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8章 いけない趣味の宿屋娘がいろいろと巻き込まれてしまうお話
144:復習
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その中心に、師、アウレリウス・フォン・リーゼンフェルトはおりました。スラムのチンピラと見紛うばかりの、着古したぼろぼろの衣服。悪趣味な銀のアクセサリーをじゃらじゃらと首から下げ、その細身の身体には、大陸でも五指に入ると謳われる大魔術師の威厳など、欠片も感じられません。しかし、その剃り上げられた頭の下にある、鋭い瞳だけが、彼の本質を物語っておりました。
「……リリア・フローライトです。お呼びにより、参上いたしました」
わたくしが深々と頭を下げると、師は、読んでいた文献から顔を上げ、にやりと意地の悪い笑みを浮かべました。
「よう、リリア。まあ、そこに座れや」
彼が顎で示したのは、使い古されて革が擦り切れた、客人のための椅子でした。わたくしが恐る恐る腰を下ろすと、師は、机の上に置かれた、黒曜石でできた通信用の魔導具を、指先でとん、と叩きます。その表面には、冒険者ギルドの紋章である『剣と竜』が、微かに光って浮かび上がっていました。
「あの若造……アシュワースから、連絡があってな。ちいと、面倒な仕事だ」
師の口から出たアシュワース様の名前に、わたくしの心臓が、どきりと大きく跳ねました。まさか、あの夜のことが、バレてしまったのでしょうか。顔から血の気が引いていくのが、自分でも分かりました。
師は、そんなわたくしの内心を見透かしたかのように、くつくつと喉を鳴らして笑います。
「先日、領主邸から、あの若造のギルドに、内密の依頼があったそうだ。領主フェリクス様の一人息子、ユーノ様の家庭教師を探している、とかなんとか」
師は、まるで世間話でもするかのように、事もなげに続けます。わたくしは、安堵の息を漏らすと同時に、その依頼内容に、眉をひそめました。領主家の、それもご子息の家庭教師。それは、並大抵の依頼ではございません。
「だがな、リリア。話はそれだけじゃねえ。ここ最近、領主邸の周辺で、妙な魔力の残滓が観測されてやがる。俺の見立てじゃ、ありゃあ、死霊魔術の匂いだ。それも、かなり古い、厄介な代物だな。」
師の言葉に、部屋の空気が、ぴりりと張り詰めました。死霊魔術。それは、生命の理を歪め、死者を冒涜する、最も忌むべき禁術の一つ。
「領主邸から冒険者ギルドへの正式な依頼は、あくまでユーノ様の家庭教師。だが、俺たち魔術師ギルドとしては、その死霊魔術の出所と目的を知りたい。そこで、あの若造が、面白い提案をしてきやがった。家庭教師として、魔術師ギルドから人員を派遣してはどうか、とな。表向きは、ユーノ様の類稀なる魔術の才能を伸ばすため、ということになっている。そして、その家庭教師として、お前を推薦させてもらった」
「……それで、その大役を、わたくしに、と?」
わたくしの問いに、師は、こくりと頷きました。
「わたくしには、とても、そのような大役は……。まだ、見習いの身でございますし、それに、領主家の方々とお会いするなど、恐れ多くて……」
わたくしが慌てて辞退しようとすると、師は、それを遮るように、手をひらひらと振りました。
「心配するな。お前一人に行かせるわけじゃねえ。お前の先輩も、一人、一緒につけてやる。そいつは、魔術の腕も確かだし、何より、ああいう貴族の相手は、お前よりよっぽど手慣れてるからな」
その言葉に、わたくしは、わずかに安堵の息を漏らしました。しかし、同時に、疑問が湧き上がります。わたくしの、先輩? 魔術師ギルドの教育部門に所属するわたくしですが、それほど親しい間柄の先輩は、おりませんでした。
「……わたくしの、先輩、と申しますと……?」
わたくしが恐る恐る尋ねると、師は、再び、にやりと悪戯っぽく笑みを浮かべ、部屋の奥にある、隣室へと続く扉に向かって、声を張り上げました。
「――おい、エレナ! 入ってこい!」
その声に応えて、扉がゆっくりと開かれ、一人の女性が、姿を現しました。
その瞬間、わたくしは、息を呑みました。そこに立っていたのは、腰まで伸びた美しい茶色の髪を後ろで一つに束ね、白いブラウスの上に、スリットの深く入った濃紺のスカートを合わせた、豊満な魅力に満ちた女性でした。その柔和な微笑みと、落ち着いた佇まいは、見る者に、不思議な安心感を与えます。しかし、その身体の隅々から放たれる、熟れた果実のような甘い色香は、隠そうとしても隠しきれない、抗いがたい魅力を放っておりました。
(この方が……エレナ・シュミット様……!)
