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9章 狩人も冒険ではちゃめちゃになってしまうお話
163:討伐
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こうして、二人は廃墟の内部へと、慎重に足を踏み入れたのです。
礼拝堂に足を踏み入れた瞬間、ぞわり、と全身の肌が粟立ちました。壁、床、天井、その至る所から、脈打つ巨大な眼球が、無数に浮かび上がっていたのです。その全てが、侵入者である二人を、じっと、値踏みするように見つめています。
「ふう……」
おじさんが、まるで獣のような低い唸り声を上げました。次の瞬間、彼は両手に持った松明を、まるで双剣のように巧みに操り、眼前に迫っていたスライムの本体へと躍りかかったのです。
じゅわっ、という肉の焼ける音と、鼻を突く異臭。炎に焼かれたスライムは、苦悶に身をよじらせ、その巨体を激しく脈動させました。しかし、おじさんの動きは止まりません。彼は、炎の壁を作り出すことで、スライムの精神干渉を物理的に遮断し、シャイラさんのための射線と安全を確保しているのです。その完璧な前衛としての立ち振る舞いは、もはや芸術の域に達していました。
「……すごい」
思わず、感嘆の声が漏れます。彼の逞しい背中を見ているだけで、シャイラさんの身体の奥が、きゅう、と甘く疼きました。しかし、今は感心している場合ではありません。彼女は、背中の矢筒から、ミスリル銀の矢じりを取り付けた浄化の矢を引き抜くと、愛用の弓を構えました。
ひゅっ、と空気を切り裂く音。放たれた矢は、吸い込まれるようにして、壁に浮かぶ巨大な眼球の一つに突き刺さりました。
ぷしゅ、という湿った音と共に、眼球が弾け、腐臭を放つ粘液を撒き散らします。その瞬間、シャイラさんの脳裏に、見も知らぬ誰かの、悲痛な絶叫が響き渡りました。
「―――ッ!?」
しかし、彼女は怯みません。二の矢、三の矢と、立て続けに矢を放っていきます。一本射抜くごとに、様々な人間の断末魔が、怨嗟の声が、脳内に直接響き渡りますが、彼女は歯を食いしばり、ただひたすらに弓を引き続けました。おじさんが作り出した炎の壁は、決して揺らぐことがありません。
おじさんの完璧な前衛仕事と、シャイラさんの狩人としての天賦の才。その二つが合わさった時、この古代の魔物は、あまりにも無力でした。あれほど無数にあった眼球は、瞬く間にその数を減らしていき、そしてついに、祭壇の上に浮かぶ、ひときわ大きく、そして禍々しい光を放つ、最後の一つだけとなったのです。
「……終わりだ」
シャイラさんは、震える手で、ギルドから支給された、古びた革表紙の本――『封印の書』を開きました。彼女が、震える声で、本に記された古代の呪文を唱え始めると、本のページがひとりでに、ばらばらと目まぐるしく捲れ始め、その中央から、まばゆいばかりの白い光が放たれます。
『―――アアアアアアアアアアアッッッ!!!』
最後の眼球が、魂の底からの絶叫を上げました。それは、男とも女とも、老人とも子供ともつかない、無数の魂が混じり合った、おぞましい悲鳴。眼球は、本の光が生み出した渦に、抗う術もなく吸い込まれていきます。そして、本がぱたん、と音を立てて閉じた瞬間、廃墟を包んでいた重苦しい瘴気と、精神を蝕む圧力が、嘘のように消え去ったのでした。
◇◇◇
魔物を封印し、廃墟に本来の静寂が戻った後も、二人は念のため、他に危険がないか、内部の調査を続けることにしました。黴と腐敗の匂いが充満する中、礼拝堂の奥、崩れかけた女神像が安置されていた祭壇の裏に、隠し扉があるのを発見します。
「……開けるぞ」
おじさんが、その石の扉に手をかけ、ぎ、と音を立てて押し開けると、そこには、四畳半ほどの、小さな隠し部屋がありました。部屋の中央には、黒曜石でできた祭壇が置かれ、その上には、おぞましい形状の儀式用の短剣や、干からびた何かの心臓が置かれた杯など、明らかに邪悪な儀式に使われたであろう祭具が、埃をかぶって並んでいます。どうやら、この修道院で誰かが、悪魔か何かを召喚しようとして、その結果、あのスライムを呼び出してしまったのでしょう。
二人は、その祭壇の片隅に、小さな黒い革張りの手帳と、銀の鎖がついた奇妙な形のペンダント、そして、柄に精緻な蛇の彫刻が施された古い短剣が置かれているのを見つけました。
「……これは」
シャイラさんがその手帳を手に取ると、ぞわり、と背筋に悪寒が走ります。何か、とてつもなく邪悪な気配。
