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第4話:孤独と絶望の夜
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どれくらいの時間、その場に立ち尽くしていただろうか。アランたちがギルドに消えてから、日はとっぷりと暮れ、街の主役は冒険者から酒に酔った人々へと移り変わっていた。俺は、まるで自分だけが世界から切り離されたかのような感覚に陥っていた。
周囲の視線が痛い。憐れみ、好奇、そして侮蔑。それらが無数の針となって、俺の心を突き刺す。ここにいてはいけない。俺はふらつく足取りで、その場を離れた。
行く当てもない。戻るべき場所もない。ただ、無意識に足は冒険者ギルドへと向かっていた。アランたちと鉢合わせするのは避けたかったが、他に金を得る手段がなかった。ポケットの中には、ゴードンから投げつけられたオークの爪が一つと、長年使って刃こぼれしたショートソード。これを売らなければ、今夜寝る場所すら確保できない。
ギルドの扉は、先ほどよりも重く感じられた。中へ入ると、酒と汗の匂いが混じった熱気が顔を撫でる。陽気な笑い声や、武勇伝を語る大声が飛び交っていた。その喧騒の中で、俺の存在はあまりにもちっぽけだった。
幸い、アランたちの姿はどこにも見当たらない。依頼の報告を終え、どこか高級な宿にでも泊まっているのだろう。俺は壁際を歩き、人目を避けるように換金所のカウンターへと向かった。
対応してくれたのは、眠そうな目をした小柄な男だった。俺がカウンターに置いたオークの爪とショートソードを一瞥すると、彼は鼻で笑った。
「なんだこりゃ。ガキのお遊びか? こんなもん、銅貨数枚にもなりゃしねえぞ」
男は、まるで汚いものでも触るかのように、爪と剣を指先でつまみ上げる。
「……それでいい。頼む」
俺の声は、自分でも驚くほどか細く、弱々しかった。男は面倒くさそうに銅貨を数枚カウンターに放り投げた。ジャラ、という軽い音が、俺の惨めさを際立たせる。
その銅貨を握りしめ、俺はギルドを後にした。手に入れたのは、パン一つと安宿の一夜分にも満たない程度の金だ。
街の表通りは、明るく賑やかで、今の俺には眩しすぎた。俺は裏通りへと足を踏み入れる。汚水が流れ、得体の知れない匂いが漂う、光の当たらない場所。今の俺には、ここがふさわしいように思えた。
いくつかの宿を尋ね、ようやく一番薄汚い木賃宿を見つけ出した。ぎしぎしと音を立てる階段を上り、案内されたのは屋根裏の小さな部屋だった。ベッドと呼ぶのもおこがましい、藁が詰められただけの寝床と、小さな木の机が一つあるだけ。窓からは隙間風が吹き込み、部屋の冷気をかき混ぜていた。
扉を閉め、鍵をかける。その瞬間、張り詰めていた糸がぷつりと切れた。俺はその場に崩れ落ち、背中を扉に預けたまま動けなくなった。
一人になった途端、追放されたという事実が、現実の重みとなって全身にのしかかってくる。
「なんで……どうして……」
呟きは、誰に届くでもなく虚しく部屋に響いた。
目を閉じれば、これまでの日々が瞼の裏に蘇る。アランが勇者に選ばれた日。自分のことのように嬉しかった。エリナも泣いて喜んでいた。三人で、世界を救う冒険に出ようと誓い合った。あの時のアランの目は、希望に満ちて輝いていた。
パーティを組んでから、俺は自分のスキルのせいでレベルが上がらないことに絶望した。だが、アランは言ったんだ。「気にするな。お前は俺たちの仲間だ。お前にはお前にしかできないことがあるはずだ」と。
その言葉を、俺は信じていた。だから、どんなに蔑まれても、どんなに辛い役目を押し付けられても耐えてこられた。いつかアランが言ってくれたように、俺にしかできないことを見つけられるはずだと。戦闘で役に立てない分、誰よりも重い荷物を背負った。誰よりも早く起きて、野営の準備をした。夜は誰よりも遅くまで見張りをした。そうしていれば、いつかきっと、仲間として認めてもらえると、そう信じていた。
