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2章 人妻魔術師の冒険とはっちゃめちゃになるお話
22:討伐
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アストリナの城門をくぐり抜けると、それまでの喧騒は嘘のように遠のき、北へと続く古びた街道が、まるで蛇のように丘陵地帯を縫って伸びていた。埃っぽい道を、三つの人影が黙々と進んでいた。先頭を行くのは、斥候のロキ。痩身をしなやかに動かし、爬虫類を思わせる粘つくような瞳で、絶えず周囲の気配を探っている。その動きは、まるで獲物を狙う肉食獣のように無駄がなく、それでいてどこか油断ならない雰囲気を漂わせていた。時折、道の脇に生い茂る、背の高いイバラの茂みや、風雨に晒された奇妙な形の岩陰に、鋭い視線を投げかける。彼の腰に下げられた二本の短剣の柄が、歩くたびに革鎧と擦れて、カチャリ、と乾いた音を立てた。
彼のすぐ後ろには、戦士のガラハッドが、その巨体に似合わぬ静かな足取りで続いていた。まるで歩く鉄塊、あるいは古のゴーレムを思わせるその威容は、それだけで並の魔物ならば震え上がらせるほどの圧力を放っている。使い古され、傷だらけになった分厚い革鎧は、彼のこれまでの激しい戦いを物語っていた。背負った両手剣――おそらくはドワーフ族の名工が鍛えたであろう、無骨ながらも恐るべき威力を秘めた業物――の柄が、歩くたびに革鎧と擦れて、ゴソゴソと鈍い音を立てている。彼の顔に刻まれた無数の戦傷は、彼が潜り抜けてきたであろう修羅場の数を物語っていた。
そして、しんがりを務めるのが、風の魔術師、エレナ・シュミットであった。彼女は、右手にした樫の木の杖――先端には風を呼び込むための小さな風切り羽が取り付けられ、握りには長年の使用で彼女の手の形に馴染んだ滑らかな窪みができている――を軽く地面に突きながら、前の二人から少し距離を置いて歩いていた。その表情は硬く、美しい柳眉は心配そうに寄せられ、心は未だ不安と緊張の鉛で重く沈んでいた。
ギルドで顔を合わせた時の、ガラハッドのあからさまな不信に満ちた視線。そして、ロキの、まるで品定めでもするかのような、粘つく下卑た眼差し。それらが、エレナの脳裏に焼き付いて離れない。この粗野で、デリカシーの欠片もない男たちと共に、命がけの任務に赴かなければならない。その事実に、言いようのない抵抗感と嫌悪感が、胃の腑のあたりで渦巻いていた。しかし、今は感傷に浸っている場合ではないのだ。愛する夫が、病の床で苦しんでいる。日に日に衰弱していく彼の命を繋ぎ止めるには、高価な薬が必要だった。そして、かつては活気に満ちていた鍛冶屋「炎の鉄槌」の火を、再び灯さなければならない。そのためには、この危険な依頼を、何としても成功させなければならないのだ。
(わたくしが、しっかりしなければ…! 夫のため、わたくしたちの未来のために…!)
