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第55話 転生者の使命
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秘密の部屋の静寂の中、私は日記のページをめくる手を止められなかった。
知れば知るほどこの世界の理不尽さと、『本物』のアシュリーが背負っていたものの重さに言葉を失った。
彼女はただの転生者ではなかった。
何度も繰り返される絶望の中でこの世界の真実にたどり着き、たった一人で運命に抗おうとした孤独な戦士だった。
彼女の使命。
それはこの呪われたループを断ち切り、世界を滅びの運命から救うこと。
そのために彼女は自ら『悪役』となる道を選んだ。
『七度目の人生。私はもはや誰かに理解されることを諦めた。愛されることも救われることも望まない。ただ、結果だけを求める』
日記の筆致はそこからさらに冷静で、機械的なものへと変わっていく。
感情を殺し、ただ目的遂行のためだけに思考する冷徹な機械。彼女は自らをそう変えることでしか、この過酷な使命に耐えられなかったのだろう。
『計画は単純明快。
聖女リリアが完全に覚醒し、世界の総マナ量が危険水域に達する前に、災厄のエネルギー源となる五カ国の聖地を全て破壊する。
聖地は各国の王家の血筋によって古来より厳重に守護されている。聖地を破壊するには、まずその守護者である王家を無力化し、国そのものの機能を停止させる必要がある』
私は息を呑んだ。
つまり『五カ国を滅ぼす』という行為は目的ではなく、あくまで手段だったのだ。
聖地を破壊するという真の目的を達成するための必要悪。
『最初に標的としたのは南方の商業国家アウローラ。この国は富裕だが軍事力は弱い。魔法障壁で守られた王都の地下深くに第一の聖地『太陽の祭壇』がある。私は国の経済を裏から操り内乱を誘発させた。国が混乱の極みに達した隙を突き、単身で王城に侵入。抵抗する騎士団を無力化し、祭壇を破壊した。王家はその混乱の中で自滅した』
『次に東の山岳地帯に位置するドワーフの王国ヴォルガン。彼らの聖地は巨大な活火山の中心部にある『大地の心臓』。ドワーフたちは頑固で交渉の余地はない。私は火山の活動を魔力で強制的に活性化させ大噴火を引き起こした。王国は火砕流と火山灰の下に沈んだ。多くのドワーフが犠牲になっただろう。心が痛まないわけではない。だが、これもより大きな犠牲を防ぐための必要な痛みだ』
日記にはその後も彼女が如何にして各国を滅ぼしていったかが、淡々と記録されていた。
砂漠の魔導王国では禁忌とされた古代魔法を暴走させ、国ごと砂漠の砂に還した。
森のエルフの国では森そのものを魔力で汚染し、彼らが住めない土地へと変えた。
そして、最後に滅ぼしたのがバルドルのかつての故郷、軍事国家グリモリアだった。
『グリモリアは最も手強かった。鉄壁の守りを誇る彼らの城塞都市は生半可な攻撃ではびくともしない。そして、何よりも厄介だったのが騎士団長バルドルの存在だ。彼は私がこれまでの人生で出会った誰よりも強く、そして気高かった。
私は全魔力を解放し、天変地異に等しい規模の災害を連続して引き起こした。隕石を降らせ、大地を割り、雷の嵐を呼び寄せた。
三日三晩にわたる攻防の末、グリモリアは陥落した。
最後まで抵抗を続けたバルドルに私は止めを刺すことができなかった。彼のような男は、この腐った世界にはあまりにも惜しい。私は彼を気絶させ戦場に残して去った。彼が生き延び、いつか私の前に復讐者として現れることを心のどこかで望んでいたのかもしれない』
その記述を読んだ時、バルドルの顔が脳裏に浮かんだ。
彼がどれほどの憎しみを胸に生き長らえてきたか。
その憎しみの対象である少女が、実は彼の生きる道を密かに残してくれていたのだ。
なんという皮肉な運命だろうか。
『五カ国の聖地は全て破壊した。これで災厄が復活するためのエネルギーは大幅に削がれたはずだ。
だが、私の心はもう限界だった。
私の両手は数え切れないほどの血で汚れている。私の名は大陸中で恐怖の代名詞となった。
私は世界を救うために世界中の全てを敵に回した。
この孤独に、あとどれだけ耐えればいいのだろうか』
