猫は恋したので、カフェに行く(仮)

月詠世理

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最低と最高(26話)

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 物が壊されて悲痛な声とともに椅子ごと倒れ、起こされるを繰り返している。

「僕と彼女の思い出のツーショット写真が!!」
「思い出を保存しているのはあなただけで推しを巻き込むのは良くないと思います」
「待って!? それ彼女のサイン入りのシャツ!!」
「すいません。もうなくなりました」
「やめろー!! 貴重な音源を!!!」

 何の音源か知ることはなかった。データが削除される。ところどころ、山城先輩と奥村先輩が反応していた。えずきながら泣いていた石英さんだが、そんな調子もなくなっていく。たまに、脱水症状にならない程度に奥村先輩と夕羽が石英さんの口に飲み物を流し込んでいた。
 様々な声を上げていたのもなくなり、やがて涙は枯れた。残ったのは、カタコトしか喋らなくなった魂が抜けたような状態の人。

「これじゃあまともに話もできそうにないし、一旦休憩にしましょう」
「ミチノ……ミチノ……デスヨ」
「大切なものを奪われることになったら流石に話すと思ったんだけど、こんな状態になるまで否定するとは」
「実はそんなに大事なものじゃなかったとか? でも、あの泣き方とか反応とか見るとそうは思えないんだよな」

 夕羽が送った視線の先には、虚ろな目と体の力が抜けた姿の人がいる。ヘラヘラと笑ったところも見られ、精神状態はどん底であると思われた。

「あれ、この休憩の間に戻って来られますかね?」
「やりすぎた? でも、あれくらいやらないと話さないだろうし」
「これだけ推しのグッズが失われても話さないならずっと口を閉じてそうですね」
「何をやったのか教えてもらわないとウチらも困るよ。今後、やってもらわないといけないこともあるし」
「ミッチーだし、大丈夫だろ。お金のためなら火の中だろうと水の中だろうと強風の中だろうと雷の中だろうと、頼まれたことをやるミッチーだよ? 大金積まれたら何でもするミッチーがこんくらいでヘコたれるわけないって」

 一斉に石英さんに目を向けた。夕羽は笑って問題ないとでも言うように語っているが、すでにメンタルがやられているしなしなになっている人しかいない。これでへコたれてないわけがない。
 夕羽の話でとてもお金が大好きな人で、お金次第で危機管理能力が欠如する人であるらしいことはわかったけれど。命あっての物種なのだから、もう少し考えて行動すべきでは、と思った。
 お金があったらどんな状況でも突っ走るから、夕羽は何されても大丈夫な人だと認識してそう。あの姿を見たらとてもそんな風には思えないんだけれど。

「うーん、夕羽がへコたれてないって言う気持ちもわかるよ。でも、このままではいられないし、そろそろアメ出そうかな?」
「奥村くん、何かあるの?」
「あると言ったらありますけど、効果があるかどうかは五分五分ですね。推しのグッズなくなっても固く口を閉じたままなんですから」

 石英さんが話したくなるようなものを持っているのだろうか。それを出すか悩んでいる奥村先輩。

「ダメだったらダメでいいから、もったいぶってないでさっさと出せ。俺は一番手取り早いのはミッチーの推しに今回やったことを話すことだと思ってるから」
「最終的にそれはしようとしてるから。でもそれは本人から証言がとれてからの話で」
「悪いことをしたミッチーにお灸を据えるのには丁度いい手段じゃん。まだそれしてないだけ俺らは優しい。それに今からアメあげるんでしょ? きっと優しさが身に染みたミッチーは正直に話してくれるよ」

 ボロボロどころかヨボヨボになるまで追い詰めたのは私たちだけどね。そんなに事が上手く運ぶだろうか。一応、石英さんが何かにちょくちょくと反応しているところがあったのは見た。アメが何か気になっているのかもしれない。

「あー、もうっ! ダメだった場合のこと考えとけよ、夕羽」

やけっぱちになった先輩に間延びしたゆるい返事がされた。奥村先輩は石英さんに近づき、懐から何かを取り出した。一枚のキラキラしているチケットのようだった。ピクリッと反応する石英さん。暗めの雰囲気を発していたのに、威圧感のようなものを感じて少々恐ろしく見える。ゆっくりと口が動く。

「ドコデ.....ドコデ.....どこで.....それを手に入れたんだぁぁぁぁあぁぁ!? 僕がどうあがいても入手できなかったものだぞ、りっちゃん!!」
「本人からもらった。知り合いで」
「ずるいぞ! 道に紹介するべきだ。で、この道は何をすればいい?どうしたらそれをもらえる?」
「僕たちの質問に答えたら譲渡を考えてもいい」
「うむ、急に話したくなってきたぞ。はよはよ。聞きたいことは何だ?」

 活気が戻ったようである。ノリ気になった石英さん。黙秘を貫いていたのに変わりすぎだ。テンションの高低差についていけそうになかった。あと、立ち直りが早すぎる。あんなに弱っていたのに、ね。
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