追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

文字の大きさ
44 / 100

第44話 日常と恋の予感②

しおりを挟む
セレスティアの献身的な看病のおかげか、俺の風邪は一晩で完全に良くなった。翌朝すっかり平熱に戻った俺が談話室に顔を出すと、三人の少女たちから安堵のため息が漏れた。

「リアム様、もうお加減はよろしいのですか?」
「全く、人騒がせな男ね。でも顔色は悪くなさそうね」
「リアムさん、元気になってよかったです!」

三者三様の歓迎を受け、俺は少し照れながら礼を言った。特にセレスティアの顔を見るのは、昨夜の独白を聞いてしまった後ではなんだか気まずかった。

そんな俺の心中を知ってか知らずか、その日のルナリエルはいつもより少しだけ機嫌が悪いように見えた。

午後の護身術の訓練。いつもは寸止めしてくれる彼女の木剣が、今日に限ってやけに鋭く俺の身体を何度もかすめていく。

「集中しなさい、リアム! そんな腑抜けた動きではゴブリンにさえ勝てないわよ!」

「わ、分かってる! だが今日の君は少し厳しすぎないか?」

俺が抗議すると、彼女は「ふんっ」と鼻を鳴らした。

「甘ったれたことを言わないで。戦場では誰もあなたを待ってくれないのよ。それに……」

彼女は、ちらりと教会の庭でハーブを摘んでいるセレスティアの方を見た。

「……あなたを守ると誓ったのは、あの聖女だけじゃないんだから。あなた自身も少しは強くなろうという気概を見せなさい」

その言葉にはどこか棘があった。まるでセレスティアの独壇場だった昨日の看病に、対抗心を燃やしているかのようだ。

訓練が終わり俺が汗を拭っていると、ルナリエルが「ちょっと、付き合いなさい」とぶっきらぼうに言ってきた。彼女に連れられて向かったのは村の鍛冶場だった。

村には腕の良い鍛冶職人が一人いる。俺たちが湖を浄化して以来、村の暮らしが豊かになったことで彼の仕事も増え、最近では新しい農具や生活道具を作るのに大忙しだった。

「ルナリエル様、これは一体……?」

鍛冶職人が恭しく頭を下げる。ルナリエルは工房の壁にかけられていた、一つの小さな装飾品を指さした。それは磨き上げられた黒曜石に、銀で繊細な蔦の模様が彫り込まれた美しいブローチだった。

「これを、もらうわ」

彼女はそう言うと、懐から銀貨を数枚取り出しカウンターに置いた。エルフの国を出る時に王から持たされたものだろう。

「あなたに、あげるわ」

鍛冶場を出ると、ルナリエルは不意にそのブローチを俺に突きつけてきた。

「え? 俺に?」

「そうよ。何か文句ある?」

「いや、文句はないけど……どうして?」

俺が戸惑いながら尋ねると、彼女はふいっと顔をそむけた。その尖った耳の先がほんのりと赤く染まっているのが見えた。

「……べ、別に深い意味はないわよ。ただ、あなたのそのみすぼらしい服に、少しはマシな装飾品でもつけてやろうと思っただけ。わたしが見ていて恥ずかしいからよ」

相変わらずの素直じゃない物言いだった。だが、その不器用な優しさが今は痛いほど分かる。

俺は彼女からブローチを受け取った。ひんやりとした石の感触が心地よい。

「……ありがとう、ルナリエル。すごく綺麗だ。大切にするよ」

俺が心からの感謝を伝えると、彼女は「ふ、ふんっ。当たり前でしょ。このわたしが選んだんだから」と、さらにそっぽを向いてしまった。その照れ隠しの仕草がなんだか可愛らしく見えて、俺は思わず笑ってしまった。