師の弟子の中でも、特に優秀であったと噂に聞く、憧れの先輩。今は、鍛冶屋の奥様として、ギルドを離れておられるはずですが、どうして、ここに。
「ご紹介、ありがとうございます、アウレリウス様。……あなたが、リリアさんね? お噂はかねがね伺っておりますわ」
エレナ様は、優雅に一礼すると、わたくしに向かって、にこりと微笑みかけました。その声は、まるで上質な絹のように滑らかで、わたくしの緊張を、優しく解きほぐしてくれるようでした。
「はじめまして、わたくし、エレナ・シュミットと申します。以後、お見知りおきを」
「は、はじめまして……! リリア・フローライトです……! こ、こちらこそ、よろしく、お願いいたします……!」
「……リリア・フローライトです。お呼びにより、参上いたしました」
わたくしが深々と頭を下げると、師は、読んでいた文献から顔を上げ、にやりと意地の悪い笑みを浮かべました。
「よう、リリア。まあ、そこに座れや」
彼が顎で示したのは、使い古されて革が擦り切れた、客人のための椅子でした。わたくしが恐る恐る腰を下ろすと、師は、机の上に置かれた、黒曜石でできた通信用の魔導具を、指先でとん、と叩きます。その表面には、冒険者ギルドの紋章である『剣と竜』が、微かに光って浮かび上がっていました。
「あの若造……アシュワースから、連絡があってな。ちいと、面倒な仕事だ」
師の口から出たアシュワース様の名前に、わたくしの心臓が、どきりと大きく跳ねました。まさか、あの夜のことが、バレてしまったのでしょうか。顔から血の気が引いていくのが、自分でも分かりました。
師は、そんなわたくしの内心を見透かしたかのように、くつくつと喉を鳴らして笑います。
「先日、領主邸から、あの若造のギルドに、内密の依頼があったそうだ。領主フェリクス様の一人息子、ユーノ様の家庭教師を探している、とかなんとか」
師は、まるで世間話でもするかのように、事もなげに続けます。わたくしは、安堵の息を漏らすと同時に、その依頼内容に、眉をひそめました。領主家の、それもご子息の家庭教師。それは、並大抵の依頼ではございません。
「だがな、リリア。話はそれだけじゃねえ。ここ最近、領主邸の周辺で、妙な魔力の残滓が観測されてやがる。俺の見立てじゃ、ありゃあ、死霊魔術の匂いだ。それも、かなり古い、厄介な代物だな。」
師の言葉に、部屋の空気が、ぴりりと張り詰めました。死霊魔術。それは、生命の理を歪め、死者を冒涜する、最も忌むべき禁術の一つ。
「領主邸から冒険者ギルドへの正式な依頼は、あくまでユーノ様の家庭教師。だが、俺たち魔術師ギルドとしては、その死霊魔術の出所と目的を知りたい。そこで、あの若造が、面白い提案をしてきやがった。家庭教師として、魔術師ギルドから人員を派遣してはどうか、とな。表向きは、ユーノ様の類稀なる魔術の才能を伸ばすため、ということになっている。そして、その家庭教師として、お前を推薦させてもらった」
「……それで、その大役を、わたくしに、と?」
わたくしの問いに、師は、こくりと頷きました。
「わたくしには、とても、そのような大役は……。まだ、見習いの身でございますし、それに、領主家の方々とお会いするなど、恐れ多くて……」
わたくしが慌てて辞退しようとすると、師は、それを遮るように、手をひらひらと振りました。
「心配するな。お前一人に行かせるわけじゃねえ。お前の先輩も、一人、一緒につけてやる。そいつは、魔術の腕も確かだし、何より、ああいう貴族の相手は、お前よりよっぽど手慣れてるからな」
その言葉に、わたくしは、わずかに安堵の息を漏らしました。しかし、同時に、疑問が湧き上がります。わたくしの、先輩? 魔術師ギルドの教育部門に所属するわたくしですが、それほど親しい間柄の先輩は、おりませんでした。
「……わたくしの、先輩、と申しますと……?」
わたくしが恐る恐る尋ねると、師は、再び、にやりと悪戯っぽく笑みを浮かべ、部屋の奥にある、隣室へと続く扉に向かって、声を張り上げました。
「――おい、エレナ! 入ってこい!」
その声に応えて、扉がゆっくりと開かれ、一人の女性が、姿を現しました。
その瞬間、わたくしは、息を呑みました。そこに立っていたのは、腰まで伸びた美しい茶色の髪を後ろで一つに束ね、白いブラウスの上に、スリットの深く入った濃紺のスカートを合わせた、豊満な魅力に満ちた女性でした。その柔和な微笑みと、落ち着いた佇まいは、見る者に、不思議な安心感を与えます。しかし、その身体の隅々から放たれる、熟れた果実のような甘い色香は、隠そうとしても隠しきれない、抗いがたい魅力を放っておりました。
(この方が……エレナ・シュミット様……!)
師の弟子の中でも、特に優秀であったと噂に聞く、憧れの先輩。今は、鍛冶屋の奥様として、ギルドを離れておられるはずですが、どうして、ここに。
「ご紹介、ありがとうございます、アウレリウス様。……あなたが、リリアさんね? お噂はかねがね伺っておりますわ」
エレナ様は、優雅に一礼すると、わたくしに向かって、にこりと微笑みかけました。その声は、まるで上質な絹のように滑らかで、わたくしの緊張を、優しく解きほぐしてくれるようでした。
「はじめまして、わたくし、エレナ・シュミットと申します。以後、お見知りおきを」
「は、はじめまして……! リリア・フローライトです……! こ、こちらこそ、よろしく、お願いいたします……!」
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