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1話

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私は座敷童。通称、わらちゃん。私の仕事は、人に幸福を運ぶことでございますなのです。しかし、私には務まらない仕事でございますなのです。なぜなら、私は先輩座敷童のように、スムーズに幸福を呼べないからなのです。私のこれからは、破滅へ向かうまでなのです。不幸を呼ぶ座敷童なんて、不名誉な名称は欲しくないなのです。誰か切実に助けて、なのです。本日の仕事は、押し入れで泣くことなのです。
 
「ひくっ、ひくっ、ひくぅぅ!!」
ここ最近、何かが泣く声が聞こえるようになった。そのせいで、私は寝不足である。人の家に不法侵入して、毎日毎日泣くなんて迷惑な奴は誰なのか。深夜〇時。デジタル時計がその時間を表している。
「ひくぅ! ひくっ、ひくっ、ひくぅぅぅ!!」
早く泣き止め、いつまで泣いているつもりなんだろうか。お願いだから、私を寝かせて。
「うわゎゎゎゎー!!」
いい加減にして。布団に横になっていた私は起き上がり、襖を開けた。勢いよく開けたため、スパンッと小気味のいい音が鳴り響いた。そこにいたのは、赤い着物を纏った小さな女の子ども。膝を抱えて小さく丸まり、うずくまっていた。
「あ・の・ねぇぇぇぇ。泣くなら、他所で泣きなさい! 迷惑よ」
「うぅぅぅぅぅ~~。 うゎゎゎゎぁぁぁん!!」
「はっ!?」
一瞬泣き止んだのかと思われた子ども。だが、目の前の子どもは、私に飛びついてきて、さらに泣き始めた。寝巻に涙や鼻水などをグショグショにつけられる。そして、寝巻をギュッと握り締められ、そこだけがしわしわになってしまった。
「お、お姉ちゃん! 助けてくださいなのですぅ」
うるうるした目で見上げられる。よく見ると子どもは、丸顔で前髪をまっすぐに切り揃えられていて、こけしみたいだった。私は何も見なかったことにしたいと思いながらも、女の子の話を聞くことにした。深夜〇時一〇分の出来事であった。
 
 
このような変なことは初めてではない。私は、このは。いわゆる幽霊が見える人だ。普通の人には見えないものが見えてしまうのだ。何度、自分の体質を呪ったことだろうか。家族にこのことを明かしたら、すんなりと私のことを受け入れた。私は家族も幽霊が見える人ではないかと密かに疑っている。
現場を見つけたことはないが、夜遅くに家族ではない誰かと家族の一人が話している声が聞こえた時があった。だから、私は家族のことを疑っているのである。主に祖母と母あたりに目星をつけている。現在家に住んでいる者は、祖母と父母と兄と私だ。怪しいと思った人物たちはチラッと見るだけに留め、私は何も聞くことはなかった。
 変なことは初めてではないが、夜遅くに人ではない者の話を聞くことは初めてのこと。嫌な初めての内容だ。逃げようと思えば、逃げられたのだろう。話しかけてしまったのが運のつきである。私はがっちりと寝巻を掴まれてしまっている。くっついてくる女の子をはがすことはできない。そのため、私は諦めて、彼女の話を聞くことにした。
 
