無能と蔑まれ敵国に送られた私、故郷の料理を振る舞ったら『食の聖女』と呼ばれ皇帝陛下に溺愛されています~今さら返せと言われても、もう遅いです!

夏見ナイ

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第49話:独占欲の炎

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万雷の拍手と喝采の中、私はまだレオン様の腕の中にいた。彼の囁いた甘い言葉が頭の中で何度も反響している。顔が熱くて、きっと林檎のように赤くなっているに違いない。

「さあ、戻ろうか」

レオン様は名残惜しそうに、しかしきっぱりと私を解放すると、再び優雅にエスコートし玉座の近くの主賓席へと導いてくれた。

ダンスは終わった。しかし、パーティーの熱狂はこれからが本番だった。

皇帝自らがダンスのパートナーに選んだ謎の美姫。そして奇跡のデザートを生み出した『食の聖女』。今や私、アリア・フォン・リンドブルムは、このパーティーで最も注目を集める存在となっていた。

レオン様が宰相エリオット様と何やら話し込むために席を外した、その隙を狙って。

「アリア姫様、でしたかな。素晴らしいダンスでした。ぜひ次の曲は私と」
「いやいや、姫様。私と我が国の文化についてお話しいただけませんか」
「姫様の美しさは、まるで北の夜空に輝くオーロラのようだ!」

まるで堰を切ったかのように、男たちが私の元へと殺到した。

帝国の若い貴族たちだけではない。ソレイユ王国のジャン=ピエール公爵をはじめ、他国の王子や使節団の者たちまでが次から次へと私に声をかけてくる。

彼らの目には先程までの侮りの色は微塵もない。代わりに宿っているのは強い好奇心、下心、そしてあわよくばこの稀有な才能を持つ姫を自国へ引き抜こうというあからさまな野心だった。

「あ、あの、ありがとうございます…」

私は突然の状況の変化に戸惑うばかりだった。今まで男性からこんな風に言い寄られたことなど一度もない。どう対応していいのか分からず、ただ曖昧な笑みを浮かべて当たり障りのない返事を繰り返すのが精一杯だった。

彼らはそんな私の純朴な反応をさらに好意的に解釈したようだった。

「おお、なんと謙虚で奥ゆかしい姫君だ!」
「そのはにかんだ笑顔もまた愛らしい!」

男たちの賞賛の声はどんどんエスカレートしていく。私の周りにはいつの間にか黒山の人だかりができていた。

その光景を少し離れた場所から一体の氷像が絶対零度の視線で見つめていた。

皇帝レオンハルト。

彼の表情はいつも通りのポーカーフェイスだった。しかし、その内側では彼自身も経験したことのないほど激しい感情の嵐が吹き荒れていた。

(……なんだ、この感情は)

胸の奥が黒い炎で焼かれるように、じりじりと熱い。

アリアに群がるあの男たち。その馴れ馴れしい態度。彼女に向けられる欲望に満ちた視線。その全てが彼の神経を一本、また一本と逆撫でしていく。

アリアの困惑した笑顔。助けを求めるような潤んだ瞳。

(……俺のものだ)

彼の頭の中にその一言が雷のように鳴り響いた。

(アリアは俺が見つけた。彼女の価値を最初に認めたのは俺だ。彼女の料理を最初に味わったのも。彼女のあの笑顔を最初に引き出したのも俺だ)

そうだ。彼女は俺だけのものだ。

他の誰にも触れさせたくない。他の誰にもあの笑顔を向けさせたくない。

この胸を焦がすような醜い感情。

嫉妬。そして独占欲。

レオンハルトは生まれて初めてその感情の正体をはっきりと自覚した。

彼は今まで何かを『欲しい』と思った時、それを手に入れるために常に冷静に、合理的に、そして効率的に行動してきた。感情で動くことなど愚者のすることだと固く信じていた。

しかし今、彼の体を突き動かしようとしているのは理性ではない。ただ燃え盛る純粋な独占欲の炎だけだった。

彼の隣でその尋常ならざる冷気を感じ取った宰相エリオットがそっと囁いた。

「陛下。お顔が恐ろしいことになっておりますぞ」

「……黙れ」

レオンの声は冬のシベリアの吹雪よりも冷たかった。

エリオットはやれやれと肩をすくめた。自分の主君が恋という名の熱病にかなり重い症状でかかっていることを、彼はとっくに気づいていた。そして、その炎に油を注いでいるのが向こうで無邪気に愛想を振りまいている我らが聖女様であることも。

「そろそろ助け舟を出して差し上げてはいかがですかな。あのままでは姫様が異国の男に攫われてしまいますぞ」

エリオットの火に油を注ぐような一言が最後の引き金となった。

レオンハルトは何も言わなかった。

ただ静かに一歩、前に踏み出しただけだ。

そのたった一歩で。

会場の空気が一変した。

先程までアリアに群がっていた男たちが、まるで首筋に氷の刃を突きつけられたかのようにびくりと動きを止めた。彼らの背後から尋常ではない殺気にも似たプレッシャーが放たれている。

彼らが恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのは氷のように冷たい無表情の皇帝陛下だった。

その蒼い瞳は笑っていない。

いや、それどころか、その奥には嫉妬という名の黒い炎が静かに、しかし激しく燃え盛っていた。

「……皆様、楽しんでおられるかな」

彼の口から発せられた言葉は穏やかだった。しかし、その声の響きは地獄の底から聞こえてくる悪魔の囁きのように男たちの背筋を凍りつかせた。

「ひっ…!」
「へ、陛下…!」

男たちの顔からさっと血の気が引いていく。彼らは蜘蛛の子を散らすように慌てて私から距離を取った。

レオン様はそんな彼らには目もくれず、真っ直ぐに私の元へと歩み寄ってきた。そして、まるで宝物でも守るかのように私の体をそっと自分の背中に隠した。

「少し疲れただろう。外の空気を吸いに行こう」

彼は私にだけ聞こえるような優しい声でそう囁いた。そして私の返事を待つこともなく私の手を取り、唖然とする人々を残して再びバルコニーへと私を導いていった。

バルコニーに出た瞬間、レオン様は大きく深く息を吐いた。まるで何かを必死に抑え込んでいたかのように。

「あの、レオン様…?」

彼のただならぬ様子に私は心配になって声をかけた。

彼はゆっくりと私の方を振り返った。その蒼い瞳にはまだ先程の激しい炎の残滓が揺らめいていた。

「……アリア」

彼の声は少しだけ掠れていた。

「もう二度と、あんな風に他の男たちの前で笑うな」

「え?」

「君の笑顔は、俺だけのものだ」

その言葉は命令だった。

皇帝としての冷たい命令ではない。

一人の男としての不器用で身勝手で、そしてどうしようもなく切実な願いだった。

そのあまりにも強引で独占欲に満ちた言葉。

しかし、不思議と嫌な気はしなかった。

むしろ私の心臓は嬉しさで張り裂けそうなくらい大きく、甘く高鳴っていた。

この人も、私と同じ。

もしかしたら、私以上に。

私のことを……。

その先の言葉を私はまだ口にすることができなかった。

ただ、彼の熱っぽい視線を受け止めるだけで精一杯だった。

夜空の月だけが私たちの間に流れ始めた、甘く、そして少しだけ危険な空気を静かに見守っていた。
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