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12章 クールな受付嬢も暑さでとろとろに溶けてしまうお話
289:土産
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昼食を終え、アシュワース氏は、まるで子供のように目を輝かせながら、一つの提案をしました。
「さあ、二人とも! せっかく南の島に来たのだ。お土産を買いに行こうじゃないか! ギルドの皆にも、何か珍しいものを買って帰らねば、私の威厳に関わるからな!」
その、あまりにも無邪気な提案に、リーゼさんは、ぱっと顔を輝かせます。
「わーい♡♡♡♡♡お買い物ですかぁ! 行きます、行きます! わたし、可愛い貝殻の髪飾りとか、欲しいですぅ♡♡♡♡♡」
しかし、セレスさんは、気乗りしない様子で、静かに首を横に振りました。
「…わたしは、ご遠慮させていただきますわ。少し、疲れましたので。お部屋で、ゆっくりと休ませていただきます」
昨夜の、あまりにも激しすぎた陵辱。そして、今もなお、身体の奥底で燻り続ける、背徳の記憶。今の彼女には、あの、生命力と欲望に満ち溢れた市場の喧騒に、再び身を投じるだけの気力は、残っていませんでした。
「そうか。では、仕方ないな。リーゼ君、二人で行くとしよう」
アシュワース氏は、少しだけ残念そうな顔をしましたが、すぐに気を取り直すと、セレスさんに向かって、釘を刺すように言いました。
「ああ、そうだ、セレス君。この別荘の地下には、私が趣味で集めた、年代物のワインを保管している、特別な貯蔵庫がある。中には、君が口にしたことのないような、極上の銘柄も揃っているが…くれぐれも、勝手に飲んだりしないようにな。中には、ただのワインではない、極めて危険な『薬剤』も、紛れ込んでいるからな。もし、それを口にすれば、どうなるか…私にも、保証はできんぞ」
その、あまりにも意味深な警告。セレスさんは、その言葉に、ぴくりと眉を動かしましたが、ただ、「承知しておりますわ」と、平坦な声で答えるだけでした。やがて、アシュワース氏とリーゼさんは、楽しげな笑い声を響かせながら、大きな買い物籠を手に、別荘を出て行きます。
一人、静寂に包まれた豪奢な邸宅に残されたセレスさん。彼女は、広々としたリビングのソファに深く身を沈め、ぼんやりと、窓の外に広がる、エメラルドグリーンに輝く海を眺めていました。
(疲れた…)
身体も、そして、心も。この島に来てから、自分の中の、固く閉ざしていたはずの何かが、少しずつ、しかし確実に、壊れていくのを感じます。夫エミールへの、貞節。ギルドの受付嬢としての、プライド。そのすべてが、アシュワース氏の、あの圧倒的な支配力と、若者たちの、純粋で暴力的なまでの欲望の前に、いとも簡単に、崩れ去ってしまいました。
脳裏に、夫エミールの、優しく、しかしどこか頼りない笑顔が浮かびます。彼との、穏やかで、しかしどこか物足りなかった、閨での営み。それを思い出すと、不思議と、罪悪感よりも先に、ある種の、物足りなさが、胸の奥から込み上げてくるのでした。
(わたしは、どうしてしまったのかしら…)
その時、ふと、アシュワース氏の、あの意味深な言葉が、彼女の脳裏に蘇りました。
『特別な貯蔵庫』。そして、『極上の銘柄』。
(…まさか)
好奇心、というには、あまりにも背徳的な衝動に駆られ、セレスさんの足は、まるで自分の意志とは関係なく、地下へと続く、冷たい石の階段へと向かっていました。
