聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~

夏見ナイ

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052. 守りたい存在

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春の柔らかな日差しは、辺境の凍てついた大地だけでなく、人々の心にも温もりをもたらしていた。リリアーナが中心となって進める畑作りの計画は順調に進み、畝には緑の若葉が力強く顔を出し始めている。それは、長く厳しい冬を耐え抜いた辺境の人々にとって、まさに希望の象徴だった。

騎士団の士気も依然として高く、リリアーナの料理と飲み物は、彼らの日々の活動に欠かせない活力源となっていた。村人たちとの絆も深まり、リリアーナはもはや「追放された令嬢」ではなく、この辺境のコミュニティにとってかけがえのない一員として、自然に受け入れられていた。フェンとシーという二匹の頼もしい相棒と共に、彼女はこの地に確かな居場所を築きつつあったのだ。

しかし、そんな穏やかな日常の裏で、リリアーナの心には、消せない不安の影が忍び寄っていた。王都から流れてくる不穏な噂。聖女マリアの力の限界、国の衰退、そして民衆の不満の高まり。それらの話は、辺境にいる彼女の耳にも断片的に届いていた。そして、それに呼応するかのように、辺境伯アレクシスの態度が、以前にも増して不可解になっていることも、彼女の心をざわつかせていた。

ある時は、畑の進捗について熱心に尋ね、的確な助言を与えてくれる。またある時は、彼女の体調を気遣うような視線を(すぐに逸らしてしまうが)向けてくる。かと思えば、次の瞬間には、まるで氷のような冷たい壁を作り、彼女を寄せ付けまいとする。彼の不器用な優しさと、突き放すような冷たさの間で、リリアーナは彼の真意を掴めずにいた。

(辺境伯様は、何を考えていらっしゃるのだろう……? 王都のことで、何か大きな問題を抱えていらっしゃるのかしら……? それとも、やはりわたくしの存在が、ご迷惑に……?)

考えれば考えるほど、答えは見つからなかった。ただ、彼が時折見せる、深い翳りを帯びた瞳や、誰にも触れさせまいとする孤独の気配に、リリアーナは胸を締め付けられるような思いがしていた。彼が抱えるであろう「傷」に、ほんの少しでも寄り添うことができたら。彼の心を縛る何かから、少しでも解放してあげられたら。そんな、おこがましいかもしれない願いが、彼女の中に芽生え始めていた。

一方、アレクシス自身もまた、深い葛藤の中にいた。リリアーナの存在は、彼の凍てついた世界に、温もりと光をもたらした。彼女の作るものは彼の心身を癒し、彼女のひたむきさは彼の心を打ち、彼女の笑顔は彼の内に眠っていた感情を呼び覚ます。彼は、自分が彼女に強く惹かれていることを、もはや否定できなかった。

しかし、その感情を認めることは、彼にとって恐怖でもあった。愛すること、信じること、心を開くこと。それらは全て、彼が過去の経験から学んだ「弱さ」であり、「危険」だった。母の死、父の冷徹さ、兄たちの裏切り。それらが刻み込んだ傷は、彼に人を信じることを躊躇させ、感情を表に出すことを恐れさせた。リリアーナに惹かれれば惹かれるほど、彼は再び傷つくことを恐れ、無意識のうちに彼女を遠ざけようとしてしまうのだった。

(彼女は違う。他の者たちとは違うのだ)
そう頭では理解しようとしても、心が追いつかない。彼女の純粋さが眩しすぎて、自分の闇が際立ってしまうように感じられる。彼女の優しさに触れるたびに、自分がどれほど歪んでしまったかを思い知らされるようで、苦しかった。

さらに、領主としての立場が、彼の葛藤を増幅させていた。リリアーナの力は、辺境にとって必要不可欠だ。しかし、その力に依存しすぎることは危険でもある。王都との関係も、いつ破綻してもおかしくない状況にある。彼は、領主として冷静な判断を下し、辺境を守らねばならない。個人的な感情に流されるわけにはいかないのだ。

そんなある夜、アレクシスは執務室で、一人、深いため息をついた。机の上には、リリアーナから届けられた、いつものハーブティーと、小さな包みが置かれていた。包みの中身は、今日は甘い香りのする、ふっくらとした蒸しパンのようなものだった。雑穀と、少しだけ手に入ったというドライフルーツが混ぜ込まれているらしい。

彼は、まずハーブティーを一口飲んだ。心を落ち着かせる、穏やかな香り。「月の雫ブレンド」に、さらに安眠効果を高めるハーブが加えられているようだった。彼女は、彼の近頃の不眠に気づいているのだろうか。その細やかな配慮が、また彼の心を揺さぶる。

次に、蒸しパンを手に取った。まだほんのりと温かい。一口齧ると、優しい甘さと、雑穀の素朴な風味が口の中に広がった。これもまた、彼の心をじんわりと温めるような、優しい味がした。

(……なぜ、これほどまでに……)

彼は、この温かさに触れるたびに、自分の心の壁が少しずつ崩れていくのを感じていた。そして、その壁の向こう側にある、本当の自分の願いに気づき始めていた。

守りたい。

その思いが、彼の胸に強く込み上げてきた。リリアーナ・フォン・クラインフェルトを、守りたい。彼女の笑顔を、彼女の優しさを、彼女がこの辺境にもたらした希望の光を、何者からも守り抜きたい。

それは、もはや領主としての打算や、彼女の力を利用したいという計算を超えた、純粋で、強い衝動だった。王都の権力者たちからも、辺境の厳しい自然からも、そして、もしかしたら、自分自身の内にある闇からも。

彼女を守ることが、この辺境を守ることに繋がる。彼女を守ることが、結果的に、自分自身の凍てついた心を守り、癒すことに繋がるのかもしれない。彼は、ようやく、そのことに気づき始めていた。

(……ならば、私は……)

アレクシスは、静かに立ち上がり、窓辺へと歩み寄った。窓の外には、月明かりに照らされた、静かな辺境の夜景が広がっている。彼は、その景色の中に、リリアーナのいるであろう小さな小屋の方向を見つめた。

彼の表情には、まだ迷いや葛藤の色が残っていた。しかし、その瞳の奥には、これまでになかった種類の、強く、そして確かな決意の光が灯り始めていた。

守りたい。その思いは、もはや揺らがない。問題は、それをどう形にするかだ。不器用で、素直になれない自分が、どうすれば彼女を守り、そして、この複雑な想いを伝えていけるのか。

彼は、まだ答えを見つけられずにいた。しかし、彼はもう、自分の感情から目を背けることはしないだろう。リリアーナという存在が、彼にとってどれほどかけがえのないものになっているかを、彼ははっきりと自覚したのだから。

氷の辺境伯の中に生まれた、「守りたい」という強い想い。それは、彼の生き方そのものを変えるかもしれない、大きな転換点だった。そして、その想いが、これから彼をどのような行動へと駆り立てるのか。辺境の静かな夜空の下で、彼の新たな物語が、静かに幕を開けようとしていた。
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