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終章Ⅰ 二人の勇者
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ついに、玉座の間が迫る。
深く、息を吐き、心を静めた。
大丈夫だ。オレは、冷静だ。
「リリス様。もう、目の前ですね」
「ええ。この先に、本当の父が」
彼女は、胸にある『結束の紐飾り』を、ぎゅっと握り絞める。
その言葉に呼応するように、扉が重々しく、開かれた。
――圧倒的な存在感が、空気を揺らす。
玉座に座するは、竜魔の王。
鱗は光を反射し、まるで星空のように煌めく。
冷酷に光る紅き眼と鋭利に伸びた牙が、その主を竜の王だと証明する。
そして、竜の象徴である双角に、大気に揺蕩う元素が集った。
魔王は、吠える。
「――――フハハッ!! 早かったなぁ!! 勇者一行ォ!!」
轟く咆哮と共に発せられた風圧が、オレたちを襲う。
奴は玉座から重々しく立ち上がり、剣を握った。
だが、オレたちは怯まない。
リリス様が玉座を見上げて、声を上げる。
「こんにちは、竜魔王」
訝しげな表情をした竜魔王は、しばらくして、目を見開いた。
「オオ!? 久しいな、吾が娘よ! 野たれ死ぬこともなく、よく生きた! ハハ!! ちょうど良い! 児が三人も減ったからな! お前には、帰ってきて貰おうか!!」
そう、高笑いを響かせながら、竜魔王は言い放った。
――帰って、来いだと……?
「貴様……貴様が、王姫様と彼女を、捨てたのだぞ!?」
オレの叫びに、その表情が切り替わった。
凍てつくように冷血な表情。
オレなど、取るに足らぬ存在だと言わんばかりに、興味すら見せない瞳。
「虫ケラが煩わしいな……。で、どうだ? 娘。お前には『王位継承権』がある。吾の跡を継ぐ、準備をしてやろう。最も、直ぐではないがな!」
表情を一転し、再び高笑いを上げやがった。
オレは、槍を握り絞め、奥歯が軋むほど噛みしめる。
だが、そのとき、鋭く凍り付くようなお声が響いた。
「何故、自分の子どもが死んだというのに、悲しみもしないのですか?」
竜魔王の高笑いは、止まる。
「ハァ?」
奴は、首を傾げたのだ。
「何を言う? 児は、親の物だろう。道を示すのも親、その命を使うのも、親である。親の為に生きるのが、児の為すべきことだろう?」
その言葉を聞いて、リリス様は抜剣し、竜魔王を睨み付けた。
「……言い忘れていました。私の名前は、『娘』ではありません。リリス――リリス・メルキセデク。ボレアス王とボレアス第二王姫の児、リリス・メルキセデクです! 王命により、あなたを征討します!」
王の名代、リリス様が宣言した。
「『複合魔術・雷撃』」
彼女の背後から放たれた雷撃が、空気を切り裂くように飛んで行く。
吹き荒ぶる衝撃に、リリス様の髪が舞い上がった。
碧の閃光が――竜魔王に直撃する。
轟音と共に玉座が崩れ、破片が四散する。
巻き上がる煙の中、竜魔王の姿が観測できない。
しかし、その煙幕は切り裂かれた。
一刀で、全てを晴らすかのように。
「いいだろう! 遊んでやるッ!!」
――地が躍動する。それは、星の嘆き。竜の咆哮。
竜魔王の頭上には、既に、『勇者』が跳んでいた。
双角を狙い、聖剣を振り下ろす――が、いとも簡単に、竜魔王は剣の腹で受け止めた。
「ハ――! 重いなッ! だが、聖剣と言えども、この魔剣【フラガラッハ】には通用せぬッ!!」
竜魔王の質量から放たれる反射剣技……!
いち早く察知したのか、『勇者』は聖剣で防御姿勢を取る。
聖剣と魔剣が、激突した。
それは強烈な光を放つ。
一瞬、目蓋を閉じた。次に開いた瞬間、『勇者』は魔王の足蹴に、身体を抉られた。
「甘いなッ!」
「ぐぶっ……!?」
『勇者』は、吐血した。
見ている場合ではない。指示を、出せ!
「ゴン! 援護だ!」
槍を構え、走り出す。
だが、ゴンの足取りが鈍い。
彼は、オレを護るように動いていた。
「何をしている!?」
盾を展開させたゴンは唇を噛みしめ、言った。
「だって、だってオイラは! バルムンクさんを護るんだ……!」
「――!」
『勇者』と決裂したあと、彼が言ったことだ。
「何を……! 今は――」
そんなことを言っている場合では――!
竜魔王は間髪入れず、吹き飛んだ『勇者』に、魔術を放つ。
「『災禍よ』」
――巨大な、業火の球体だった。
この空間にある全ての炎元素が、竜魔王の掌に集う。
瓦礫が、業火に触れた――いや、触れる直前に、蒸発した。
メルルは、冷や汗を流しながら、走り出す。
「『海の獣よ。満ちて、地を覆う氷膜と成れ』」
『勇者』の前方に、厚い氷壁が迫り上がる。
魔王から射出された炎が、凄まじい音を立てながら、壁を破壊していく。
壁が全て蒸発した頃にようやく、炎は相殺された。
「ほう! 魔導師! 超級を相殺するか! 余は、強い奴が好きだぞォ!」
メルルは肩で息をしながら、叫んだ。
「……超級魔術!? 神の領域だ……!」
リリス様が『勇者』の元に跳び、上級回復魔術を行使するのを確認した。
オレは彼女の元に走り出す。
刹那、竜魔王が魔剣を横に構えた。
――放たれるは、一陣の風刃。
ゴンが盾を掲げ、断続的な刃の奔流を受け止めた。
その光景を見た魔王が、不適な笑みを浮かべた。
「ハッ! アリアスタの人間は、直ぐに『神』だと、煩いなァ!? 吾は、神に産み出された存在ぞッ!! すぐに死ぬ、貴様ら人間とは、存在強度が違うのだァ!!」
再び、竜魔王は掌を広げる。視線の先は――メルルだ。
集うは、地の元素!
