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004. ヴァルテンベルク辺境領
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吹き付ける風は、王都のそれとは比べ物にならないほど冷たく、鋭かった。まるで細かな氷の粒を含んでいるかのように肌を刺し、リリアーナは思わず身を縮こまらせた。薄手の旅行着では、この地の寒さを防ぐには全く不十分だった。彼女が立っているのは、簡素な木の柵と見張り台があるだけの、関所と呼ぶのも憚られるような場所。背後では、王都から付き従ってきた騎士たちが、早々に馬車の向きを変え、逃げるように去っていくのが見えた。彼らにとっては、一刻も早くこの呪われた地から離れたいのだろう。その気持ちは、痛いほど理解できた。
「……こちらへ」
低い、感情の抑揚のない声がかけられた。声の主は、関所で待機していた兵士の一人だった。年の頃は三十代半ばだろうか。日に焼け、風雪に晒されたであろう顔には深い皺が刻まれ、無精髭が伸びている。着ている革鎧は使い古され、あちこちが擦り切れていたが、手入れは行き届いているようだった。腰に下げた長剣の柄も、磨かれて鈍い光を放っている。その佇まいからは、見かけの粗末さとは裏腹に、歴戦の強者だけが持つような、隙のない空気が感じられた。彼が、これからの案内役ということらしい。
兵士はリリアーナの返事を待つでもなく、さっさと歩き出した。リリアーナは慌てて、唯一の荷物である小さな布袋を抱え直し、その後を追った。王都の騎士たちのようなあからさまな侮蔑こそないものの、この兵士の態度もまた、歓迎とは程遠いものだった。まるで、仕方なく荷物を運んでいるかのような、無関心さ。あるいは、憐れみか。どちらにせよ、自分が望まれない存在であることに変わりはなかった。
関所の先には、道らしい道はほとんどなかった。わずかに踏み固められたような跡が続いているだけで、両脇には背の低い、棘だらけの灌木や、枯れ草のようなものばかりが生い茂っている。遠くに見える山々は、雪を頂いた頂きを雲の中に隠し、まるで巨大な壁のように聳え立っていた。見渡す限り、人の営みを感じさせるものは何もない。ただ、荒涼とした大地と、吹きすさぶ風の音があるだけだ。
時折、空気を切り裂くような、甲高い鳴き声が遠くから聞こえてくる。リリアーナがびくりとして空を見上げると、兵士が気遣うでもなく、淡々と言った。
「……グリフだ。心配ない、この辺りまでは滅多に降りてこん」
グリフ。上半身が鷲、下半身が獅子の姿をした凶暴な魔物。書物で読んだ知識が蘇る。あんなものが、この辺りには普通に生息しているというのか。リリアーナは背筋が寒くなるのを感じた。
どれくらい歩いただろうか。足は棒のようになり、息は切れ、体は冷え切っていた。それでも、案内役の兵士は一度も足を止めようとはしなかった。リリアーナが遅れそうになると、無言で振り返り、待ってはくれるが、それだけだった。労いの言葉一つない。これが辺境のやり方なのかもしれない。弱音を吐くことは許されず、ただ黙って付いていくしかないのだ。
やがて、前方にいくつかの建物が見えてきた。石と粗末な木材で建てられた、小さな家々が集まっている。集落、と呼ぶにはあまりにも規模が小さく、活気がない。畑らしきものもあったが、黒々とした痩せた土が剥き出しになっており、作物はほとんど育っていないようだった。わずかに植えられているのは、カブや芋のような、寒さに強い根菜類だけのようだった。家の壁には、干し草や、得体の知れない獣の毛皮などが吊るされているのが見えた。厳しい冬を越すための備えなのだろう。
集落に近づくと、数人の住民の姿が見えた。皆、ぼろに近い粗末な服をまとい、痩せて顔色が悪かった。厳しい労働と栄養不足が、その顔に深い影を落としている。彼らは、見慣れないリリアーナの姿を一瞥すると、すぐに興味を失ったように目を逸らした。その瞳には、好奇心よりも深い疲労と、諦めの色が浮かんでいるように見えた。追放されてきた貴族令嬢など、彼らにとっては自分たちの苦しい生活とは何の関係もない、遠い世界の出来事なのだろう。あるいは、新たな厄介者が増えた、とでも思っているのかもしれない。