地下の貯蔵庫は、ひんやりとした空気に満ちていました。壁一面に設けられた棚には、それこそ、大陸中の王侯貴族が、喉から手が出るほど欲しがるであろう、伝説級のワインが、所狭しと並べられています。その一本一本に、アシュワース氏の、几帳面な筆跡で、銘柄と製造年、そして、簡単な評価が記された札が、丁寧にかけられていました。
その、宝石のように輝くボトルたちの中で、セレスさんの目は、ある一本のワインに、釘付けになりました。
『星屑の雫』。
一昨日の夜、彼女の理性を、いとも簡単に麻痺させた、あの悪魔のようなワイン。その隣に、まるで王の隣に立つ侍女のように、慎ましやかに一本の、質素なボトルが飾られていたのです。
そのボトルは、夜空の闇をそのまま閉じ込めたかのような、深い瑠璃色をしていました。そして、そのラベルには、銀糸で、こう記されています。
『月下の誓い』。
それは、セレスさんが、夫エミールと、結婚式の夜に、初めて二人で酌み交わした、思い出のワインでした。決して伝説の銘酒とはいえないまでも、エミールが必死に稼いだお給料をはたいて購入した、思い出の銘柄です。まさか、こんな場所で、再びお目にかかれるとは、夢にも思っていませんでした。
そのボトルを見つめていると、セレスさんの胸の奥で、忘れていたはずの、甘く、そして切ない記憶が、鮮明に蘇ります。エミールの、不器用で、しかし誠実な愛の言葉。彼の、震える指で、初めてその身を拓かれた、あの夜の喜び。
(エミール…)
その名を、心の中で呟いた瞬間、セレスさんの、潤んだ紫色の瞳から、ぽろり、と一筋の涙がこぼれ落ちました。それは、夫への、罪悪感の涙であり、そして、もう、あの頃の純粋な自分には戻れないのだという、絶望の涙でもありました。
彼女の、白く、細い指が、まるで誘われるかのように、その冷たいボトルへと、ゆっくりと伸びていきます。アシュワース氏の、あの警告が、脳裏をよぎりました。
(だめよ、セレスティア。これは、罠かもしれない…)
しかし、一度動き出した衝動は、もう、彼女の意志では止められませんでした。
「…ちょっと、だけなら…」
誰に言うともなく、そう呟くと、彼女は、そのワインを、棚から、そっと、取り出したのです。
「さあ、二人とも! せっかく南の島に来たのだ。お土産を買いに行こうじゃないか! ギルドの皆にも、何か珍しいものを買って帰らねば、私の威厳に関わるからな!」
その、あまりにも無邪気な提案に、リーゼさんは、ぱっと顔を輝かせます。
「わーい♡♡♡♡♡お買い物ですかぁ! 行きます、行きます! わたし、可愛い貝殻の髪飾りとか、欲しいですぅ♡♡♡♡♡」
しかし、セレスさんは、気乗りしない様子で、静かに首を横に振りました。
「…わたしは、ご遠慮させていただきますわ。少し、疲れましたので。お部屋で、ゆっくりと休ませていただきます」
昨夜の、あまりにも激しすぎた陵辱。そして、今もなお、身体の奥底で燻り続ける、背徳の記憶。今の彼女には、あの、生命力と欲望に満ち溢れた市場の喧騒に、再び身を投じるだけの気力は、残っていませんでした。
「そうか。では、仕方ないな。リーゼ君、二人で行くとしよう」
アシュワース氏は、少しだけ残念そうな顔をしましたが、すぐに気を取り直すと、セレスさんに向かって、釘を刺すように言いました。
「ああ、そうだ、セレス君。この別荘の地下には、私が趣味で集めた、年代物のワインを保管している、特別な貯蔵庫がある。中には、君が口にしたことのないような、極上の銘柄も揃っているが…くれぐれも、勝手に飲んだりしないようにな。中には、ただのワインではない、極めて危険な『薬剤』も、紛れ込んでいるからな。もし、それを口にすれば、どうなるか…私にも、保証はできんぞ」