「『星よ』」
メルルの前後から、強力な地の元素……いや、これは星の怒り――惑星の炎が噴き出した。
それは、彼女を呑み込まんと迫る。
「メルル――ッ!!」
『勇者』の叫びが響くと同時に、オレの詠唱は完了した。
「『――脚よ、駆動せよ』」
間一髪。
オレはメルルの身体を抱え、超級魔術の範囲外へと滑り込んだ。
――否。
足甲が爛れている。掠っただけでこれか――!
「すまない、バル! ――次! 『風よ』!」
メルルが声を上げ、風魔術でオレを吹き飛ばす。
オレが居た位置には、魔剣が突き刺されていた。
竜魔王の眼前。その視線と交差する。
息が掛かるほどの距離。
その瞳は、オレの向こう側を見つめていた。
そうか、興味が無いか。ならば!
――白鎧を呼び起こす。
槍に纏うは、『風』。
この距離で、全力の『金色の風』を撃ち放つ――!
だが、その一撃は、魔剣によって弾かれた。
襲いかかるは、反射剣技。
――黒い『死』が、迫る。
瞬間、眼前に現れたのは、『勇者』だった。
魔剣の一撃を、聖剣が受け止めた。
「ガアアアアアアア!!」
獣のように吠えた彼は、魔剣の剣閃を縫い、竜魔王の首に鋭く、剣先を繰り出した。
「――ハハッ! 楽しいなあ! 勇者ァ!?」
剣先は竜鱗を撫でた――魔王は紙一重で身体を捻り、後方に跳躍する。
「すまん……助かった」
オレは、『勇者』に助けられた礼を呟く。
だが彼は、肩で息をしただけで、何も答えない。
――オレはここでも、こいつの助けになれないのか。
しかし、竜魔王との距離が開いた。
「今のうちに、態勢を立て直すぞ!」
ゴンを先頭に据え――だが、ゴンはオレとリリス様に寄っていた――防御陣形を整える。
だが、竜魔王は段差に脚をかけ、重々しく剣を地に突き刺した。
「オイオイ? お前らは仲間だろう? 勇者一行を名乗っているものなぁ。何故、連携しようとしない? 吾もいい加減、飽きてくるぞッ!!」
奴の尾が地を叩きつける。
その一撃で生じた衝撃波が、オレたちそれぞれを四方八方へ吹き飛ばした。
「グッ……!」
なんたる一撃。
ただ、尾を振るっただけなのに、この破壊力か……!
視界の隅で、立ち上がる影。
『勇者』。そして、リリス様だ。
次にメルルと、ゴン。
オレも、槍に身体を預けながら、立ち上がる。
メルルが荒い息を整え、大きく息を吸い、告げた。
「魔器を媒介とした、『決戦詠唱』を発動する!」
その言葉を聞くや否や、『勇者』が前線に躍り出る。
竜魔王の眼前に飛び込み、聖剣を振り下ろした。
『勇者』と『魔王』の剣戟が眩く奔る。
魔剣の反射剣技――それを、聖剣が一つ残らず捌く。
咆哮を交わす勇魔。
反射剣技を捌き続ける限り、竜魔王は動けない──!
飛び交う鋭い剣撃波が、俺たちの肌を裂く。
オレはゴンとリリス様に指示を飛ばす。
「メルルを護れ! オレは『勇者』の援護を! リリス様、メルルのサポートに!」
ゴンが、巨大な盾を作り出し、メルルの前面に立った。
メルルの背中に手を当てるのは、リリス様。
メルルは、魔杖の先を地に押し当て、魔導書を構えた。
その目蓋は静かに閉ざされ、魔力が彼女のもとに集い始める。
「発音はこれでいいよな――?」
彼女は、ゆっくりと息を吐き、詠唱を開始する。
「【ゲンソウ】及び【ゲンジツ】の接合を開始――魔杖エイハ――起動」
オレは飛び交う空気の刃を、槍で弾きながら、前方に駆ける。
「仮想【ゲンジツ】稼働。【タイマゴサンケ・ケッセンエイショウ】発動準備――【バツモンコトダマ】装填。【イチマク】装填完了――【ニマク】装填完了――ああもう! 決戦詠唱、破棄! 開け!! 【バツモン】の【サン】――【シュウマク】!!」
メルルたちの背後に、魔力で創造された扉が、顕現する。
彼女は腕を引き絞り、弓を引くような仕草で、魔導書を構えた。
――扉は、開かれる。
瞬間、圧倒的な質量を秘めた魔力塊が、解き放たれた。
どの元素属性でもない、異界から召喚された力。
それはまるで、引力に導かれるかのように、竜魔王の元に飛翔する。
剣戟の最中にあった『勇者』が、それに気が付き、後方に飛び退く。
――その隙を、竜魔王は見逃さない。
魔剣の反射剣技が稲妻のように奔り、『勇者』の右腕にめり込んだ。
「ッ……!」
断末魔の声を押し殺しながら、『勇者』は衝撃を逃がそうと、身体を捻る。
鮮血が舞い上がった。
しかし腕は、断たれていない。
――だが、聖剣が、空中に銀の残像を描いていた。
それは、冷たい石床に滑る。響く金属音。
その音と同時に、メルルの魔力塊が、竜魔王に吸い込まれた。
耳を裂く轟音が、魔王城を震わせる。
着弾点から、全ての元素が弾け飛んだ。
巻き上がる煙幕。
メルルは、力尽きたように、膝から崩れ落ちる。
激しく息を吸っては吐いてを繰り返していた。
「魔力が……。あと、少ししか、魔術を、行使できない……」
盾の後ろから、ゴンが不安げに振り向いた。
「やったんですか……!?」
ゴンの言葉に、嫌な予感が走った。
オレは『勇者』に視線を向ける。
彼は地に倒れ、微動だにしなかった。
「イサ――……! 『――脚よ、駆動せよ』!」
無我夢中で『勇者』の元に駆け、手を伸ばした。
瞬間。
「『天災よ』」
冷たい声が響いた。
吹き荒れる狂嵐。魔力風――いや、魔力嵐……!