リリアーナは胸が締め付けられるような思いがした。これが、ヴァルテンベルク辺境領の現実。飢えと寒さ、そして魔物の脅威に常に晒され、人々はただ生き延びるだけで精一杯なのだ。王都の華やかな生活とは、あまりにもかけ離れた世界。自分がこれまで享受してきたものが、いかに恵まれたものであったかを痛感させられた。
(……本当に、酷い場所だわ……)
しかし、同時に、心の奥底で何かが疼くのを感じた。目の前の光景に対する憐憫だけではない。何か、もっと別の感情。
(……でも、だからこそ……)
だからこそ、自分にできることがあるのではないか。そんな思いが、再び頭をもたげてきた。
あの、温かいスープ。栄養のあるシチュー。ふっくらと焼けたパン。
もし、自分がそういうものを作ることができたら。この疲弊しきった人々に、ほんの少しでも安らぎと力を与えることができるのではないだろうか。
もちろん、それは甘い考えかもしれない。食材も、調理器具も、何もないのだから。それに、彼らが自分の作ったものを受け入れてくれるかどうかも分からない。それでも、リリアーナは、その可能性にすがりたい気持ちになっていた。絶望的な状況の中で見つけた、唯一の希望の糸だからだ。
集落を抜け、さらに歩き続ける。道はわずかに上り坂になり、やがて小高い丘の上に、比較的大きな建物が見えてきた。石造りの、砦のような堅牢な建物だった。壁にはいくつもの矢狭間が設けられ、屋根には見張り台らしきものも見える。おそらく、ここが辺境領の拠点であり、辺境伯の居城、あるいは騎士団の駐屯地なのだろう。建物の周囲には、集落よりは少しだけましな家々が立ち並び、鍛冶場らしき場所からは槌音も聞こえてくる。完全な死の土地というわけではなく、かろうじて人の営みが維持されている、そんな印象だった。
砦の門の前まで来ると、案内役の兵士はそこで足を止めた。
「……領主様への報告は済ませてある。お前の処遇については、追って沙汰があるだろう。それまで、あそこで待っていろ」
兵士は、砦から少し離れた場所にある、一際みすぼらしい小さな小屋を指差した。他の家々からも孤立した場所に建てられており、まるで物置かのような粗末な造りだった。壁には隙間があり、屋根も一部が壊れているように見える。あれが、これから自分が住む場所だというのか。
「……わかりました。ありがとうございます」
リリアーナは、かろうじて礼の言葉を口にした。兵士はそれに答えることなく、踵を返して砦の中へと消えていった。
一人残されたリリアーナは、改めて自分が置かれた状況の厳しさを実感した。頼れる者は誰もいない。住む場所は物置同然の小屋。そして、いつ下されるとも分からない「沙汰」を待つしかない。
ふと、砦の方から数人の騎士が出てくるのが見えた。彼らはリリアーナを一瞥し、何か言葉を交わしていたが、聞こえてきたのは断片的な言葉だけだった。
「……また王都からの厄介者か……」
「今度は女か。何の役に立つというんだ……」
「辺境伯様も、お人が悪い……いや、お優しいのか……」
「……どうせ、すぐに音を上げるだろう……」
冷ややかな、あるいは嘲るような響き。リリアーナは俯き、唇を噛み締めた。やはり、自分は歓迎されざる客なのだ。しかし、最後の言葉が少しだけ気になった。「辺境伯様は、お人が悪い……いや、お優しいのか……」。どういう意味だろうか。
ヴァルテンベルク辺境伯、アレクシス・フォン・ヴァルテンベルク。彼については、王都でもいくつかの噂を聞いていた。「氷の辺境伯」と呼ばれ、冷徹で有能な指揮官であること。若くして辺境の守りを任され、厳しい状況の中で領地を維持していること。しかし、その人となりについては、ほとんど知られていなかった。ただ、非常に厳格で、近寄りがたい人物である、と。
そんな彼が、追放されてきた自分のような存在を、どうして受け入れたのだろうか。本当に、王太子の命令に従っただけなのか。それとも、何か別の理由があるのか……。
今は考えても仕方がない。リリアーナは、騎士たちの視線から逃れるように、指示された小屋へと歩き出した。近づいてみると、その粗末さは想像以上だった。木の壁は歪み、隙間からは容赦なく風が吹き込んでくる。屋根は一部が抜け落ち、空が見えていた。扉は辛うじて付いているという状態で、鍵などもちろんない。中を覗くと、土間の床に、申し訳程度の藁が敷かれているだけだった。家具らしきものは何もない。
(……ここで、暮らすの……?)
