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第84話:英雄の目覚め
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私が目を覚ましたという報せは、瞬く間に王城ヴァイスフレアを駆け巡り、帝都アスガルド全土を歓喜の渦に巻き込んだ。
城の鐘が祝福の音を高らかに鳴り響かせる。城下では人々が仕事を放り出して街頭に飛び出し、見ず知らずの者同士が抱き合って聖女の帰還を喜び合った。
「聖女様がお目覚めになられたぞ!」
「神よ、感謝します!」
その熱狂ぶりは、まるで国の勝利を祝う祝祭のようだった。
当の私はといえば。
まだ、ぼんやりとした意識の中、ベッドの上で体を起こすのが精一杯だった。数日間眠り続けていた体は鉛のように重い。
「無理をするな。まだ安静にしていろ」
私のそばでレオン様が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていた。彼の手ずから滋養に満ちた薬湯をスプーンで私の口元へと運んでくれる。その瞳は涙の跡で少しだけ赤くなっていたが、深い安堵と隠しきれない喜びにきらきらと輝いていた。
皇帝陛下に直々に食事の介助をされている。その事実に私は恐縮して身を縮こませたが、彼は「いいから、口を開けろ」と有無を言わさなかった。
その不器用な優しさがたまらなく愛おしくて、私の胸は温かいもので満たされた。
部屋には次から次へと見舞いの客が訪れた。
「姫ーーーッ! ご無事で、ご無事で何よりでございますぞーーーッ!」
最初に駆け込んできたのは、やはりギルバート様だった。彼は私のベッドの前にひざまずくと、その巨体を震わせ子供のように号泣した。
「ああ、姫様が目をお覚ましにならなければ、このギルバート、一生スイーツを断つ覚悟でおりました! これでまた心置きなく姫様のケーキが食べられますぞ!」
そのどこかズレた忠誠心に、私は思わず苦笑してしまった。
「アリア殿。よく戻ってきてくれた」
次に現れたエリオット様はいつも通りの冷静な表情だったが、その声は微かに震えていた。
「君が眠っている間に、君の起こした奇跡をこの目で確かめてきたよ。見事なものだ。君はまさしく、この国の英雄だ」
英雄。そのあまりにも大きな言葉に、私は戸惑うばかりだった。
マルタたち離宮の侍女たちも目に涙を浮かべて私の帰還を喜んでくれた。
「おかえりなさいませ、アリア様!」
「もう、心配させないでくださいませ…!」
彼女たちの心からの言葉に、私はようやく自分が本当に戻ってきたのだと実感することができた。
私が眠っている間に、世界は本当に変わっていた。
エリオット様が嬉々としてその報告をしてくれた。
呪いが解けた大地からは次々と本来の豊かな味わいを持つ作物が収穫され始めている。特に小麦の品質は劇的に向上し、パン屋の店主たちは「こんなに膨らむ生地は生まれて初めてだ」と歓喜の声を上げているという。
人々の健康状態も目に見えて改善された。原因不明の体調不良を訴える者が激減し、宮廷医たちは仕事が減って暇を持て余しているほどだとか。
「全て君のおかげだ」
エリオット様はそう言って深く頭を下げた。
私はまだその変化の大きさを実感できずにいた。ただ、自分が成し遂げたことのその途方もないスケールに、改めて身が震える思いだった。
数日後。ようやく自分の足で歩けるようになった私は、レオン様に付き添われ久しぶりに外の空気を吸いに出た。
向かった先は王城の一番高い場所にあるバルコニー。
そこから見下ろす帝都アスガルドの光景に、私は息を呑んだ。
街が輝いて見えた。
以前のどこか灰色がかって冷たい印象だった街並みが嘘のようだった。家々の屋根は太陽の光を反射してきらきらと輝き、大通りを行き交う人々の足取りは軽やかで楽しげだ。
