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4章 訳あり人妻さんとたいへんなお使いのお話
75:朝
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夜の間に全てを洗い流した嵐は、まるで嘘のようにその痕跡を消し去り、空は澄み渡った青色を取り戻していた。粗末な山小屋の壁の隙間から差し込む朝の光は、無数の塵をきらきらと輝かせながら、残酷なまでに穏やかな一日の始まりを告げている。小鳥のさえずりが、やけに大きく耳に響いた。
アリアが意識を取り戻した時、最初に感じたのは、身体の芯まで響くような、心地よい倦怠感と、そして下腹部の奥にずしりと残る、満たされた熱だった。寝台に敷かれた乾いた藁は、昨夜の情事の激しさを物語るように、彼女と、そして若き冒険者の汗と、蜜と、そして幾度となく注がれた濃厚な生命の証でぐっしょりと濡れそぼり、むせ返るような背徳の香りを放っていた。その匂いを吸い込むたびに、昨夜の記憶が、灼熱の烙印のように脳裏に蘇る。
(あたいは……なんてことを……)
夫トーマスへの罪悪感が、鈍い痛みとなって胸を締め付ける。だが、それと同時に、身体の奥深くが、じゅくりと甘く疼くのを、彼女は否定できなかった。若く、荒々しく、そしてどこまでも貪欲な雄に、身も心も支配されるという、禁断の悦び。それは、貞淑な妻の仮面の下に、長年押し殺してきた彼女の本当の姿だったのかもしれない。
のそりと身体を起こすと、全身の関節が軋むように痛んだ。特に、何度も彼の雄蕊を受け入れた下腹部と、大きく開かされた脚の付け根は、熱っぽく腫れ上がっているかのようだ。視線を巡らせると、リオはすでに身支度を終え、暖炉の前に静かに座っていた。濡れた衣服はすっかり乾き、手入れの行き届いた革鎧を身に着けたその姿は、昨夜の獰猛な獣の面影を微塵も感じさせない、実直で礼儀正しい若き冒険者のものに戻っている。ただ、アリアに振り返ったその瞳の奥に、全てを知る者の、残酷な光が宿っているのを、彼女は見逃さなかった。
「……おはようございます、アリアさん。よく眠れましたか」
その、あまりにも普段通りな、紳士的な口調。その言葉と、昨夜の記憶との乖離が、アリアの心を混乱させた。彼女は、返事をすることもできず、ただシーツを引き寄せ、無様に乱れた自らの身体を隠すことしかできない。
***
アストリナへの帰路は、重苦しい沈黙に満ちていた。馬車の車輪が、嵐でぬかるんだ街道の轍を軋ませる音だけが、気まずく響き渡る。アリアは、ローブのフードを目深にかぶり、必死に平静を装っていた。だが、隣に座るリオの体温を感じるだけで、彼の逞しい腕を思い出し、太腿の内側がじわりと熱を持つのを感じてしまう。彼女の脳裏には、昨夜、自分が発した恥ずかしいほど甘い嬌声が、いつまでも木霊していた。
『眠れる海竜亭』の、潮風で黒ずんだ看板が見えてきた時、アリアの心臓は、罪悪感と安堵感で張り裂けそうだった。馬車が宿の前に止まると、待ち構えていたかのように、夫のトーマスと、継子のリリアが駆け寄ってきた。
「アリア! 無事だったか! 昨日の嵐で、どれだけ心配したか……!」
屈託のない笑顔で、心から安堵の声を上げる夫。その純粋な愛情が、今はアリアの胸に鋭く突き刺さる。
「ごめんよ、トーマス。途中で雨がひどくなってね。運よく猟師小屋を見つけられたから、そこで一夜を明かしたんだ。この子も、あたいをしっかり守ってくれたよ」
練習してきたはずの言い訳は、罪悪感で声が震えそうになるのを必死でこらえなければならなかった。トーマスは、アリアの説明に何の疑いも抱かず、ドワーフの集落から破格の値段で仕入れてきた『深き脈動』の酒樽を見て、子供のようにはしゃいでいる。
