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2章 人妻魔術師の冒険とはっちゃめちゃになるお話
26:宴
アストリナの冒険者ギルドに戻り、任務完了の報告をすると、ギルドマスター――恰幅の良い、しかし抜け目のない目をした中年男性――は、三人の報告を聞き、驚きと称賛の声を上げた。オーガの討伐は、当初の依頼内容には含まれていなかった、想定外の大きな功績であった。ギルドマスターは、上機嫌で報酬の計算をし直し、約束された金貨50枚に、破格のボーナスを加えた。金貨がぎっしりと詰まった、ずしりと重い革袋を受け取った時、エレナの手は微かに震えていた。これで、夫の薬代の心配はしばらくなくなる。そして、もしかしたら、帝都にいるという名医の治療を受けさせられるかもしれない。そんな希望が、胸に込み上げて来る。
『よう、エレナの姐さん。大したもんだぜ、あんた。最後の魔法は、俺も肝が冷えたぜ』
ガラハッドが、カウンターの隣でエールを呷りながら、珍しく素直な称賛の言葉を口にした。その顔には、ぶっきらぼうながらも、エレナを対等な仲間として認める、確かな信頼感が滲んでいるように見えた。
『へっへっへ。ま、俺様とガラハッドの旦那にかかれば、オーガなんざ、ちょっと手こずっただけのデカい的よ。だが、あんたの最後の魔法も、なかなか見応えがあったぜ。おかげで、俺の毒矢も無駄にならずに済んだしな。どうだい? ご褒美に、今夜は俺たちが奢ってやるよ。景気づけに、美味い酒と肉でパーッと行こうじゃねえか!』
ロキが、いつもの下卑た笑みを浮かべながら言った。その言葉には、エレナの困窮した事情を知った上での、彼らなりの不器用な気遣いが感じられた。あるいは、ただ単に、手柄を立てた後の酒盛りを楽しみたいだけなのかもしれないが。
エレナは、一瞬、戸惑った。この粗野で、時には下品極まりない男たちと、酒場で食事を共にするのは、正直なところ、あまり気が進まない部分もある。彼らの話題は、きっと、血生臭い戦いの話か、あるいはもっと下世話な話に終始するのだろう。しかし、彼らが命がけで共に戦ってくれた仲間であることも、また紛れもない事実だった。そして、彼らの不器用ながらも示してくれた優しさが、今は素直に嬉しかった。何よりも、エレナ自身、この張り詰めた緊張から解放され、少しだけ羽を伸ばしたい気分でもあった。
『…ええ、喜んで。お誘い、感謝いたしますわ』
エレナは、疲労の中にも確かな喜びと、そしてほんの少しの仲間意識を感じながら、にっこりと微笑んで答えた。夫を救うための、そして自分自身の未来を切り開くための第一歩は、確かに踏み出されたのだ。エレナの胸には、久しぶりに、温かく、そして力強い希望の光が灯っていた。
***
アストリナの夜は、昼間の喧騒とはまた違う、猥雑な活気に満ちていた。港湾地区に近い「酔いどれ鯨亭」は、冒険者や船乗りたちが集う、この街でも特に名の知れた酒場の一つである。煤けた木の扉を開けると、むせ返るような熱気と、安物のエール、汗、そして焼いた肉の脂っこい匂いが、エレナの鼻腔を刺激した。店内は、粗末な木のテーブルと椅子が所狭しと並べられ、壁には巨大な海獣の骨や、錆びついた船の碇などが無造作に飾られている。天井から吊るされた、油煙で黒ずんだ魔法灯が、薄暗い店内をぼんやりと照らし出し、酔客たちの影を壁に長く、歪んで映し出していた。
ガラハッドとロキに促されるまま、エレナは酒場の奥まった一角にある、比較的静かなテーブルへと腰を下ろした。テーブルの上には、既に大ぶりの木製ジョッキに注がれた泡立つエールと、分厚く切られた黒パン、そして猪肉を丸ごと串焼きにした、見るからに豪快な料理が並べられていた。猪肉からは、じゅうじゅうと音を立てて脂が滴り落ち、香ばしい匂いが食欲をそそる。
