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第67話 戦後処理
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勝利の宴の喧騒が嘘のように静まり返った翌朝、アストレアは現実的な課題に直面していた。
執務室には、俺と国の幹部たちが集まっている。テーブルの上には、昨夜の祝宴の名残である空の酒瓶と、これから議論すべき重い議題が並んでいた。
「さて、と」
俺は、二日酔いで少し痛む頭を押さえながら、切り出した。
「まずは、戦後処理についてだ。議題は大きく二つ。一つは、捕虜の扱い。もう一つは、戦利品の管理だ」
戦場で捕らえたゼノン王国の兵士は、およそ三百名。その中には、総大将であるアルフォンス侯爵も含まれている。
「そんなもの、議論の余地があるのか?」
最初に口を開いたのは、リリアだった。彼女の声には、一切の情も、迷いもなかった。
「皆殺しにすべきだ。生かしておけば、必ずや恨みを抱き、我らに仇なす。我が国が滅んだ時も、捕虜にした兵士の情けが、内乱の火種となった。ここで甘さを見せることは、自らの首を絞めるのと同じことだ」
それは、国を失った彼女の、血を吐くような経験からくる、あまりにも現実的な意見だった。執務室の空気が、一気に凍てつく。
その冷たい空気を、アリアの明るい声が打ち破った。
「だ、駄目です! そんなこと、絶対にいけません!」
彼女は椅子から立ち上がり、必死に訴える。
「彼らは、もう戦う意志を失っています! 武器も持たない相手の命を、一方的に奪うなんて……そんなの、勇者として絶対に認められません! 彼らにも、きっと帰りを待っている家族がいるはずです!」
純粋な正義感と博愛。それもまた、彼女の揺るぎない信念だった。
リリアとアリアが、互いに一歩も引かずに睨み合う。
「王よ」
フィーネが、冷静な声で割って入った。
「両者の意見、どちらも一理あります。そこで、第三の案として、彼らを労働力として活用するのはいかがでしょう。我らが現在進めている開墾計画には、人手はいくらあっても足りません。あるいは、テルミナ市を通して、ゼノン王国と身代金交渉を行うという手もあります。捕虜は、重要な外交資源となり得ます」
実利を重んじる、フィーネらしい合理的な提案だ。
ドルガンも、腕を組みながら重々しく口を開いた。
「ワシも、皆殺しには賛成できんな。それでは、我らもゼノン王国の連中と同じ、ただの野蛮な略奪者じゃ。かといって、アリアの言うように、無条件で解放するのも甘すぎる。こっぴどく働かせて、二度とこの国に逆らおうという気をなくさせるのが、一番ではないか?」
殺すか、生かすか、利用するか。
四者四様の意見が出揃った。全員の視線が、最終的な判断を下すべき俺に集まる。
俺は、しばらく目を閉じて考えた。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「……皆、ありがとう。どの意見も、この国を思ってのことだと、よく分かった」
俺は、全員の顔を一人一人見渡し、そして、告げた。
「俺の決断は、こうだ。――殺しは、しない」
アリアの表情が、ぱっと明るくなる。リリアは、不満そうに唇を尖らせた。
「我々は、力で勝利した。だが、武力だけで相手を支配しようとすれば、必ずどこかで歪みが生じる。それは、ゼノン王国が今まさにやっていることだ。我々は、彼らと同じ道を歩むべきではない」
俺は、フィーネとドルガンに向き直る。
「労働の強制も、身代金も取らない。そんなことをすれば、彼らの恨みを増幅させるだけだ。我々は、野蛮な国ではない。法と、慈悲をもって、事を治める国なのだということを、内外に示さなければならない」
そして、俺は最終的な方針を告げた。
「アルフォンス侯爵は、外交カードとして、丁重に『賓客』として保護する。一般兵は、武装を完全に解除した上で、解放する。ただし、すぐにではない。彼らにはしばらくこの国に滞在してもらい、アストレアがどのような国か、その目でしっかり見てもらう。働きたい者には、相応の食事と寝床を保証する。帰りたくなった者は、いつでも帰っていい」
それは、甘いと言われればそれまでの、人道的な決断だった。
だが、俺はこれが最善だと信じていた。力でねじ伏せるのではなく、我々の在り方そのものを見せつけることで、相手の心を変える。それは、武力による支配よりも、遥かに困難で、しかし確かな勝利への道だと。
リリアは「……お人好しが」と小さく呟いたが、それ以上は何も言わなかった。王である俺の決断を、尊重してくれたのだ。
こうして、アストレアの戦後処理の方針は、決定した。
「さて、と」
俺は立ち上がり、部屋の出口へ向かった。
「まずは、俺たちの『賓客』殿に、ご挨拶といくか」
