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第62話 謝罪と赦し
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ぜ……お前がここに……?」
ダリウスの掠れた声が静かな部屋に響いた。その瞳は目の前で起きている現実をまだ信じきれていないかのように、大きく揺れていた。
俺はそんな彼をただ静かに見下ろしていた。
「久しぶりだな、ダリウス。……ずいぶんとひどい顔だ」
俺のあまりにも穏やかな声。そこには憎しみも嘲笑も、憐れみさえもなかった。ただ旧知の相手に再会したかのような、自然な響きだけがあった。
その俺の態度が、逆にダリウスの心を深く抉った。
彼はゆっくりと震える手で身を起こそうとした。だが傷ついた肩と蝕まれた神経が悲鳴を上げ、その顔が苦痛に歪む。
「無理はするな。まだ安静にしていろ」
俺がそう言って肩を支えようとすると、彼はそれを拒むように強く俺の手を振り払った。
「……触るな」
低い呻くような声だった。
「俺に……お前に同情される資格などない……」
彼は歯を食いしばりながら、自力でベッドの上に上半身を起こした。そして俺から視線を逸らし、俯いたままぽつり、ぽつりと語り始めた。
それは俺が追放されてからの、『光の剣』の崩壊の記録だった。
原因不明の不調。続く依頼の失敗。仲間同士の不和。そしてSランクからの降格。彼の口から語られる事実は、俺が想像していたよりも遥かに深刻で惨めなものだった。
「……俺は気づいていた。いや、気づくのが遅すぎたのだ」
ダリウスは自分の拳を血が滲むほど強く握りしめていた。
「俺たちの力が、その代償をお前が一人で背負っていたということに。俺たちは、お前の犠牲の上に英雄の名を騙っていただけの愚かで傲慢な偽物だったのだ」
彼の声は自嘲と深い悔恨に満ちていた。
「俺はアレクに進言した。お前を探し出し、頭を下げて戻ってもらうべきだと。だが奴は……あの男のプライドは、その真実を受け入れることを許さなかった」
そして彼はアレクとの決闘の末に、パーティーを追放されたことを淡々と語った。
「俺は全てを失った。仲間も、剣聖としての誇りも。そしてお前がいなくなったことで、俺の剣ももはや俺のものではなくなった。この身体を蝕む痺れが、俺から剣を振るう自由さえも奪っていった」
彼は自分の意思とは関係なく、微かに痙攣する指先を憎々しげに見つめた。
「俺は死に場所を探して、ただ彷徨っていた。そんな時、噂を聞いたのだ。『どんな呪いも癒やす聖人が住む村がある』と。最後の望みを託してここまで……たどり着いた。だがまさか……その聖人がお前だったとはな……」
彼は自嘲するように乾いた笑いを漏らした。
「なんという皮肉だ。俺たちが見捨てた男に、俺は命を乞いに来たというわけか……」
語り終えた彼の肩は絶望に小さく震えていた。
部屋は重い沈黙に包まれた。セレスティアも入り口で見守っていたルナリエルたちも、ただ黙って彼の告白を聞いていた。
やがて俺は静かに口を開いた。
「……ダリウス」
俺は彼の前に膝をつき、その俯いた顔を覗き込むように見上げた。
「俺はあんたを恨んではいない」
そのあまりにも予想外の言葉に、ダリウスははっとしたように顔を上げた。
「あの時、あんたは俺の追放に賛成したわけじゃなかった。ただ黙って見ていただけだ。それはあんたがアレクというリーダーの決定を尊重したからだろう。パーティーの和を守るために」
俺は彼の心の内を正確に読み解いていた。彼は決して俺を積極的に見下していたわけではない。ただ不器用で実直すぎるがゆえに、何も言えなかっただけなのだ。
「それに俺は、あんたに感謝さえしている」
「……感謝、だと?」
「ああ。あんたは俺を『お荷物』だと罵らなかった。ただの一度もな。あんたのその実直さが、あのパーティーの中で俺にとって唯一の救いだったのかもしれない」
俺の言葉はダリウスの心の最も柔らかい部分を優しく撫でた。
彼の鋼鉄の仮面がゆっくりと崩れていく。その厳しい瞳が、みるみるうちに潤んでいく。
「……やめろ」
彼の唇から嗚咽のような声が漏れた。
「やめてくれ、リアム……。お前のその優しさが……俺を殺す……。罵ってくれ。蔑んでくれ。その方がどれだけ楽か……!」
そしてついに、誇り高き剣聖は子供のように顔を歪め、その場に崩れ落ちた。
