」

 わたしはハッとした。そうだ、思い出した。昔見た、心霊番組。その番組で、「丑の刻参り」という呪術が紹介されていたのだ。深夜三時、呪いの藁人形に五寸釘を打ち込む呪い。

 確か、その藁人形に呪う相手の髪が使われるとか──

「ただ、これらの話は飽くまでも言い伝え。根拠があるわけではありませんから、信じるも信じないもその人次第です。ちなみに、僕はこういったスピリチュアルな話を信じたりはしません」

 ほだかんさんがそれを言うのかと、わたしは少し困惑した。ただその困惑も、すぐに納得の頷きへと変わっていた。

「僕は、目に映るもの、自分で実際に確認できたものしか信じません。ここまで言えば、もう大体のことは分かってもらえたと思いますが……僕には、見えてしまうんです。この世にいないはずのものが。具体的に言うなれば……人が霊と、そう呼んでいるものです」

 そこで、やっと答えを得られた気がした。ずっと疑問に思っていた。どうしてあのとき、ほだかさんはあんなことを言ったんだろうって。

 ──でも、如月さんの髪だけは、はっきり見えています。そういう体質なんです。

 ほだかさんと駅で再会したときだ。ほだかさんは目が悪いはずなのに、わたしを見かけたと言っていた。今にして思えばおかしな話だ。なぜなら、ほだかさんはわたしの顔はよく見えないと言っていた。それなのに、髪だけは見えるというのだから。

 あのときは「美容師はそういうものなのかな?」などとワケの分からない理屈で無理やり納得していたけれど、違う。

 黒い影だ。ほだかさんが、悪霊だと呼んでいたもの。わたしをこれまで苦しめてきた、呪いの根源──ほだかさんには、その悪霊が見えていたのだ。

 点と点が、やっと繋がった。

「如月さんの髪に籠められていたお父さまの強い霊力と、また別に取り憑いていた悪霊が混じり合い、拮抗していたものと思われます。如月さんを担当した美容師さんは、その余波を浴びしまったのでしょう。強い力のせめぎ合いです」
「では、もしかしてですけど、もしも……その、父の霊力というものがなかったら……」
「ええ。間違いなく、もっと酷いことになっていたでしょうね。如月さんが生きていることが奇跡と、そう思って頂いた方がよろしいかもしれません。」

 全身から血の気が引く。ぞっとした。

 ただ、悲観せずに済んだのは、

「父が、守ってくれた……そうですか」
「はい。この手の依頼を扱って長くなりますが、ここまで強い守護の力を目にしたのは初です。そのくらい、お父さまは如月さんのことを思っていたのでしょうね」

 信じられなかった。でも、ほだかさんがそう言うのだから間違いないのかな。

 お父さんが……そうなのか。

「はは、ほんと、わたしは親不孝ものです。そうとも知らずに、呪われているなんて勝手に決めつけて」
「人は亡くなった時点で既にこの世のものではありませんから。故人がいくら生者を偲ぼうが、生者が故人をどう思おうが、交わることはもう二度とない」
「……そう、ですね」
「でも、そのために僕がいるんですよ」

 ほだかさんは口元を緩める。

「故人と生者の誤解を紐解き、わだかまりを断ち切ってあげるのが僕のお仕事です。もちろん、全てではありませんが。僕の手が届く範囲……それこそ美容師である自分にできることを、僕はただ実行するまでです」

 そうは語るほだかさんが、神々しく見えて仕方がない。また思う。この人の思想観念は、もはや人の身を超越している。生まれる世界を間違えてしまったのではなかろうか、と。

「そういうワケで、これらのことも、僕は救ってあげたいのです」

 言って、ほだかさんは腕首から下げた燕脂色の巾着袋へ目線を落とした。哀れみに満ちた、そんな瞳のように見える。中に、わたしの髪が入っている。

 そう言えば、まだ分からないことがあった。なぜ、わたしに悪霊が取り憑いていたのだろうか。それも、一体とか二体ではない。かなりの数と、ほだかさんはそう言っていた。

 どうして──恐ろしく思えたが、気になってその理由を尋ねてしまう。

 ほだかさんの視線が、わたしへと向けられる。「確信はありませんが──」とは前置きに、言った。

「如月さんが、霊を引きつけてしまうほど美しいからと、僕はそのように仮定します」

 あー、なるほど。そうか。わたしが美しいからいけないのかー。はははー……って。へ?

 イマ、ナンテイッタ?

