追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

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第74話 無力な騎士団

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城塞都市ガレリアの陥落。
その報は王都アークライトを、底なしの絶望の渦へと叩き込んだ。

『鉄壁』と謳われた最後の砦が、戦闘らしい戦闘もなくわずか一日で崩壊した。その事実は人々の心から魔王軍に抵抗するという意志そのものを奪い去るには十分すぎるほどの衝撃だった。

王都ではパニックが起きていた。
富裕層は我先にと南の港町へと続く街道に殺到し、そこかしこで略奪や暴動が頻発した。物価は高騰し、街から食料が消える。衛兵の数などたかが知れていた。もはや王都の治安は崩壊寸前だった。

だが、王国騎士団総長、そして国王はまだ諦めてはいなかった。

「全騎士団に通達! ガレリアから王都へ続く『王の街道』に最後の防衛線を構築する! 我々の誇りと王国の存亡をかけ、呪詛の軍勢をここで食い止めるのだ!」

玉座の間で、総長は悲壮な覚悟を込めてそう宣言した。
王国騎士団、その総力三万。それが人類に残された最後の希望だった。

騎士たちは死を覚悟していた。
彼らは愛する家族に別れを告げ、王国の、そして自分たちの名誉を守るため、北へと向かう街道へと続々と集結していった。

その中には、かつて俺とダリウスを調査するためにエデンを訪れた副団長アルフォンス・ミラーの姿もあった。彼は最前線の指揮官として、この絶望的な戦いの先頭に立っていた。

王の街道。
見渡す限りの平原に三万の騎士たちが鋼の壁となって布陣していた。陽光を浴びてきらめく白銀の鎧の波。天高く掲げられた無数の『獅子と太陽』の旗印。その光景は壮麗で、そしてあまりにも儚かった。

やがて、地平線の彼方に黒い染みが現れた。
呪詛の魔将ヴラドの軍勢だ。

彼らはガレリアを陥落させた時と同じように一定の距離を保って進軍を止めると、ただ静かにこちらを窺っている。その不気味な静寂が騎士たちの緊張を極限まで高めていた。

「怯むな!」

アルフォンスが馬上で声を張り上げた。

「奴らの狙いは我々の心だ! 恐怖に決して屈するな! 王国の、そして騎士の誇りを胸に抱け! 我らが盾となり民を守るのだ!」

彼の檄が騎士たちの士気を奮い立たせる。
「「「おおおおおっ!」」」
地鳴りのような雄叫びが平原に響き渡った。

その光景を敵陣から眺めていたヴラドは、退屈そうに肩をすくめた。

「……誇りか。人間とは実に脆いものを心の支えにするものだな」

彼は指を一本、ぱちんと鳴らした。
ガレリアを陥落させた時と同じ合図。

だが、今度の呪いはもっと単純で、そしてもっと根源的なものだった。

『――忘れよ』

その一言だけが不可視の波となって、三万の騎士たちの脳に直接響き渡った。

最前列で槍を構えていた若い騎士が、ふと首を傾げた。

「……あれ?」

彼は自分の手の中にある重く冷たい鉄の棒を不思議そうに見つめた。

(これは、なんだ……? 俺は、なぜ、こんなものを持っているんだ……?)

彼は槍の使い方を忘れた。

その異常は瞬く間に騎士団全体へと伝染していった。

「剣……? 剣の振り方が思い出せん……」
熟練の剣士が自分の愛剣をただ呆然と見つめている。

「魔法……? 呪文が一つも……出てこない……」
屈強な魔導騎士が頭を抱えてうずくまる。

「馬……? なぜ、俺はこんな獣の上に……?」
誇り高き騎馬隊が馬上でパニックに陥り、次々と落馬していく。

彼らは戦い方を忘れたのだ。
何年も何十年もかけてその身体に染み込ませてきた戦士としての技術、知識、そして経験。その全てがヴラドのたった一言の呪いによって、彼らの脳から綺麗に消し去られてしまった。

「な……なんだ、これは……!?」

アルフォンスは目の前で起きている信じがたい光景に絶句した。
屈強だったはずの騎士たちが、まるで初めて武器を手にした子供のようにおろおろと立ち尽くしている。鋼の壁はもはやただの無力な鉄の塊の集まりと化していた。

「い、いかん……! 立て直せ! 隊列を組め!」

彼は必死に叫んだ。
だが、その声はもはや誰の耳にも届かない。
兵士たちは『隊列』という言葉の意味さえ理解できなくなっていた。

ヴラドの軍勢は、その光景をただ静かに眺めているだけだった。

そして、ヴラドは最後の仕上げとばかりに、もう一度指を鳴らした。

『――そして、思い出せ』

その声と共に騎士たちの脳に新たな『記憶』が強制的に植え付けられた。

それは彼らが『戦士』になる前の、無力だった頃の記憶。

農夫だった者は鍬を握る感触を思い出した。
漁師だった者は網を引く重さを思い出した。
パン屋の息子だった者はパン生地の柔らかさを思い出した。

「……そうだ。俺は騎士なんかじゃない……」
「俺は、ただの農夫だ……」
「畑に……帰らなきゃ……」

彼らは鎧を脱ぎ捨て始めた。剣を、槍を、盾を、まるで無用の長物のように次々と地面に投げ捨てていく。

そして、彼らは背を向けた。
目の前にいる魔王の軍勢に。
守るべきだった王都に。
そして、騎士としての己の誇りに。

彼らはただそれぞれの故郷へと、とぼとぼと歩き始めた。
戦場を放棄したのだ。

三万を誇った王国騎士団は、こうして一人の犠牲者も出すことなく血を一滴も流すことなく、完全に無力化された。

その一部始終を丘の上から見ていたアルフォンスは、もはや何も言うことができなかった。
彼の周りには彼と同じように騎士としての記憶をかろうじて保っていた僅かな側近たちだけが、絶望に顔を青くして立ち尽くしている。

「……終わりだ」

アルフォンスの唇から乾いた力のない声が漏れた。

「王国は……終わった……」

彼は馬上で力なくうなだれた。
その目から一筋の熱い涙がこぼれ落ちた。それは王国への忠誠か、それとも自らの無力さへの悔しさか。

王都へと続く道はがら空きになった。
ヴラドの呪詛の軍勢を、もはや阻むものは何も無い。

人類の滅亡は、もはや確定的な未来としてすぐそこまで迫っていた。
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