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第56話 五カ国を滅ぼした理由
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秘密の部屋に再び戻った私。
机の上に置かれた日記は、もはやただの古い本ではなかった。それは一人の少女が七度の人生を賭して戦った壮絶な記録。そして、これから私が立ち向かうべき敵の正体を示す唯一の攻略本だった。
私は椅子に腰を下ろし、決意を新たにページをめくった。
感情的に読むのではない。情報を得るために冷静に、客観的に。
私のスローライフを脅かす『災厄』という名の面倒事。その正体を、まずは正確に把握する必要があった。
『災厄復活の儀式には膨大な魔力が必要となる』
日記の記述は極めて分析的だった。
『そのエネルギー源は大陸に点在する五つの国の聖地に、古来より蓄積されてきた大地のマナ。聖地とは単なる魔力の溜まり場ではない。それぞれの国の繁栄を支える信仰と力の中心地だ。これを破壊することは国の心臓を抉り出すことに等しい』
その一文に、『本物』のアシュリーが抱えていたであろう苦悩の深さが滲み出ていた。
彼女は国を滅ぼしたかったわけではない。ただ聖地を破壊するしかなかったのだ。そして、そのためには国そのものの機能を停止させる必要があった。
日記には彼女が標的とした五カ国と、その聖地についての詳細が記されていた。
一つ目は南方の商業国家アウローラ。聖地は『太陽の祭壇』。
『この国は富に驕り、貴族は腐敗していた。私はその弱さに付け込んだ。偽の情報を流し大商会同士を争わせ、経済を混乱させる。内乱が起き国が自壊していく様を、私はただ静かに見守った。そして、守りが手薄になった王城の地下へ侵入し祭壇を破壊した。最も血を流せずに済んだが、人の醜い欲望を間近で見たことで私の心は最初に少しだけ削られた』
二つ目は東の山岳地帯に広がるドワーフの王国ヴォルガン。聖地は活火山の中心にある『大地の心臓』。
『ドワーフは誇り高く頑固な種族。交渉は不可能。私は彼らが神聖視する火山そのものを利用した。地脈に魔力を流し込み強制的に噴火させる。彼らの王国は自らが信仰する山の怒りによって滅びた。私は遠くの丘から故郷が火砕流に飲まれていくのを見て泣き叫ぶドワーフたちの姿を、ただ見ていることしかできなかった』
三つ目は砂漠の魔導王国サハラン。聖地は星々の運行を観測する『星見の塔』。
『魔術の探求にのみ生きる彼らは世界の危機にも無関心だった。私は彼らの禁書庫に忍び込み封印されていた古代の時空魔法を暴走させた。結果、王国は聖地である塔もろとも時間の砂の中に呑み込まれ、地図から消えた。彼らは自分たちが滅びたことにさえ気づいていないかもしれない』
四つ目は深い森に隠されたエルフの国シルヴァニア。聖地は森の生命力の源である『世界樹の根』。
『エルフは自然との調和を重んじる平和な種族だった。彼らを傷つけたくはなかった。だから、私は森そのものを汚染した。私の持つ膨大な魔力は時に猛毒となる。森は穢れ、エルフたちは聖地を捨てて逃げるしかなかった。彼らが去った後、私は枯れ果てた世界樹の根をこの手で断ち切った。あの美しい森を二度と再生できないほどに壊したのは、私の七度の人生の中でも最も辛い記憶の一つだ』
そして、最後。五つ目がバルドルの故郷、軍事国家グリモリア。聖地は歴代の英雄が眠る『英雄の霊廟』。
『グリモリアはあまりにも強すぎた。小細工は通用しない。私は持てる力の全てを解放し、正面から国ごと叩き潰すしかなかった。三日三晩、私はたった一人で彼らの騎士団と戦い続けた。空から隕石を降らせ、大地を揺るがし、雷で城壁を焼いた。私の身体も限界に近かった。だが、勝ったのは私だった。霊廟を破壊した時、私の心には達成感など微塵もなかった。ただ、深い虚しさだけが残った』
私は静かに日記を閉じた。
全身から力が抜けていくようだった。
これが『五国の破壊者』の真実。