「ギルドに持ち帰って、専門家に調べさせよう。下手に触るな」
おじさんの言葉に、シャイラさんはこくりと頷くと、それらを慎重に革袋にしまいました。
礼拝堂に足を踏み入れた瞬間、ぞわり、と全身の肌が粟立ちました。壁、床、天井、その至る所から、脈打つ巨大な眼球が、無数に浮かび上がっていたのです。その全てが、侵入者である二人を、じっと、値踏みするように見つめています。
「ふう……」
おじさんが、まるで獣のような低い唸り声を上げました。次の瞬間、彼は両手に持った松明を、まるで双剣のように巧みに操り、眼前に迫っていたスライムの本体へと躍りかかったのです。
じゅわっ、という肉の焼ける音と、鼻を突く異臭。炎に焼かれたスライムは、苦悶に身をよじらせ、その巨体を激しく脈動させました。しかし、おじさんの動きは止まりません。彼は、炎の壁を作り出すことで、スライムの精神干渉を物理的に遮断し、シャイラさんのための射線と安全を確保しているのです。その完璧な前衛としての立ち振る舞いは、もはや芸術の域に達していました。
「……すごい」
思わず、感嘆の声が漏れます。彼の逞しい背中を見ているだけで、シャイラさんの身体の奥が、きゅう、と甘く疼きました。しかし、今は感心している場合ではありません。彼女は、背中の矢筒から、ミスリル銀の矢じりを取り付けた浄化の矢を引き抜くと、愛用の弓を構えました。
ひゅっ、と空気を切り裂く音。放たれた矢は、吸い込まれるようにして、壁に浮かぶ巨大な眼球の一つに突き刺さりました。
ぷしゅ、という湿った音と共に、眼球が弾け、腐臭を放つ粘液を撒き散らします。その瞬間、シャイラさんの脳裏に、見も知らぬ誰かの、悲痛な絶叫が響き渡りました。
「―――ッ!?」
しかし、彼女は怯みません。二の矢、三の矢と、立て続けに矢を放っていきます。一本射抜くごとに、様々な人間の断末魔が、怨嗟の声が、脳内に直接響き渡りますが、彼女は歯を食いしばり、ただひたすらに弓を引き続けました。おじさんが作り出した炎の壁は、決して揺らぐことがありません。
おじさんの完璧な前衛仕事と、シャイラさんの狩人としての天賦の才。その二つが合わさった時、この古代の魔物は、あまりにも無力でした。あれほど無数にあった眼球は、瞬く間にその数を減らしていき、そしてついに、祭壇の上に浮かぶ、ひときわ大きく、そして禍々しい光を放つ、最後の一つだけとなったのです。
「……終わりだ」
シャイラさんは、震える手で、ギルドから支給された、古びた革表紙の本――『封印の書』を開きました。彼女が、震える声で、本に記された古代の呪文を唱え始めると、本のページがひとりでに、ばらばらと目まぐるしく捲れ始め、その中央から、まばゆいばかりの白い光が放たれます。
『―――アアアアアアアアアアアッッッ!!!』
最後の眼球が、魂の底からの絶叫を上げました。それは、男とも女とも、老人とも子供ともつかない、無数の魂が混じり合った、おぞましい悲鳴。眼球は、本の光が生み出した渦に、抗う術もなく吸い込まれていきます。そして、本がぱたん、と音を立てて閉じた瞬間、廃墟を包んでいた重苦しい瘴気と、精神を蝕む圧力が、嘘のように消え去ったのでした。
◇◇◇
魔物を封印し、廃墟に本来の静寂が戻った後も、二人は念のため、他に危険がないか、内部の調査を続けることにしました。黴と腐敗の匂いが充満する中、礼拝堂の奥、崩れかけた女神像が安置されていた祭壇の裏に、隠し扉があるのを発見します。
「……開けるぞ」
おじさんが、その石の扉に手をかけ、ぎ、と音を立てて押し開けると、そこには、四畳半ほどの、小さな隠し部屋がありました。部屋の中央には、黒曜石でできた祭壇が置かれ、その上には、おぞましい形状の儀式用の短剣や、干からびた何かの心臓が置かれた杯など、明らかに邪悪な儀式に使われたであろう祭具が、埃をかぶって並んでいます。どうやら、この修道院で誰かが、悪魔か何かを召喚しようとして、その結果、あのスライムを呼び出してしまったのでしょう。
二人は、その祭壇の片隅に、小さな黒い革張りの手帳と、銀の鎖がついた奇妙な形のペンダント、そして、柄に精緻な蛇の彫刻が施された古い短剣が置かれているのを見つけました。
「……これは」
シャイラさんがその手帳を手に取ると、ぞわり、と背筋に悪寒が走ります。何か、とてつもなく邪悪な気配。
「ギルドに持ち帰って、専門家に調べさせよう。下手に触るな」
おじさんの言葉に、シャイラさんはこくりと頷くと、それらを慎重に革袋にしまいました。
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