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第75話 王都からの救援要請
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王国騎士団のあまりにも呆気ない崩壊。
その報は王都アークライトに、最後の、そして決定的な絶望をもたらした。
もはや王都を守る物理的な壁は何もない。呪詛の軍勢は、何の障害もなく王都へと向かって進軍を続けている。あと数日もすれば、あの黒い津波が王都の城壁にまで到達するだろう。
玉座の間は死んだような静寂に包まれていた。
国王も大臣たちも、もはや何の対策も口にすることなく、ただ玉座に座り迫り来る滅びの時を待っているだけだった。パニックさえも通り越し、人々は諦念という名の静かな狂気に支配されていた。
そんな、全ての希望が失われたかに見えた、その時。
玉座の間に一人の老人が、よろめくように入ってきた。
王宮書庫の司書長を務める賢者エインズワース。彼は王家に代々仕え、その膨大な知識で国を支えてきた生き字引のような存在だった。
「……陛下」
彼の声は老いと疲労で弱々しかったが、その瞳にはまだ諦めていない最後の光が宿っていた。
「……何か策があるのか、エインズワース」
国王が力なく尋ねる。
「策と呼べるほどの確かなものではございません。ですが……あるいは、これが最後の希望となるやもしれぬ、一つの『伝説』が……」
彼は息を切らしながらも、震える手で一枚の古い羊皮紙を国王に差し出した。それは彼が何日もかけて、王宮の禁書庫の奥深くから探し出してきた一枚の報告書だった。
書いたのは、王国騎士団副団長アルフォンス・ミラー。
数ヶ月前、前辺境伯バルカスの反乱を調査するために辺境の村『エデン』を訪れた、彼の公式な報告書だった。
国王は、その羊皮紙に疑いの目で目を通し始めた。だが読み進めるうちに、その顔から無気力な表情が消え、驚愕の色へと変わっていく。
報告書に記されていたのは、おとぎ話としか思えないような内容だった。
――その村には聖女、エルフの剣聖、竜騎士、そして古代魔法を操る大賢者が集っていること。
――そして、王国最強と謳われた剣聖ダリウスまでもがその村に身を寄せていること。
――彼らは三百の軍勢をほぼ無傷で退けたこと。
――そして、その伝説の英雄たちの中心に、リアムと名乗る一人の穏やかな青年がいること。
「……これは、まことか、エインズワース」
国王の声が震えていた。
「はい。ミラー卿は王国で最も実直で、嘘をつけぬ男。彼の報告に偽りはないかと」
「だが、なぜだ……。なぜ、これほどの者たちが名もなき辺境の村に……」
「それこそが謎でございます。ですが陛下、今我々が問うべきは『なぜ』ではありますまい。問うべきは『彼らが我々の希望となりうるか』、ただ一点のみ」
エインズワースの言葉は、玉座の間の澱んだ空気に小さな波紋を広げた。
絶望に沈んでいた大臣たちが顔を上げ、互いに顔を見合わせ始める。
馬鹿げている。あり得ない。だが、もし本当にそんな奇跡の村が存在するのなら……。
「……その村は、何と申したかな」
「『エデン』にございます。ミラー卿の報告によれば、王家直轄の特別自治領としてすでに承認されております」
「……リアムとかいう男。その男がまとめ役なのだな」
国王は羊皮紙に記されたその名を見つめた。何の爵位も持たない、ただの一人の青年。だが、伝説の英雄たちがその男を中心に集っている。
国王はゆっくりと、しかし確固たる決意を固めて立ち上がった。その瞳に、失われていたはずの王としての光が再び宿った。
「……勅使を立てよ」
その声は威厳を取り戻していた。
「我が名において、辺境の楽園『エデン』へ、そしてその代表であるリアム殿へ、正式な救援要請を送るのだ」
彼は傍らに控えていた近衛騎士に、自らの腰に差していた王家の紋章が刻まれた儀礼剣を抜かせた。
「この剣を我が全権委任の証として使者に持たせよ。そして、伝えよ」
国王は玉座の間から北の空を見据えた。
「――この王国の、いや人類の存亡は今や、あなた方の双肩にかかっている、と。我々は全てのプライドを捨て、ただその慈悲にすがるものである、と」
それは一国の王が、名もなき一人の青年に全てを託すという前代未聞の決断だった。
それは傲慢な王国が、自らが追放し見捨てた者たちの中に生まれた『希望』に頭を下げるという、歴史的な瞬間だった。
その日のうちに、王都から一騎の飛竜騎士が嵐のような速さで飛び立った。
その背には、王の剣を託された王国で最も信頼の厚い勅使が乗っている。
彼の目指す先は一つ。
西の果て、辺境の地に存在する伝説の楽園『エデン』。
人類の最後の、そして唯一の希望を届けるために。
