154 / 370
9章 狩人も冒険ではちゃめちゃになってしまうお話
148:依頼
しおりを挟む
次に、矢筒から愛用の矢を抜き、その先端である矢じりを交換していきます。新たに装着するのは、ミスリル銀を丹念に打ち延ばして作られた、鈍い輝きを放つ銀の矢じりです。一本一本に、魔除けと浄化の微細なルーンが刻み込まれており、実体を持たない霊的な存在や、精神そのものである魔物に対して絶大な効果を発揮します。アストリナの魔術師ギルドが開発し、冒険者ギルドが独占的に供給を許可されている、極めて高価な消耗品でした。
「シャイラさん。瘴気対策に、これも持っていくといいですよ」
声をかけてきたのは、受付のリーゼさんでした。彼女が差し出したのは、黒い革と銀の細い鎖でできた、鳥の嘴のような形状のマスクが二つ。内側にはポケットがあり、そこに瘴気を中和する特殊な薬草を詰めたフィルターを装着する仕組みになっています。これはギルドマスターであるアシュワース氏が、古代ドワーフの防毒面を参考に、自身の魔導具作成技術を駆使して改良した逸品だそうです。
「……どうも」
シャイラさんは短く礼を言うと、そのうちの一つを受け取り、まじまじと眺めます。革のなめらかな手触りと、薬草のかすかな苦い香りが、これからの任務の過酷さを予感させました。リーゼさんはシャイラさんにさらにいくつかの魔道具を渡しました。結界を展開する小箱に、魔物を封印する本。いずれもアシュワース氏の秘蔵品です。渡される品の重みに、シャイラさんは緊張を隠せません。
一方、モブ=オジは、セレスさんから別の装飾品を受け取っていました。黒水晶のレンズがはめ込まれた、銀縁の眼鏡を二つ。レンズの表面には、肉眼では到底捉えられないほど緻密な魔術回路が刻まれており、魔物の邪視や呪詛の視線といった、視覚を介した精神攻撃を物理的に遮断し、霧散させる効果があるといいます。これもまた、アシュワース氏の特製品でした。
「……」
無言でそれを受け取ったモブ=オジは、無造作に眼鏡をかけます。すると、どうでしょう。筋骨隆々とした強面の男に、繊細で知的なデザインの眼鏡は、驚くほどに似合っていませんでした。まるで、獰猛な熊に蝶ネクタイをつけたかのような、滑稽でちぐはぐな印象です。
そのあまりの不釣り合いさに、これまで感情をほとんど表に出さなかったシャイラさんの口元が、ふ、とわずかに緩みました。ぴく、と猫の耳が揺れ、喉の奥でくつくつと笑いを堪える音が漏れます。
「……ぷっ、ふふ」
とうとう堪えきれなくなったのか、シャイラさんは肩を震わせて笑い出してしまいました。その、少女らしい無邪気な笑い声に、場の空気が少しだけ和らぎます。セレスさんは呆れたようにため息をつき、リーゼさんは楽しそうに目を細めていました。
笑われた当のモブ=オジは、特に気にする様子もなく、眼鏡の弦を指でくい、と押し上げるだけです。その泰然とした態度が、シャイラさんにはまたおかしく感じられました。
「おい」
不意に、モブ=オジが低い声で言いました。
「あんた、俺のことを何て呼んでる」
「……モブ=オジ、だろ?」
「これからは、『おじさん』でいい」
「……は?」
「『おじさん』だ。その方が、呼びやすいだろ」
ぶっきらぼうな、しかし有無を言わせぬ響き。シャイラさんは一瞬きょとんとしましたが、彼の真剣な(ように見える)目を見て、こくりと頷きました。
「……わかった、おじさん」
こうして、奇妙な装備と、少しだけ縮まった心の距離を携え、二人はアストリナの城門を後にしたのでした。
「シャイラさん。瘴気対策に、これも持っていくといいですよ」
声をかけてきたのは、受付のリーゼさんでした。彼女が差し出したのは、黒い革と銀の細い鎖でできた、鳥の嘴のような形状のマスクが二つ。内側にはポケットがあり、そこに瘴気を中和する特殊な薬草を詰めたフィルターを装着する仕組みになっています。これはギルドマスターであるアシュワース氏が、古代ドワーフの防毒面を参考に、自身の魔導具作成技術を駆使して改良した逸品だそうです。
「……どうも」
シャイラさんは短く礼を言うと、そのうちの一つを受け取り、まじまじと眺めます。革のなめらかな手触りと、薬草のかすかな苦い香りが、これからの任務の過酷さを予感させました。リーゼさんはシャイラさんにさらにいくつかの魔道具を渡しました。結界を展開する小箱に、魔物を封印する本。いずれもアシュワース氏の秘蔵品です。渡される品の重みに、シャイラさんは緊張を隠せません。
一方、モブ=オジは、セレスさんから別の装飾品を受け取っていました。黒水晶のレンズがはめ込まれた、銀縁の眼鏡を二つ。レンズの表面には、肉眼では到底捉えられないほど緻密な魔術回路が刻まれており、魔物の邪視や呪詛の視線といった、視覚を介した精神攻撃を物理的に遮断し、霧散させる効果があるといいます。これもまた、アシュワース氏の特製品でした。
「……」
無言でそれを受け取ったモブ=オジは、無造作に眼鏡をかけます。すると、どうでしょう。筋骨隆々とした強面の男に、繊細で知的なデザインの眼鏡は、驚くほどに似合っていませんでした。まるで、獰猛な熊に蝶ネクタイをつけたかのような、滑稽でちぐはぐな印象です。
そのあまりの不釣り合いさに、これまで感情をほとんど表に出さなかったシャイラさんの口元が、ふ、とわずかに緩みました。ぴく、と猫の耳が揺れ、喉の奥でくつくつと笑いを堪える音が漏れます。
「……ぷっ、ふふ」
とうとう堪えきれなくなったのか、シャイラさんは肩を震わせて笑い出してしまいました。その、少女らしい無邪気な笑い声に、場の空気が少しだけ和らぎます。セレスさんは呆れたようにため息をつき、リーゼさんは楽しそうに目を細めていました。
笑われた当のモブ=オジは、特に気にする様子もなく、眼鏡の弦を指でくい、と押し上げるだけです。その泰然とした態度が、シャイラさんにはまたおかしく感じられました。
「おい」
不意に、モブ=オジが低い声で言いました。
「あんた、俺のことを何て呼んでる」
「……モブ=オジ、だろ?」
「これからは、『おじさん』でいい」
「……は?」
「『おじさん』だ。その方が、呼びやすいだろ」
ぶっきらぼうな、しかし有無を言わせぬ響き。シャイラさんは一瞬きょとんとしましたが、彼の真剣な(ように見える)目を見て、こくりと頷きました。
「……わかった、おじさん」
こうして、奇妙な装備と、少しだけ縮まった心の距離を携え、二人はアストリナの城門を後にしたのでした。
0
あなたにおすすめの小説
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる