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9章 狩人も冒険ではちゃめちゃになってしまうお話
151:宿
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風呂から上がり、宿が用意してくれた簡素な木綿の寝間着に着替えて部屋に戻ると、おじさんがランプの灯りの下で地図を広げ、待っていました。
「明日の朝一番で出発する。まずは廃墟の周囲を偵察し、侵入経路を探る。あんたは隠密行動で先行し、俺が後方から援護する。いいな?」
「……わかった」
短い打ち合わせを終え、二人は部屋の両端に置かれたそれぞれの寝台にもぐり込みました。しかし、シャイラさんは、なかなか寝付くことができません。
目を閉じても、身体の奥で燃え盛るような火照りは一向に収まらず、むしろじりじりと熱を増していくようです。ごわごわとしたシーツが素肌に触れる感触さえもが、いやらしいほどに意識されてしまいます。特に、むずむずと疼く太ももの内側がぞくぞくと粟立ち、無意識のうちに、ふぅ、と熱く甘い吐息が唇の隙間から漏れてしまいました。
「んっ……♡ふぅ……♡」
(フィン……)
故郷に残してきた、愛しい許嫁の名を、心の中で呼びかけます。彼のことを考えれば、このおかしな気持ちも、この熱い身体も、きっと静まるはず。そう思ったのに、まぶたの裏に鮮明に浮かんでくるのは、なぜか、隣の寝台で静かな寝息を立てている、あのごつごつとした岩のような男の背中なのでした。
その事実に気づいた瞬間、シャイラさんの顔は、かあっと沸騰するように熱くなります。
(な、なんで……アタシ、どうかしてる……っ)
一方、おじさんは、シャイラさんの落ち着かない様子に、微かな違和感を覚えていました。いつもより赤い頬、潤んでとろんとした金色の瞳、そして、時折漏れる、まるで媚薬でも飲んだかのような甘い吐息。優秀な冒険者としての経験が、それが単なる戦前の緊張から来るものではないと、警鐘を鳴らしています。しかし、彼は何も言わず、ただ静かに目を閉じるだけでした。その表情は、やはり何も読み取れません。
外では、風が木々を揺らす音が、まるで誰かのすすり泣きのように、寂しく響いています。
やがて訪れるであろう、悪夢のように甘く、そして淫らな一夜の、ほんの始まり。
その危険な予兆に、まだ誰も気づかぬまま、山間の集落の夜は、静かに、そして深く更けていくのでした。
◇◇◇
その夜のことでした。
山間の集落を包む深い静寂の中、シャイラさんの意識は、まるで底なしの沼に引きずり込まれるかのように、ゆっくりと沈んでいきました。宿の主人がシチューに仕込んだ禁忌薬物『精神感応薬』は、彼女の魂を守る霊的な障壁を、まるで酸が金属を溶かすように、静かに、しかし確実に侵食していました。そこに、廃墟から伸びる魔物の精神干渉が、蜘蛛の糸のように絡みつきます。薬によって無防備になったシャイラさんの精神は、この世ならざる者の悪意に満ちた誘いを、あまりにもたやすく受け入れてしまったのです。
ふと、シャイラさんは自分が冷たい石の床に裸足で立っていることに気づきました。ごわごわとした宿の寝間着ではなく、身体にぴったりとまとわりつく、滑らかで重い手触りの、黒い修道服を身に着けています。ひんやりとした布の感触が、肌の熱を際立たせているようでした。
(ここは……?)
見渡せば、そこは薄暗く、どこまでも続く長い廊下でした。壁には、苦悶の表情を浮かべた聖者たちの肖像画が掲げられ、その瞳が、まるで生きているかのようにシャイラさんの一挙手一投足を追っているように見えます。空気は黴と、そしてなぜか場違いなほど甘い白百合の香りに満ちていました。現実で訪れるはずの、旧修道院廃墟。その光景が、彼女の夢の中に再構築されているのです。
しかし、シャイラさんの心に恐怖はありませんでした。むしろ、身体の奥底から湧き上がってくる、抗いがたいほどの熱い疼きに、胸が高鳴っていたのです。下腹部の奥がきゅう、と甘く締め付けられ、蜜がじわりと滲み出す感覚。太ももの内側がぞくぞくと粟立ち、今すぐにでも、誰かにこの熱を持て余した身体をめちゃくちゃに蹂躙されたいという、破廉恥な欲望が渦巻いています。
(礼拝堂へ……あそこへ行けば、きっと……)
誰に命じられるでもなく、シャイラさんの足は、まるで引力に引かれるように、廊下の突き当りにある巨大な両開きの扉へと向かっていきました。これから行われるであろう、甘美で背徳的な儀式を想像し、彼女の金色の瞳はとろりと潤み、唇からは、ふぅ、と熱く湿った吐息が漏れます。
荘厳な彫刻が施された扉を押し開けると、そこは天井の高い、広大な礼拝堂でした。砕け散ったステンドグラスの破片が月光を乱反射させ、床にきらきらと光の欠片を散らしています。しかし、その神聖であるはずの空間は、異様な光景に支配されていました。
本来、救済の女神像が安置されているはずの祭壇の上で、巨大な何かが、ぬめり、うごめいていたのです。
それは、半透明のゼリー状の塊でした。百目のスライム。その内部では、赤、青、緑と、様々な色の光がまるで魂の炎のように明滅し、脈打っています。そして、礼拝堂の壁、床、天井、その至る所から、脈打つ巨大な眼球が、無数に浮かび上がっていました。その全てが、シャイラさんただ一人を、じっと、値踏みするように見つめています。その視線は、物理的な圧力となって彼女の精神を縛り、思考を麻痺させていきました。