そして何より、街全体が活気と希望に満ち溢れていた。
「……綺麗」
私の口から思わず感嘆の声が漏れた。
「これが君が救った国の姿だ」
隣でレオン様が静かに言った。その声は誇らしげに響いた。
「君は、この国の民にとって、もはやただの聖女ではない。生きる希望そのものなのだ」
その時だった。
城下の広場にいた一人の子供が、バルコニーにいる私たちの姿に偶然気づいた。
そしてその子は、ありったけの声で叫んだ。
「あ! 聖女様だ! 聖女様が立っておられるぞ!」
その声は連鎖反応を引き起こした。
一人、また一人と人々が空を見上げ、私たちの姿に気づいていく。
そして、次の瞬間。
地響きのような歓声が巻き起こった。
「聖女様!」
「我らが救国の聖女様だ!」
「アリア様、万歳!」
人々は手に持っていた帽子やハンカチを空に向かって力いっぱい振り始めた。その顔は誰もが満面の感謝の笑顔だった。
そのあまりにも熱狂的な歓迎に、私はただ呆然としていた。
この全てが私に向けられている。
私は英雄なんかじゃない。ただ、大切な人たちを守りたかっただけなのに。
私が戸惑い後ずさりしようとした、その時。
レオン様の大きな手が、私の手をぎゅっと強く握りしめた。
「怖がることはない」
彼は私にだけ聞こえるような優しい声で言った。
「顔を上げて応えてやるんだ。それが君を信じ、君に救われた民に対する君の務めだ」
彼の言葉に、私ははっとした。
そうだ。私はもう自分の力の大きさに怯えている場合じゃない。
この人々の想いを受け止めなければ。
私はゆっくりと顔を上げた。そして、震える手で眼下で熱狂する無数の民衆に向かって、そっと手を振った。
そのささやかな仕草に、民衆の歓声はさらに爆発的に大きくなった。
私は、英雄の目覚めを自覚した。
それは孤独な英雄ではない。
この温かい人々と、そして何よりも隣で私の手を固く握りしめてくれている愛しい人と共に歩む、英雄としての新たな人生の始まりだった。
城の鐘が祝福の音を高らかに鳴り響かせる。城下では人々が仕事を放り出して街頭に飛び出し、見ず知らずの者同士が抱き合って聖女の帰還を喜び合った。
「聖女様がお目覚めになられたぞ!」
「神よ、感謝します!」
その熱狂ぶりは、まるで国の勝利を祝う祝祭のようだった。
当の私はといえば。
まだ、ぼんやりとした意識の中、ベッドの上で体を起こすのが精一杯だった。数日間眠り続けていた体は鉛のように重い。
「無理をするな。まだ安静にしていろ」
私のそばでレオン様が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていた。彼の手ずから滋養に満ちた薬湯をスプーンで私の口元へと運んでくれる。その瞳は涙の跡で少しだけ赤くなっていたが、深い安堵と隠しきれない喜びにきらきらと輝いていた。
皇帝陛下に直々に食事の介助をされている。その事実に私は恐縮して身を縮こませたが、彼は「いいから、口を開けろ」と有無を言わさなかった。
その不器用な優しさがたまらなく愛おしくて、私の胸は温かいもので満たされた。
部屋には次から次へと見舞いの客が訪れた。
「姫ーーーッ! ご無事で、ご無事で何よりでございますぞーーーッ!」
最初に駆け込んできたのは、やはりギルバート様だった。彼は私のベッドの前にひざまずくと、その巨体を震わせ子供のように号泣した。
「ああ、姫様が目をお覚ましにならなければ、このギルバート、一生スイーツを断つ覚悟でおりました! これでまた心置きなく姫様のケーキが食べられますぞ!」
そのどこかズレた忠誠心に、私は思わず苦笑してしまった。
「アリア殿。よく戻ってきてくれた」
次に現れたエリオット様はいつも通りの冷静な表情だったが、その声は微かに震えていた。