『さあ、エレナの姐さん、まずは一杯やろうぜ! 今日のあんたの活躍は、実に見事だった! 特に、あのオーガにとどめを刺した風の竜巻は、俺も正直、腰を抜かしそうになったぜ!』 ガラハッドが、その巨体に似合わぬ快活な声で言い、エールの満たされたジョッキを高く掲げた。その顔には、任務前の不信感は微塵もなく、共に死線を乗り越えた仲間に対する、素直な敬意と親しみが浮かんでいる。
『へっへっへ。ガラハッドの旦那の言う通りだぜ、エレナのお嬢ちゃん。あんたがいなけりゃ、俺たちも今頃、あのレッドキャップどもの腹の中だったかもしれねえ。ま、俺様ほどの腕利きなら、どうとでもなったかもしれねえがな! とにかく、乾杯だ! あんたの美貌と、その見事な魔法の腕に!』 ロキもまた、下卑た笑みを浮かべながらも、どこか楽しげにジョッキを掲げた。その粘つくような視線は相変わらずエレナの身体を這い回っていたが、今はそれ以上に、任務の成功と、予期せぬ大金を手にしたことへの高揚感が勝っているようだった。
「…ありがとうございます、ガラハッド殿、ロキ殿。わたくし一人では、到底成し遂げられませんでしたわ。お二人の勇気と力があったからこそ、です」 エレナは、少し照れたように、しかしはっきりと感謝の言葉を述べ、差し出されたジョッキを受け取った。ずしりと重いエールは、ランプの光を浴びて深い琥珀色に輝き、豊かな麦の香りと、微かなホップの苦味が混じり合った芳香を放っている。これは、おそらくドワーフ族が山奥の工房で秘造するという「ドワーヴン・スタウト」であろう。アルコール度数が非常に高く、滋養強壮の効果もあると言われるが、その分、酔いも回りやすいとされる代物だ。エレナは普段、このような強い酒を口にすることは滅多にない。夫は酒を好まず、彼女自身も、風の魔術師として常に繊細なマナの流れを感じ取る必要があるため、精神の集中を乱す飲酒は極力控えるようにしていたからだ。 しかし、今夜は特別だった。死の淵から生還した安堵感、夫を救うための大金を得たという現実的な喜び、そして、目の前の粗野ながらも頼りになる仲間たちとの、束の間の祝宴。その全てが、エレナの心を浮き立たせ、普段は鋼鉄のように固く閉ざしている理性の鎧を、少しずつ、しかし確実に緩ませていく。
『よう、エレナの姐さん。大したもんだぜ、あんた。最後の魔法は、俺も肝が冷えたぜ』
ガラハッドが、カウンターの隣でエールを呷りながら、珍しく素直な称賛の言葉を口にした。その顔には、ぶっきらぼうながらも、エレナを対等な仲間として認める、確かな信頼感が滲んでいるように見えた。
『へっへっへ。ま、俺様とガラハッドの旦那にかかれば、オーガなんざ、ちょっと手こずっただけのデカい的よ。だが、あんたの最後の魔法も、なかなか見応えがあったぜ。おかげで、俺の毒矢も無駄にならずに済んだしな。どうだい? ご褒美に、今夜は俺たちが奢ってやるよ。景気づけに、美味い酒と肉でパーッと行こうじゃねえか!』
ロキが、いつもの下卑た笑みを浮かべながら言った。その言葉には、エレナの困窮した事情を知った上での、彼らなりの不器用な気遣いが感じられた。あるいは、ただ単に、手柄を立てた後の酒盛りを楽しみたいだけなのかもしれないが。
エレナは、一瞬、戸惑った。この粗野で、時には下品極まりない男たちと、酒場で食事を共にするのは、正直なところ、あまり気が進まない部分もある。彼らの話題は、きっと、血生臭い戦いの話か、あるいはもっと下世話な話に終始するのだろう。しかし、彼らが命がけで共に戦ってくれた仲間であることも、また紛れもない事実だった。そして、彼らの不器用ながらも示してくれた優しさが、今は素直に嬉しかった。何よりも、エレナ自身、この張り詰めた緊張から解放され、少しだけ羽を伸ばしたい気分でもあった。
