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8章 いけない趣味の宿屋娘がいろいろと巻き込まれてしまうお話
143:復習
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次にわたくしが目を覚ました時、そこは、先程まで背徳の宴が繰り広げられていた、豪奢な天蓋付きのベッドの上でございました。隣には、プラチナブロンドの髪をシーツに散らし、安らかな寝息を立てるリーゼさんの姿があります。彼女の身体は、まるで聖女のように清められていましたが、その顔には、満ち足りた幸福の色が浮かんでいました。わたくしの身体もまた、いつの間にか清潔な寝間着に着替えさせられており、あの夜の淫らな痕跡は、どこにも残ってはいませんでした。しかし、わたくしは処女のまま。その事実に、安堵と、そしてほんのわずかな失望を覚えました。
部屋の隅に目をやると、アシュワース氏が、山と積まれた羊皮紙の書類を前に、黙々と羽ペンを走らせていました。その姿は、昨夜の、獣のような欲望を剥き出しにした男とはまるで別人。大陸有数の組織を束ねる、有能で冷徹なギルドマスターの顔そのものでした。
わたくしが身じろぎした音に気づいたのか、彼はゆっくりと顔を上げ、こちらを見つめます。その瞳には、昨夜の熱はもうありません。
「……目が覚めたかね、リリアお嬢ちゃん。昨夜は、少々、調子に乗りすぎた。すまなかったな」
その静かな謝罪の言葉に、わたくしは、どう返していいのか分かりませんでした。
「君の遠見の魔術、見事なものだった。術式の隠蔽、魔力の秘匿性、どれをとっても、なかなかのものだ。アウレリウスも良い弟子を持ったな。」
思いがけない賞賛の言葉に、わたくしの胸が、きゅんと高鳴ります。
「だが、お嬢ちゃん。その力を、過信するな。次に覗き見をする時は、相手をよく選ぶことだ。……分かったな?」
それは、忠告であり、そして、二度とこのような真似はするなという、暗黙の警告でした。わたくしは、ただ、こくこくと頷くことしかできません。
「よろしい。では、もう行きなさい。リーゼは、もう少し眠らせておく」
アシュワース氏はそう言うと、再び書類へと視線を落としました。わたくしは、ふらふらとおぼつかない足取りでベッドから降りると、一礼し、逃げるようにその部屋を後にしたのでございます。
廊下を歩きながら、わたくしの心の中は、嵐のように乱れていました。恐怖と、屈辱と、そして、あの夜に見た、どうしようもなく美しく、背徳的な光景。アシュワース様の、あの圧倒的な支配力。リーゼさんの、あの蕩けきった悦びの表情。
そして、わたくし自身の身体に刻まれた、未知の快感の記憶。
ああ、わたくしは、もう、元には戻れない。
あの、ただ魔術の探求だけを喜びとしていた、純粋な少女のままでは、いられない。
そんな確かな予感が、わたくしの胸を、甘く、そして鋭く、締め付けるのでございました。
◇◇◇
あの夜、冒険者ギルドマスター、アシュワース様の歪んだ愛の交合を目の当たりにし、わたくし自身の内に眠る未知の扉を開いてしまってから、三日が過ぎました。季節は日に日に秋の色合いを増し、窓の外では、港湾要塞都市アストリナの石畳を濡らす冷たい雨が、しとしとと物悲しい音を立てております。
わたくしの身体には、あの夜の背徳的な記憶が、まるで呪印のように深く刻み込まれておりました。リーゼ様の熱い潮の香り、アシュワース様の圧倒的な魔力、そして、二人の愛液が混じり合った、あの甘美な味。それらを思い出すたびに、わたくしの身体の奥底が、きゅううんと甘く疼き、寝間着の奥で指先が熱く湿り気を帯びてしまうのです。もう、以前の、ただ魔術の探求だけを喜びとしていた純粋な少女のままではいられない。その事実は、恐怖であると同時に、どうしようもないほどの甘美な興奮を、わたくしにもたらしておりました。
そんなある日の午後、わたくしは魔術師ギルドの師、アウレリウス様に呼び出され、彼の執務室の前に立っておりました。ギルドの象徴たる黒曜石の塔「星見の塔」の頂に位置するその部屋の扉は、何の変哲もない、古びた樫の木でできております。しかし、その表面には、達人の手によるものとしか思えない、極めて緻密な防護と防諜のルーンが無数に刻み込まれており、この部屋がギルドの心臓部であることを雄弁に物語っていました。
「――入れ」
扉の向こうから聞こえてきたのは、年齢を感じさせない、若々しくも、どこか全てを見透かしたような、師の声でした。わたくしは、ごくりと喉を鳴らし、緊張に震える手で、重い扉を押し開きます。