その、あまりにも意味深な警告。セレスさんは、その言葉に、ぴくりと眉を動かしましたが、ただ、「承知しておりますわ」と、平坦な声で答えるだけでした。やがて、アシュワース氏とリーゼさんは、楽しげな笑い声を響かせながら、大きな買い物籠を手に、別荘を出て行きます。
一人、静寂に包まれた豪奢な邸宅に残されたセレスさん。彼女は、広々としたリビングのソファに深く身を沈め、ぼんやりと、窓の外に広がる、エメラルドグリーンに輝く海を眺めていました。
(疲れた…)
身体も、そして、心も。この島に来てから、自分の中の、固く閉ざしていたはずの何かが、少しずつ、しかし確実に、壊れていくのを感じます。夫エミールへの、貞節。ギルドの受付嬢としての、プライド。そのすべてが、アシュワース氏の、あの圧倒的な支配力と、若者たちの、純粋で暴力的なまでの欲望の前に、いとも簡単に、崩れ去ってしまいました。
脳裏に、夫エミールの、優しく、しかしどこか頼りない笑顔が浮かびます。彼との、穏やかで、しかしどこか物足りなかった、閨での営み。それを思い出すと、不思議と、罪悪感よりも先に、ある種の、物足りなさが、胸の奥から込み上げてくるのでした。
(わたしは、どうしてしまったのかしら…)
その時、ふと、アシュワース氏の、あの意味深な言葉が、彼女の脳裏に蘇りました。
『特別な貯蔵庫』。そして、『極上の銘柄』。
(…まさか)
好奇心、というには、あまりにも背徳的な衝動に駆られ、セレスさんの足は、まるで自分の意志とは関係なく、地下へと続く、冷たい石の階段へと向かっていました。
地下の貯蔵庫は、ひんやりとした空気に満ちていました。壁一面に設けられた棚には、それこそ、大陸中の王侯貴族が、喉から手が出るほど欲しがるであろう、伝説級のワインが、所狭しと並べられています。その一本一本に、アシュワース氏の、几帳面な筆跡で、銘柄と製造年、そして、簡単な評価が記された札が、丁寧にかけられていました。
その、宝石のように輝くボトルたちの中で、セレスさんの目は、ある一本のワインに、釘付けになりました。
『星屑の雫』。
一昨日の夜、彼女の理性を、いとも簡単に麻痺させた、あの悪魔のようなワイン。その隣に、まるで王の隣に立つ侍女のように、慎ましやかに一本の、質素なボトルが飾られていたのです。
そのボトルは、夜空の闇をそのまま閉じ込めたかのような、深い瑠璃色をしていました。そして、そのラベルには、銀糸で、こう記されています。
『月下の誓い』。
それは、セレスさんが、夫エミールと、結婚式の夜に、初めて二人で酌み交わした、思い出のワインでした。決して伝説の銘酒とはいえないまでも、エミールが必死に稼いだお給料をはたいて購入した、思い出の銘柄です。まさか、こんな場所で、再びお目にかかれるとは、夢にも思っていませんでした。
そのボトルを見つめていると、セレスさんの胸の奥で、忘れていたはずの、甘く、そして切ない記憶が、鮮明に蘇ります。エミールの、不器用で、しかし誠実な愛の言葉。彼の、震える指で、初めてその身を拓かれた、あの夜の喜び。
(エミール…)
その名を、心の中で呟いた瞬間、セレスさんの、潤んだ紫色の瞳から、ぽろり、と一筋の涙がこぼれ落ちました。それは、夫への、罪悪感の涙であり、そして、もう、あの頃の純粋な自分には戻れないのだという、絶望の涙でもありました。
彼女の、白く、細い指が、まるで誘われるかのように、その冷たいボトルへと、ゆっくりと伸びていきます。アシュワース氏の、あの警告が、脳裏をよぎりました。
(だめよ、セレスティア。これは、罠かもしれない…)
しかし、一度動き出した衝動は、もう、彼女の意志では止められませんでした。
「…ちょっと、だけなら…」
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