「本当か! これだけ安く手に入ったなら、嵐に足止めされた甲斐もあったってもんだな! ありがとう、アリア! それに、護衛の……」
「リオと申します。奥様は、とてもお強かったですよ」
リオは、人の好さそうな笑みを浮かべて、そう言った。その言葉の裏に隠された意味を理解できるのは、アリアだけだった。彼女は、全身の血が凍りつくような感覚に襲われる。
依頼を終えたリオに、アリアは約束の報酬を手渡した。銀貨が触れ合う、乾いた音。その時、彼女は気づいてしまった。宿の入り口の影から、継子のリリアが、じっと、氷のように冷たい視線で、自分とリオを交互に見つめていることに。その十代の少女の瞳には、子供特有の残酷なまでの洞察力と、警戒の色が浮かんでいた。
(……リリア……)
何かに感づいている。その確信が、アリアの背筋を冷たい汗で濡らした。
リオが、踵を返して去ろうとする。その背中に向かって、アリアは、自分でも信じられないような言葉を口にしていた。それは、妻として、母として、決して口にしてはならない言葉だった。
「……また、今度、買い出しに行く時も……。あんたに、お願いしても、いいかい?」
その声は、震えていた。だが、そこには、懇願と、そして抗いがたい期待が、色濃く滲んでいた。リオは、ゆっくりと振り返ると、悪戯が成功した子供のように、にやりと笑った。
「ええ、喜んで。いつでもお呼びください、女将さん」
その言葉が、二人の間に新たな、そしてより深く、背徳的な契約が結ばれたことを意味していた。
リオの姿が雑踏の中に消えていくのを、アリアは呆然と見送っていた。背後では、夫の陽気な笑い声と、リリアの刺すような沈黙が、彼女の築き上げた脆い日常を、静かに、しかし確実に蝕み始めていた。
午後の陽光が、港湾要塞都市アストリナの石畳を、黄金色に染め上げていた。海鳥の甲高い鳴き声、活気のある市場の喧騒、そして遠くから聞こえる鍛冶場の槌音。その全てが混じり合い、この街の力強い生命の脈動を形作っている。だが、そのありふれた日常の風景が、今の彼女には、まるで自分一人が舞台の上に立たされているかのような、張り詰めた虚構の世界にしか見えなかった。
アリアが意識を取り戻した時、最初に感じたのは、身体の芯まで響くような、心地よい倦怠感と、そして下腹部の奥にずしりと残る、満たされた熱だった。寝台に敷かれた乾いた藁は、昨夜の情事の激しさを物語るように、彼女と、そして若き冒険者の汗と、蜜と、そして幾度となく注がれた濃厚な生命の証でぐっしょりと濡れそぼり、むせ返るような背徳の香りを放っていた。その匂いを吸い込むたびに、昨夜の記憶が、灼熱の烙印のように脳裏に蘇る。
(あたいは……なんてことを……)
夫トーマスへの罪悪感が、鈍い痛みとなって胸を締め付ける。だが、それと同時に、身体の奥深くが、じゅくりと甘く疼くのを、彼女は否定できなかった。若く、荒々しく、そしてどこまでも貪欲な雄に、身も心も支配されるという、禁断の悦び。それは、貞淑な妻の仮面の下に、長年押し殺してきた彼女の本当の姿だったのかもしれない。
のそりと身体を起こすと、全身の関節が軋むように痛んだ。特に、何度も彼の雄蕊を受け入れた下腹部と、大きく開かされた脚の付け根は、熱っぽく腫れ上がっているかのようだ。視線を巡らせると、リオはすでに身支度を終え、暖炉の前に静かに座っていた。濡れた衣服はすっかり乾き、手入れの行き届いた革鎧を身に着けたその姿は、昨夜の獰猛な獣の面影を微塵も感じさせない、実直で礼儀正しい若き冒険者のものに戻っている。ただ、アリアに振り返ったその瞳の奥に、全てを知る者の、残酷な光が宿っているのを、彼女は見逃さなかった。
「……おはようございます、アリアさん。よく眠れましたか」