煙幕がかき消される。
そして、そこに立っていたのは竜魔王。
ただ、その腕に持った魔剣は、二つに折れていた。
口から血反吐を滴らせながらも――奴の瞳には、不屈の光が宿っていた。
「これが、神の創造せし異界の術か……だがァ! まだ、吾はやれるぞッ!!」
奴は再び、『勇者』に掌を向けた。
「ハ――! 思えば、有象無象に構わず、勇者を先に殺せば、あとは遊ぶだけではないか!!」
オレは『勇者』の元に辿りつく。
「……ブハッ」
彼も血反吐を吐きながら、荒い息を繰り返していた。
生きては、いる。
たが、見るも無惨な右腕は、再起の機会を喪っていた。
「おいッ! 起きろ!」
声を振り絞り、必死に呼びかける。
「『隕鉄よ』」
魔力を吸い上げる嵐の中、竜魔王はオレたちに、鉄塊の魔術を撃ち出した。
視界が、ゆっくりに視える。
放たれた鉄塊は、その視界の中でも、高速で空を走っている。
時間が緩やかに感じられた。
耳鳴りがする。
――オレが出来ることは、ひとつだ。
『勇者』の身体を覆うように、抱きしめる。
――轟音と衝撃。
鉄塊は、オレの左上腕を抉り飛ばす。
全身の痛覚が吠えた。脚に込めていた力が抜け落ちる。
オレたちの身体は、嵐に飛ばされて、そして壁に激突した。
視界が一瞬、真っ白に染まった。
脳髄が、点滅したみたいだった。
「バルムンク!」「バルムンクさん!」
彼らの、声が。
ぱちぱち、と。
記憶が、脳内を走る。
意識の灯火が、点滅する。
『退屈だ』
『二度目の』
『此の先』
『それを言葉にはしないけれど』
『剣の名は』
『好きだから』
『なんで、受け入れてくれるの?』
『還る』
――これは、『オレ/俺』の記憶だった。
壁に背を預け、力なく、ずり落ちる。
口の中に、鉄の味が広がる。左腕/右腕が動かない。
でも、その記憶を反芻する。
俺は、オレになっていた。
――深い領域には、蒼い光を抱く、彼の姿があった。
眼の前には、聖剣があった。
俺を選んだ剣。オレを選ばなかった剣。
もっと奥には、ゴンと、メルルと、リリスが。
オレ/俺たちを、護ってくれている。
――――――――やっと、理解した。
オレの肩が、掴まれる。
彼は、頭から血を流しながらも、掠れた声を絞り出した。
「もういい……バルムンク。あとは、俺がやる――俺の生命を――」
言いたいことは、分かっていた。
言葉の続きを口にする前に、オレはそれを遮る。
「――生命力を使用し、聖剣を全解放する……だろ?」
彼の目が驚愕に見開かれる。
やっと、オレを見てくれたな。
喉から絞り出すように、彼は呟いた。
「なんで――」
「すまなかった、イサム。お前を置いて、死んでしまって」
「――――」
言葉に詰まったのか、彼の唇が震えた。その沈黙に、思わずオレは笑った。
「それにしても、オレたちを突き放すのが下手すぎやしないか?」
彼の両目から、玉のような涙が、溢れ落ちる。
「――あ――ああ――ごめん、本当に、ごめん――!」
そう、声を上げた。
いいんだ。やっと、分かった。イサムが歩んできた道を。
聴力を取り戻すように、仲間の声が鮮明になっていく。
竜魔王の猛攻を受けるゴンと、ゴンに回復魔術を行使しているリリス様に、メルルが叫んだ。
「ゴン、リリス! 黙って頭を貸せ! 勝手で悪いが、信じてるからな!!」
そして彼女は、二人の後頭部を掴む。
オレは、満身創痍の身体でそれを眺めながら、息を吐いて、静かに呟いた。
祈るように。
「頼む……イサムを、助けてやってくれ」
瞬間、閃光が玉座の間を照らした。
ひとつは、メルルの魔導書に垂れた『結束の紐飾り』から。
もうひとつは、ゴンの腕輪に結ばれた『結束の紐飾り』から。
最後のひとつは、リリス様からだ。
光を握り絞めたリリス様が、オレたちのもとにやってくる。
彼女の夜空には、涙が浮かんでいた。
リリス様はゆっくりと、そばに膝をつき、両手を差し出す。
「バルムンク。落としていましたよ」
右手にあったのは、オレの『結束の紐飾り』。
それは、強く光り輝いている。
「……ありがとうございます。これは、大事なモノですから」
そして、もう一方を、イサムに差し出した。