アルフォンス侯爵が囚われている、城の一室。
新たな交渉のテーブルが、俺を待っていた。
執務室には、俺と国の幹部たちが集まっている。テーブルの上には、昨夜の祝宴の名残である空の酒瓶と、これから議論すべき重い議題が並んでいた。
「さて、と」
俺は、二日酔いで少し痛む頭を押さえながら、切り出した。
「まずは、戦後処理についてだ。議題は大きく二つ。一つは、捕虜の扱い。もう一つは、戦利品の管理だ」
戦場で捕らえたゼノン王国の兵士は、およそ三百名。その中には、総大将であるアルフォンス侯爵も含まれている。
「そんなもの、議論の余地があるのか?」
最初に口を開いたのは、リリアだった。彼女の声には、一切の情も、迷いもなかった。
「皆殺しにすべきだ。生かしておけば、必ずや恨みを抱き、我らに仇なす。我が国が滅んだ時も、捕虜にした兵士の情けが、内乱の火種となった。ここで甘さを見せることは、自らの首を絞めるのと同じことだ」
それは、国を失った彼女の、血を吐くような経験からくる、あまりにも現実的な意見だった。執務室の空気が、一気に凍てつく。
その冷たい空気を、アリアの明るい声が打ち破った。
「だ、駄目です! そんなこと、絶対にいけません!」
彼女は椅子から立ち上がり、必死に訴える。
「彼らは、もう戦う意志を失っています! 武器も持たない相手の命を、一方的に奪うなんて……そんなの、勇者として絶対に認められません! 彼らにも、きっと帰りを待っている家族がいるはずです!」
純粋な正義感と博愛。それもまた、彼女の揺るぎない信念だった。
リリアとアリアが、互いに一歩も引かずに睨み合う。
「王よ」
フィーネが、冷静な声で割って入った。
「両者の意見、どちらも一理あります。そこで、第三の案として、彼らを労働力として活用するのはいかがでしょう。我らが現在進めている開墾計画には、人手はいくらあっても足りません。あるいは、テルミナ市を通して、ゼノン王国と身代金交渉を行うという手もあります。捕虜は、重要な外交資源となり得ます」
実利を重んじる、フィーネらしい合理的な提案だ。
ドルガンも、腕を組みながら重々しく口を開いた。
「ワシも、皆殺しには賛成できんな。それでは、我らもゼノン王国の連中と同じ、ただの野蛮な略奪者じゃ。かといって、アリアの言うように、無条件で解放するのも甘すぎる。こっぴどく働かせて、二度とこの国に逆らおうという気をなくさせるのが、一番ではないか?」
殺すか、生かすか、利用するか。
四者四様の意見が出揃った。全員の視線が、最終的な判断を下すべき俺に集まる。
俺は、しばらく目を閉じて考えた。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「……皆、ありがとう。どの意見も、この国を思ってのことだと、よく分かった」
俺は、全員の顔を一人一人見渡し、そして、告げた。
「俺の決断は、こうだ。――殺しは、しない」
アリアの表情が、ぱっと明るくなる。リリアは、不満そうに唇を尖らせた。
「我々は、力で勝利した。だが、武力だけで相手を支配しようとすれば、必ずどこかで歪みが生じる。それは、ゼノン王国が今まさにやっていることだ。我々は、彼らと同じ道を歩むべきではない」
俺は、フィーネとドルガンに向き直る。
「労働の強制も、身代金も取らない。そんなことをすれば、彼らの恨みを増幅させるだけだ。我々は、野蛮な国ではない。法と、慈悲をもって、事を治める国なのだということを、内外に示さなければならない」
そして、俺は最終的な方針を告げた。
「アルフォンス侯爵は、外交カードとして、丁重に『賓客』として保護する。一般兵は、武装を完全に解除した上で、解放する。ただし、すぐにではない。彼らにはしばらくこの国に滞在してもらい、アストレアがどのような国か、その目でしっかり見てもらう。働きたい者には、相応の食事と寝床を保証する。帰りたくなった者は、いつでも帰っていい」
それは、甘いと言われればそれまでの、人道的な決断だった。
だが、俺はこれが最善だと信じていた。力でねじ伏せるのではなく、我々の在り方そのものを見せつけることで、相手の心を変える。それは、武力による支配よりも、遥かに困難で、しかし確かな勝利への道だと。
リリアは「……お人好しが」と小さく呟いたが、それ以上は何も言わなかった。王である俺の決断を、尊重してくれたのだ。
こうして、アストレアの戦後処理の方針は、決定した。
「さて、と」
俺は立ち上がり、部屋の出口へ向かった。
「まずは、俺たちの『賓客』殿に、ご挨拶といくか」
アルフォンス侯爵が囚われている、城の一室。
新たな交渉のテーブルが、俺を待っていた。
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