あまりのことに、言葉を失う。雨風をしのげるかどうかすら怪しい。冬になれば、凍え死んでしまうのではないだろうか。
しかし、他に選択肢はない。これが、今の自分に与えられた場所なのだ。
リリアーナは、意を決して小屋の中に入った。ひんやりとした土の匂いと、埃っぽい匂いが鼻をつく。布袋をそっと床に置き、唯一の窓らしき小さな穴から外を見た。見えるのは、荒涼とした大地と、鉛色の空だけだ。
孤独と不安が、再び胸の奥から込み上げてくる。涙が滲みそうになるのを、ぐっと堪えた。
(……泣いていても、始まらない)
今は、できることをするしかない。
まずは、この小屋を少しでもましな状態にすること。そして、食料を手に入れること。それから……。
(……温かいスープを、作る)
その思いだけが、リリアーナを支えていた。
辺境の厳しい現実を目の当たりにし、打ちのめされそうになりながらも、彼女の心には、か細く、しかし確かな決意の炎が灯り始めていた。
日が傾き始め、空が茜色に染まっていく。吹き付ける風はさらに冷たさを増し、長い夜の訪れを告げていた。リリアーナは、小屋の隅に敷かれた藁の上に、小さく身を丸めた。これから始まる辺境での生活。それは、想像を絶する困難に満ちているだろう。それでも、彼女は顔を上げた。その翠の瞳には、もはや絶望の色だけではなく、困難に立ち向かおうとする、静かな光が宿っていた。
ヴァルテンベルク辺境領での、最初の一日が、終わろうとしていた。
「……こちらへ」
低い、感情の抑揚のない声がかけられた。声の主は、関所で待機していた兵士の一人だった。年の頃は三十代半ばだろうか。日に焼け、風雪に晒されたであろう顔には深い皺が刻まれ、無精髭が伸びている。着ている革鎧は使い古され、あちこちが擦り切れていたが、手入れは行き届いているようだった。腰に下げた長剣の柄も、磨かれて鈍い光を放っている。その佇まいからは、見かけの粗末さとは裏腹に、歴戦の強者だけが持つような、隙のない空気が感じられた。彼が、これからの案内役ということらしい。
兵士はリリアーナの返事を待つでもなく、さっさと歩き出した。リリアーナは慌てて、唯一の荷物である小さな布袋を抱え直し、その後を追った。王都の騎士たちのようなあからさまな侮蔑こそないものの、この兵士の態度もまた、歓迎とは程遠いものだった。まるで、仕方なく荷物を運んでいるかのような、無関心さ。あるいは、憐れみか。どちらにせよ、自分が望まれない存在であることに変わりはなかった。
関所の先には、道らしい道はほとんどなかった。わずかに踏み固められたような跡が続いているだけで、両脇には背の低い、棘だらけの灌木や、枯れ草のようなものばかりが生い茂っている。遠くに見える山々は、雪を頂いた頂きを雲の中に隠し、まるで巨大な壁のように聳え立っていた。見渡す限り、人の営みを感じさせるものは何もない。ただ、荒涼とした大地と、吹きすさぶ風の音があるだけだ。
時折、空気を切り裂くような、甲高い鳴き声が遠くから聞こえてくる。リリアーナがびくりとして空を見上げると、兵士が気遣うでもなく、淡々と言った。
「……グリフだ。心配ない、この辺りまでは滅多に降りてこん」
グリフ。上半身が鷲、下半身が獅子の姿をした凶暴な魔物。書物で読んだ知識が蘇る。あんなものが、この辺りには普通に生息しているというのか。リリアーナは背筋が寒くなるのを感じた。
どれくらい歩いただろうか。足は棒のようになり、息は切れ、体は冷え切っていた。それでも、案内役の兵士は一度も足を止めようとはしなかった。リリアーナが遅れそうになると、無言で振り返り、待ってはくれるが、それだけだった。労いの言葉一つない。これが辺境のやり方なのかもしれない。弱音を吐くことは許されず、ただ黙って付いていくしかないのだ。