彼が捨てた、『結束の紐飾り』を。
イサムは、それを見つめ、躊躇するように手を伸ばす。
「――イサム様。私が、あなたを追い込んでしまいました。ごめんなさい。ただ、今だけは、信じてください」
リリス様のお言葉には、決意に満ちていた。
「――分かった」
イサムは頷いて、『結束の紐飾り』を手に取り、握り絞めた。
彼の水晶が、光り輝いた。
星芒はさらに広がり、全員を包み込むように、輝きを増す。
ゴンの盾が拡張され、オレたちを護る城塞となる。
「イサムさん、不器用すぎるでしょ! なんで、ちゃんと話してくれないんですか! ほら、行ってください、メルルさん!」
彼の叱咤に、イサムは目を細めた。
「ごめんな、本当に」
駆け寄ってきたメルルは、イサムに告げる。
「イサム、このままじゃ埒があかない。だから、二人にも記憶を共有させた……ごめんね。でも、勝たなきゃいけないよ。生きて、進まなきゃ行けない。キミを犠牲にする未来なんて、私は嫌だ」
イサムは、静かに頷いた。
彼の視線が、オレを捉える。
オレもまた、イサムの眼を見た。
言葉は必要なかった。お互いの意思が通じ合う、その瞬間。
オレたちの視線が、聖剣へと向かう。
傷だらけの身体を支え合うように、立ち上がった。
目の前に落ちている聖剣に、手を伸ばす。
オレは右手を、イサムは左手を。
同時に、聖剣の柄を握る。
聖剣が眩く光り輝き、燃え盛るような炎が噴き出した。
だけどもう、オレの掌を灼かない。
それは、聖なる炎だった。
仲間たちが一斉に左右へ退避する。
視線の先に立ちはだかるは、竜魔の王――!
オレたちは二人で、聖剣を振り上げた。
そして、叫ぶ。剣の名を!
「『聖剣【ラーハット】・全解放』!!」
剣身に沿うように、回転する炎が巻き上がる。
回転する炎は、瞬く間に出力を上昇させ、白光を思わせる、炎の巨刃へと変貌する。
魔を滅するために、それは天を穿つ。
赤く燃え盛る、強烈な灼光。それは、宙をも呑み込む炎柱。
「ハハハッ――!! 『勇者』が二人に成ったとて――!! 蒼炎よ、来いッッ!!」
竜魔王は吠える。
見た。
蒼き炎の児が、竜魔王の呼びかけるように、奴の隣に降り立ったのを。
「させるものか――!!」
オレたちの声に、呼応するように落下する、耀きの光焔。
大聖剣は、振り下ろされる。
星の軌跡を思い起こさせる巨大剣。天地を断つ閃光の奔流――!
光焔が魔を灼き尽くさんと、竜魔王と炎の児を呑み込む――!!
――――――――。
魔力器官から、魔力が消滅した。
がらんどうだ。
軋む心臓。
聖剣を取り落とすように突き刺し、膝から崩れ落ちる。
それは、イサムもだった。
「なんとか生命を削られずに済んだな……イサム」
「言ったろ、バルムンク――お前は俺にとって、『一番の勇者』だって」
――ああ、そうか。
オレは、『勇者』となったのか。
「実感が湧かんな」
「へへ」
オレたちは、笑った。
「『反転衝動』」
肌が粟立つような、そんな声が聞こえた。
赤く輝く聖炎に呑まれ、身体を黒に染めあげた竜魔の王。
その節々から、鋭い炎が噴き出した。それは蒼い――炎。
「アア――死ヌ所ダッタゾ……」
奴の声色が、変わる。
イサムは苦痛に顔を歪めながら、呟いた。
「炎の児を呑み込んで、聖剣の炎を軽減したのかよ……!」
混濁した記憶を思い起こす。
オレが死んだ日。
黒炎の竜と戦った時、聖剣の炎はその肉体を灼けなかった。
竜魔王は炎の児を呑み込むことにより、聖剣への耐性を身に付けたのだ。
仲間たちが、オレたちに駆け寄ろうとする。
だが、それよりも早く、竜魔王は掌を向けた。
「『黒炎』」
黒き炎の奔流が、『勇者』を呑み込まんと迫る。
周囲の大気と元素を灼き尽くし、消滅させる奔流。
超級の魔術を防ぐ手段は、無い。
――ここまでか。
長くはないが、充実した数ヶ月だった。
後悔はある。世界を救えなかったのだから。
――影が、降り立った。
跳んできた。
尾を、しなやかに躍動させて。
「――リリス様?」
彼女の行動が、分からなくて。その名前を呼んだ。
何故、オレたちの前に立つ? 何故、黒炎に立ち向かう?