エレナは、ぎゅっと杖を握りしめ、無理やり背筋を伸ばした。彼女が操るのは風の魔術。四大元素――火、水、土、風――の中でも、最も捉えどころがなく、最も気紛れで、しかし一度その力を解放すれば、全てを薙ぎ払い、あるいは全てを守護する盾ともなる、深遠なる元素。その力を自在に操るには、何よりも強靭な精神力と、寸分の狂いもない集中力が求められる。エレナは、深く息を吸い込み、体内のマナの流れを意識した。それは、彼女の血流に沿って流れる、微かで、しかし確かな力の奔流。それを、杖を通じて外界へと放出し、意のままに大気を操る。それが、彼女の力の源泉だった。
道は次第に険しくなり、陽光さえ届かぬ鬱蒼とした森の中へと分け入っていく。まるで世界から切り離されたかのような、不気味な静寂が支配する空間。時折、頭上の枝から枯れ葉がはらりと舞い落ちる音や、遠くで響く、正体不明の獣の低い唸り声だけが、その静寂を破る。空気はひんやりと湿り気を帯び、腐葉土と苔むした古木の匂いが混じり合い、鼻腔をくすぐった。足元には、木の根がまるで蛇のように這い回り、油断すれば足を取られそうになる。
不意に、先頭を歩いていたロキが、すっと右手を挙げて一行を制止した。その動きはあまりにも素早く、音もなかった。彼の全身から、ぴりぴりとした、まるで肌を刺すような鋭い緊張感が伝わってくる。
『…待ちな。何かいる。それも、複数だ』
ロキは、腰を低く落とし、まるで蛇が草むらを滑るかのように、音もなく道の脇の茂みへと身を隠した。その動きは、エレナの魔術師としての動体視力をもってしても、目で追うのがやっとだった。ガラハッドは、ロキの言葉に反応し、無言のまま両手剣の柄に手をかけた。その指の関節が、ゴキリ、と音を立てるのが聞こえた。エレナもまた、杖を胸の前に構え、神経を研ぎ澄ませ、周囲のマナの流れに意識を集中させる。風が、微かにざわめいている。それは、自然の風ではない。殺意を帯びた、異質な存在の気配。
茂みの奥から、ガサガサ、ガサガサ、と複数の足音が近づいてくる。それは、枯れ葉を踏みしめる乾いた音と、何か硬いものが地面を引きずるような、不快な音の混じり合ったものだった。そして、甲高い、耳障りな奇声が響き渡った。それは、まるで金属を爪で引っ掻くような、聞く者の神経を逆撫でするような音だった。
「キシャァァァッ!」 「グルルルッ! ニンゲン、コロス!」
次の瞬間、茂みの中から、醜悪な小鬼どもが、まるで堰を切ったように飛び出してきた。その数は五匹。緑色の汚れた肌は、泥と、おそらくは犠牲者のものであろう赤黒い血でまだらに汚れ、その小さな身体には不釣り合いなほど発達した筋肉が、不気味に蠢いている。頭には、その名の由来となった、犠牲者の血で染め上げられた、禍々しい赤黒い帽子を被っている。爛々と輝く黄色い瞳は、憎悪と飢餓に満ちた狂気の光を宿し、涎をだらだらと垂らしながら、錆びつき、刃こぼれした手斧や鉈を振り回している。レッドキャップ。ゴブリンの中でも特に凶暴で、血を好み、痛みを感じにくいとされる危険な亜種だ。
『ちっ、待ち伏せか! 数が多いな!』
ガラハッドが吐き捨てるように呟き、背負っていた両手剣を鞘から引き抜いた。重々しい金属の摩擦音が響き渡り、磨き上げられた鋼の刃が、薄暗い森の中で鈍い光を放つ。その切っ先は、寸分の狂いもなく、迫り来るレッドキャップどもに向けられていた。
彼のすぐ後ろには、戦士のガラハッドが、その巨体に似合わぬ静かな足取りで続いていた。まるで歩く鉄塊、あるいは古のゴーレムを思わせるその威容は、それだけで並の魔物ならば震え上がらせるほどの圧力を放っている。使い古され、傷だらけになった分厚い革鎧は、彼のこれまでの激しい戦いを物語っていた。背負った両手剣――おそらくはドワーフ族の名工が鍛えたであろう、無骨ながらも恐るべき威力を秘めた業物――の柄が、歩くたびに革鎧と擦れて、ゴソゴソと鈍い音を立てている。彼の顔に刻まれた無数の戦傷は、彼が潜り抜けてきたであろう修羅場の数を物語っていた。
そして、しんがりを務めるのが、風の魔術師、エレナ・シュミットであった。彼女は、右手にした樫の木の杖――先端には風を呼び込むための小さな風切り羽が取り付けられ、握りには長年の使用で彼女の手の形に馴染んだ滑らかな窪みができている――を軽く地面に突きながら、前の二人から少し距離を置いて歩いていた。その表情は硬く、美しい柳眉は心配そうに寄せられ、心は未だ不安と緊張の鉛で重く沈んでいた。
ギルドで顔を合わせた時の、ガラハッドのあからさまな不信に満ちた視線。そして、ロキの、まるで品定めでもするかのような、粘つく下卑た眼差し。それらが、エレナの脳裏に焼き付いて離れない。この粗野で、デリカシーの欠片もない男たちと共に、命がけの任務に赴かなければならない。その事実に、言いようのない抵抗感と嫌悪感が、胃の腑のあたりで渦巻いていた。しかし、今は感傷に浸っている場合ではないのだ。愛する夫が、病の床で苦しんでいる。日に日に衰弱していく彼の命を繋ぎ止めるには、高価な薬が必要だった。そして、かつては活気に満ちていた鍛冶屋「炎の鉄槌」の火を、再び灯さなければならない。そのためには、この危険な依頼を、何としても成功させなければならないのだ。
(わたくしが、しっかりしなければ…! 夫のため、わたくしたちの未来のために…!)
