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8章 いけない趣味の宿屋娘がいろいろと巻き込まれてしまうお話
145:復習
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わたくしは、慌てて椅子から立ち上がり、深々と頭を下げました。頼れる、優しいお姉さん。その第一印象は、まさに、その言葉通りでございました。この方と一緒なら、今回の困難な任務も、乗り越えられるかもしれない。そんな淡い期待が、わたくしの胸に芽生え始めておりました。
わたくしたちが挨拶を交わすのを満足げに眺めていた師は、不意に、エレナ様に向かって、こう言いました。
「エレナ、すまねえが、少し席を外しちゃくれねえか。リリアに、ちいと、渡しておきてえもんがあるんでな」
「かしこまりましたわ。では、わたくしは、廊下で待たせていただきますね」
エレナ様は、にこやかにそう言うと、再び優雅に一礼し、静かに部屋を退出していきました。彼女が去った後、部屋には、再び、わたくしと師、二人だけの静寂が訪れます。
師は、机の引き出しから、手のひらに収まるほどの、小さな黒水晶を取り出しました。その表面は、吸い込まれそうなほどに深く、そして滑らかに磨き上げられており、微かな魔力の光を放っています。
「こいつを持ってけ。アシュワースの若造が作った、特製の通信機だ。念話(テレパシー)の魔術を応用したもんでな、こいつがあれば、どんな場所にいようと、俺や、あの若造と、直接、連絡が取れる。使い方は、分かるな?」
わたくしは、こくりと頷きました。水晶に魔力を込め、話したい相手を強く念じる。基本的な操作は、ギルドで習う初歩の魔術と変わりません。しかし、これほど小型で、かつ長距離の通信を可能にする魔導具は、見たことがありませんでした。アシュワース様の、人外の域に達しているという魔導具作成の技術。その一端を垣間見た気がして、わたくしの背筋を、ぞくりとした何かが駆け上りました。
わたくしがその黒水晶を受け取ると、師は、声を潜め、わたくしの耳元で、こう囁きました。
「――いいか、リリア。この任務の間、絶対に、エレナに酒を飲ませるんじゃねえぞ」
その言葉は、あまりにも意外なものでした。
「え……?」
「あいつはな、見た目によらず、とんでもなく酒癖が悪い。一度、酒が入ると、手がつけられなくなる。まあ、そのおかげで、色々と面白いことになるんだが……。今回の任務は、ちいと、ばかし、裏がある。万が一のことがあっては、ならねえからな」
師の真剣な眼差しに、わたくしは、ただ、こくりと頷くことしかできませんでした。エレナ様の、あの優しげな微笑みの裏に、そんな秘密が隠されていたとは。
「それから、もう一つ」
師は、再び、声を潜めます。
「領主邸に着いたら、まずは、ユーノ様の身辺を探れ。特に、彼が、誰と接触し、何を調べているのか。些細なことでもいい。何か気づいたことがあれば、すぐに、この黒水晶で、俺か、アシュワースに報告しろ。……いいな?」
その言葉には、ただの家庭教師の任務ではない、何か、得体の知れない、巨大な陰謀の匂いが、確かにいたしました。わたくしの知らないところで、このアストリナの街を揺るがすような、何かが、起ころうとしている。
わたくしは、黒水晶を、ぎゅっと握りしめました。その冷たく、滑らかな感触が、これから始まる、未知の任務への不安と、そして、心の奥底から湧き上がる、どうしようもない、背徳的な興奮を、わたくしに伝えているかのようでございました。
わたくしたちが挨拶を交わすのを満足げに眺めていた師は、不意に、エレナ様に向かって、こう言いました。
「エレナ、すまねえが、少し席を外しちゃくれねえか。リリアに、ちいと、渡しておきてえもんがあるんでな」
「かしこまりましたわ。では、わたくしは、廊下で待たせていただきますね」
エレナ様は、にこやかにそう言うと、再び優雅に一礼し、静かに部屋を退出していきました。彼女が去った後、部屋には、再び、わたくしと師、二人だけの静寂が訪れます。
師は、机の引き出しから、手のひらに収まるほどの、小さな黒水晶を取り出しました。その表面は、吸い込まれそうなほどに深く、そして滑らかに磨き上げられており、微かな魔力の光を放っています。
「こいつを持ってけ。アシュワースの若造が作った、特製の通信機だ。念話(テレパシー)の魔術を応用したもんでな、こいつがあれば、どんな場所にいようと、俺や、あの若造と、直接、連絡が取れる。使い方は、分かるな?」
わたくしは、こくりと頷きました。水晶に魔力を込め、話したい相手を強く念じる。基本的な操作は、ギルドで習う初歩の魔術と変わりません。しかし、これほど小型で、かつ長距離の通信を可能にする魔導具は、見たことがありませんでした。アシュワース様の、人外の域に達しているという魔導具作成の技術。その一端を垣間見た気がして、わたくしの背筋を、ぞくりとした何かが駆け上りました。
わたくしがその黒水晶を受け取ると、師は、声を潜め、わたくしの耳元で、こう囁きました。
「――いいか、リリア。この任務の間、絶対に、エレナに酒を飲ませるんじゃねえぞ」
その言葉は、あまりにも意外なものでした。
「え……?」
「あいつはな、見た目によらず、とんでもなく酒癖が悪い。一度、酒が入ると、手がつけられなくなる。まあ、そのおかげで、色々と面白いことになるんだが……。今回の任務は、ちいと、ばかし、裏がある。万が一のことがあっては、ならねえからな」
師の真剣な眼差しに、わたくしは、ただ、こくりと頷くことしかできませんでした。エレナ様の、あの優しげな微笑みの裏に、そんな秘密が隠されていたとは。
「それから、もう一つ」
師は、再び、声を潜めます。
「領主邸に着いたら、まずは、ユーノ様の身辺を探れ。特に、彼が、誰と接触し、何を調べているのか。些細なことでもいい。何か気づいたことがあれば、すぐに、この黒水晶で、俺か、アシュワースに報告しろ。……いいな?」
その言葉には、ただの家庭教師の任務ではない、何か、得体の知れない、巨大な陰謀の匂いが、確かにいたしました。わたくしの知らないところで、このアストリナの街を揺るがすような、何かが、起ころうとしている。
わたくしは、黒水晶を、ぎゅっと握りしめました。その冷たく、滑らかな感触が、これから始まる、未知の任務への不安と、そして、心の奥底から湧き上がる、どうしようもない、背徳的な興奮を、わたくしに伝えているかのようでございました。
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