彼女はそれぞれの国の特性を見極め、知略と、そして圧倒的な力を用いて確実に目的を遂行していた。その過程でどれほどの血を流し、どれほどの涙を飲み、どれほどの罪悪感をその小さな背中に背負ってきたのか。
想像するだけで胸が張り裂けそうだった。
そして、これほどの犠牲を払っても彼女の計画は『時間稼ぎ』にしかならなかった。
「……馬鹿みたい」
私の口から乾いた声が漏れた。
「本当に馬鹿正直すぎるわよ、あなたは」
私は今はもうここにいない、七代目の『私』に向かって語りかけた。
「もっと楽なやり方があったでしょうに。もっとずる賢く立ち回れたでしょうに。全部一人で背負い込むなんて、一番やっちゃいけない手じゃない」
私はすっと立ち上がった。
彼女の戦いは壮絶で、気高くて、そしてあまりにも非効率的だった。
「あなたのやり方は真似しないわ」
私はきっぱりと言った。
「私は私のやり方でやる。もっと楽で、もっと確実で、そして何より私のスローライフをこれ以上邪魔させないための最高のやり方でね」
彼女が残してくれた情報という最高の武器。
そして、この身体に宿るレベル100という規格外の力。
この二つがあれば私にできないことは何もない。
『本物』のアシュリーは世界を救うために世界中を敵に回した。
だが、私は違う。
私は私の周りにいる大切な人たち―――ゼノ、バルドル、シロ、そして領地の皆―――を味方につける。
彼らの力を借りて私の平穏な日常を脅かす、災厄という名の『最大の面倒事』を根こそぎ掃除してやる。
「ありがとう、七代目」
私は秘密の部屋に背を向けながら小さく呟いた。
「あなたの覚悟、無駄にはしないわ。だから、安心して見てなさいな。八代目の私がこのク-ソみたいなゲームをハッピーエンドで終わらせてあげるから」
部屋を出て螺旋階段を下りながら、私の頭の中では既に具体的な計画が組み立てられ始めていた。
まずは敵の現状把握。聖女リリアと彼女を操る黒幕。
そして、来るべき決戦のための戦力増強。
私のスローライフ防衛戦は今、静かに、しかし確実にその幕を開けた。
机の上に置かれた日記は、もはやただの古い本ではなかった。それは一人の少女が七度の人生を賭して戦った壮絶な記録。そして、これから私が立ち向かうべき敵の正体を示す唯一の攻略本だった。
私は椅子に腰を下ろし、決意を新たにページをめくった。
感情的に読むのではない。情報を得るために冷静に、客観的に。
私のスローライフを脅かす『災厄』という名の面倒事。その正体を、まずは正確に把握する必要があった。
『災厄復活の儀式には膨大な魔力が必要となる』
日記の記述は極めて分析的だった。
『そのエネルギー源は大陸に点在する五つの国の聖地に、古来より蓄積されてきた大地のマナ。聖地とは単なる魔力の溜まり場ではない。それぞれの国の繁栄を支える信仰と力の中心地だ。これを破壊することは国の心臓を抉り出すことに等しい』
その一文に、『本物』のアシュリーが抱えていたであろう苦悩の深さが滲み出ていた。
彼女は国を滅ぼしたかったわけではない。ただ聖地を破壊するしかなかったのだ。そして、そのためには国そのものの機能を停止させる必要があった。
日記には彼女が標的とした五カ国と、その聖地についての詳細が記されていた。
一つ目は南方の商業国家アウローラ。聖地は『太陽の祭壇』。
『この国は富に驕り、貴族は腐敗していた。私はその弱さに付け込んだ。偽の情報を流し大商会同士を争わせ、経済を混乱させる。内乱が起き国が自壊していく様を、私はただ静かに見守った。そして、守りが手薄になった王城の地下へ侵入し祭壇を破壊した。最も血を流せずに済んだが、人の醜い欲望を間近で見たことで私の心は最初に少しだけ削られた』
二つ目は東の山岳地帯に広がるドワーフの王国ヴォルガン。聖地は活火山の中心にある『大地の心臓』。