エレナは、ぎゅっと杖を握りしめ、無理やり背筋を伸ばした。彼女が操るのは風の魔術。四大元素――火、水、土、風――の中でも、最も捉えどころがなく、最も気紛れで、しかし一度その力を解放すれば、全てを薙ぎ払い、あるいは全てを守護する盾ともなる、深遠なる元素。その力を自在に操るには、何よりも強靭な精神力と、寸分の狂いもない集中力が求められる。エレナは、深く息を吸い込み、体内のマナの流れを意識した。それは、彼女の血流に沿って流れる、微かで、しかし確かな力の奔流。それを、杖を通じて外界へと放出し、意のままに大気を操る。それが、彼女の力の源泉だった。
道は次第に険しくなり、陽光さえ届かぬ鬱蒼とした森の中へと分け入っていく。まるで世界から切り離されたかのような、不気味な静寂が支配する空間。時折、頭上の枝から枯れ葉がはらりと舞い落ちる音や、遠くで響く、正体不明の獣の低い唸り声だけが、その静寂を破る。空気はひんやりと湿り気を帯び、腐葉土と苔むした古木の匂いが混じり合い、鼻腔をくすぐった。足元には、木の根がまるで蛇のように這い回り、油断すれば足を取られそうになる。
不意に、先頭を歩いていたロキが、すっと右手を挙げて一行を制止した。その動きはあまりにも素早く、音もなかった。彼の全身から、ぴりぴりとした、まるで肌を刺すような鋭い緊張感が伝わってくる。
『…待ちな。何かいる。それも、複数だ』
ロキは、腰を低く落とし、まるで蛇が草むらを滑るかのように、音もなく道の脇の茂みへと身を隠した。その動きは、エレナの魔術師としての動体視力をもってしても、目で追うのがやっとだった。ガラハッドは、ロキの言葉に反応し、無言のまま両手剣の柄に手をかけた。その指の関節が、ゴキリ、と音を立てるのが聞こえた。エレナもまた、杖を胸の前に構え、神経を研ぎ澄ませ、周囲のマナの流れに意識を集中させる。風が、微かにざわめいている。それは、自然の風ではない。殺意を帯びた、異質な存在の気配。
茂みの奥から、ガサガサ、ガサガサ、と複数の足音が近づいてくる。それは、枯れ葉を踏みしめる乾いた音と、何か硬いものが地面を引きずるような、不快な音の混じり合ったものだった。そして、甲高い、耳障りな奇声が響き渡った。それは、まるで金属を爪で引っ掻くような、聞く者の神経を逆撫でするような音だった。
「キシャァァァッ!」 「グルルルッ! ニンゲン、コロス!」
次の瞬間、茂みの中から、醜悪な小鬼どもが、まるで堰を切ったように飛び出してきた。その数は五匹。緑色の汚れた肌は、泥と、おそらくは犠牲者のものであろう赤黒い血でまだらに汚れ、その小さな身体には不釣り合いなほど発達した筋肉が、不気味に蠢いている。頭には、その名の由来となった、犠牲者の血で染め上げられた、禍々しい赤黒い帽子を被っている。爛々と輝く黄色い瞳は、憎悪と飢餓に満ちた狂気の光を宿し、涎をだらだらと垂らしながら、錆びつき、刃こぼれした手斧や鉈を振り回している。レッドキャップ。ゴブリンの中でも特に凶暴で、血を好み、痛みを感じにくいとされる危険な亜種だ。
『ちっ、待ち伏せか! 数が多いな!』
ガラハッドが吐き捨てるように呟き、背負っていた両手剣を鞘から引き抜いた。重々しい金属の摩擦音が響き渡り、磨き上げられた鋼の刃が、薄暗い森の中で鈍い光を放つ。その切っ先は、寸分の狂いもなく、迫り来るレッドキャップどもに向けられていた。
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