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第68話 本気になった大国
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アルフォンス侯爵が囚われている部屋を訪れると、彼はベッドの上で呆然と天井を見つめていた。敗軍の将として、これから自分に待ち受けるであろう過酷な運命を想像し、絶望しているのだろう。
俺が部屋に入ると、彼はびくりと肩を震わせ、恐怖に引きつった顔でこちらを見た。
「き、貴様……! 私をどうするつもりだ! 拷問か!? それとも、見せしめに処刑するか!?」
「落ち着け、侯爵。あんたを殺すつもりはない」
俺は椅子を彼のベッドの横に引き寄せ、どっかりと腰を下ろした。そして、戦後処理の方針――彼を賓客として保護し、一般兵は解放するつもりであることを、淡々と伝えた。
俺の言葉に、アルフォンス侯爵は信じられないというように、目を丸くした。
「……ば、馬鹿な。なぜだ? なぜ、我らを生かす? 勝利者は、敗者を蹂躙し、全てを奪うのが、この大陸の常識ではないのか?」
「その常識を、俺たちが変えるんだ」
俺は、彼の目を見つめて言った。
「あんたには、証人になってもらう。アストレアが、ただの力自慢の蛮族の国ではないということを、その目で確かめ、ゼノン王国に伝えるんだ。それが、あんたの仕事だ」
俺の真意を測りかね、アルフォンス侯爵はただ黙り込んでしまった。
彼の処遇が決まったことで、アストレアの戦後処理は順調に進み始めた。
解放されたゼノン兵たちは、最初は戸惑いながらも、アストレアの暮らしに触れるうちに、少しずつその表情を変えていった。
豊穣の畑から採れる美味い食事。どんな傷も癒す魔法の温泉。そして何より、自分たちを捕虜としてではなく、一人の人間として扱う、アストレアの民の姿。
彼らの心に植え付けられていた「辺境の蛮族」というイメージは、日を追うごとに崩れていった。
しかし、その穏やかな日々は、長くは続かなかった。
アストレアが勝利に沸き、戦後処理に追われている間にも、大陸の情勢は動いていた。
潰走したゼノン王国軍の生き残りが、本国に敗戦の報をもたらしたのだ。
その知らせは、ゼノン王国の王宮を震撼させた。
「辺境の小国に、我が精鋭部隊が、大敗しただと!?」
玉座に座るゼノン国王は、報告書を叩きつけ、激怒したという。
たった一人の魔導士に前衛を壊滅させられ、たった一人の剣士に総大将を捕らえられる。そんな屈辱的な敗北は、ゼノン王国の建国史上、初めてのことだった。
王の怒りは、国全体の怒りへと変わった。
「蛮族に受けた屈辱は、十倍にして返さねばならん!」
「アストレアを、地図の上から消し去れ!」
ゼノン王国は、ついに「本気」になった。
これまで、辺境の小競り合い程度にしか考えていなかったアストレアとの戦いを、国家の威信を懸けた、殲滅すべき戦争と位置づけたのだ。
その情報は、数週間後、アストレアと友好関係にあるテルミナ市のバルザック伯爵から、緊急の使者によってもたらされた。
執務室でその報告書を読んだ俺の顔から、血の気が引いた。
「ゼノン王国、第二次侵攻軍を編成中……。その規模、五万。王国最強の騎士団『獅子心騎士団』、そして、宮廷魔導士団長自らが率いる、魔法兵団の精鋭も含まれる……」
報告書を読み上げるフィーネの声が、震えている。
一万の軍勢とは、規模も、質も、比べ物にならない。それは、一つの国を完全に滅ぼすための、最大戦力だった。
「……やはり、こうなったか」
リリアが、苦々しく呟く。
「奴らのプライドを、我々は粉々に打ち砕いてしまった。もはや、交渉の余地はない。次は、この国が滅ぶか、我らが滅ぶか、それだけの戦いになる」
俺は、窓の外で、ゼノン兵と魔族の子供が、笑い合いながら畑仕事を手伝っている光景を見ていた。
この穏やかな日常が、再び、そして今度こそ、根こそぎ奪われようとしている。
