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第42話:【視点変更】エリナの苦悩
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焚き火の炎が、ぱちぱちと虚しい音を立てて爆ぜる。その揺らめく光が、私たちの間にできた見えない壁を、不気味な影として映し出していた。
誰も、口を開かない。
今日のダンジョン攻略も、散々な結果に終わった。いくつもの罠にかかり、無駄な戦闘を強いられ、ゴードンさんはまた大きな傷を負った。私の治癒魔法で傷は癒えても、彼の心に溜まっていく疲労と不満までは癒せない。
「……スープ、できたわよ」
レナさんの不機嫌な声が、重い沈黙を破った。彼女が木の器に無造作によそったスープは、味も素っ気もない、ただお腹を満たすためだけの液体だった。
「ちっ……こんなもの食えるか」
スープを一口すすったアラン君が、吐き捨てるように言った。そして、器を地面に叩きつける。熱いスープが飛び散り、近くにいたゴードンさんのズボンを濡らした。
「おい、アラン! てめえ、いい加減にしろよ!」
「なんだ、文句があるのかゴードン! お前がもっとまともに盾役をこなしていれば、こんな無駄な野営をする必要もなかったんだぞ!」
「それはお前の指示が悪いからだろうが! 斥候も置かずに突っ込む馬鹿がどこにいる!」
始まった。また、いつもの言い争い。
聖剣に選ばれた勇者と、パーティの盾役であるはずの戦士が、子供のようにいがみ合っている。レナさんは、そんな二人を冷めた目で見ているだけ。
私は、ただ俯いて、きつく膝を抱きしめることしかできなかった。
カイル君がいた頃は、違った。
どんなに疲れていても、どんなに不味くても、カイル君が作ってくれたスープは、どこか温かい味がした。彼が一生懸命、私たちのために作ってくれているのが伝わってきたから。
焚き火の準備も、見張りも、率先して彼がやってくれた。誰もやりたがらない雑用を、文句一つ言わずに引き受けてくれた。だから私たちは、戦闘と自分の役割にだけ集中できた。アラン君も、今のように苛立つことは少なかった。
あの頃の私たちには、確かに「仲間」としての絆があったはずなのに。
「……ごめんね、カイル君」
誰にも聞こえない声で、私は呟いた。
あの日、ギルドの前で、私は彼を見捨てた。アラン君に「一緒に抜けるか」と脅され、彼の隣に立つことができなかった。彼の未来を奪うのが怖かったから。でも、それはただの言い訳。私は、自分の立場を守りたかっただけなのだ。
勇者パーティの神官。その肩書きを失うのが、怖かった。
自分の保身のために、一番大切な幼馴染を、私は見殺しにした。
その罪悪感が、鉛のように私の心に重くのしかかっている。
「エリナ!」
アラン君の鋭い声に、私はびくりと肩を震わせた。
「ぼうっとするな! お前の回復魔法も、最近は精彩を欠いているぞ! カイルのことでも考えているのか!?」
「そ、そんなこと……!」
「図星か! いいか、あんな役立たずのことなど、さっさと忘れろ! あいつは、俺たちのパーティの汚点だったんだ!」
汚点。その言葉が、私の胸をナイフのように抉った。
違う。カイル君は汚点なんかじゃない。誰よりも優しくて、誰よりも努力家で、そして、誰よりも私たちのことを考えてくれていた。
そのことに、私たちは彼を失ってから、ようやく気づいたのだ。
「……もう、やめて」
私の口から、か細い声が漏れた。
「え?」
「もう、やめてよ……!」
私は立ち上がっていた。自分でも信じられないほどの勇気を振り絞って、アラン君をまっすぐに見つめていた。
「どうして、そんな酷いことばかり言うの!? カイル君が、私たちに何をしたっていうの!? 私たちは、彼に甘えて、全部押し付けて、それで用済みになったら捨てただけじゃない!」
涙が、次から次へと溢れ出てくる。
「アラン君だって、昔は違った! いつもカイル君を守って、私たちの先頭に立ってくれていたじゃない! 勇者になって、聖剣を手にして、あなたはいったい何が変わってしまったの!?」
