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3章 受付嬢も冒険者になってえっちな冒険に挑むお話
44:依頼
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アストリナの城門を後にしてから、早くも二日が過ぎようとしていました。
乗合馬車に揺られながら、窓の外を流れていく景色をぼんやりと眺めます。石畳で舗装された立派な街道も、街を出て半日もすれば、轍の跡が深く刻まれた土の道へと姿を変えました。見渡す限り広がるのどかな田園風景。黄金色に実った麦の穂が、風に吹かれてさざ波のように揺れています。時折すれ違う農夫の方々は、私のこの修道服姿を見ると、皆一様に恐縮したように道を譲り、恭しく頭を下げてくれるのでした。
「あらあら、そんなにかしこまらないでくださいね♡」
内心ではそう思いつつも、私は微笑みを浮かべて小さく会釈を返すだけです。教会の人間というだけで、これほどまでに敬意を払われるのですね。ギルドの受付嬢をしているだけでは、決して味わえない感覚です。なんだか少しだけ、後ろめたいような、それでいて悪い気はしないような、不思議な気持ちでした。
馬車の中は、様々な人々の匂いが混じり合っています。汗と土の匂いがする屈強な傭兵さん、安物の香水をつけた行商人のおばさん、そして家畜の匂いが染みついた若い夫婦。ぎしぎしと車軸がきしむ音と、規則正しい馬の蹄の音だけが響く中、私はこれから向かうヴェールウッドの街に思いを馳せていました。
あの街には、滋養強壮に効くという珍しい薬草酒があると聞いています。最近、夜の務めにご無沙汰なあの人へのお土産にちょうどいいかもしれません。そうしたら、昔のように、もっと情熱的に私を求めてくれるようになるでしょうか……。いえ、私が本当に求めているのは、もしかしたら……。
ふと、脳裏にあの日、オジさまに与えられた、身を焦がすような快感が蘇ります。夫への罪悪感で胸がちくりと痛むのに、体の奥はずくんと熱く疼いてしまうのです。いけません、いけません。私は何を考えているのでしょう。
そんなとりとめもないことを考えているうちに、馬車は鬱蒼とした森の中へと入っていきました。木々の葉が陽光を遮り、道は昼間だというのに薄暗く感じられます。ここまで来れば、目的地のヴェールウッドまではあと半日といったところでしょうか。
その、時でした。
ヒヒーンッ!
不意に、馬の甲高い悲鳴が響き渡りました。がくん、と大きな衝撃と共に馬車が急停止し、乗客たちの間にどよめきが広がります。
「どうしたんだ!?」
御者台の方から、おじさんの慌てふためいた怒声が聞こえました。何事かと窓から身を乗り出そうとした、その瞬間。
ひゅっ、と風を切る音と共に、小さな革袋のようなものが車内に投げ込まれました。それが床に落ちて割れると同時に、ぷしゅぅ、と音を立てて紫色の煙がもくもくと立ち上ります。
「うわっ!?」「なんだ、これは!」
むせ返るような、甘ったるい香り。それはまるで、熟れすぎて腐りかけた果実のような、それでいてどこか心を蕩かすような奇妙な匂いでした。
「けほっ、けほ……!」
煙を吸い込んでしまった乗客たちが、一人、また一人と糸が切れた人形のように、ばたばたと床に崩れ落ちていきます。私も必死にローブの袖で口元を覆いましたが、甘い香りは布地を通り抜け、私の肺をじわじわと満たしていきます。
だめ……意識が、遠のいて……。
朦朧とする頭で、逃げなければ、と本能が警鐘を鳴らします。しかし、鉛のように重くなった体を持ち上げようとした、まさにその時。ぬるり、と馬車の扉が滑るように開き、音もなく人影が車内へと滑り込んできました。
「んむっ……!」
考えるよりも早く、背後から伸びてきた太い腕に体ごと抱きすくめられ、何か濡れたもので口と鼻を強く塞がれました。紫色の液体がじっとりと染み込んだ、ごわごわした布の感触。先ほどの煙とは比較にならないほど濃厚な臭気が、私の抵抗しようとする意志をいとも容易く飲み込んでいきます。視界がぐにゃりと歪み、体の力が急速に失われていくのが分かりました。