その、あまりにも普段通りな、紳士的な口調。その言葉と、昨夜の記憶との乖離が、アリアの心を混乱させた。彼女は、返事をすることもできず、ただシーツを引き寄せ、無様に乱れた自らの身体を隠すことしかできない。
***
アストリナへの帰路は、重苦しい沈黙に満ちていた。馬車の車輪が、嵐でぬかるんだ街道の轍を軋ませる音だけが、気まずく響き渡る。アリアは、ローブのフードを目深にかぶり、必死に平静を装っていた。だが、隣に座るリオの体温を感じるだけで、彼の逞しい腕を思い出し、太腿の内側がじわりと熱を持つのを感じてしまう。彼女の脳裏には、昨夜、自分が発した恥ずかしいほど甘い嬌声が、いつまでも木霊していた。
『眠れる海竜亭』の、潮風で黒ずんだ看板が見えてきた時、アリアの心臓は、罪悪感と安堵感で張り裂けそうだった。馬車が宿の前に止まると、待ち構えていたかのように、夫のトーマスと、継子のリリアが駆け寄ってきた。
「アリア! 無事だったか! 昨日の嵐で、どれだけ心配したか……!」
屈託のない笑顔で、心から安堵の声を上げる夫。その純粋な愛情が、今はアリアの胸に鋭く突き刺さる。
「ごめんよ、トーマス。途中で雨がひどくなってね。運よく猟師小屋を見つけられたから、そこで一夜を明かしたんだ。この子も、あたいをしっかり守ってくれたよ」
練習してきたはずの言い訳は、罪悪感で声が震えそうになるのを必死でこらえなければならなかった。トーマスは、アリアの説明に何の疑いも抱かず、ドワーフの集落から破格の値段で仕入れてきた『深き脈動』の酒樽を見て、子供のようにはしゃいでいる。
「本当か! これだけ安く手に入ったなら、嵐に足止めされた甲斐もあったってもんだな! ありがとう、アリア! それに、護衛の……」
「リオと申します。奥様は、とてもお強かったですよ」
リオは、人の好さそうな笑みを浮かべて、そう言った。その言葉の裏に隠された意味を理解できるのは、アリアだけだった。彼女は、全身の血が凍りつくような感覚に襲われる。
依頼を終えたリオに、アリアは約束の報酬を手渡した。銀貨が触れ合う、乾いた音。その時、彼女は気づいてしまった。宿の入り口の影から、継子のリリアが、じっと、氷のように冷たい視線で、自分とリオを交互に見つめていることに。その十代の少女の瞳には、子供特有の残酷なまでの洞察力と、警戒の色が浮かんでいた。
(……リリア……)
何かに感づいている。その確信が、アリアの背筋を冷たい汗で濡らした。
リオが、踵を返して去ろうとする。その背中に向かって、アリアは、自分でも信じられないような言葉を口にしていた。それは、妻として、母として、決して口にしてはならない言葉だった。
「……また、今度、買い出しに行く時も……。あんたに、お願いしても、いいかい?」
その声は、震えていた。だが、そこには、懇願と、そして抗いがたい期待が、色濃く滲んでいた。リオは、ゆっくりと振り返ると、悪戯が成功した子供のように、にやりと笑った。
「ええ、喜んで。いつでもお呼びください、女将さん」
その言葉が、二人の間に新たな、そしてより深く、背徳的な契約が結ばれたことを意味していた。
リオの姿が雑踏の中に消えていくのを、アリアは呆然と見送っていた。背後では、夫の陽気な笑い声と、リリアの刺すような沈黙が、彼女の築き上げた脆い日常を、静かに、しかし確実に蝕み始めていた。
午後の陽光が、港湾要塞都市アストリナの石畳を、黄金色に染め上げていた。海鳥の甲高い鳴き声、活気のある市場の喧騒、そして遠くから聞こえる鍛冶場の槌音。その全てが混じり合い、この街の力強い生命の脈動を形作っている。だが、そのありふれた日常の風景が、今の彼女には、まるで自分一人が舞台の上に立たされているかのような、張り詰めた虚構の世界にしか見えなかった。
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