「ほだかさん、申し訳ありません。どうやらまだ悪霊が取り憑いているのか、耳が不自由みたいです」
「安心してください、もう取り憑いていませんよ」
「あ、そうですか……では、新しい悪霊が──」
「それもありません。今の如月さんは、お父さまの霊力で守られていますから。今回は稀なケースです。悪霊たちが寄せ集まり、一つとなっていた。そのせいで、あのような悪霊へと成長してしまったわけです。そうあることではありません」
 な、なるほどね?
「じゃあ、お父さんの霊力がわたしの耳を塞いで」
「気のせいです」
「じじじじ、じゃあ!」
「如月さん」
「は、はい!?」

 ドキマギするわたしとは対照的に、ほだかさんは落ち着いた様子で。尚且つ精悍かつ凛々しい面持ちにて、わたしへと向き直った。

 ほだかさん、改まった態度で言った。

「もう一度だけ、お伝えしておきます。あなたは、霊を惑わせてしまう程に……美しい」

 今度こそ、聞き間違いじゃない。

 神すら羨む絶世の美人が、はっきりとわたしを「美しい」と言ったのだ。

「時として、美しさとは罪です。残酷なまでに」

 それはあなたのことでしょうが!? って、わたしは激しくそうツッコんでやりたかった。ただその後にも見せたほだかさんの表情を垣間見て、わたしは唖然とさせられた。また、その言葉に。

「後ろ髪を引かれる思い。そんなことわざを、聞いたことはありませんか?」

 切ない表情──今にも泣き出してしまいそうなくらい、ほだかさんが悲しそうに映ってしまう。

「意味としては、未練があったり、または心残りでその場から離れられない気持ちのこと表します」

 その理由を、ほだかさんは静かに語り出した。

「悪霊とは、確かに悪さを働きます。ですがその本質とは、まだ生きていたかったという……そんなにも純粋な生への強い執着、未練からくるものです。

その結果として、魔を呼び寄せてしまうのです。そして彼ら悪霊は、綺麗なもの、清いものを強く恋い焦がれる……今回の場合は、如月さん。あなたの髪です。如月さんの美しく生命力溢れた髪が、彼ら悪霊に後ろ髪を引かせてしまったのでしょう。

そして多分、それはお父さまが亡くなるずっと前から。徐々に蓄積された彼らの魂、その思いが、奇しくも重なり混じり合ってしまった。彼らが今回のような強大な悪霊へと成長してしまった理由を、僕はそう判断しています」

 そこでやっと、わたしはわたしの勘違いに気付かされた。美しいのは、わたしじゃない──黒々とした猫っ毛さん、ずっと嫌いだったわたしの髪に対して。

そして皮肉なことに、悪霊たちにはこれが魅力的に見えてしまったと。なんというありがた迷惑……だけど、美しいと思われることは存外悪い気分ではなかった。例えそれが、悪霊であったにせよ。ほだかさんには、特に。

「ですが、もう心配する必要はありません。これからは、お父さまが如月さんを守ってくれることでしょう。その力自体は、如月さんの体に宿ったものですから。だから怖いことは、きっともう起きませんから。いつまでも清く美しい、そんな如月さんでいてください」

 そうして、いつの間にか神社の前へと辿り着いていた。木々の生い茂った場所に、長い石段が伸びている。その先には赤い鳥居があって、きっとお寺があるのだろうが……目の悪いほだかさんのことを考えれば、その階段が絶望的な拷問に思えてしまう。

「ここまでで結構ですよ」

 ほだかさんはわたしへ向き直り、ふっと優しく微笑んだ。

「如月さんにとっては怖いことばっかりだったでしょうが……僕はその、悪くない時間でした。誰かとこんなにも喋ったのも、久しぶりでしたので」

 胸が、縄で締め上げられたかのように、痛む。

「こんなこと思ってはいけないのでしょうが、こうしてまた如月さんと出会えたことを、喜んでいる自分がいたんです。いやはや、自分で来るなと言っておきながら、お恥ずかしい……」

 胸が、激しく痛む。

「ですが、これで本当に本当の最後です。いいですか如月さん、今後いっさい『カクリヨ美容室』へ来てはいけませんよ。あそこで起きたことは全て幻……そう思って、前向きに生きてください」

 この痛みは、なんだろうか。上手い言葉では言い表せない。ほだかさんにもう二度と会えないことが、悲しい。それももちろんあるけれど、今この瞬間、わたしを最も苦しめているのは、そうじゃない。

 そうじゃ、ないんだ──

「ほだかさんは」
「……? はい、なんでしょう」
「いや、その……もしかしてほだかさんは、ずっと一人で、こんなことを続けているんですか?」

 確信はないが、なんとなくそんな気がした。

 彼は、誰もが見惚れる美人である。だが仮にも学校のテストにて、

 問「黄昏ほだかという人間を、一文字で言い表しなさい。」

 そんな問題が出題されたとするならば、わたしは迷うことなくこう書く。

 答「仏様」──

 その答えは、きっと正しい。

「ええ、そうですね。と言ってもですが、たまにです。月に2、3度、あるかないか。それ以外は、ごく一般的な美容師と変わりません」
「月に2、3度って……ほだかさんそれ、結局危ないんじゃないんですか? だって実際、何人も死にかけてる」
「危ない橋を渡っていることは確かですが、ちゃんとお金も頂いています」
「わたしは、払ってません」
「もちろんです。そもそも先に僕を助けてくれたのは、如月さんですから。特別サービスです」