日記の最後の数ページは彼女の悲痛な心の叫びで満ちていた。
計画は順調に進んでいるはずなのに、彼女の精神は日に日に摩耗し崩壊寸前だったことが伺える。
そして、彼女は気づいてしまったのだ。
たとえ五カ国の聖地を全て破壊しても、災厄の本体を滅ぼすことはできないという絶望的な事実に。
『私のやってきたことは所詮、時間稼ぎに過ぎなかった。エネルギーが不足すれば災厄は世界の生命そのものを喰らい復活しようとするだろう。そうなれば被害はさらに甚大なものになる。
もう打つ手がない。
七度の人生を費やしても私はこの呪われた運命を変えることはできなかった。
私の心は折れた』
その一文はまるでガラスが砕ける音のように私の心に響いた。
彼女は諦めてしまったのだ。
あまりにも重すぎる使命と終わりの見えない孤独に、その強い心が、ついに耐えきれなくなった。
そして、おそらく彼女の魂はこの世界から消滅した。
空っぽになったその身体に偶然、過労死した私の魂が滑り込んできた。
『もし、この日記を誰かが読んでいるのなら……』
最後のページ。
私に全てを託すという彼女の最後の祈り。
「……」
私は静かに日記を閉じた。
そして、顔を上げた。
私の目から迷いは消えていた。
『本物』のアシュリー。
あなたの覚悟は確かに私が受け取った。
あなたはもう十分に戦った。だから、もう休んでいい。
ここからは私の番だ。
私はあなたのように世界を救うなんて大それたことは考えていない。英雄になるつもりも悪役になるつもりもない。
私の目的はただ一つ。
『私のスローライフを邪魔する、ク-ソみたいな運命をぶっ壊す』
それだけだ。
災厄だろうが世界の理だろうが、神だろうが、私の穏やかな日常を脅かすというのなら容赦はしない。
全て叩き潰す。
レベル100の力は、そのためにあるのだ。
私はすっと立ち上がった。
そして、この秘密の部屋の机の上に一枚の羊皮紙を置いた。
そこには私が今しがた羽ペンで書き殴った、走り書きのメモが残されている。
『七代目へ。
あとは任せろ。
八代目より』
それは孤独な戦いを終えた先輩への、後輩からのささやかな返事だった。
私はもう二度と振り返ることなくその部屋を後にした。
私の顔には面倒事を引き受けたことへのうんざりとした表情と、それ以上にこれから始まる『大掃除』への不敵な笑みが浮かんでいた。
知れば知るほどこの世界の理不尽さと、『本物』のアシュリーが背負っていたものの重さに言葉を失った。
彼女はただの転生者ではなかった。
何度も繰り返される絶望の中でこの世界の真実にたどり着き、たった一人で運命に抗おうとした孤独な戦士だった。
彼女の使命。
それはこの呪われたループを断ち切り、世界を滅びの運命から救うこと。
そのために彼女は自ら『悪役』となる道を選んだ。
『七度目の人生。私はもはや誰かに理解されることを諦めた。愛されることも救われることも望まない。ただ、結果だけを求める』
日記の筆致はそこからさらに冷静で、機械的なものへと変わっていく。
感情を殺し、ただ目的遂行のためだけに思考する冷徹な機械。彼女は自らをそう変えることでしか、この過酷な使命に耐えられなかったのだろう。
『計画は単純明快。
聖女リリアが完全に覚醒し、世界の総マナ量が危険水域に達する前に、災厄のエネルギー源となる五カ国の聖地を全て破壊する。
聖地は各国の王家の血筋によって古来より厳重に守護されている。聖地を破壊するには、まずその守護者である王家を無力化し、国そのものの機能を停止させる必要がある』
私は息を呑んだ。
つまり『五カ国を滅ぼす』という行為は目的ではなく、あくまで手段だったのだ。
聖地を破壊するという真の目的を達成するための必要悪。
『最初に標的としたのは南方の商業国家アウローラ。この国は富裕だが軍事力は弱い。魔法障壁で守られた王都の地下深くに第一の聖地『太陽の祭壇』がある。私は国の経済を裏から操り内乱を誘発させた。国が混乱の極みに達した隙を突き、単身で王城に侵入。抵抗する騎士団を無力化し、祭壇を破壊した。王家はその混乱の中で自滅した』