前回の勝利は、奇跡だった。
だが、奇跡は、二度も起こるだろうか。
俺は、静かに拳を握りしめた。
アストレアの、本当の正念場が、すぐそこまで迫っていた。
俺が部屋に入ると、彼はびくりと肩を震わせ、恐怖に引きつった顔でこちらを見た。
「き、貴様……! 私をどうするつもりだ! 拷問か!? それとも、見せしめに処刑するか!?」
「落ち着け、侯爵。あんたを殺すつもりはない」
俺は椅子を彼のベッドの横に引き寄せ、どっかりと腰を下ろした。そして、戦後処理の方針――彼を賓客として保護し、一般兵は解放するつもりであることを、淡々と伝えた。
俺の言葉に、アルフォンス侯爵は信じられないというように、目を丸くした。
「……ば、馬鹿な。なぜだ? なぜ、我らを生かす? 勝利者は、敗者を蹂躙し、全てを奪うのが、この大陸の常識ではないのか?」
「その常識を、俺たちが変えるんだ」
俺は、彼の目を見つめて言った。
「あんたには、証人になってもらう。アストレアが、ただの力自慢の蛮族の国ではないということを、その目で確かめ、ゼノン王国に伝えるんだ。それが、あんたの仕事だ」
俺の真意を測りかね、アルフォンス侯爵はただ黙り込んでしまった。
彼の処遇が決まったことで、アストレアの戦後処理は順調に進み始めた。
解放されたゼノン兵たちは、最初は戸惑いながらも、アストレアの暮らしに触れるうちに、少しずつその表情を変えていった。
豊穣の畑から採れる美味い食事。どんな傷も癒す魔法の温泉。そして何より、自分たちを捕虜としてではなく、一人の人間として扱う、アストレアの民の姿。
彼らの心に植え付けられていた「辺境の蛮族」というイメージは、日を追うごとに崩れていった。
しかし、その穏やかな日々は、長くは続かなかった。
アストレアが勝利に沸き、戦後処理に追われている間にも、大陸の情勢は動いていた。
潰走したゼノン王国軍の生き残りが、本国に敗戦の報をもたらしたのだ。
その知らせは、ゼノン王国の王宮を震撼させた。
「辺境の小国に、我が精鋭部隊が、大敗しただと!?」
玉座に座るゼノン国王は、報告書を叩きつけ、激怒したという。
たった一人の魔導士に前衛を壊滅させられ、たった一人の剣士に総大将を捕らえられる。そんな屈辱的な敗北は、ゼノン王国の建国史上、初めてのことだった。
王の怒りは、国全体の怒りへと変わった。
「蛮族に受けた屈辱は、十倍にして返さねばならん!」
「アストレアを、地図の上から消し去れ!」
ゼノン王国は、ついに「本気」になった。
これまで、辺境の小競り合い程度にしか考えていなかったアストレアとの戦いを、国家の威信を懸けた、殲滅すべき戦争と位置づけたのだ。
その情報は、数週間後、アストレアと友好関係にあるテルミナ市のバルザック伯爵から、緊急の使者によってもたらされた。
執務室でその報告書を読んだ俺の顔から、血の気が引いた。
「ゼノン王国、第二次侵攻軍を編成中……。その規模、五万。王国最強の騎士団『獅子心騎士団』、そして、宮廷魔導士団長自らが率いる、魔法兵団の精鋭も含まれる……」
報告書を読み上げるフィーネの声が、震えている。
一万の軍勢とは、規模も、質も、比べ物にならない。それは、一つの国を完全に滅ぼすための、最大戦力だった。
「……やはり、こうなったか」
リリアが、苦々しく呟く。
「奴らのプライドを、我々は粉々に打ち砕いてしまった。もはや、交渉の余地はない。次は、この国が滅ぶか、我らが滅ぶか、それだけの戦いになる」
俺は、窓の外で、ゼノン兵と魔族の子供が、笑い合いながら畑仕事を手伝っている光景を見ていた。
この穏やかな日常が、再び、そして今度こそ、根こそぎ奪われようとしている。
前回の勝利は、奇跡だった。
だが、奇跡は、二度も起こるだろうか。
俺は、静かに拳を握りしめた。
アストレアの、本当の正念場が、すぐそこまで迫っていた。
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