「な、何がおかしいのよ!」

「いや、なんでもない」

俺はもらったばかりのブローチを、自分の胸元につけてみた。黒い石が古びたシャツの上で確かな存在感を放っている。

その時、俺はふと気づいた。

彼女はなぜこのブローチを選んだのだろうか。このデザインは彼女たちの故郷であるエルフの国の、シルヴァヌスの紋章によく似ている。

もしかしたら彼女は。

俺に自分の故郷を、自分という存在を、少しでも覚えていてほしかったのかもしれない。

そう思うと、この小さなブローチが急にとても重く、そしてかけがえのないものに感じられた。

俺はそんな彼女の秘めた想いに気づきながらも、あえて口には出さなかった。それがこの不器用なエルフの王女に対する、俺なりの優しさだと思ったからだ。

「……まあ、悪くないんじゃないかしら」

ルナリエルは俺の胸元で輝くブローチをちらりと見ると、少しだけ満足そうに呟いた。その横顔はいつもの厳しい剣士の顔ではなく、好きな人に贈り物をしたただの少女の顔をしていた。

その日の夕食後。俺はいつものように談話室で本を読んでいた。

「リアム」

ふと、ルナリエルに声をかけられた。見ると彼女は少しだけもじもじしながら、俺の隣に立っている。

「どうした?」

「……その、今日の訓練のことなんだけど」

彼女は少し言いにくそうに切り出した。

「少し、厳しくしすぎたかもしれないわ。……ごめんなさい」

まさかあのプライドの高い彼女から謝罪の言葉が出てくるとは思わなかった。俺は驚いて彼女の顔を見た。

「気にしてないよ。俺のためを思ってやってくれてるんだろう? むしろ感謝してる」

俺がそう言って微笑むと、彼女は少しだけほっとしたような顔をした。

「……なら、いいんだけど。でも、その……」

彼女は何かを言いかけて、やめた。そして小さな声で、こう付け加えた。

「……あまり無茶はしないでよね。あなたが倒れたら、わたしが……その、困るんだから」

その言葉はほとんど吐息のような、か細い声だった。

それは彼女なりの最大限の心配の表現だった。そしてその奥には、セレスティアのものとはまた違う、不器用でまっすぐな愛情が隠されているのを、俺は確かに感じ取っていた。

俺は胸元で静かな輝きを放つ黒曜石のブローチに、そっと指で触れた。

ただの仲間だと思っていた。気位の高い、少し面倒な、でも頼りになる戦友だと。だが、違うのかもしれない。

彼女の素直になれない優しさに触れるたびに、俺の中でルナリエルという存在が、ゆっくりと、しかし確実にその意味を変えようとしていた。

部屋の隅でアイリスがそんな俺たちの様子を、少しだけ羨ましそうに、そして何かを決意したような瞳で見つめていたことに、今の俺はまだ気づいていなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

貴族に無茶苦茶なことを言われたのでやけくそな行動をしたら、戦争賠償として引き抜かれました。

詰んだ
ファンタジー
エルクス王国の魔法剣士で重鎮のキースは、うんざりしていた。 王国とは名ばかりで、元老院の貴族が好き勝手なこと言っている。 そしてついに国力、戦力、人材全てにおいて圧倒的な戦力を持つヴォルクス皇国に、戦争を仕掛けるという暴挙に出た。 勝てるわけのない戦争に、「何とか勝て!」と言われたが、何もできるはずもなく、あっという間に劣勢になった。 日を追うごとに悪くなる戦況に、キースへのあたりがひどくなった。 むしゃくしゃしたキースは、一つの案を思いついた。 その案を実行したことによって、あんなことになるなんて、誰も想像しなかった。

追放された宮廷薬師、科学の力で不毛の地を救い、聡明な第二王子に溺愛される

希羽
ファンタジー
王国の土地が「灰色枯病」に蝕まれる中、若干25歳で宮廷薬師長に就任したばかりの天才リンは、その原因が「神の祟り」ではなく「土壌疲弊」であるという科学的真実を突き止める。しかし、錬金術による安易な「奇跡」にすがりたい国王と、彼女を妬む者たちの陰謀によって、リンは国を侮辱した反逆者の濡れ衣を着せられ、最も不毛な土地「灰の地」へ追放されてしまう。 ​すべてを奪われた彼女に残されたのは、膨大な科学知識だけだった。絶望の地で、リンは化学、物理学、植物学を駆使して生存基盤を確立し、やがて同じく見捨てられた者たちと共に、豊かな共同体「聖域」をゼロから築き上げていく。 ​その様子を影から見守り、心を痛めていたのは、第二王子アルジェント。宮廷で唯一リンの価値を理解しながらも、彼女の追放を止められなかった無力な王子だった。