「君が眠っている間に、君の起こした奇跡をこの目で確かめてきたよ。見事なものだ。君はまさしく、この国の英雄だ」
英雄。そのあまりにも大きな言葉に、私は戸惑うばかりだった。
マルタたち離宮の侍女たちも目に涙を浮かべて私の帰還を喜んでくれた。
「おかえりなさいませ、アリア様!」
「もう、心配させないでくださいませ…!」
彼女たちの心からの言葉に、私はようやく自分が本当に戻ってきたのだと実感することができた。
私が眠っている間に、世界は本当に変わっていた。
エリオット様が嬉々としてその報告をしてくれた。
呪いが解けた大地からは次々と本来の豊かな味わいを持つ作物が収穫され始めている。特に小麦の品質は劇的に向上し、パン屋の店主たちは「こんなに膨らむ生地は生まれて初めてだ」と歓喜の声を上げているという。
人々の健康状態も目に見えて改善された。原因不明の体調不良を訴える者が激減し、宮廷医たちは仕事が減って暇を持て余しているほどだとか。
「全て君のおかげだ」
エリオット様はそう言って深く頭を下げた。
私はまだその変化の大きさを実感できずにいた。ただ、自分が成し遂げたことのその途方もないスケールに、改めて身が震える思いだった。
数日後。ようやく自分の足で歩けるようになった私は、レオン様に付き添われ久しぶりに外の空気を吸いに出た。
向かった先は王城の一番高い場所にあるバルコニー。
そこから見下ろす帝都アスガルドの光景に、私は息を呑んだ。
街が輝いて見えた。
以前のどこか灰色がかって冷たい印象だった街並みが嘘のようだった。家々の屋根は太陽の光を反射してきらきらと輝き、大通りを行き交う人々の足取りは軽やかで楽しげだ。
そして何より、街全体が活気と希望に満ち溢れていた。
「……綺麗」
私の口から思わず感嘆の声が漏れた。
「これが君が救った国の姿だ」
隣でレオン様が静かに言った。その声は誇らしげに響いた。
「君は、この国の民にとって、もはやただの聖女ではない。生きる希望そのものなのだ」
その時だった。
城下の広場にいた一人の子供が、バルコニーにいる私たちの姿に偶然気づいた。
そしてその子は、ありったけの声で叫んだ。
「あ! 聖女様だ! 聖女様が立っておられるぞ!」
その声は連鎖反応を引き起こした。
一人、また一人と人々が空を見上げ、私たちの姿に気づいていく。
そして、次の瞬間。
地響きのような歓声が巻き起こった。
「聖女様!」
「我らが救国の聖女様だ!」
「アリア様、万歳!」
人々は手に持っていた帽子やハンカチを空に向かって力いっぱい振り始めた。その顔は誰もが満面の感謝の笑顔だった。
そのあまりにも熱狂的な歓迎に、私はただ呆然としていた。
この全てが私に向けられている。
私は英雄なんかじゃない。ただ、大切な人たちを守りたかっただけなのに。
私が戸惑い後ずさりしようとした、その時。
レオン様の大きな手が、私の手をぎゅっと強く握りしめた。
「怖がることはない」
彼は私にだけ聞こえるような優しい声で言った。
「顔を上げて応えてやるんだ。それが君を信じ、君に救われた民に対する君の務めだ」
彼の言葉に、私ははっとした。
そうだ。私はもう自分の力の大きさに怯えている場合じゃない。
この人々の想いを受け止めなければ。
私はゆっくりと顔を上げた。そして、震える手で眼下で熱狂する無数の民衆に向かって、そっと手を振った。
そのささやかな仕草に、民衆の歓声はさらに爆発的に大きくなった。
私は、英雄の目覚めを自覚した。
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この温かい人々と、そして何よりも隣で私の手を固く握りしめてくれている愛しい人と共に歩む、英雄としての新たな人生の始まりだった。
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