ああ……、私……。
それが、私の最後の記憶でした。
乗合馬車に揺られながら、窓の外を流れていく景色をぼんやりと眺めます。石畳で舗装された立派な街道も、街を出て半日もすれば、轍の跡が深く刻まれた土の道へと姿を変えました。見渡す限り広がるのどかな田園風景。黄金色に実った麦の穂が、風に吹かれてさざ波のように揺れています。時折すれ違う農夫の方々は、私のこの修道服姿を見ると、皆一様に恐縮したように道を譲り、恭しく頭を下げてくれるのでした。
「あらあら、そんなにかしこまらないでくださいね♡」
内心ではそう思いつつも、私は微笑みを浮かべて小さく会釈を返すだけです。教会の人間というだけで、これほどまでに敬意を払われるのですね。ギルドの受付嬢をしているだけでは、決して味わえない感覚です。なんだか少しだけ、後ろめたいような、それでいて悪い気はしないような、不思議な気持ちでした。
馬車の中は、様々な人々の匂いが混じり合っています。汗と土の匂いがする屈強な傭兵さん、安物の香水をつけた行商人のおばさん、そして家畜の匂いが染みついた若い夫婦。ぎしぎしと車軸がきしむ音と、規則正しい馬の蹄の音だけが響く中、私はこれから向かうヴェールウッドの街に思いを馳せていました。
あの街には、滋養強壮に効くという珍しい薬草酒があると聞いています。最近、夜の務めにご無沙汰なあの人へのお土産にちょうどいいかもしれません。そうしたら、昔のように、もっと情熱的に私を求めてくれるようになるでしょうか……。いえ、私が本当に求めているのは、もしかしたら……。
ふと、脳裏にあの日、オジさまに与えられた、身を焦がすような快感が蘇ります。夫への罪悪感で胸がちくりと痛むのに、体の奥はずくんと熱く疼いてしまうのです。いけません、いけません。私は何を考えているのでしょう。
そんなとりとめもないことを考えているうちに、馬車は鬱蒼とした森の中へと入っていきました。木々の葉が陽光を遮り、道は昼間だというのに薄暗く感じられます。ここまで来れば、目的地のヴェールウッドまではあと半日といったところでしょうか。
その、時でした。
ヒヒーンッ!
不意に、馬の甲高い悲鳴が響き渡りました。がくん、と大きな衝撃と共に馬車が急停止し、乗客たちの間にどよめきが広がります。
「どうしたんだ!?」
御者台の方から、おじさんの慌てふためいた怒声が聞こえました。何事かと窓から身を乗り出そうとした、その瞬間。
ひゅっ、と風を切る音と共に、小さな革袋のようなものが車内に投げ込まれました。それが床に落ちて割れると同時に、ぷしゅぅ、と音を立てて紫色の煙がもくもくと立ち上ります。
「うわっ!?」「なんだ、これは!」
むせ返るような、甘ったるい香り。それはまるで、熟れすぎて腐りかけた果実のような、それでいてどこか心を蕩かすような奇妙な匂いでした。
「けほっ、けほ……!」
煙を吸い込んでしまった乗客たちが、一人、また一人と糸が切れた人形のように、ばたばたと床に崩れ落ちていきます。私も必死にローブの袖で口元を覆いましたが、甘い香りは布地を通り抜け、私の肺をじわじわと満たしていきます。
だめ……意識が、遠のいて……。
朦朧とする頭で、逃げなければ、と本能が警鐘を鳴らします。しかし、鉛のように重くなった体を持ち上げようとした、まさにその時。ぬるり、と馬車の扉が滑るように開き、音もなく人影が車内へと滑り込んできました。
「んむっ……!」
考えるよりも早く、背後から伸びてきた太い腕に体ごと抱きすくめられ、何か濡れたもので口と鼻を強く塞がれました。紫色の液体がじっとりと染み込んだ、ごわごわした布の感触。先ほどの煙とは比較にならないほど濃厚な臭気が、私の抵抗しようとする意志をいとも容易く飲み込んでいきます。視界がぐにゃりと歪み、体の力が急速に失われていくのが分かりました。
ああ……、私……。
それが、私の最後の記憶でした。
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