王都から放たれた一筋の光は、滅びの闇を切り裂き西の空へと一直線に突き進んでいった。
その報は王都アークライトに、最後の、そして決定的な絶望をもたらした。
もはや王都を守る物理的な壁は何もない。呪詛の軍勢は、何の障害もなく王都へと向かって進軍を続けている。あと数日もすれば、あの黒い津波が王都の城壁にまで到達するだろう。
玉座の間は死んだような静寂に包まれていた。
国王も大臣たちも、もはや何の対策も口にすることなく、ただ玉座に座り迫り来る滅びの時を待っているだけだった。パニックさえも通り越し、人々は諦念という名の静かな狂気に支配されていた。
そんな、全ての希望が失われたかに見えた、その時。
玉座の間に一人の老人が、よろめくように入ってきた。
王宮書庫の司書長を務める賢者エインズワース。彼は王家に代々仕え、その膨大な知識で国を支えてきた生き字引のような存在だった。
「……陛下」
彼の声は老いと疲労で弱々しかったが、その瞳にはまだ諦めていない最後の光が宿っていた。
「……何か策があるのか、エインズワース」
国王が力なく尋ねる。
「策と呼べるほどの確かなものではございません。ですが……あるいは、これが最後の希望となるやもしれぬ、一つの『伝説』が……」
彼は息を切らしながらも、震える手で一枚の古い羊皮紙を国王に差し出した。それは彼が何日もかけて、王宮の禁書庫の奥深くから探し出してきた一枚の報告書だった。
書いたのは、王国騎士団副団長アルフォンス・ミラー。
数ヶ月前、前辺境伯バルカスの反乱を調査するために辺境の村『エデン』を訪れた、彼の公式な報告書だった。
国王は、その羊皮紙に疑いの目で目を通し始めた。だが読み進めるうちに、その顔から無気力な表情が消え、驚愕の色へと変わっていく。
報告書に記されていたのは、おとぎ話としか思えないような内容だった。
――その村には聖女、エルフの剣聖、竜騎士、そして古代魔法を操る大賢者が集っていること。
――そして、王国最強と謳われた剣聖ダリウスまでもがその村に身を寄せていること。
――彼らは三百の軍勢をほぼ無傷で退けたこと。
――そして、その伝説の英雄たちの中心に、リアムと名乗る一人の穏やかな青年がいること。
「……これは、まことか、エインズワース」
国王の声が震えていた。
「はい。ミラー卿は王国で最も実直で、嘘をつけぬ男。彼の報告に偽りはないかと」
「だが、なぜだ……。なぜ、これほどの者たちが名もなき辺境の村に……」
「それこそが謎でございます。ですが陛下、今我々が問うべきは『なぜ』ではありますまい。問うべきは『彼らが我々の希望となりうるか』、ただ一点のみ」
エインズワースの言葉は、玉座の間の澱んだ空気に小さな波紋を広げた。
絶望に沈んでいた大臣たちが顔を上げ、互いに顔を見合わせ始める。
馬鹿げている。あり得ない。だが、もし本当にそんな奇跡の村が存在するのなら……。
「……その村は、何と申したかな」
「『エデン』にございます。ミラー卿の報告によれば、王家直轄の特別自治領としてすでに承認されております」
「……リアムとかいう男。その男がまとめ役なのだな」
国王は羊皮紙に記されたその名を見つめた。何の爵位も持たない、ただの一人の青年。だが、伝説の英雄たちがその男を中心に集っている。
国王はゆっくりと、しかし確固たる決意を固めて立ち上がった。その瞳に、失われていたはずの王としての光が再び宿った。
「……勅使を立てよ」
その声は威厳を取り戻していた。
「我が名において、辺境の楽園『エデン』へ、そしてその代表であるリアム殿へ、正式な救援要請を送るのだ」
彼は傍らに控えていた近衛騎士に、自らの腰に差していた王家の紋章が刻まれた儀礼剣を抜かせた。
「この剣を我が全権委任の証として使者に持たせよ。そして、伝えよ」
国王は玉座の間から北の空を見据えた。
「――この王国の、いや人類の存亡は今や、あなた方の双肩にかかっている、と。我々は全てのプライドを捨て、ただその慈悲にすがるものである、と」
それは一国の王が、名もなき一人の青年に全てを託すという前代未聞の決断だった。
それは傲慢な王国が、自らが追放し見捨てた者たちの中に生まれた『希望』に頭を下げるという、歴史的な瞬間だった。
その日のうちに、王都から一騎の飛竜騎士が嵐のような速さで飛び立った。
その背には、王の剣を託された王国で最も信頼の厚い勅使が乗っている。
彼の目指す先は一つ。
西の果て、辺境の地に存在する伝説の楽園『エデン』。
人類の最後の、そして唯一の希望を届けるために。
王都から放たれた一筋の光は、滅びの闇を切り裂き西の空へと一直線に突き進んでいった。
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