私と女の子は畳に正座している。座布団は、下に敷いていない。私が寝るように敷かれた布団は、掛布団がめくれている状態になっていた。
「あのね、お姉ちゃん。私は座敷童なのです。わらちゃんと呼んでくださいなのです」
泣き止んだ女の子、わらちゃんが自己紹介をした。目元はうっすらと赤かった。彼女に穴が開くのかと思うほど、私はジーッと見つめられている。きっと私も自己紹介をしろということなのだろう。
「私はこのは。人間。勝手に押し入れ使われてうるさく泣かれて、ここ数日寝不足なんだ。(とても迷惑だから、)早く出て行ってくれる?」
話を聞こうと思っていたが、本音がポロっと自然に出てきてしまった。
「うぅぅ。私はいつでもどこでも迷惑なのですぅ。生まれてきて、すみませんなのですぅ!」
自分で面倒なことにさせてしまった。少し自分の口の緩さに自粛しなければならないと思う。
「すみませんなのです。ごめんなさいなのです」
ゴツゴツと痛そうな音を響かせて畳に額を打ち付けていた。
「た、たしか……、わ、わらちゃん? だよね? 落ち着こうか」
勢いよく額を打ち付けるという動作が止まる。彼女が顔を上げた時に見えた額は、赤くなっていて血が流れ出ていたため、とても痛そうだった。彼女はそんなことに気づいていないのだろう。
「名前を呼んでもらえたなのです! うれしいなのです」
彼女のキラキラとした瞳と笑顔が、私に向けられた。ただあだ名を呼んだだけなのに、とても嬉しそうだ。
「このこの、折り入って頼みがあるなのです。聞いてくださいなのですぅ」
「ま、まって! このこのって何?」
「このはちゃんなので、このこのなのです!」
非常に不愉快なあだ名に頬が引き攣る。冷めた目で目の前の座敷童を見つめているが、彼女は気づいていない。満面の笑みを浮かべて、胸を張っていた。
「エッヘン! なのです」
「……」
摘まみだそうかな。
 
「このこの! 私は人に幸せを運ぶことが仕事なのです。それなのに、私は人を不幸にするばかりなのです」
ズズッと鼻をすすりながら、涙を流すわらちゃん。私はあれから同じ内容を何度も語られていた。これで、一〇回目くらいになるのだろうか。瞼が閉じそうになると、必ず彼女が声を掛けてくる。
「起きて、聞いてくださいなのですぅ」
一向に話すことが進展していない。それなら、私を寝させて欲しい。彼女の話は無情にも続けられるのだ。
「へぇ~、座敷童って家に住み着くだけで人を幸せにする妖怪ではないのか」
「このこの! やっと話を聞いてくれる気になったなのです。そうなのです! 私、座敷童は、家に住み着くことなど少ないなのです。私たちは仕事でバタバタと走り回っているなのです」
「わらちゃんは、仕事せずに泣いていたのね。仕事を何度も失敗して役立たずの烙印を押されたのね」
彼女の態度はとてもわかりやすいものであった。目を見開き、固まっている。口が大きく開いており、呆然と突っ立っている。その後、部屋の片隅に手と足を同時に動かしながら、ゆっくり一歩ずつ移動していった。まるで、ロボットのような動きであった。
「ど、どうせ……、私は役立たずなのです。ぅぅぅう、うゎゎぁぁぁぁん!!」
彼女は豆腐メンタルなのか。いじけるのが早すぎる。
「ちょっと、泣かないでよ。うるさいから! あっ……」
「うぅぅ、わらちゃんは、うるさいなのです。わらちゃんができることは、人に多大なる迷惑をかけることなのです」
気づいた時にはもう遅い。彼女は号泣し始めた。我慢していたものがいっきにあふれ出ているのだろう。顔を隠すことはしていないため、ボロボロと流れ出ている涙がハッキリと見えている。
「面倒くさいな」
ポロっと零れ落ちた言葉。小さくつぶやいたつもりだが、わらちゃんには聞こえていたようである。彼女はさらに大きな声を出して泣く。
「うゎゎゎゎゎゎゎゎゎぁぁぁぁぁぁん!! わらちゃんは、ど、どうせ……ど、どうせ……、疫病、神、なのですぅ!!」
どこにそんな元気があるのか、彼女は部屋中をドタバタと走り回り、大きな声で喚いている。
「誰か、この暴走娘を止めて!」
その心からの望みが届いたのかはわからないが、私にとっての救世主が現れた。
「おやおや、近所迷惑だよ。わらちゃんや、落ち着きなされ」
 子どもではなく、大人の女。着用しているのは白い着物であった。他の特徴は、長い黒髪でこの人も前髪はまっすぐに切り揃えられていた。
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