やがて、前方にいくつかの建物が見えてきた。石と粗末な木材で建てられた、小さな家々が集まっている。集落、と呼ぶにはあまりにも規模が小さく、活気がない。畑らしきものもあったが、黒々とした痩せた土が剥き出しになっており、作物はほとんど育っていないようだった。わずかに植えられているのは、カブや芋のような、寒さに強い根菜類だけのようだった。家の壁には、干し草や、得体の知れない獣の毛皮などが吊るされているのが見えた。厳しい冬を越すための備えなのだろう。
集落に近づくと、数人の住民の姿が見えた。皆、ぼろに近い粗末な服をまとい、痩せて顔色が悪かった。厳しい労働と栄養不足が、その顔に深い影を落としている。彼らは、見慣れないリリアーナの姿を一瞥すると、すぐに興味を失ったように目を逸らした。その瞳には、好奇心よりも深い疲労と、諦めの色が浮かんでいるように見えた。追放されてきた貴族令嬢など、彼らにとっては自分たちの苦しい生活とは何の関係もない、遠い世界の出来事なのだろう。あるいは、新たな厄介者が増えた、とでも思っているのかもしれない。
リリアーナは胸が締め付けられるような思いがした。これが、ヴァルテンベルク辺境領の現実。飢えと寒さ、そして魔物の脅威に常に晒され、人々はただ生き延びるだけで精一杯なのだ。王都の華やかな生活とは、あまりにもかけ離れた世界。自分がこれまで享受してきたものが、いかに恵まれたものであったかを痛感させられた。
(……本当に、酷い場所だわ……)
しかし、同時に、心の奥底で何かが疼くのを感じた。目の前の光景に対する憐憫だけではない。何か、もっと別の感情。
(……でも、だからこそ……)
だからこそ、自分にできることがあるのではないか。そんな思いが、再び頭をもたげてきた。
あの、温かいスープ。栄養のあるシチュー。ふっくらと焼けたパン。
もし、自分がそういうものを作ることができたら。この疲弊しきった人々に、ほんの少しでも安らぎと力を与えることができるのではないだろうか。
もちろん、それは甘い考えかもしれない。食材も、調理器具も、何もないのだから。それに、彼らが自分の作ったものを受け入れてくれるかどうかも分からない。それでも、リリアーナは、その可能性にすがりたい気持ちになっていた。絶望的な状況の中で見つけた、唯一の希望の糸だからだ。
集落を抜け、さらに歩き続ける。道はわずかに上り坂になり、やがて小高い丘の上に、比較的大きな建物が見えてきた。石造りの、砦のような堅牢な建物だった。壁にはいくつもの矢狭間が設けられ、屋根には見張り台らしきものも見える。おそらく、ここが辺境領の拠点であり、辺境伯の居城、あるいは騎士団の駐屯地なのだろう。建物の周囲には、集落よりは少しだけましな家々が立ち並び、鍛冶場らしき場所からは槌音も聞こえてくる。完全な死の土地というわけではなく、かろうじて人の営みが維持されている、そんな印象だった。
砦の門の前まで来ると、案内役の兵士はそこで足を止めた。
「……領主様への報告は済ませてある。お前の処遇については、追って沙汰があるだろう。それまで、あそこで待っていろ」
兵士は、砦から少し離れた場所にある、一際みすぼらしい小さな小屋を指差した。他の家々からも孤立した場所に建てられており、まるで物置かのような粗末な造りだった。壁には隙間があり、屋根も一部が壊れているように見える。あれが、これから自分が住む場所だというのか。
「……わかりました。ありがとうございます」
