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第2話 記憶
しおりを挟む「どう?川のほうがこの時期、涼しくていいでしょう?」
「うん。」
彼女に連れてこられたのは、とても広く、流れも穏やかな、遊ぶ場所にはもってこいの場所だった。
「そっちは少し深いから気をつけてね。」
はしゃいでいる僕とは違い、彼女はずっと近くの大きな岩の上に座ってどこか遠くを眺めていた。
腰まで伸びた髪は金髪に、青い瞳。
淡いピンク色に染まった形のいい唇。
僕より少し背が高く、白色のレースのワンピースを着ているその姿はとても美しく、目を奪われてしまうほどだった。
Side MINA
(連れてきちゃった…。)
山へ行こうとする彼を引き止めて川へ連れてきた私は、岩の上に座って、遥か向こうにいるもう1人の彼を見つめていた。
本来、山へ行こうとする彼を引き止めてはいけなかった。
それがここの掟なのだ。
だが、私は引き止めてしまった。
彼に死んでほしくなかったから。
(どんな罰を受けるんだろう。)
考えるだけでゾッとするが、彼を生かしたことを後悔していなかった。
ふと、彼を見ているとどうやら魚を捕まえるのに必死らしい。
「どう?川のほうがこの時期、涼しくていいでしょう?」
「うん。」
返事だけをして、また魚を捕まえるため集中しているのが見ているだけで分かる。
どんどん奥へと行こうとする彼はとても可愛らしい。
でも確か向こうには、いきなり深くなるところがある。
「そっちは少し深いから気をつけてね。」
そういえば彼はそっちに近づかない。
長年の付き合いのもう1人の彼も近づこうとはしなかったから。
ちょうどその時、向こうから視線を感じた。
見てみるともう1人の彼と目が合う。
(長が集まれってさ。)
もう気づかれてしまったらしい。
(分かった、すぐ行く。)
そう言ってから、私は再び彼を見る。
彼も私を見ていたのだろうか。
すぐに目を背けてしまった。
その姿が愛おしくて。
(この子は、私が守る。)
そう決意をして、口を開く。
「もう帰らないと家の人が心配するわ。近くまで送るから一緒に帰りましょう?」
* * * * *
「長岡ハルが死んでいない。」
集合場所へ行くと開口一番にそう言った。
「え?嘘よ。」
「一体誰が?」
「いや、危険だと思って逃げたのかも。」
「それはない。」
「そうよ、長の予言が外れる訳ないもの。」
「じゃあ…本当に誰が…。」
人々は口々に自分の考えを言う。
「心当たりがあるよな、ミナ。」
長が口を開くと皆黙るが、それだけが理由じゃない。
きっと私の名前が出たことに驚いたからだろう。
「…何故、私だと?」
「お前しか知っているものなどいないだろう。」
致命的だ。
ここからは言い訳をしても自分の首を占めるだけなので、開き直ることにする。
「大体どうして、あの子が死ななければならないの?」
「ここの掟だろう。」
「でも…命だよ?重いも軽いもない!」
「長岡ハルは死ななければならない存在だ。お前も忘れたわけではないだろ?」
忘れられるはずがない。
あれは子どものすることではない、と誰もが言うであろう出来事なのだ。
* * * * *
その映像を見せられたのは、私がまだ幼い頃。
“長岡ハル”という男の幼少時代を見たときのこと。
ハルはとある日に山へ入る。
きっと天気がいいから、虫取りでもしようと考えたのだろう。
そこで男の人と出会うのだ。
スーツ姿で帽子を目深まで被っているため、顔は分からない。
そして、男はハルに何かを囁く。
すると、ハルの手にあった虫かごは十字架に、虫取り網はスナイパー用の銃に変わった。
現実ではありえない。
何故ならこの山は現世のものなのだ。
なのに変わってしまった。
変えられてしまった。
そしてそれが、悪夢の始まりだった。
詳しくは覚えていない。
きっと、あまりに残酷であるため記憶には残らなかったのだろう。
しかし、村の人は一人残らず狙撃で死んでいくのだ。
山に囲まれているこの村は、よほどのことがない限り山を越えようとしない。
なので、他の村からの出入りも少ないため、死の村となったことに気づくのは、それから一年後だった。
この事件は世間を騒がせた。
奇跡的に生き残ったとされたハルは無事保護され、都内の親戚の家でお世話になる。
これで一件落着のはずなのだが、この事件の噂は止まらない。
犯人が見つからないからだろう。
「きっと、あの助かった男の子がやったんだよ。」
「でも、そんなこと出来るのかい?まだ3歳くらいだろう?」
「5歳だよ、そもそも子どもがやる訳ないだろう?」
「分からないじゃないか、とぼけてるだけかも。」
「イヤだ…怖い怖い。」
* * * * *
「お前がなんとかしろ。」
「え?」
「自分の犯したことだろ?自分で責任を持って殺せ。」
「……。」
どうして。
どうしてこの人には分からないのだろう。
本当に悪いのはハル君じゃない。
ハル君にこちらの力を与えてしまった、あの男のせいなのに…。
「私はハル君に死んでほしくない。だから、私がハル君を守る。」
そう言って走り出す。
これ以上話したところで意味なんてないから。
1人になれるところへ向かおうとする。
そう思うと自然にハル君と遊んだ、あの川へ足が進んだ。
「え…?」
川に着くと、彼らがいた。
まだ幼いハル君と、もう大人になってしまったもう1人のハル。
「違うって言ってるだろう?魚はこうやって獲るんだよ。」
「すごい、すごいよお兄ちゃん!」
「そうか?お前も練習すれば出来るようになるんじゃね?」
「ホント!?」
「おう、俺がみっちり教えてやるよ。」
「あっ…!」
私の姿に気づいたらしいハルくんは一瞬で顔を赤く染める。
「いたのかよ、お前。」
「あの、えっと、こんにちは。」
「こんにちは、ハル君。」
「え…?」
どうしよう、名前を言ってしまった。知らないということで通すつもりだったのに…。
「どうして僕の名前知ってるんですか?」
「えっと…ほら、この辺じゃ有名だから。」
「そうなんですか?」
「ええ。」
「お前、そろそろ帰んないと、家の人心配するぞ、帰り方は分かるな?」
「えっ…あ、はい。」
「また明日もおいで。」
「!!…は、はい!」
そう言うとハル君は村へと帰っていく。
そして、残された私たちを包むのは無言…無言。
その無言を破ったのは、意外にもハルだった。
「お前、なんであいつを殺さなかった?」
自分のことなのに、と心の中で思う。
ハルはどうして自分を殺さないのか、と聞いた。
その問いに見合うだけの答えを私は持ち合わせていない。
ただ、ハル君に生きていてほしかったという理由じゃダメなのだろうか。
今、目の前にいるハルを殺してこちらの住人にしてしまったことを後悔していたから。
せめて、あのハル君には生きていてほしかったから。
そんな答えではハルは納得してくれそうにない。
ならなぜ、ハルはそんな問いをしたのかを考える必要がありそうだ。
考えて、考えて、私は言う。
「殺してほしかったの?」
「ああ。」
「なら、さっき殺せば良かったでしょう?」
「自分で自分を殺せって言うのかよ…。」
「うん。」
「ヒデー女。」
「相変わらずハルは素直じゃないね。」
「あ?」
「もー、怖い顔しないの。」
「お前はいつから牛になったんだよ。」
そう言って2人とも笑う。
久しぶりに笑った気がする。
このまま、ずっと一緒にいられればいいのに、そう思う私はそれが叶わないことだと誰よりも分かっていた。
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