微妙なバフなどもういらないと追放された補助魔法使い、バフ3000倍で敵の肉体を内部から破壊して無双する

こげ丸
ファンタジー
「微妙なバフなどもういらないんだよ!」 そう言われて冒険者パーティーを追放されたフォーレスト。 だが、仲間だと思っていたパーティーメンバーからの仕打ちは、それだけに留まらなかった。 「もうちょっと抵抗頑張んないと……妹を酷い目にあわせちゃうわよ?」 窮地に追い込まれたフォーレスト。 だが、バフの新たな可能性に気付いたその時、復讐はなされた。 こいつら……壊しちゃえば良いだけじゃないか。 これは、絶望の淵からバフの新たな可能性を見いだし、高みを目指すに至った補助魔法使いフォーレストが最強に至るまでの物語。

レベル1の時から育ててきたパーティメンバーに裏切られて捨てられたが、俺はソロの方が本気出せるので問題はない

あつ犬
ファンタジー
王国最強のパーティメンバーを鍛え上げた、アサシンのアルマ・アルザラットはある日追放され、貯蓄もすべて奪われてしまう。 そんな折り、とある剣士の少女に助けを請われる。「パーティメンバーを助けてくれ」! 彼の人生が、動き出す。

聖水が「無味無臭」というだけで能無しと追放された聖女ですが、前世が化学研究者だったので、相棒のスライムと辺境でポーション醸造所を始めます

☆ほしい
ファンタジー
聖女エリアーナの生み出す聖水は、万物を浄化する力を持つものの「無味無臭」で効果が分かりにくいため、「能無し」の烙印を押され王都から追放されてしまう。 絶望の淵で彼女は思い出す。前世が、物質の配合を極めた化学研究者だったことを。 「この完璧な純水……これ以上の溶媒はないじゃない!」 辺境の地で助けたスライムを相棒に、エリアーナは前世の知識と「能無し」の聖水を組み合わせ、常識を覆す高品質なポーション作りを始める。やがて彼女の作るポーションは国を揺るがす大ヒット商品となり、彼女を追放した者たちが手のひらを返して戻ってくるよう懇願するが――もう遅い。

元公務員、辺境ギルドの受付になる 〜『受理』と『却下』スキルで無自覚に無双していたら、伝説の職員と勘違いされて俺の定時退勤が危うい件〜

☆ほしい
ファンタジー
市役所で働く安定志向の公務員、志摩恭平(しまきょうへい)は、ある日突然、勇者召喚に巻き込まれて異世界へ。 しかし、与えられたスキルは『受理』と『却下』という、戦闘には全く役立ちそうにない地味なものだった。 「使えない」と判断された恭平は、国から追放され、流れ着いた辺境の街で冒険者ギルドの受付職員という天職を見つける。 書類仕事と定時退勤。前世と変わらぬ平穏な日々が続くはずだった。 だが、彼のスキルはとんでもない隠れた効果を持っていた。 高難易度依頼の書類に『却下』の判を押せば依頼自体が消滅し、新米冒険者のパーティ登録を『受理』すれば一時的に能力が向上する。 本人は事務処理をしているだけのつもりが、いつしか「彼の受付を通った者は必ず成功する」「彼に睨まれたモンスターは消滅する」という噂が広まっていく。 その結果、静かだった辺境ギルドには腕利きの冒険者が集い始め、恭平の定時退勤は日々脅かされていくのだった。

姉の陰謀で国を追放された第二王女は、隣国を発展させる聖女となる【完結】

小平ニコ
ファンタジー
幼少期から魔法の才能に溢れ、百年に一度の天才と呼ばれたリーリエル。だが、その才能を妬んだ姉により、無実の罪を着せられ、隣国へと追放されてしまう。 しかしリーリエルはくじけなかった。持ち前の根性と、常識を遥かに超えた魔法能力で、まともな建物すら存在しなかった隣国を、たちまちのうちに強国へと成長させる。 そして、リーリエルは戻って来た。 政治の実権を握り、やりたい放題の振る舞いで国を乱す姉を打ち倒すために……

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

処理中です...