「――やめてください」
彼女に、手を伸ばす。
届かない。
星に、手が届かない。
「あ、あ――!」
星は――
黒炎の中に、姿を消した。
深く、息を吐き、心を静めた。
大丈夫だ。オレは、冷静だ。
「リリス様。もう、目の前ですね」
「ええ。この先に、本当の父が」
彼女は、胸にある『結束の紐飾り』を、ぎゅっと握り絞める。
その言葉に呼応するように、扉が重々しく、開かれた。
――圧倒的な存在感が、空気を揺らす。
玉座に座するは、竜魔の王。
鱗は光を反射し、まるで星空のように煌めく。
冷酷に光る紅き眼と鋭利に伸びた牙が、その主を竜の王だと証明する。
そして、竜の象徴である双角に、大気に揺蕩う元素が集った。
魔王は、吠える。
「――――フハハッ!! 早かったなぁ!! 勇者一行ォ!!」
轟く咆哮と共に発せられた風圧が、オレたちを襲う。
奴は玉座から重々しく立ち上がり、剣を握った。
だが、オレたちは怯まない。
リリス様が玉座を見上げて、声を上げる。
「こんにちは、竜魔王」
訝しげな表情をした竜魔王は、しばらくして、目を見開いた。
「オオ!? 久しいな、吾が娘よ! 野たれ死ぬこともなく、よく生きた! ハハ!! ちょうど良い! 児が三人も減ったからな! お前には、帰ってきて貰おうか!!」
そう、高笑いを響かせながら、竜魔王は言い放った。
――帰って、来いだと……?
「貴様……貴様が、王姫様と彼女を、捨てたのだぞ!?」
オレの叫びに、その表情が切り替わった。
凍てつくように冷血な表情。
オレなど、取るに足らぬ存在だと言わんばかりに、興味すら見せない瞳。
「虫ケラが煩わしいな……。で、どうだ? 娘。お前には『王位継承権』がある。吾の跡を継ぐ、準備をしてやろう。最も、直ぐではないがな!」
表情を一転し、再び高笑いを上げやがった。
オレは、槍を握り絞め、奥歯が軋むほど噛みしめる。
だが、そのとき、鋭く凍り付くようなお声が響いた。
「何故、自分の子どもが死んだというのに、悲しみもしないのですか?」
竜魔王の高笑いは、止まる。
「ハァ?」
奴は、首を傾げたのだ。
「何を言う? 児は、親の物だろう。道を示すのも親、その命を使うのも、親である。親の為に生きるのが、児の為すべきことだろう?」
その言葉を聞いて、リリス様は抜剣し、竜魔王を睨み付けた。
「……言い忘れていました。私の名前は、『娘』ではありません。リリス――リリス・メルキセデク。ボレアス王とボレアス第二王姫の児、リリス・メルキセデクです! 王命により、あなたを征討します!」
王の名代、リリス様が宣言した。
「『複合魔術・雷撃』」
彼女の背後から放たれた雷撃が、空気を切り裂くように飛んで行く。
吹き荒ぶる衝撃に、リリス様の髪が舞い上がった。
碧の閃光が――竜魔王に直撃する。
轟音と共に玉座が崩れ、破片が四散する。
巻き上がる煙の中、竜魔王の姿が観測できない。
しかし、その煙幕は切り裂かれた。
一刀で、全てを晴らすかのように。
「いいだろう! 遊んでやるッ!!」
――地が躍動する。それは、星の嘆き。竜の咆哮。
竜魔王の頭上には、既に、『勇者』が跳んでいた。
双角を狙い、聖剣を振り下ろす――が、いとも簡単に、竜魔王は剣の腹で受け止めた。
「ハ――! 重いなッ! だが、聖剣と言えども、この魔剣【フラガラッハ】には通用せぬッ!!」
竜魔王の質量から放たれる反射剣技……!
いち早く察知したのか、『勇者』は聖剣で防御姿勢を取る。
聖剣と魔剣が、激突した。
それは強烈な光を放つ。
一瞬、目蓋を閉じた。次に開いた瞬間、『勇者』は魔王の足蹴に、身体を抉られた。
「甘いなッ!」
「ぐぶっ……!?」
『勇者』は、吐血した。
見ている場合ではない。指示を、出せ!
「ゴン! 援護だ!」
槍を構え、走り出す。
だが、ゴンの足取りが鈍い。
彼は、オレを護るように動いていた。
「何をしている!?」
盾を展開させたゴンは唇を噛みしめ、言った。
「だって、だってオイラは! バルムンクさんを護るんだ……!」
「――!」
『勇者』と決裂したあと、彼が言ったことだ。
「何を……! 今は――」
そんなことを言っている場合では――!
竜魔王は間髪入れず、吹き飛んだ『勇者』に、魔術を放つ。
「『災禍よ』」
――巨大な、業火の球体だった。
この空間にある全ての炎元素が、竜魔王の掌に集う。
瓦礫が、業火に触れた――いや、触れる直前に、蒸発した。
メルルは、冷や汗を流しながら、走り出す。
「『海の獣よ。満ちて、地を覆う氷膜と成れ』」
『勇者』の前方に、厚い氷壁が迫り上がる。
魔王から射出された炎が、凄まじい音を立てながら、壁を破壊していく。
壁が全て蒸発した頃にようやく、炎は相殺された。
「ほう! 魔導師! 超級を相殺するか! 余は、強い奴が好きだぞォ!」
メルルは肩で息をしながら、叫んだ。
「……超級魔術!? 神の領域だ……!」
リリス様が『勇者』の元に跳び、上級回復魔術を行使するのを確認した。
オレは彼女の元に走り出す。
刹那、竜魔王が魔剣を横に構えた。
――放たれるは、一陣の風刃。
ゴンが盾を掲げ、断続的な刃の奔流を受け止めた。
その光景を見た魔王が、不適な笑みを浮かべた。
「ハッ! アリアスタの人間は、直ぐに『神』だと、煩いなァ!? 吾は、神に産み出された存在ぞッ!! すぐに死ぬ、貴様ら人間とは、存在強度が違うのだァ!!」
再び、竜魔王は掌を広げる。視線の先は――メルルだ。
集うは、地の元素!