 そんなの、絶対おかしい。

「でも、お金なんかより……体の方が大事ですよ」
「ふふふ、心配ご無用です。僕は大丈夫ですから」

 と、ほだかさんは着物の袖からほっそりとした青白い腕を覗かせて、大した膨らみもない力こぶを作って見せた。

「この通り、ピンピンしてます」

 嘘だ、絶対。絶対に、なにかある。でもわたしには、それがなにかを分かってやれない。ほだかさんも、きっと教えてくれない。

 彼は美人でありながら、その途方もなく深い慈愛を胸に秘めている。それは心の廃れた大人たちからなにを言われても怒らなかったことにしてもそうだし、なにより、なんのお金にも特にもならないわたしを救ってくれたことにしてもそうだろう。

多分、彼に救われたことは偶然なんかじゃない。彼ははじめてわたしと出会ったそのときから、わたしを救ってくれる気でいたのではなかろうか? 

「如月さん。名残惜しいですが、この辺で。帰りに気を付けてくださいね」

 その台詞を根性の別れとは言いたげに、ほだかさんは階段を登っていく。のっそりと重たい、亀のような足取りで、一段一段、ゆっくり進んでいく。わたしなら、こんな階段あっという間に登ってしまうというのに。

 後ろ髪を引かれる思い、だった──

『わたしはそのとき、彼、黄昏ほだかのことを、酷く弱々しい生き物と思えて仕方がなかった。到底、同じ人間とは思えなかったのである。

 彼はきっと、なにがあってもその階段を登りきろうとするはずだ。だが彼の思いとは裏腹に、神は残酷なまでの罰を彼に与える。それは乗り越えられる試練というものではなく、純粋なる暴力として。

 ときに、悪辣な人間を送り込み彼の精神を苛める。ときに、報われない悪霊を差し向け彼の肉体を蝕む。ときに、険しい岩壁を作り出し彼の理想を阻む。

 そして、彼は階段を登りきることなく死ぬ。ありのままの現実を受け入れ、穏やかな笑顔でこの世を去るのだ。

 例えその先に、彼のことを蔑視嘲笑う悪魔がいたとしても──彼、黄昏ほだかとは何者も恨まない。そんなにも尊くて美しい、愚かしい生き方を貫くのだ。

 そのときのわたしは、そんな思いで、後ろ髪を引かれる思いで、その弱々しい背中を眺めていた。

 後にも先にも、わたしという人間全てを捧げてでも守ってやりたいと思えた生き物は、この黄昏ほだか。その人だけだった。

 時たまに、直向きに階段を登る弱々しい彼──ほだか先生の背中を思い出の宝箱から取り出してみる。あの日の夕暮れ時を、わたしは時たま思い出す。

 あの時あの瞬間、わたしはなにか得体の知れない力に、突き動かされていたのだ──』

 次第に、ほだかさんの背中が遠ざかっていく。わたしはその姿を最後の最後まで目につけてやろうと、『頑張れ、頑張れ……』と心の中でエールを送っていた。そのときだった。

「あっ──」

 朧な影法師が、ゆらゆらと揺れた。不安定な体制のまま、影の宿主が後ろ向きに倒れていく。その瞬間。これまで感じたことのない強烈な電流が、全身を駆け巡った。

「危ないッ!」

 今この瞬間だけ、わたしは飼い慣らされた猫を辞めていた。例えるならばそれは、サバンナを駆け抜けるチーターの如し。わたしの筋肉は走ることを嬉々としているみたく、えらく従順に加速を行っていた。

 そして、最後に化け猫となる。

「バカッ! そんなことしてたら、いつか死ぬんですからねッ!?」

 わたしはほだかさんを抱きしめて、恐れ多くもそんな怒声を浴びせていた。

 ほだかさんは、目を丸くさせている。わたしの腕の中に、その美しい生き物は傷一つなく収まっていた。

「……き、如月さん?」

 間に合った。良かった。

 本当に、良かった……

「ほだかさんの、ばかぁああああああ~(泣)」

 西日が、重なりあった二つの影法師を作り出す。

 一つは、枝木のように細く──
 一つは、猫背のように丸く──

 わたし、如月結衣は、泣くことが生きる使命である赤子のように、ただひたすら泣き続けるだけだった。


 その後のことについて、わたしはとにかく泣きまくった。なぜこんなにも悲しいのか、切ないのか、止め処なく涙が溢れ出してやまなかった。

 ほだかさんは困っている風だった。ただ、わたしが泣き止むまでずっとわたしの頭を撫でてくれた。心配しているのがよく伝わってくる、優しい手つきだった。そのこともあって、わたしの涙はそのうちにも収まる。