彼は俺の足元にひざまずくと、その額を床に擦り付け声を上げて泣きじゃくった。
「すまなかった……! 本当にすまなかった、リアム……! 俺は、お前という唯一無二の戦友を、見殺しにした……! 俺を許さないでくれ……!」
それは彼の魂からの悲痛な謝罪だった。
俺はそんな彼の背中をただ黙って優しく撫でていた。
セレスティアもルナリエルも、アイリスもソフィアも。誰もがその光景を静かに、そして温かい目で見守っていた。
どれくらいの時間が経っただろうか。ようやく泣き疲れたのか、ダリウスは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。その顔にはもう何の意地もプライドも残ってはいなかった。
俺はそんな彼に向かってそっと手を差し伸べた。
「立てよ、ダリウス。床は冷えるだろう」
その言葉と差し伸べられた手。それは紛れもない『赦し』だった。
ダリウスはしばらく呆然とその手を見つめていたが、やがて震える手で、おそるおそる俺の手を握り返した。
その瞬間だった。
俺は彼の手を通して、【代償転嫁】を発動させた。彼の神経を蝕み続けていた剣技の『代償』。その冷たい痺れが濁流となって、俺の身体へと流れ込んでくる。
「なっ……!?」
ダリウスは自分の身体から長年の重荷がすっと抜け落ちていく感覚に目を見開いた。痙攣していた指先がぴたりと止まる。身体の奥からかつての力が蘇ってくるのが分かった。
「……リアム、お前、これは……!」
俺はにっと笑って見せた。
「言っただろう? 俺たちは戦友だってな」
ダリウスはその奇跡と俺の変わらない優しさを前に、もはや何も言うことができなかった。ただ再びその瞳から熱い涙をとめどなく流し続けることしか、できなかった。
その日の夕方。
すっかり元気を取り戻したダリウスは、俺たちの前で改めて深々と頭を下げた。
「このご恩は一生かかっても返しきれん。もしお前さえよければ、この剣をこれからはお前とこの村のために振るわせてはくれないだろうか。用心棒でも畑仕事の手伝いでも、何でもする」
その申し出は彼なりの最大限の誠意だった。
こうして俺たちの楽園に五人目となる新たな仲間が加わった。
王国最強と謳われた剣聖ダリウス。彼の加入はエデンの守りをさらに鉄壁のものとするだろう。
そして彼の存在は、やがて王都で腐り落ちていくかつての仲間たちの運命と再び交差することになる。だがそれはまだ少しだけ、未来の話だった。
ダリウスの掠れた声が静かな部屋に響いた。その瞳は目の前で起きている現実をまだ信じきれていないかのように、大きく揺れていた。
俺はそんな彼をただ静かに見下ろしていた。
「久しぶりだな、ダリウス。……ずいぶんとひどい顔だ」
俺のあまりにも穏やかな声。そこには憎しみも嘲笑も、憐れみさえもなかった。ただ旧知の相手に再会したかのような、自然な響きだけがあった。
その俺の態度が、逆にダリウスの心を深く抉った。
彼はゆっくりと震える手で身を起こそうとした。だが傷ついた肩と蝕まれた神経が悲鳴を上げ、その顔が苦痛に歪む。
「無理はするな。まだ安静にしていろ」
俺がそう言って肩を支えようとすると、彼はそれを拒むように強く俺の手を振り払った。
「……触るな」
低い呻くような声だった。
「俺に……お前に同情される資格などない……」
彼は歯を食いしばりながら、自力でベッドの上に上半身を起こした。そして俺から視線を逸らし、俯いたままぽつり、ぽつりと語り始めた。
それは俺が追放されてからの、『光の剣』の崩壊の記録だった。
原因不明の不調。続く依頼の失敗。仲間同士の不和。そしてSランクからの降格。彼の口から語られる事実は、俺が想像していたよりも遥かに深刻で惨めなものだった。
「……俺は気づいていた。いや、気づくのが遅すぎたのだ」
ダリウスは自分の拳を血が滲むほど強く握りしめていた。
「俺たちの力が、その代償をお前が一人で背負っていたということに。俺たちは、お前の犠牲の上に英雄の名を騙っていただけの愚かで傲慢な偽物だったのだ」
彼の声は自嘲と深い悔恨に満ちていた。
「俺はアレクに進言した。お前を探し出し、頭を下げて戻ってもらうべきだと。だが奴は……あの男のプライドは、その真実を受け入れることを許さなかった」
そして彼はアレクとの決闘の末に、パーティーを追放されたことを淡々と語った。
