レベル1の死に戻り英雄譚 ~追放された俺の【やりなおし】スキルは、死ぬほど強くなる~

夏見ナイ

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第9話:噂のレベル1

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冒険者ギルドの重い樫の扉を押し開けると、いつもの喧騒が俺を出迎えた。酒と汗、そして微かな血の匂いが混じり合った独特の空気。壁際のテーブルでは屈強な男たちがエールを飲み交わし、カウンターでは依頼の報告や受注が行われている。

俺は、その喧騒の中をまっすぐに進んだ。ゴブリンの巣を壊滅させた後、一度宿に戻り、最低限の汚れは落としてきた。だが、衣服に染み付いた血の匂いと、全身から発せられる異様な雰囲気までは消し去ることができなかったらしい。

俺が歩を進めるたび、周囲の会話が途切れ、好奇と訝しげな視線が突き刺さる。

「おい、なんだあいつ……」
「新人か? だが見たことない顔だな」

無理もない。今の俺は、ボロボロの布の服をまとい、腰には錆びたショートソード。冒険者としては最底辺の装備だ。その一方で、百回以上の死を乗り越えてきた俺の佇まいは、そこらのベテラン冒険者さえも気圧すほどの殺気を帯びていた。

ちぐはぐな印象を与える俺の存在は、彼らにとって異物以外の何物でもなかったのだろう。

俺はそんな視線を意にも介さず、討伐報告用のカウンターへと向かった。対応してくれたのは、栗色の髪をポニーテールにした快活そうな女性職員だった。胸元のネームプレートには「アンナ」と書かれている。

「こんにちは。ご依頼の報告ですか?」

彼女は営業用の笑みを浮かべたが、俺の姿を見て一瞬その表情を強張らせた。俺から漂う血の匂いに気づいたのだろう。それでも、プロとしてすぐに平静を取り繕った。

「ああ。ゴブリン討伐の報告だ」

俺はカウンターの上に、肩にかけていた麻袋を無造作に置いた。ドン、と重い音が響く。

「ゴブリン討伐ですね。討伐証明部位をお願いします」
アンナがにこやかに言う。俺は麻袋の口を開け、逆さにした。

ザラザラザラッ!

麻袋の中から、無数のゴブリンの耳がカウンターの上に雪崩のように溢れ出した。一つや二つではない。あっという間にカウンターの一角が、醜い緑色の山で埋め尽くされた。

ギルドの中が、水を打ったように静まり返った。エールを飲んでいた男も、仲間と談笑していた女魔術師も、誰もが口を開けたままカウンターの上の光景に釘付けになっている。

アンナも、営業用の笑顔を貼り付けたまま固まっていた。その目が、信じられないものを見るように大きく見開かれている。

「こ……これは……」
「全部だ。数えてくれ」

俺が淡々と言うと、彼女ははっと我に返った。そして、震える指で耳を一つずつつまみ上げ、数を数え始めた。その顔は青ざめている。

「……六十三、六十四……。……全部で、七十二体分です」

数え終えたアンナが、絞り出すような声で言った。その声を聞いて、周囲の冒険者たちが再びざわめき始める。

「七十二だと!?」
「馬鹿な! ゴブリンの巣でも潰してきたってのか!」
「一人でか? ありえねえだろ!」

アンナも同じ疑問を抱いたのだろう。彼女は恐る恐る、といった様子で俺に尋ねた。

「あの……失礼ですが、この討伐は、あなたが単独で?」
「ああ」

俺の短い肯定に、ギルド内のざわめきが一層大きくなる。誰もが俺の首から下がったギルドプレートに視線を注いでいた。そこに刻まれたランクは、一番下のF。そしてレベルは、1。

「レベル1が……七十二体……?」

アンナは自分の目を疑うように、俺のプレートとカウンターの上の耳の山を何度も見比べた。

「何か問題でも?」
「い、いえ! 問題ありません! ただ、規定ですので確認を……。失礼いたしました」

彼女は慌てて頭を下げ、報酬の計算を始めた。その間も、俺の背後ではひそひそと噂話が交わされている。

「おい、どういうことだ。パーティで狩った獲物を、代表で報告に来ただけなんじゃないのか?」
「だとしても数が異常だろ。ゴブリンの耳が七十二ってことは、少なくともそれ以上の群れだったはずだ。そんな大規模な巣、この辺りにあったか?」
「それより、あいつの目を見ろよ。新人の目じゃねえ。何度も死線を潜り抜けてきた奴の目だ」

