ウルフマン -迷宮ダンジョン攻略の冒険譚-

泥水すする

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第4章

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 その男は物陰に隠れ、じっと、彼等の様子を伺っていた。
 名を、ロメス。
 中肉中背の、樽のような体に、皮鎧を着込んだロメスは冒険者である。一応は。
 一応とは、言葉通りの意味である。
 というのも、そのロメス、もとは犯罪者。
 地上で数多くの犯罪を積み重ねたロメスとは、迷宮ダンジョン[ダイスボード]に身を潜め、冒険者に成りすまし、罪を逃れようとしていたのだった。
 彼の犯した罪とは、専(もっぱ)らが強姦罪。
 しかもその対象の殆どが、年端もいかない若き少女ばかりというのだから末恐ろしい。
 ロメスは歪んだ性癖を抑えようとはせず、これまで幾人もの少女達を陵辱し、殺害してきた。
 殺された中には、救いを懇願し、泣き縋(すが)る少女もいた。
 何でもする、一生奴隷のままでいいから、だから殺さないでほしい。
 そんな少女の望みさえ、ロメスは聞こうとしなった。むしろ、興奮していた。
 いやゆる征服欲というもの。
 弱者を自分の思いの儘(まま)に、生かすも殺すも自分次第。貴様らからすれば、自分は神様だ。神様の命令は絶対。
 ロメスは少女達の前だけ、神様となれた。
 昔から何一つ取り柄のなかったロメスが、ついに辿り着いたのはそんな狂気に満ちた愚行でしかなかった。
 生きる価値はない。
 死んで方がいい。
 ロメスの存在に憎悪した誰かは、そう思う。
 また多額の懸賞金を掛けては、ロメスを亡き者にしようとあらゆる手段を講じた。
 それでもロメスは生き残っている。
 何故か?
 それもそのはず、何故なら今現在ロメスのいる場所とは、人の法など行き届かない地下深くの迷宮ダンジョン[ダイスボード]であるからだ。
 ダイスボードでは、誰もロメスを裁く事はできない。
 また裁こうと思うものは皆無。
 皆ロメスと同じ犯罪者か、はたまた財宝目当に攻略を進める冒険者か、そのどちららでもない素性の持ち主か…
 いずれにせよ、ロメスは生きた。
 ダイスボードに入って、三年が経とうとしている。
 拠点は地下8階層と、地下7階層。
 地下8階層には人間の街がある。
 それは転移魔法陣があるからこそであり、このダイスボードに於いては唯一、多くの人が集う場だと言えよう。
 ロメスはこの地下8階層を拠点に活動している、とある組織の一人である。
 そんな組織について、名称はない。
 また規模についても、定かではない。曖昧な組織。
 ただ、一貫していることはある。
 それはまず一つに、組織の活動場所が地下7階層である事。また二つに、その活動は冒険者狩りである、ということ。
 冒険者とは、このダイスボードに限った話、金になる。
 肉、臓物は食糧として、貴重なタンパク源となる。
  更に所持品、武具などは金目のものとして、その後の使い道はいくらでもある。
 故の冒険者狩り。
 殺したって誰にも分からない。
 むしろ、殺された方が悪い。
 そのような無法が、このダイスボードでは罷(まか)り通っていたのだった。
 そんな得体の組織の末端にいるロメスとは、その日もまた地下7階層に潜る。
 その日、ロメスは仲間の二人と共に地下へと降りてきた。
 二人はそれぞれの持ち場で、ロメスは自身の持ち場にて、各々が冒険者が通るまでその場で待機していた。
 その時だった。
 ロメスの持ち場を、二人の姿が過ぎていく。
 一見して、彼等は冒険者。
 一人は黒い衣を身に纏う、フードを深々と被った大柄の…
 性別は不明。
 またそのフードの下に、どんな素顔を隠しているのか知れたもんじゃない。
 ただ言えて、普通では絶対ない。
 体長は軽く2メートル以上あり、また全体的には熊の如くデカイ。
 そんな風格に加え、背にはその更に大きな大剣が、ユサユサと揺れて、金属音鳴らしているではないか。
 少なくとも、その大剣を振るうだけの腕力、体力はあるということ。
 その時点で既に、ロメスの全神経が奴は危険な存在だと震えを起こしていた。
 関わるべきではないーー
 普段のロメスであれば、絶対にそう思ったに違いない。
 そう、普段のロメスであれば……
「……ほう、若い女が、一人」
 ロメスの視界先で、見るも麗しき、無垢なる少女の姿が揺れ歩く。
 見た目だけで言えばかなり若い。
 正確な歳までは把握し兼ねるが、純情さの残る、そんな少女の姿。
 ロメスは忘れてかけた歪んだ制欲を思い出しつつあった。
 ダイスボードに潜ってからと言うもの、ずっと押さえつけてきた欲望、性欲求、強姦行為。
「ふぅ……はぁはぁはぁはぁはぁ」
 呼吸が荒く、心臓が高鳴る。
 ロメスは頭の中でだけ、その少女を痛ぶり、陵辱する。
 泣き叫ぶ少女の声を耳に、ただ自身の欲求の赴くまま、快楽に溺れる。 
 ロメスは、かつての生き甲斐を思い出して、頭がどうにかなってしまいそうであった。
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ…」
 ではどうやってあの少女を我が物するか、考えるべきにそこである。
 ロメスは思考に思考に巡らせ、少女をあのデカブツから引き剥がす手段を模索していた。
 一番いいのはデカブツを始末してしまう事。
 ただ、ロメスにその度胸はない。力もない。
 冒険者の形(なり)だけ済ましたロメスに勝ち得る手段は何一つとっても、ない。
「だからって、諦められるか……ずっと我慢してきたんだ……こんな薄暗いダンジョンで、ずっと……」
 ロメスがそういうのにも、訳がある。
 そもそも弱いロメスに、このダイスボードで生き抜くだけの力がなかった。
 故に徒党を組み、金魚の糞のようには組織に縋(すが)りつき、豚のような生活を過ごすしかなかった。
 それに加え、組織のルール。縛り。
 もしも誰か一人でも冒険者を発見した場合、仲間を呼びに戻り、対策を練るのが常考とされる。
 言い方を変えれば、掟(おきて)とも呼べる。
 その掟が課せられている理由について、多数で襲った方が制圧に確実性が増す、という理由が一つ。
 また手柄を独り占めできない様にする為、それで二つ。
 組織が成り立ったその時にも、この掟は絶対的なルールとして、ずっと守られてきた。
 仮に掟を破った者がいた場合、その者は即刻、処罰を名目に殺されてしまうことだろう。
 それが組織のリーダーが決めた掟とあればこそ、ロメスは素直に従うしか生きてはこれなかった。
 仮に目星のつけた少女を見つけたとしても、結局は自分は楽しむことはできない。
 上から順に遊ばれていき、自分にまわってくる頃には既に事切れている。
 死体を弄(まさぐ)ったところで、心地の良い声で鳴いてくれなければ、ロメスは満足できない。
 でも今ならそれが叶う、絶好のチャンスだ。
 もしかしたらこれは、不遇な運命に陥った自分を思っての、神様が与えてくれた千載一遇のチャンスなのかもしれない。
 一度そう思い始めたら、そうと以外思えなくなるのが人間というものである。
 ロメスは決意した。
 ある少女を、自分の物にしよう。
 そして、大切に扱っては一生大事に使ってやろう。
 少女の命が保つまでの間、ずっとーー
 そしてついに、ロメスが動き出そうとした、
 次の瞬間。
「……え?」
 それは違和感。
「あれ、あれ……」
 体が氷結されたようには、動かない。
 何故?
 ロメスは突然に巻き起こった身体異常に疑問を覚える。
 疑問に頭を一頻り悩ませ、ふと、獲物である二人へと視線を移した。
「は、ははは……はぁ?」
 目があった。
 ロメスの目が、二人のうちの一人の、フードを被った者の、そのフード奥の、そんな暗闇の中に光る紅い眼光へと釘付けとなる。
 ヤバイと思った頃には、既に遅かった。
「……あ、れ……」
 ロメスの体が、力を失い、パタリと、地面に伏し、
 倒れた。
『何故?』
 ロメスは死にゆく最中にも考え、ついに答えることはなく、そして、
 死んで行く。
 到底理解は追いついていなかった。