だが、全ては無駄だった。俺の努力は、彼らにとっては何の意味も持たない、ただの自己満足だったのだ。
膝に顔を埋める。温かいものが頬を伝っていくのが分かった。涙だった。悔しくて、悲しくて、情けなくて、涙が止まらなかった。声を殺して泣き続けた。どれだけ泣いても、胸の奥に開いた大きな穴は、少しも埋まらなかった。
エリナの顔が浮かぶ。彼女だけは、最後まで俺を庇ってくれた。だが、彼女は俺を選ばなかった。選べなかった。それでいい。俺なんかのために、彼女の未来を閉ざすわけにはいかない。彼女には、勇者パーティの神官として、多くの人を救う使命がある。
それでも、心のどこかで期待してしまっていた自分がいた。エリナなら、もしかしたら。そんな淡い期待を抱いていた自分が、たまらなく惨めに思えた。
窓の外では、月が静かに街を照らしている。冷たい月光が、床に落ちた俺の涙を白く光らせた。
もう何もかもどうでもいい。明日、どうやって生きていけばいいのか。考える気力も湧いてこなかった。このまま、この薄汚い部屋で、静かに朽ち果てていくのも悪くない。そんな考えすら頭をよぎる。
俺はゆっくりと立ち上がり、藁のベッドに倒れ込んだ。硬い藁が背中に当たり、ギシギシと音を立てる。天井のシミを、ぼんやりと眺めた。シミの形が、ミノタウロスの顔に見えた。
そうだ。俺はあの時、死を覚悟した。死んでもいいとさえ思った。結局は生き残ってしまったが、あのまま死んでいたら、どうなっていただろう。スキルがリセットされて、また経験値がゼロになるだけか。
どうせ失うものなど、もう何もない。レベルも、経験値も、仲間も、居場所も。
だったら。
「……死んでみるか」
ぽつりと、そんな言葉が口からこぼれた。自暴自棄な独り言だった。生きるためにじゃない。死ぬために。この絶望から逃れるために。
だが、その言葉を発した瞬間、心の奥底で何かが小さく灯った気がした。それは、復讐心とか、見返してやりたいとか、そんな大層なものじゃない。もっと原始的な、ただの意地のようなものだった。
このまま終わってたまるか。あいつらに、ただ捨てられただけの哀れな荷物持ちとして、記憶の片隅からも消え去ってたまるか。
生きる目的は見つからない。けれど、死ぬ理由もなかった。ならば、とりあえず生きてみよう。明日、街の外に出てみよう。この世界で一番弱いと言われるゴブリンでも狩ってみよう。それで殺されるなら、それもまた運命だ。
そう思うと、不思議と心が少しだけ軽くなった。
涙は、もう乾いていた。深い絶望の底で、俺は静かに眠りに落ちていった。夢も見ない、ただただ暗く、深い眠りだった。
周囲の視線が痛い。憐れみ、好奇、そして侮蔑。それらが無数の針となって、俺の心を突き刺す。ここにいてはいけない。俺はふらつく足取りで、その場を離れた。
行く当てもない。戻るべき場所もない。ただ、無意識に足は冒険者ギルドへと向かっていた。アランたちと鉢合わせするのは避けたかったが、他に金を得る手段がなかった。ポケットの中には、ゴードンから投げつけられたオークの爪が一つと、長年使って刃こぼれしたショートソード。これを売らなければ、今夜寝る場所すら確保できない。
ギルドの扉は、先ほどよりも重く感じられた。中へ入ると、酒と汗の匂いが混じった熱気が顔を撫でる。陽気な笑い声や、武勇伝を語る大声が飛び交っていた。その喧騒の中で、俺の存在はあまりにもちっぽけだった。
幸い、アランたちの姿はどこにも見当たらない。依頼の報告を終え、どこか高級な宿にでも泊まっているのだろう。俺は壁際を歩き、人目を避けるように換金所のカウンターへと向かった。
対応してくれたのは、眠そうな目をした小柄な男だった。俺がカウンターに置いたオークの爪とショートソードを一瞥すると、彼は鼻で笑った。