「俺は全てを失った。仲間も、剣聖としての誇りも。そしてお前がいなくなったことで、俺の剣ももはや俺のものではなくなった。この身体を蝕む痺れが、俺から剣を振るう自由さえも奪っていった」
彼は自分の意思とは関係なく、微かに痙攣する指先を憎々しげに見つめた。
「俺は死に場所を探して、ただ彷徨っていた。そんな時、噂を聞いたのだ。『どんな呪いも癒やす聖人が住む村がある』と。最後の望みを託してここまで……たどり着いた。だがまさか……その聖人がお前だったとはな……」
彼は自嘲するように乾いた笑いを漏らした。
「なんという皮肉だ。俺たちが見捨てた男に、俺は命を乞いに来たというわけか……」
語り終えた彼の肩は絶望に小さく震えていた。
部屋は重い沈黙に包まれた。セレスティアも入り口で見守っていたルナリエルたちも、ただ黙って彼の告白を聞いていた。
やがて俺は静かに口を開いた。
「……ダリウス」
俺は彼の前に膝をつき、その俯いた顔を覗き込むように見上げた。
「俺はあんたを恨んではいない」
そのあまりにも予想外の言葉に、ダリウスははっとしたように顔を上げた。
「あの時、あんたは俺の追放に賛成したわけじゃなかった。ただ黙って見ていただけだ。それはあんたがアレクというリーダーの決定を尊重したからだろう。パーティーの和を守るために」
俺は彼の心の内を正確に読み解いていた。彼は決して俺を積極的に見下していたわけではない。ただ不器用で実直すぎるがゆえに、何も言えなかっただけなのだ。
「それに俺は、あんたに感謝さえしている」
「……感謝、だと?」
「ああ。あんたは俺を『お荷物』だと罵らなかった。ただの一度もな。あんたのその実直さが、あのパーティーの中で俺にとって唯一の救いだったのかもしれない」
俺の言葉はダリウスの心の最も柔らかい部分を優しく撫でた。
彼の鋼鉄の仮面がゆっくりと崩れていく。その厳しい瞳が、みるみるうちに潤んでいく。
「……やめろ」
彼の唇から嗚咽のような声が漏れた。
「やめてくれ、リアム……。お前のその優しさが……俺を殺す……。罵ってくれ。蔑んでくれ。その方がどれだけ楽か……!」
そしてついに、誇り高き剣聖は子供のように顔を歪め、その場に崩れ落ちた。
彼は俺の足元にひざまずくと、その額を床に擦り付け声を上げて泣きじゃくった。
「すまなかった……! 本当にすまなかった、リアム……! 俺は、お前という唯一無二の戦友を、見殺しにした……! 俺を許さないでくれ……!」
それは彼の魂からの悲痛な謝罪だった。
俺はそんな彼の背中をただ黙って優しく撫でていた。
セレスティアもルナリエルも、アイリスもソフィアも。誰もがその光景を静かに、そして温かい目で見守っていた。
どれくらいの時間が経っただろうか。ようやく泣き疲れたのか、ダリウスは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。その顔にはもう何の意地もプライドも残ってはいなかった。
俺はそんな彼に向かってそっと手を差し伸べた。
「立てよ、ダリウス。床は冷えるだろう」
その言葉と差し伸べられた手。それは紛れもない『赦し』だった。
ダリウスはしばらく呆然とその手を見つめていたが、やがて震える手で、おそるおそる俺の手を握り返した。
その瞬間だった。
俺は彼の手を通して、【代償転嫁】を発動させた。彼の神経を蝕み続けていた剣技の『代償』。その冷たい痺れが濁流となって、俺の身体へと流れ込んでくる。
「なっ……!?」
ダリウスは自分の身体から長年の重荷がすっと抜け落ちていく感覚に目を見開いた。痙攣していた指先がぴたりと止まる。身体の奥からかつての力が蘇ってくるのが分かった。
「……リアム、お前、これは……!」
俺はにっと笑って見せた。
「言っただろう? 俺たちは戦友だってな」
ダリウスはその奇跡と俺の変わらない優しさを前に、もはや何も言うことができなかった。ただ再びその瞳から熱い涙をとめどなく流し続けることしか、できなかった。
その日の夕方。
すっかり元気を取り戻したダリウスは、俺たちの前で改めて深々と頭を下げた。
「このご恩は一生かかっても返しきれん。もしお前さえよければ、この剣をこれからはお前とこの村のために振るわせてはくれないだろうか。用心棒でも畑仕事の手伝いでも、何でもする」
その申し出は彼なりの最大限の誠意だった。
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