リリアーナは、かろうじて礼の言葉を口にした。兵士はそれに答えることなく、踵を返して砦の中へと消えていった。
一人残されたリリアーナは、改めて自分が置かれた状況の厳しさを実感した。頼れる者は誰もいない。住む場所は物置同然の小屋。そして、いつ下されるとも分からない「沙汰」を待つしかない。
ふと、砦の方から数人の騎士が出てくるのが見えた。彼らはリリアーナを一瞥し、何か言葉を交わしていたが、聞こえてきたのは断片的な言葉だけだった。
「……また王都からの厄介者か……」
「今度は女か。何の役に立つというんだ……」
「辺境伯様も、お人が悪い……いや、お優しいのか……」
「……どうせ、すぐに音を上げるだろう……」
冷ややかな、あるいは嘲るような響き。リリアーナは俯き、唇を噛み締めた。やはり、自分は歓迎されざる客なのだ。しかし、最後の言葉が少しだけ気になった。「辺境伯様は、お人が悪い……いや、お優しいのか……」。どういう意味だろうか。
ヴァルテンベルク辺境伯、アレクシス・フォン・ヴァルテンベルク。彼については、王都でもいくつかの噂を聞いていた。「氷の辺境伯」と呼ばれ、冷徹で有能な指揮官であること。若くして辺境の守りを任され、厳しい状況の中で領地を維持していること。しかし、その人となりについては、ほとんど知られていなかった。ただ、非常に厳格で、近寄りがたい人物である、と。
そんな彼が、追放されてきた自分のような存在を、どうして受け入れたのだろうか。本当に、王太子の命令に従っただけなのか。それとも、何か別の理由があるのか……。
今は考えても仕方がない。リリアーナは、騎士たちの視線から逃れるように、指示された小屋へと歩き出した。近づいてみると、その粗末さは想像以上だった。木の壁は歪み、隙間からは容赦なく風が吹き込んでくる。屋根は一部が抜け落ち、空が見えていた。扉は辛うじて付いているという状態で、鍵などもちろんない。中を覗くと、土間の床に、申し訳程度の藁が敷かれているだけだった。家具らしきものは何もない。
(……ここで、暮らすの……?)
あまりのことに、言葉を失う。雨風をしのげるかどうかすら怪しい。冬になれば、凍え死んでしまうのではないだろうか。
しかし、他に選択肢はない。これが、今の自分に与えられた場所なのだ。
リリアーナは、意を決して小屋の中に入った。ひんやりとした土の匂いと、埃っぽい匂いが鼻をつく。布袋をそっと床に置き、唯一の窓らしき小さな穴から外を見た。見えるのは、荒涼とした大地と、鉛色の空だけだ。
孤独と不安が、再び胸の奥から込み上げてくる。涙が滲みそうになるのを、ぐっと堪えた。
(……泣いていても、始まらない)
今は、できることをするしかない。
まずは、この小屋を少しでもましな状態にすること。そして、食料を手に入れること。それから……。
(……温かいスープを、作る)
その思いだけが、リリアーナを支えていた。
辺境の厳しい現実を目の当たりにし、打ちのめされそうになりながらも、彼女の心には、か細く、しかし確かな決意の炎が灯り始めていた。
日が傾き始め、空が茜色に染まっていく。吹き付ける風はさらに冷たさを増し、長い夜の訪れを告げていた。リリアーナは、小屋の隅に敷かれた藁の上に、小さく身を丸めた。これから始まる辺境での生活。それは、想像を絶する困難に満ちているだろう。それでも、彼女は顔を上げた。その翠の瞳には、もはや絶望の色だけではなく、困難に立ち向かおうとする、静かな光が宿っていた。
ヴァルテンベルク辺境領での、最初の一日が、終わろうとしていた。
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