「『星よ』」
メルルの前後から、強力な地の元素……いや、これは星の怒り――惑星の炎が噴き出した。
それは、彼女を呑み込まんと迫る。
「メルル――ッ!!」
『勇者』の叫びが響くと同時に、オレの詠唱は完了した。
「『――脚よ、駆動せよ』」
間一髪。
オレはメルルの身体を抱え、超級魔術の範囲外へと滑り込んだ。
――否。
足甲が爛れている。掠っただけでこれか――!
「すまない、バル! ――次! 『風よ』!」
メルルが声を上げ、風魔術でオレを吹き飛ばす。
オレが居た位置には、魔剣が突き刺されていた。
竜魔王の眼前。その視線と交差する。
息が掛かるほどの距離。
その瞳は、オレの向こう側を見つめていた。
そうか、興味が無いか。ならば!
――白鎧を呼び起こす。
槍に纏うは、『風』。
この距離で、全力の『金色の風』を撃ち放つ――!
だが、その一撃は、魔剣によって弾かれた。
襲いかかるは、反射剣技。
――黒い『死』が、迫る。
瞬間、眼前に現れたのは、『勇者』だった。
魔剣の一撃を、聖剣が受け止めた。
「ガアアアアアアア!!」
獣のように吠えた彼は、魔剣の剣閃を縫い、竜魔王の首に鋭く、剣先を繰り出した。
「――ハハッ! 楽しいなあ! 勇者ァ!?」
剣先は竜鱗を撫でた――魔王は紙一重で身体を捻り、後方に跳躍する。
「すまん……助かった」
オレは、『勇者』に助けられた礼を呟く。
だが彼は、肩で息をしただけで、何も答えない。
――オレはここでも、こいつの助けになれないのか。
しかし、竜魔王との距離が開いた。
「今のうちに、態勢を立て直すぞ!」
ゴンを先頭に据え――だが、ゴンはオレとリリス様に寄っていた――防御陣形を整える。
だが、竜魔王は段差に脚をかけ、重々しく剣を地に突き刺した。
「オイオイ? お前らは仲間だろう? 勇者一行を名乗っているものなぁ。何故、連携しようとしない? 吾もいい加減、飽きてくるぞッ!!」
奴の尾が地を叩きつける。
その一撃で生じた衝撃波が、オレたちそれぞれを四方八方へ吹き飛ばした。
「グッ……!」
なんたる一撃。
ただ、尾を振るっただけなのに、この破壊力か……!
視界の隅で、立ち上がる影。
『勇者』。そして、リリス様だ。
次にメルルと、ゴン。
オレも、槍に身体を預けながら、立ち上がる。
メルルが荒い息を整え、大きく息を吸い、告げた。
「魔器を媒介とした、『決戦詠唱』を発動する!」
その言葉を聞くや否や、『勇者』が前線に躍り出る。
竜魔王の眼前に飛び込み、聖剣を振り下ろした。
『勇者』と『魔王』の剣戟が眩く奔る。
魔剣の反射剣技――それを、聖剣が一つ残らず捌く。
咆哮を交わす勇魔。
反射剣技を捌き続ける限り、竜魔王は動けない──!
飛び交う鋭い剣撃波が、俺たちの肌を裂く。
オレはゴンとリリス様に指示を飛ばす。
「メルルを護れ! オレは『勇者』の援護を! リリス様、メルルのサポートに!」
ゴンが、巨大な盾を作り出し、メルルの前面に立った。
メルルの背中に手を当てるのは、リリス様。
メルルは、魔杖の先を地に押し当て、魔導書を構えた。
その目蓋は静かに閉ざされ、魔力が彼女のもとに集い始める。
「発音はこれでいいよな――?」
彼女は、ゆっくりと息を吐き、詠唱を開始する。
「【ゲンソウ】及び【ゲンジツ】の接合を開始――魔杖エイハ――起動」
オレは飛び交う空気の刃を、槍で弾きながら、前方に駆ける。
「仮想【ゲンジツ】稼働。【タイマゴサンケ・ケッセンエイショウ】発動準備――【バツモンコトダマ】装填。【イチマク】装填完了――【ニマク】装填完了――ああもう! 決戦詠唱、破棄! 開け!! 【バツモン】の【サン】――【シュウマク】!!」
メルルたちの背後に、魔力で創造された扉が、顕現する。
彼女は腕を引き絞り、弓を引くような仕草で、魔導書を構えた。
――扉は、開かれる。
瞬間、圧倒的な質量を秘めた魔力塊が、解き放たれた。
どの元素属性でもない、異界から召喚された力。
それはまるで、引力に導かれるかのように、竜魔王の元に飛翔する。
剣戟の最中にあった『勇者』が、それに気が付き、後方に飛び退く。
――その隙を、竜魔王は見逃さない。
魔剣の反射剣技が稲妻のように奔り、『勇者』の右腕にめり込んだ。
「ッ……!」
断末魔の声を押し殺しながら、『勇者』は衝撃を逃がそうと、身体を捻る。
鮮血が舞い上がった。
しかし腕は、断たれていない。
――だが、聖剣が、空中に銀の残像を描いていた。
それは、冷たい石床に滑る。響く金属音。
その音と同時に、メルルの魔力塊が、竜魔王に吸い込まれた。
耳を裂く轟音が、魔王城を震わせる。
着弾点から、全ての元素が弾け飛んだ。
巻き上がる煙幕。
メルルは、力尽きたように、膝から崩れ落ちる。
激しく息を吸っては吐いてを繰り返していた。
「魔力が……。あと、少ししか、魔術を、行使できない……」
盾の後ろから、ゴンが不安げに振り向いた。
「やったんですか……!?」
ゴンの言葉に、嫌な予感が走った。
オレは『勇者』に視線を向ける。
彼は地に倒れ、微動だにしなかった。
「イサ――……! 『――脚よ、駆動せよ』!」
無我夢中で『勇者』の元に駆け、手を伸ばした。
瞬間。
「『天災よ』」
冷たい声が響いた。
吹き荒れる狂嵐。魔力風――いや、魔力嵐……!