彼らの推測は、ある意味で的を射ていた。俺は、文字通り何度も死線を潜り抜けてきたのだから。

「お待たせいたしました。ゴブリン七十二体分の討伐報酬、銀貨三十六枚になります」

アンナが、震える手で銀貨の入った革袋を差し出してきた。銀貨三十六枚。今の俺にとっては大金だ。これだけあれば、当面の宿代と食費には困らない。まともな装備も一式揃えられるだろう。

俺はその革袋を無造作に受け取ると、懐にしまった。

「……あの」

俺がカウンターを離れようとすると、アンナがおずおずと声をかけてきた。

「あなたは……一体……? レベル1で、これほどの討伐は前代未聞です。もし、何か特殊なスキルや、アーティファクトをお持ちなのでしたら……」

彼女の目は、純粋な好奇心と、ギルド職員としての職務意識に揺れていた。

「さあな」

俺はそれだけを答え、彼女に背を向けた。自分のスキルのことを、軽々しく他人に話すつもりはない。この力は、俺だけのものだ。

俺はそのままギルドの出口には向かわず、壁際に設置された依頼ボードの前へと歩を進めた。周囲の冒険者たちが、モーゼの十戒のように俺のために道を開ける。

ボードには、様々な依頼書が貼られていた。薬草採取、護衛依頼、そしてモンスターの討伐依頼。俺は、FランクやEランクの依頼書には目もくれず、DランクやCランクのエリアに視線を移した。

「おい、あいつ、Cランクの依頼を見てるぞ」
「正気か? ゴブリンを数十体倒せたからって、調子に乗ってるんじゃねえのか」
「Cランクの魔物っつったら、オークやホブゴブリンだぞ。レベル1が単独で挑んで、勝てるわけが……」

彼らの言う通りだ。普通のレベル1なら、オークの一撃で肉塊になるだろう。

だが、俺は普通じゃない。

俺の目に、一枚の依頼書が留まった。

『緊急討伐依頼:グレイヴ大森林南部のオーク増加に伴う討伐。討伐対象:オーク五体。推奨ランク:C。報酬:金貨一枚』

オーク。かつて、アランたちがパーティで連携してようやく倒した相手。

『ホブゴブリンの集落調査。オルデン街道沿いの廃砦に住み着いたホブゴブリンの戦力調査。危険度:高。推奨ランク:C。報酬:金貨一枚と銀貨五十枚』

ホブゴブリン。ゴブリンの上位種であり、並の冒険者パーティでは歯が立たない強敵。

どちらも、今の俺にとっては格好の獲物だった。ゴブリンではもう、効率的に死ぬことすら難しい。俺がさらに強くなるためには、より強い相手に殺される必要がある。

「……いいな」

俺の口から、無意識に声が漏れた。それは、獲物を見つけた狩人の声だった。

周囲の冒険者たちが、俺の呟きを聞いて息を呑む。彼らにとって、それは自殺志願者の戯言にしか聞こえなかっただろう。

だが、俺は依頼書を剥がすことはしなかった。今の装備では、さすがにオークやホブゴブリンに挑むのは無謀すぎる。まずは、手に入れた金で装備を整え、万全の準備をするべきだ。それに、ゴブリンを卒業した今、次に殺される相手は慎重に選びたい。

俺は依頼ボードから離れ、今度こそギルドの出口へと向かった。俺が扉に手をかけるまで、誰一人として声を発する者はいなかった。ギルド内の全ての人間が、この異常なレベル1の動向を固唾を飲んで見守っていた。

外の光が目に眩しい。俺は一度も振り返ることなく、ギルドを後にした。

俺が去った後、ギルド内は爆発したような騒ぎになったことだろう。「レベル1の化け物」「謎の新人」……好きに噂すればいい。

重要なのは、俺がこれからどう動くかだ。

まずは、装備を新調する。そして、食事を摂り、体を休める。
次なる獲物は、ホブゴブリンにしよう。奴らの圧倒的なパワーは、俺の耐久力を上げるのにうってつけのはずだ。

死ぬための準備を、始めなければならない。
追放された荷物持ちの物語は、終わった。

ここからは、最強のレベル1として成り上がる、俺自身の物語だ。

空を見上げると、高く澄んだ青空が広がっていた。俺は、その空よりもさらに高い場所を目指して、静かに、だが確かな一歩を踏み出した。
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