「明日の朝一番で出発する。まずは廃墟の周囲を偵察し、侵入経路を探る。あんたは隠密行動で先行し、俺が後方から援護する。いいな?」
「……わかった」
短い打ち合わせを終え、二人は部屋の両端に置かれたそれぞれの寝台にもぐり込みました。しかし、シャイラさんは、なかなか寝付くことができません。
目を閉じても、身体の奥で燃え盛るような火照りは一向に収まらず、むしろじりじりと熱を増していくようです。ごわごわとしたシーツが素肌に触れる感触さえもが、いやらしいほどに意識されてしまいます。特に、むずむずと疼く太ももの内側がぞくぞくと粟立ち、無意識のうちに、ふぅ、と熱く甘い吐息が唇の隙間から漏れてしまいました。
「んっ……♡ふぅ……♡」
(フィン……)
故郷に残してきた、愛しい許嫁の名を、心の中で呼びかけます。彼のことを考えれば、このおかしな気持ちも、この熱い身体も、きっと静まるはず。そう思ったのに、まぶたの裏に鮮明に浮かんでくるのは、なぜか、隣の寝台で静かな寝息を立てている、あのごつごつとした岩のような男の背中なのでした。
その事実に気づいた瞬間、シャイラさんの顔は、かあっと沸騰するように熱くなります。
(な、なんで……アタシ、どうかしてる……っ)
一方、おじさんは、シャイラさんの落ち着かない様子に、微かな違和感を覚えていました。いつもより赤い頬、潤んでとろんとした金色の瞳、そして、時折漏れる、まるで媚薬でも飲んだかのような甘い吐息。優秀な冒険者としての経験が、それが単なる戦前の緊張から来るものではないと、警鐘を鳴らしています。しかし、彼は何も言わず、ただ静かに目を閉じるだけでした。その表情は、やはり何も読み取れません。
外では、風が木々を揺らす音が、まるで誰かのすすり泣きのように、寂しく響いています。
やがて訪れるであろう、悪夢のように甘く、そして淫らな一夜の、ほんの始まり。
その危険な予兆に、まだ誰も気づかぬまま、山間の集落の夜は、静かに、そして深く更けていくのでした。
◇◇◇
その夜のことでした。
山間の集落を包む深い静寂の中、シャイラさんの意識は、まるで底なしの沼に引きずり込まれるかのように、ゆっくりと沈んでいきました。宿の主人がシチューに仕込んだ禁忌薬物『精神感応薬』は、彼女の魂を守る霊的な障壁を、まるで酸が金属を溶かすように、静かに、しかし確実に侵食していました。そこに、廃墟から伸びる魔物の精神干渉が、蜘蛛の糸のように絡みつきます。薬によって無防備になったシャイラさんの精神は、この世ならざる者の悪意に満ちた誘いを、あまりにもたやすく受け入れてしまったのです。
ふと、シャイラさんは自分が冷たい石の床に裸足で立っていることに気づきました。ごわごわとした宿の寝間着ではなく、身体にぴったりとまとわりつく、滑らかで重い手触りの、黒い修道服を身に着けています。ひんやりとした布の感触が、肌の熱を際立たせているようでした。
(ここは……?)
見渡せば、そこは薄暗く、どこまでも続く長い廊下でした。壁には、苦悶の表情を浮かべた聖者たちの肖像画が掲げられ、その瞳が、まるで生きているかのようにシャイラさんの一挙手一投足を追っているように見えます。空気は黴と、そしてなぜか場違いなほど甘い白百合の香りに満ちていました。現実で訪れるはずの、旧修道院廃墟。その光景が、彼女の夢の中に再構築されているのです。
しかし、シャイラさんの心に恐怖はありませんでした。むしろ、身体の奥底から湧き上がってくる、抗いがたいほどの熱い疼きに、胸が高鳴っていたのです。下腹部の奥がきゅう、と甘く締め付けられ、蜜がじわりと滲み出す感覚。太ももの内側がぞくぞくと粟立ち、今すぐにでも、誰かにこの熱を持て余した身体をめちゃくちゃに蹂躙されたいという、破廉恥な欲望が渦巻いています。
(礼拝堂へ……あそこへ行けば、きっと……)
誰に命じられるでもなく、シャイラさんの足は、まるで引力に引かれるように、廊下の突き当りにある巨大な両開きの扉へと向かっていきました。これから行われるであろう、甘美で背徳的な儀式を想像し、彼女の金色の瞳はとろりと潤み、唇からは、ふぅ、と熱く湿った吐息が漏れます。
荘厳な彫刻が施された扉を押し開けると、そこは天井の高い、広大な礼拝堂でした。砕け散ったステンドグラスの破片が月光を乱反射させ、床にきらきらと光の欠片を散らしています。しかし、その神聖であるはずの空間は、異様な光景に支配されていました。
本来、救済の女神像が安置されているはずの祭壇の上で、巨大な何かが、ぬめり、うごめいていたのです。
それは、半透明のゼリー状の塊でした。百目のスライム。その内部では、赤、青、緑と、様々な色の光がまるで魂の炎のように明滅し、脈打っています。そして、礼拝堂の壁、床、天井、その至る所から、脈打つ巨大な眼球が、無数に浮かび上がっていました。その全てが、シャイラさんただ一人を、じっと、値踏みするように見つめています。その視線は、物理的な圧力となって彼女の精神を縛り、思考を麻痺させていきました。
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