煙幕がかき消される。
そして、そこに立っていたのは竜魔王。
ただ、その腕に持った魔剣は、二つに折れていた。
口から血反吐を滴らせながらも――奴の瞳には、不屈の光が宿っていた。
「これが、神の創造せし異界の術か……だがァ! まだ、吾はやれるぞッ!!」
奴は再び、『勇者』に掌を向けた。
「ハ――! 思えば、有象無象に構わず、勇者を先に殺せば、あとは遊ぶだけではないか!!」
オレは『勇者』の元に辿りつく。
「……ブハッ」
彼も血反吐を吐きながら、荒い息を繰り返していた。
生きては、いる。
たが、見るも無惨な右腕は、再起の機会を喪っていた。
「おいッ! 起きろ!」
声を振り絞り、必死に呼びかける。
「『隕鉄よ』」
魔力を吸い上げる嵐の中、竜魔王はオレたちに、鉄塊の魔術を撃ち出した。
視界が、ゆっくりに視える。
放たれた鉄塊は、その視界の中でも、高速で空を走っている。
時間が緩やかに感じられた。
耳鳴りがする。
――オレが出来ることは、ひとつだ。
『勇者』の身体を覆うように、抱きしめる。
――轟音と衝撃。
鉄塊は、オレの左上腕を抉り飛ばす。
全身の痛覚が吠えた。脚に込めていた力が抜け落ちる。
オレたちの身体は、嵐に飛ばされて、そして壁に激突した。
視界が一瞬、真っ白に染まった。
脳髄が、点滅したみたいだった。
「バルムンク!」「バルムンクさん!」
彼らの、声が。
ぱちぱち、と。
記憶が、脳内を走る。
意識の灯火が、点滅する。
『退屈だ』
『二度目の』
『此の先』
『それを言葉にはしないけれど』
『剣の名は』
『好きだから』
『なんで、受け入れてくれるの?』
『還る』
――これは、『オレ/俺』の記憶だった。
壁に背を預け、力なく、ずり落ちる。
口の中に、鉄の味が広がる。左腕/右腕が動かない。
でも、その記憶を反芻する。
俺は、オレになっていた。
――深い領域には、蒼い光を抱く、彼の姿があった。
眼の前には、聖剣があった。
俺を選んだ剣。オレを選ばなかった剣。
もっと奥には、ゴンと、メルルと、リリスが。
オレ/俺たちを、護ってくれている。
――――――――やっと、理解した。
オレの肩が、掴まれる。
彼は、頭から血を流しながらも、掠れた声を絞り出した。
「もういい……バルムンク。あとは、俺がやる――俺の生命を――」
言いたいことは、分かっていた。
言葉の続きを口にする前に、オレはそれを遮る。
「――生命力を使用し、聖剣を全解放する……だろ?」
彼の目が驚愕に見開かれる。
やっと、オレを見てくれたな。
喉から絞り出すように、彼は呟いた。
「なんで――」
「すまなかった、イサム。お前を置いて、死んでしまって」
「――――」
言葉に詰まったのか、彼の唇が震えた。その沈黙に、思わずオレは笑った。
「それにしても、オレたちを突き放すのが下手すぎやしないか?」
彼の両目から、玉のような涙が、溢れ落ちる。
「――あ――ああ――ごめん、本当に、ごめん――!」
そう、声を上げた。
いいんだ。やっと、分かった。イサムが歩んできた道を。
聴力を取り戻すように、仲間の声が鮮明になっていく。
竜魔王の猛攻を受けるゴンと、ゴンに回復魔術を行使しているリリス様に、メルルが叫んだ。
「ゴン、リリス! 黙って頭を貸せ! 勝手で悪いが、信じてるからな!!」
そして彼女は、二人の後頭部を掴む。
オレは、満身創痍の身体でそれを眺めながら、息を吐いて、静かに呟いた。
祈るように。
「頼む……イサムを、助けてやってくれ」
瞬間、閃光が玉座の間を照らした。
ひとつは、メルルの魔導書に垂れた『結束の紐飾り』から。
もうひとつは、ゴンの腕輪に結ばれた『結束の紐飾り』から。
最後のひとつは、リリス様からだ。
光を握り絞めたリリス様が、オレたちのもとにやってくる。
彼女の夜空には、涙が浮かんでいた。
リリス様はゆっくりと、そばに膝をつき、両手を差し出す。
「バルムンク。落としていましたよ」
右手にあったのは、オレの『結束の紐飾り』。
それは、強く光り輝いている。
「……ありがとうございます。これは、大事なモノですから」
そして、もう一方を、イサムに差し出した。
彼が捨てた、『結束の紐飾り』を。
イサムは、それを見つめ、躊躇するように手を伸ばす。