『ドワーフは誇り高く頑固な種族。交渉は不可能。私は彼らが神聖視する火山そのものを利用した。地脈に魔力を流し込み強制的に噴火させる。彼らの王国は自らが信仰する山の怒りによって滅びた。私は遠くの丘から故郷が火砕流に飲まれていくのを見て泣き叫ぶドワーフたちの姿を、ただ見ていることしかできなかった』
三つ目は砂漠の魔導王国サハラン。聖地は星々の運行を観測する『星見の塔』。
『魔術の探求にのみ生きる彼らは世界の危機にも無関心だった。私は彼らの禁書庫に忍び込み封印されていた古代の時空魔法を暴走させた。結果、王国は聖地である塔もろとも時間の砂の中に呑み込まれ、地図から消えた。彼らは自分たちが滅びたことにさえ気づいていないかもしれない』
四つ目は深い森に隠されたエルフの国シルヴァニア。聖地は森の生命力の源である『世界樹の根』。
『エルフは自然との調和を重んじる平和な種族だった。彼らを傷つけたくはなかった。だから、私は森そのものを汚染した。私の持つ膨大な魔力は時に猛毒となる。森は穢れ、エルフたちは聖地を捨てて逃げるしかなかった。彼らが去った後、私は枯れ果てた世界樹の根をこの手で断ち切った。あの美しい森を二度と再生できないほどに壊したのは、私の七度の人生の中でも最も辛い記憶の一つだ』
そして、最後。五つ目がバルドルの故郷、軍事国家グリモリア。聖地は歴代の英雄が眠る『英雄の霊廟』。
『グリモリアはあまりにも強すぎた。小細工は通用しない。私は持てる力の全てを解放し、正面から国ごと叩き潰すしかなかった。三日三晩、私はたった一人で彼らの騎士団と戦い続けた。空から隕石を降らせ、大地を揺るがし、雷で城壁を焼いた。私の身体も限界に近かった。だが、勝ったのは私だった。霊廟を破壊した時、私の心には達成感など微塵もなかった。ただ、深い虚しさだけが残った』
私は静かに日記を閉じた。
全身から力が抜けていくようだった。
これが『五国の破壊者』の真実。
彼女はそれぞれの国の特性を見極め、知略と、そして圧倒的な力を用いて確実に目的を遂行していた。その過程でどれほどの血を流し、どれほどの涙を飲み、どれほどの罪悪感をその小さな背中に背負ってきたのか。
想像するだけで胸が張り裂けそうだった。
そして、これほどの犠牲を払っても彼女の計画は『時間稼ぎ』にしかならなかった。
「……馬鹿みたい」
私の口から乾いた声が漏れた。
「本当に馬鹿正直すぎるわよ、あなたは」
私は今はもうここにいない、七代目の『私』に向かって語りかけた。
「もっと楽なやり方があったでしょうに。もっとずる賢く立ち回れたでしょうに。全部一人で背負い込むなんて、一番やっちゃいけない手じゃない」
私はすっと立ち上がった。
彼女の戦いは壮絶で、気高くて、そしてあまりにも非効率的だった。
「あなたのやり方は真似しないわ」
私はきっぱりと言った。
「私は私のやり方でやる。もっと楽で、もっと確実で、そして何より私のスローライフをこれ以上邪魔させないための最高のやり方でね」
彼女が残してくれた情報という最高の武器。
そして、この身体に宿るレベル100という規格外の力。
この二つがあれば私にできないことは何もない。
『本物』のアシュリーは世界を救うために世界中を敵に回した。
だが、私は違う。
私は私の周りにいる大切な人たち―――ゼノ、バルドル、シロ、そして領地の皆―――を味方につける。
彼らの力を借りて私の平穏な日常を脅かす、災厄という名の『最大の面倒事』を根こそぎ掃除してやる。
「ありがとう、七代目」
私は秘密の部屋に背を向けながら小さく呟いた。
「あなたの覚悟、無駄にはしないわ。だから、安心して見てなさいな。八代目の私がこのク-ソみたいなゲームをハッピーエンドで終わらせてあげるから」
部屋を出て螺旋階段を下りながら、私の頭の中では既に具体的な計画が組み立てられ始めていた。
まずは敵の現状把握。聖女リリアと彼女を操る黒幕。
そして、来るべき決戦のための戦力増強。
私のスローライフ防衛戦は今、静かに、しかし確実にその幕を開けた。
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