◆◇◆◇


「ガンスレイブさん、どうかしましたか?」
 突然に立ち止まったガンスレイブを流し見て、ヒポクリフトは尋ねた。
 ヒポクリフトの目に、少し様子の変なガンスレイブとは映る。
 ダンジョンの奥の物陰をジッと見つめては、ただ呆然と立ち尽くしたままの、そんなガンスレイブ。
 変なのーー
「いや、虫が飛んでくるかと思ったのだが、どうやら気の所為だったらしい」
「虫?」
「そう、虫だ。しかも、羽虫というやつだ。しかも不快な音を立てて蠢く、五月蝿い羽虫だ」
 ガンスレイブは心底ウンザリとした口振りで言って、ヒポクリフトの隣へと並んで再び歩き出した。
 何事もなかったと、その足ぶりで語る。
「こんなダンジョンにも、虫っているんですね?」
 ヒポクリフトは首を傾げた。
「ああ、いるとも。それも仰山な。芋虫から羽虫まで色々と、ただ言えて、虫は虫だ。別に虫が悪いというわけではないが、害虫というものは、始末しかあるまい?」
「害虫ですか……確かにそうですね」
 そう言ったヒポクリフトが想像するは、黒く俊敏な、あの虫。長い触覚を持ち、カサカサと音を鳴らし、時には飛んだりもする、あの憎っくき害虫の姿だ。
「昔よく出たな……あいつ」
「害虫か?」
「そうです。昔住んでいた家、凄く古くて汚かったから、すぐに入ってくるんですよ」
「ああ、成る程。だからこのダイスボードにも湧くのかもしれない。この場所は古いし、何より薄汚い」
「しかも厄介な事に、潰しても潰してもキリがないんです。生命力も繁殖力も、半端じゃないですからね」
「……はは、確かにな」
 ガンスレイブは笑う。
 つられて、ヒポクリフトも口元を緩め、微笑んでいた。
 この時の二人の共通認識は、もちろん害虫である。
 ただ害虫というだけは、その害虫が何なのか、明白な定義づけはされていなかった。
 故のすれ違い。
 ガンスレイブの思う害虫と、ヒポクリフトの言う害虫には、大きな違いがある。
「なぁヒポクリフトよ、お前は、害虫が何で存在するか考えたことあるか?」
「え?ない、ですね……」
「それでいい。害虫の存在意義など、考えるだけ無駄というものだ。どうせ考えたって、何の役には立たん。出来ることと言えば、せめてこれ以上被害が及ばぬよう、コロニー(巣)ごと潰してやることぐらいか……」
「…なんか、可哀想な気がしなくもありませんが…」
 ヒポクリフトは、たははと乾いた笑い声を零す。
 まぁ、仕方ないですよね、害虫ですしーー

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