「なんだこりゃ。ガキのお遊びか? こんなもん、銅貨数枚にもなりゃしねえぞ」
男は、まるで汚いものでも触るかのように、爪と剣を指先でつまみ上げる。
「……それでいい。頼む」
俺の声は、自分でも驚くほどか細く、弱々しかった。男は面倒くさそうに銅貨を数枚カウンターに放り投げた。ジャラ、という軽い音が、俺の惨めさを際立たせる。
その銅貨を握りしめ、俺はギルドを後にした。手に入れたのは、パン一つと安宿の一夜分にも満たない程度の金だ。
街の表通りは、明るく賑やかで、今の俺には眩しすぎた。俺は裏通りへと足を踏み入れる。汚水が流れ、得体の知れない匂いが漂う、光の当たらない場所。今の俺には、ここがふさわしいように思えた。
いくつかの宿を尋ね、ようやく一番薄汚い木賃宿を見つけ出した。ぎしぎしと音を立てる階段を上り、案内されたのは屋根裏の小さな部屋だった。ベッドと呼ぶのもおこがましい、藁が詰められただけの寝床と、小さな木の机が一つあるだけ。窓からは隙間風が吹き込み、部屋の冷気をかき混ぜていた。
扉を閉め、鍵をかける。その瞬間、張り詰めていた糸がぷつりと切れた。俺はその場に崩れ落ち、背中を扉に預けたまま動けなくなった。
一人になった途端、追放されたという事実が、現実の重みとなって全身にのしかかってくる。
「なんで……どうして……」
呟きは、誰に届くでもなく虚しく部屋に響いた。
目を閉じれば、これまでの日々が瞼の裏に蘇る。アランが勇者に選ばれた日。自分のことのように嬉しかった。エリナも泣いて喜んでいた。三人で、世界を救う冒険に出ようと誓い合った。あの時のアランの目は、希望に満ちて輝いていた。
パーティを組んでから、俺は自分のスキルのせいでレベルが上がらないことに絶望した。だが、アランは言ったんだ。「気にするな。お前は俺たちの仲間だ。お前にはお前にしかできないことがあるはずだ」と。
その言葉を、俺は信じていた。だから、どんなに蔑まれても、どんなに辛い役目を押し付けられても耐えてこられた。いつかアランが言ってくれたように、俺にしかできないことを見つけられるはずだと。戦闘で役に立てない分、誰よりも重い荷物を背負った。誰よりも早く起きて、野営の準備をした。夜は誰よりも遅くまで見張りをした。そうしていれば、いつかきっと、仲間として認めてもらえると、そう信じていた。
だが、全ては無駄だった。俺の努力は、彼らにとっては何の意味も持たない、ただの自己満足だったのだ。
膝に顔を埋める。温かいものが頬を伝っていくのが分かった。涙だった。悔しくて、悲しくて、情けなくて、涙が止まらなかった。声を殺して泣き続けた。どれだけ泣いても、胸の奥に開いた大きな穴は、少しも埋まらなかった。
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窓の外では、月が静かに街を照らしている。冷たい月光が、床に落ちた俺の涙を白く光らせた。
もう何もかもどうでもいい。明日、どうやって生きていけばいいのか。考える気力も湧いてこなかった。このまま、この薄汚い部屋で、静かに朽ち果てていくのも悪くない。そんな考えすら頭をよぎる。
俺はゆっくりと立ち上がり、藁のベッドに倒れ込んだ。硬い藁が背中に当たり、ギシギシと音を立てる。天井のシミを、ぼんやりと眺めた。シミの形が、ミノタウロスの顔に見えた。
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だったら。
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このまま終わってたまるか。あいつらに、ただ捨てられただけの哀れな荷物持ちとして、記憶の片隅からも消え去ってたまるか。
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