「突然泣いたりして、ごめんなさい……」

 開口一番、わたしは謝罪した。「バカ」なんて暴言を吐いたりまでして、申し訳なかった。

 でもほだかさんは首を横に振って、「謝るのは僕の方です」と苦笑い。

「心配してくれている如月さんの気持ちを、無碍に扱ってしまいました。それに……また、助けられてしまいました。本当にダメですね、僕は」

 そのことに関しては、全くだと思わされた。実際にも「本当ですよ」などと生意気なことを呟いてしまう。無意識だった。ほだかさんは「面目ない」と俯き込む。そんな落ち込むほだかさんに対して、不覚にも「可愛い過ぎかよ……」と思わされるわたしだ。

 どうやらこの美人さん、わたしのツボをよく分かっていらっしゃる──

「でも如月さん、あなたも他人のことは言えませんよ」

 ほだかさんは少しむっとした表情を作り、わたしの手を握ってくる。またもや危険なダイブを敢行し擦り剥いたわたしの手のひらを見て、小さな悲鳴を漏らした。

「如月さんは女の子なんですから、もっと自分を大切にしてください」

 いやはや、それを言われたらその通りだ。
 わたしは「ははは……」と乾いた笑い声。ほだかさんは「もう……」と少し拗ねた声。そのあとしばし見つめ合ったのち、二人して笑ってしまった。

 そして、一緒に階段を登ることとなった。お互い転んでしまわないよう、手を繋ぐこととなった。

 二度とこの手を離したくないって、わたしはそう思った。

「あの……アルバイトを雇ったりしないんですか?」

 階段を登りながら、そんなことを聞いてみる。勝手に話を振って、勝手に緊張していた。

「以前は一人いたんですけどね」

 なんでも一年前まで、美容専門学校に通っているという男の子を一人だけ雇っていたという。それこそ彼が学校を卒業し東京の美容室へ就職するまでの二年間は、彼が献身的にほだかさんを支えていたという。

「本当に、良い子でしたねぇ」

 ほだかさんは楽しそうに、それでいて切なそうに彼のことを語る。本当は離れたくなかったんだろうなって、その口振りには無念さが滲み出ていた。

 そんな彼とは、やはり「とある特殊な事情」を機に知り合ったのだという。

 だとしたら、なにかあったのだろう。今回わたしが体験したような、世にも奇妙な物語が。

「僕はこの通り不自由な身で、体があまり良くないんです。特に、目がですね」

 昔からそうだったらしい。生まれつき体が弱い、虚弱体質。子供の頃は床に伏せていることが多かったみたい。

「ですので、以前勤めていた彼がいろいろとお世話をしてくれていたんです。それこそ、なにからなにまで、いろんなことを」
「それっていうのは、ほだかさんの仕事も……ですか?」

 西日に照らされたほだかさんの頭が、こくりと縦に振られる。

「ただ彼の場合は、些か特殊でしてね。これは如月さんに話しても仕方がありませんが……まあ、そんなこんなで今では一人というわけです。アルバイトを雇おうか迷いましたが、やはり危険が付き纏いますので」

 じゃあ普通に美容師をしたらいいのに──と、その素直な感想は喉まで出かけたが、わたしはそれをグッと噛み殺した。分かってる。ほだかさんは、困っている人をほっとけないのだ。それは救われたわたしが、一番よく理解している。わたしのエゴを、ほだかさんに押し付けてはいけない。

 そうじゃない。わたしが、本当にほだかさんに伝えたいのは──

「わたしは……その、いま丁度、バイトをクビになったばかりでして……」

 自分の気持ちに素直になれば、その言葉たちは自然と口から溢れ出す。

「どこか、わたしを雇ってくれる場所がないかなぁ~なんて、思ってたり。た、例えば、美容室……とか?」

 いつかのほだかさんみたく、さり気なく言ってみる。ただこれがなかなかにどうして、かなり不自然だ。なによりわたしみたいな奴が言うと、なんだか臭い台詞に聞こえてしまう。恥ずかしくて、ほだかさんの顔が見れない。

 でも、それでも──

「あ、ははは……まぁ、わたしに出来ることなんて限られてますが、掃除をしたり、身の回りの世話をしたり……あ、あとは料理も作れたりします! それからそれから」

 ──この人を支えたいと思ったこの気持ちは、愚かなわたしに勇気を授けてくれる。

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