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第三章 BL小説の存在、世に知られる
068-2
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(誰かに手伝われないで体を洗ったり着替えをするなんて、何年振りだろう)
前世では当たり前だったことさえ、今はしていない。
一体自分は『誰』なのだろうか?
自分というアイデンティティがぼやけてしまったような感覚のまま、バルコニーに出てアルフレッドの前に立つ。
「シルヴィアがいなくても、ちゃんと着替えができたんだね」
にっこりと微笑むアルフレッドに、恥ずかしさを覚えた。
――貴族令嬢として、身の回りのことが出来てしまうことの恥ずかしさ。
――前世の菜摘として、まるで自立出来ていないような恥ずかしさ。
本当に、今の自分をどう考えていいのか、腐女子であることを辞めろと言われただけで、こんなにぐらぐらと揺らぐなんて思ってもみなかったことだった。
(BLを書いているときは、腐女子としての自分でよかったのに……)
「どうしたの? やっぱりシルヴィアがいないと、不安?」
「そういう、わけじゃ……」
そこまで言って、さっき湖で王族であるアルフレッドに、恐ろしく失礼なことをしてしまったことを思い出し、慌てて頭を下げる。
「アルフレッド様、先ほどは、その、申し訳ございませんでした」
「何を謝るの?」
「だって、無理やりオールを奪おうとして、そのせいでアルフレッド様を湖に落としてしまって、そのせいで溺れかけさせてしまって……」
よく考えると、大変な危機だった。
もし万が一、第二王子を溺死させてしまっていたら、BL小説に関係なくランズダウン家お取り潰しの憂き目にあっていた。
(ううん。それより、大好きなアルたんがもし死んじゃったら……わたくしが耐えられないわ!)
――生きていてくれて、よかった。
身近な誰かが死ぬって、こんなに辛いことなんだ、と改めて思う。
涙があふれたメリーローズに、アルフレッドの方が困ってしまった。
「ね、ねえ、メリーローズ。泣かないで」
「だって、もしアルフレッド様が死んじゃったらって思ったら……。わたくしも、悲しくて悲しくて……生きていけませんわ」
「メリーローズ……」
泣きじゃくる婚約者を前に、アルフレッドの胸はトゥンクしていた。
(僕が死んだらと想像するだけで、こんなに泣いてくれるなんて……)
シルヴィアの言葉を思い出す。
『お嬢様は、アルフレッド様が一番好き、と仰っていました』
(あれは、本当だったんだね……)
彼女がしゃくりあげるたびに、シャワーの後の甘い香りが立ちのぼる。
これはバラの香りだ。
メリーローズが愛するバラの花の香り……
その香りごと、アルフレッドはメリーローズを抱きしめた。
ふいに熱い胸に抱かれて、メリーローズは瞬く。
(…………え?)
父や兄からハグされたことは、勿論何回もあった。
しかしこんなに情熱的に、きつく抱きしめられたのは、初めてだ。
「ア、アルフレッド様……?」
言いかけた言葉は、しかし途中で途切れる。
メリーローズの唇が、アルフレッドのそれで塞がれてしまったからだ。
* * *
えーっと……?
なんだか、アルたんのきれいなお顔が、めっちゃ近いんですが。
はー、目を閉じるとまつ毛、長!
バッサバサのまつ毛!
眼を閉じていても、アルたんて『美』よね!
…………っていうか、何かが唇に触っているんですけど。
何か、こう……あったかくて、柔っこいものが…………
え、待って?
まさかと思うけど、これ、アルたんの唇?
もしかしてだけど、もしかしてだけど、アルたんが今わたくしにキスしてるんじゃないの?
いや、まさかね、まさか……
でも、顔の位置からして、どう考えても、口が重なっているとしか、思えないんですけど?
マジかーーーー!
* * *
メリーローズは、アルフレッドの腕から離れようともがいた。
が、彼の腕は強く、より一層きつく抱きしめられただけであった。
前世では当たり前だったことさえ、今はしていない。
一体自分は『誰』なのだろうか?
自分というアイデンティティがぼやけてしまったような感覚のまま、バルコニーに出てアルフレッドの前に立つ。
「シルヴィアがいなくても、ちゃんと着替えができたんだね」
にっこりと微笑むアルフレッドに、恥ずかしさを覚えた。
――貴族令嬢として、身の回りのことが出来てしまうことの恥ずかしさ。
――前世の菜摘として、まるで自立出来ていないような恥ずかしさ。
本当に、今の自分をどう考えていいのか、腐女子であることを辞めろと言われただけで、こんなにぐらぐらと揺らぐなんて思ってもみなかったことだった。
(BLを書いているときは、腐女子としての自分でよかったのに……)
「どうしたの? やっぱりシルヴィアがいないと、不安?」
「そういう、わけじゃ……」
そこまで言って、さっき湖で王族であるアルフレッドに、恐ろしく失礼なことをしてしまったことを思い出し、慌てて頭を下げる。
「アルフレッド様、先ほどは、その、申し訳ございませんでした」
「何を謝るの?」
「だって、無理やりオールを奪おうとして、そのせいでアルフレッド様を湖に落としてしまって、そのせいで溺れかけさせてしまって……」
よく考えると、大変な危機だった。
もし万が一、第二王子を溺死させてしまっていたら、BL小説に関係なくランズダウン家お取り潰しの憂き目にあっていた。
(ううん。それより、大好きなアルたんがもし死んじゃったら……わたくしが耐えられないわ!)
――生きていてくれて、よかった。
身近な誰かが死ぬって、こんなに辛いことなんだ、と改めて思う。
涙があふれたメリーローズに、アルフレッドの方が困ってしまった。
「ね、ねえ、メリーローズ。泣かないで」
「だって、もしアルフレッド様が死んじゃったらって思ったら……。わたくしも、悲しくて悲しくて……生きていけませんわ」
「メリーローズ……」
泣きじゃくる婚約者を前に、アルフレッドの胸はトゥンクしていた。
(僕が死んだらと想像するだけで、こんなに泣いてくれるなんて……)
シルヴィアの言葉を思い出す。
『お嬢様は、アルフレッド様が一番好き、と仰っていました』
(あれは、本当だったんだね……)
彼女がしゃくりあげるたびに、シャワーの後の甘い香りが立ちのぼる。
これはバラの香りだ。
メリーローズが愛するバラの花の香り……
その香りごと、アルフレッドはメリーローズを抱きしめた。
ふいに熱い胸に抱かれて、メリーローズは瞬く。
(…………え?)
父や兄からハグされたことは、勿論何回もあった。
しかしこんなに情熱的に、きつく抱きしめられたのは、初めてだ。
「ア、アルフレッド様……?」
言いかけた言葉は、しかし途中で途切れる。
メリーローズの唇が、アルフレッドのそれで塞がれてしまったからだ。
* * *
えーっと……?
なんだか、アルたんのきれいなお顔が、めっちゃ近いんですが。
はー、目を閉じるとまつ毛、長!
バッサバサのまつ毛!
眼を閉じていても、アルたんて『美』よね!
…………っていうか、何かが唇に触っているんですけど。
何か、こう……あったかくて、柔っこいものが…………
え、待って?
まさかと思うけど、これ、アルたんの唇?
もしかしてだけど、もしかしてだけど、アルたんが今わたくしにキスしてるんじゃないの?
いや、まさかね、まさか……
でも、顔の位置からして、どう考えても、口が重なっているとしか、思えないんですけど?
マジかーーーー!
* * *
メリーローズは、アルフレッドの腕から離れようともがいた。
が、彼の腕は強く、より一層きつく抱きしめられただけであった。
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