「――イサム様。私が、あなたを追い込んでしまいました。ごめんなさい。ただ、今だけは、信じてください」
リリス様のお言葉には、決意に満ちていた。
「――分かった」
イサムは頷いて、『結束の紐飾り』を手に取り、握り絞めた。
彼の水晶が、光り輝いた。
星芒はさらに広がり、全員を包み込むように、輝きを増す。
ゴンの盾が拡張され、オレたちを護る城塞となる。
「イサムさん、不器用すぎるでしょ! なんで、ちゃんと話してくれないんですか! ほら、行ってください、メルルさん!」
彼の叱咤に、イサムは目を細めた。
「ごめんな、本当に」
駆け寄ってきたメルルは、イサムに告げる。
「イサム、このままじゃ埒があかない。だから、二人にも記憶を共有させた……ごめんね。でも、勝たなきゃいけないよ。生きて、進まなきゃ行けない。キミを犠牲にする未来なんて、私は嫌だ」
イサムは、静かに頷いた。
彼の視線が、オレを捉える。
オレもまた、イサムの眼を見た。
言葉は必要なかった。お互いの意思が通じ合う、その瞬間。
オレたちの視線が、聖剣へと向かう。
傷だらけの身体を支え合うように、立ち上がった。
目の前に落ちている聖剣に、手を伸ばす。
オレは右手を、イサムは左手を。
同時に、聖剣の柄を握る。
聖剣が眩く光り輝き、燃え盛るような炎が噴き出した。
だけどもう、オレの掌を灼かない。
それは、聖なる炎だった。
仲間たちが一斉に左右へ退避する。
視線の先に立ちはだかるは、竜魔の王――!
オレたちは二人で、聖剣を振り上げた。
そして、叫ぶ。剣の名を!
「『聖剣【ラーハット】・全解放』!!」
剣身に沿うように、回転する炎が巻き上がる。
回転する炎は、瞬く間に出力を上昇させ、白光を思わせる、炎の巨刃へと変貌する。
魔を滅するために、それは天を穿つ。
赤く燃え盛る、強烈な灼光。それは、宙をも呑み込む炎柱。
「ハハハッ――!! 『勇者』が二人に成ったとて――!! 蒼炎よ、来いッッ!!」
竜魔王は吠える。
見た。
蒼き炎の児が、竜魔王の呼びかけるように、奴の隣に降り立ったのを。
「させるものか――!!」
オレたちの声に、呼応するように落下する、耀きの光焔。
大聖剣は、振り下ろされる。
星の軌跡を思い起こさせる巨大剣。天地を断つ閃光の奔流――!
光焔が魔を灼き尽くさんと、竜魔王と炎の児を呑み込む――!!
――――――――。
魔力器官から、魔力が消滅した。
がらんどうだ。
軋む心臓。
聖剣を取り落とすように突き刺し、膝から崩れ落ちる。
それは、イサムもだった。
「なんとか生命を削られずに済んだな……イサム」
「言ったろ、バルムンク――お前は俺にとって、『一番の勇者』だって」
――ああ、そうか。
オレは、『勇者』となったのか。
「実感が湧かんな」
「へへ」
オレたちは、笑った。
「『反転衝動』」
肌が粟立つような、そんな声が聞こえた。
赤く輝く聖炎に呑まれ、身体を黒に染めあげた竜魔の王。
その節々から、鋭い炎が噴き出した。それは蒼い――炎。
「アア――死ヌ所ダッタゾ……」
奴の声色が、変わる。
イサムは苦痛に顔を歪めながら、呟いた。
「炎の児を呑み込んで、聖剣の炎を軽減したのかよ……!」
混濁した記憶を思い起こす。
オレが死んだ日。
黒炎の竜と戦った時、聖剣の炎はその肉体を灼けなかった。
竜魔王は炎の児を呑み込むことにより、聖剣への耐性を身に付けたのだ。
仲間たちが、オレたちに駆け寄ろうとする。
だが、それよりも早く、竜魔王は掌を向けた。
「『黒炎』」
黒き炎の奔流が、『勇者』を呑み込まんと迫る。
周囲の大気と元素を灼き尽くし、消滅させる奔流。
超級の魔術を防ぐ手段は、無い。
――ここまでか。
長くはないが、充実した数ヶ月だった。
後悔はある。世界を救えなかったのだから。
――影が、降り立った。
跳んできた。
尾を、しなやかに躍動させて。
「――リリス様?」
彼女の行動が、分からなくて。その名前を呼んだ。
何故、オレたちの前に立つ? 何故、黒炎に立ち向かう?
「――やめてください」
彼女に、手を伸ばす。
届かない。
星に、手が届かない。
「あ、あ――!」
星は――
黒炎の中に、姿を消した。
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