部屋の中に満ちていたのは、古びた羊皮紙とインクの乾いた匂い、そして、師が好んで焚く、東方伝来の白檀の、心を落ち着かせるような甘い香りでした。壁一面を埋め尽くす本棚には、貴重な魔導書がぎっしりと並び、机の上には、用途不明の魔導具や、解読途中の古代語の文献が、雑然と、しかしある種の秩序をもって積み上げられています。
部屋の隅に目をやると、アシュワース氏が、山と積まれた羊皮紙の書類を前に、黙々と羽ペンを走らせていました。その姿は、昨夜の、獣のような欲望を剥き出しにした男とはまるで別人。大陸有数の組織を束ねる、有能で冷徹なギルドマスターの顔そのものでした。
わたくしが身じろぎした音に気づいたのか、彼はゆっくりと顔を上げ、こちらを見つめます。その瞳には、昨夜の熱はもうありません。
「……目が覚めたかね、リリアお嬢ちゃん。昨夜は、少々、調子に乗りすぎた。すまなかったな」
その静かな謝罪の言葉に、わたくしは、どう返していいのか分かりませんでした。
「君の遠見の魔術、見事なものだった。術式の隠蔽、魔力の秘匿性、どれをとっても、なかなかのものだ。アウレリウスも良い弟子を持ったな。」
思いがけない賞賛の言葉に、わたくしの胸が、きゅんと高鳴ります。
「だが、お嬢ちゃん。その力を、過信するな。次に覗き見をする時は、相手をよく選ぶことだ。……分かったな?」
それは、忠告であり、そして、二度とこのような真似はするなという、暗黙の警告でした。わたくしは、ただ、こくこくと頷くことしかできません。
「よろしい。では、もう行きなさい。リーゼは、もう少し眠らせておく」
アシュワース氏はそう言うと、再び書類へと視線を落としました。わたくしは、ふらふらとおぼつかない足取りでベッドから降りると、一礼し、逃げるようにその部屋を後にしたのでございます。
廊下を歩きながら、わたくしの心の中は、嵐のように乱れていました。恐怖と、屈辱と、そして、あの夜に見た、どうしようもなく美しく、背徳的な光景。アシュワース様の、あの圧倒的な支配力。リーゼさんの、あの蕩けきった悦びの表情。
そして、わたくし自身の身体に刻まれた、未知の快感の記憶。
ああ、わたくしは、もう、元には戻れない。
あの、ただ魔術の探求だけを喜びとしていた、純粋な少女のままでは、いられない。
そんな確かな予感が、わたくしの胸を、甘く、そして鋭く、締め付けるのでございました。
◇◇◇
あの夜、冒険者ギルドマスター、アシュワース様の歪んだ愛の交合を目の当たりにし、わたくし自身の内に眠る未知の扉を開いてしまってから、三日が過ぎました。季節は日に日に秋の色合いを増し、窓の外では、港湾要塞都市アストリナの石畳を濡らす冷たい雨が、しとしとと物悲しい音を立てております。
わたくしの身体には、あの夜の背徳的な記憶が、まるで呪印のように深く刻み込まれておりました。リーゼ様の熱い潮の香り、アシュワース様の圧倒的な魔力、そして、二人の愛液が混じり合った、あの甘美な味。それらを思い出すたびに、わたくしの身体の奥底が、きゅううんと甘く疼き、寝間着の奥で指先が熱く湿り気を帯びてしまうのです。もう、以前の、ただ魔術の探求だけを喜びとしていた純粋な少女のままではいられない。その事実は、恐怖であると同時に、どうしようもないほどの甘美な興奮を、わたくしにもたらしておりました。
そんなある日の午後、わたくしは魔術師ギルドの師、アウレリウス様に呼び出され、彼の執務室の前に立っておりました。ギルドの象徴たる黒曜石の塔「星見の塔」の頂に位置するその部屋の扉は、何の変哲もない、古びた樫の木でできております。しかし、その表面には、達人の手によるものとしか思えない、極めて緻密な防護と防諜のルーンが無数に刻み込まれており、この部屋がギルドの心臓部であることを雄弁に物語っていました。
「――入れ」
扉の向こうから聞こえてきたのは、年齢を感じさせない、若々しくも、どこか全てを見透かしたような、師の声でした。わたくしは、ごくりと喉を鳴らし、緊張に震える手で、重い扉を押し開きます。
部屋の中に満ちていたのは、古びた羊皮紙とインクの乾いた匂い、そして、師が好んで焚く、東方伝来の白檀の、心を落ち着かせるような甘い香りでした。壁一面を埋め尽くす本棚には、貴重な魔導書がぎっしりと並び、机の上には、用途不明の魔導具や、解読途中の古代語の文献が、雑然と、しかしある種の秩序をもって積み上げられています。
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