『…ええ、喜んで。お誘い、感謝いたしますわ』
エレナは、疲労の中にも確かな喜びと、そしてほんの少しの仲間意識を感じながら、にっこりと微笑んで答えた。夫を救うための、そして自分自身の未来を切り開くための第一歩は、確かに踏み出されたのだ。エレナの胸には、久しぶりに、温かく、そして力強い希望の光が灯っていた。
***
アストリナの夜は、昼間の喧騒とはまた違う、猥雑な活気に満ちていた。港湾地区に近い「酔いどれ鯨亭」は、冒険者や船乗りたちが集う、この街でも特に名の知れた酒場の一つである。煤けた木の扉を開けると、むせ返るような熱気と、安物のエール、汗、そして焼いた肉の脂っこい匂いが、エレナの鼻腔を刺激した。店内は、粗末な木のテーブルと椅子が所狭しと並べられ、壁には巨大な海獣の骨や、錆びついた船の碇などが無造作に飾られている。天井から吊るされた、油煙で黒ずんだ魔法灯が、薄暗い店内をぼんやりと照らし出し、酔客たちの影を壁に長く、歪んで映し出していた。
ガラハッドとロキに促されるまま、エレナは酒場の奥まった一角にある、比較的静かなテーブルへと腰を下ろした。テーブルの上には、既に大ぶりの木製ジョッキに注がれた泡立つエールと、分厚く切られた黒パン、そして猪肉を丸ごと串焼きにした、見るからに豪快な料理が並べられていた。猪肉からは、じゅうじゅうと音を立てて脂が滴り落ち、香ばしい匂いが食欲をそそる。
『さあ、エレナの姐さん、まずは一杯やろうぜ! 今日のあんたの活躍は、実に見事だった! 特に、あのオーガにとどめを刺した風の竜巻は、俺も正直、腰を抜かしそうになったぜ!』 ガラハッドが、その巨体に似合わぬ快活な声で言い、エールの満たされたジョッキを高く掲げた。その顔には、任務前の不信感は微塵もなく、共に死線を乗り越えた仲間に対する、素直な敬意と親しみが浮かんでいる。
『へっへっへ。ガラハッドの旦那の言う通りだぜ、エレナのお嬢ちゃん。あんたがいなけりゃ、俺たちも今頃、あのレッドキャップどもの腹の中だったかもしれねえ。ま、俺様ほどの腕利きなら、どうとでもなったかもしれねえがな! とにかく、乾杯だ! あんたの美貌と、その見事な魔法の腕に!』 ロキもまた、下卑た笑みを浮かべながらも、どこか楽しげにジョッキを掲げた。その粘つくような視線は相変わらずエレナの身体を這い回っていたが、今はそれ以上に、任務の成功と、予期せぬ大金を手にしたことへの高揚感が勝っているようだった。
「…ありがとうございます、ガラハッド殿、ロキ殿。わたくし一人では、到底成し遂げられませんでしたわ。お二人の勇気と力があったからこそ、です」 エレナは、少し照れたように、しかしはっきりと感謝の言葉を述べ、差し出されたジョッキを受け取った。ずしりと重いエールは、ランプの光を浴びて深い琥珀色に輝き、豊かな麦の香りと、微かなホップの苦味が混じり合った芳香を放っている。これは、おそらくドワーフ族が山奥の工房で秘造するという「ドワーヴン・スタウト」であろう。アルコール度数が非常に高く、滋養強壮の効果もあると言われるが、その分、酔いも回りやすいとされる代物だ。エレナは普段、このような強い酒を口にすることは滅多にない。夫は酒を好まず、彼女自身も、風の魔術師として常に繊細なマナの流れを感じ取る必要があるため、精神の集中を乱す飲酒は極力控えるようにしていたからだ。 しかし、今夜は特別だった。死の淵から生還した安堵感、夫を救うための大金を得たという現実的な喜び、そして、目の前の粗野ながらも頼りになる仲間たちとの、束の間の祝宴。その全てが、エレナの心を浮き立たせ、普段は鋼鉄のように固く閉ざしている理性の鎧を、少しずつ、しかし確実に緩ませていく。
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