『次に東の山岳地帯に位置するドワーフの王国ヴォルガン。彼らの聖地は巨大な活火山の中心部にある『大地の心臓』。ドワーフたちは頑固で交渉の余地はない。私は火山の活動を魔力で強制的に活性化させ大噴火を引き起こした。王国は火砕流と火山灰の下に沈んだ。多くのドワーフが犠牲になっただろう。心が痛まないわけではない。だが、これもより大きな犠牲を防ぐための必要な痛みだ』
日記にはその後も彼女が如何にして各国を滅ぼしていったかが、淡々と記録されていた。
砂漠の魔導王国では禁忌とされた古代魔法を暴走させ、国ごと砂漠の砂に還した。
森のエルフの国では森そのものを魔力で汚染し、彼らが住めない土地へと変えた。
そして、最後に滅ぼしたのがバルドルのかつての故郷、軍事国家グリモリアだった。
『グリモリアは最も手強かった。鉄壁の守りを誇る彼らの城塞都市は生半可な攻撃ではびくともしない。そして、何よりも厄介だったのが騎士団長バルドルの存在だ。彼は私がこれまでの人生で出会った誰よりも強く、そして気高かった。
私は全魔力を解放し、天変地異に等しい規模の災害を連続して引き起こした。隕石を降らせ、大地を割り、雷の嵐を呼び寄せた。
三日三晩にわたる攻防の末、グリモリアは陥落した。
最後まで抵抗を続けたバルドルに私は止めを刺すことができなかった。彼のような男は、この腐った世界にはあまりにも惜しい。私は彼を気絶させ戦場に残して去った。彼が生き延び、いつか私の前に復讐者として現れることを心のどこかで望んでいたのかもしれない』
その記述を読んだ時、バルドルの顔が脳裏に浮かんだ。
彼がどれほどの憎しみを胸に生き長らえてきたか。
その憎しみの対象である少女が、実は彼の生きる道を密かに残してくれていたのだ。
なんという皮肉な運命だろうか。
『五カ国の聖地は全て破壊した。これで災厄が復活するためのエネルギーは大幅に削がれたはずだ。
だが、私の心はもう限界だった。
私の両手は数え切れないほどの血で汚れている。私の名は大陸中で恐怖の代名詞となった。
私は世界を救うために世界中の全てを敵に回した。
この孤独に、あとどれだけ耐えればいいのだろうか』
日記の最後の数ページは彼女の悲痛な心の叫びで満ちていた。
計画は順調に進んでいるはずなのに、彼女の精神は日に日に摩耗し崩壊寸前だったことが伺える。
そして、彼女は気づいてしまったのだ。
たとえ五カ国の聖地を全て破壊しても、災厄の本体を滅ぼすことはできないという絶望的な事実に。
『私のやってきたことは所詮、時間稼ぎに過ぎなかった。エネルギーが不足すれば災厄は世界の生命そのものを喰らい復活しようとするだろう。そうなれば被害はさらに甚大なものになる。
もう打つ手がない。
七度の人生を費やしても私はこの呪われた運命を変えることはできなかった。
私の心は折れた』
その一文はまるでガラスが砕ける音のように私の心に響いた。
彼女は諦めてしまったのだ。
あまりにも重すぎる使命と終わりの見えない孤独に、その強い心が、ついに耐えきれなくなった。
そして、おそらく彼女の魂はこの世界から消滅した。
空っぽになったその身体に偶然、過労死した私の魂が滑り込んできた。
『もし、この日記を誰かが読んでいるのなら……』
最後のページ。
私に全てを託すという彼女の最後の祈り。
「……」
私は静かに日記を閉じた。
そして、顔を上げた。
私の目から迷いは消えていた。
『本物』のアシュリー。
あなたの覚悟は確かに私が受け取った。
あなたはもう十分に戦った。だから、もう休んでいい。
ここからは私の番だ。
私はあなたのように世界を救うなんて大それたことは考えていない。英雄になるつもりも悪役になるつもりもない。
私の目的はただ一つ。
『私のスローライフを邪魔する、ク-ソみたいな運命をぶっ壊す』
それだけだ。
災厄だろうが世界の理だろうが、神だろうが、私の穏やかな日常を脅かすというのなら容赦はしない。
全て叩き潰す。
レベル100の力は、そのためにあるのだ。
私はすっと立ち上がった。
そして、この秘密の部屋の机の上に一枚の羊皮紙を置いた。
そこには私が今しがた羽ペンで書き殴った、走り書きのメモが残されている。
『七代目へ。
あとは任せろ。
八代目より』
それは孤独な戦いを終えた先輩への、後輩からのささやかな返事だった。
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