私の魂からの叫びに、アラン君は一瞬、言葉を失ったようだった。彼の瞳に、かつての優しさが、ほんの一瞬だけ蘇ったように見えた。
だが、それも束の間だった。
彼は、苦々しく顔を歪めると、私を睨みつけた。
「……黙れ。お前に、俺の何が分かる」
それは、拒絶の言葉だった。
彼は、もう昔のアラン君ではない。勇者という重圧と、プライドという名の鎧に心を閉ざしてしまった、知らない誰かだ。
その時、私ははっきりと理解した。
もう、この場所にはいられない。このパーティは、もう壊れてしまっている。私がここにいても、誰も救われない。私も、アラン君も、ゴードンさんも、レナさんも。みんな、不幸になるだけだ。
「……私、決めた」
私は涙を拭うと、静かに、だがはっきりとした口調で言った。
「このパーティを、抜けます」
その言葉に、アラン君だけでなく、ゴードンさんもレナさんも、驚いたように目を見開いた。
「何を……言っているんだ、エリナ」
「もう、あなたたちとは一緒に旅はできません。私は、私のやり方で、本当に救いたい人を助けに行きます」
本当に救いたい人。
それは、今、どこかで一人、孤独に震えているかもしれない、私のたった一人の大切な人。
「……カイル君を探しに行きます。そして、あの日、言えなかった言葉を、彼に伝えるの」
ごめんなさい、と。
そして、ありがとう、と。
「ふざけるな! 俺を、この勇者アランを捨てるというのか!」
アラン君が激昂し、私の腕を掴もうとする。だが、その手は、ゴードンさんの太い腕によって阻まれた。
「……やめておけ、アラン」
ゴードンさんが、静かな、だが有無を言わさぬ声で言った。
「もう、終わりなんだよ。俺たちのパーティはな」
レナさんも、何も言わずに俯いている。彼女もまた、この結末を、心のどこかで分かっていたのかもしれない。
私は、アラン君に最後の一瞥をくれると、彼らに背を向けた。
自分の荷物は、小さな鞄一つだけ。私はそれを手に取ると、一人、夜の闇の中へと歩き出した。
「エリナ!」
背後から、アラン君の悲痛な叫び声が聞こえた。
でも、私はもう振り返らなかった。
冷たい夜気が、火照った頬に心地よかった。涙は、もう出てこない。
私の心は、不思議なほどに晴れやかだった。
カイル君、待っていて。
今、会いに行くから。
たとえ世界中を探してでも、必ずあなたを見つけ出す。
そして、今度こそ、あなたの隣に立つ。
私の、たった一人の勇者の、隣に。
夜空には、満月が静かに輝いていた。
その光が、これから始まる、私の本当の旅路を、優しく照らし出してくれているようだった。
誰も、口を開かない。
今日のダンジョン攻略も、散々な結果に終わった。いくつもの罠にかかり、無駄な戦闘を強いられ、ゴードンさんはまた大きな傷を負った。私の治癒魔法で傷は癒えても、彼の心に溜まっていく疲労と不満までは癒せない。
「……スープ、できたわよ」
レナさんの不機嫌な声が、重い沈黙を破った。彼女が木の器に無造作によそったスープは、味も素っ気もない、ただお腹を満たすためだけの液体だった。
「ちっ……こんなもの食えるか」
スープを一口すすったアラン君が、吐き捨てるように言った。そして、器を地面に叩きつける。熱いスープが飛び散り、近くにいたゴードンさんのズボンを濡らした。
「おい、アラン! てめえ、いい加減にしろよ!」
「なんだ、文句があるのかゴードン! お前がもっとまともに盾役をこなしていれば、こんな無駄な野営をする必要もなかったんだぞ!」
「それはお前の指示が悪いからだろうが! 斥候も置かずに突っ込む馬鹿がどこにいる!」
始まった。また、いつもの言い争い。
聖剣に選ばれた勇者と、パーティの盾役であるはずの戦士が、子供のようにいがみ合っている。レナさんは、そんな二人を冷めた目で見ているだけ。
私は、ただ俯いて、きつく膝を抱きしめることしかできなかった。
カイル君がいた頃は、違った。
どんなに疲れていても、どんなに不味くても、カイル君が作ってくれたスープは、どこか温かい味がした。彼が一生懸命、私たちのために作ってくれているのが伝わってきたから。
焚き火の準備も、見張りも、率先して彼がやってくれた。誰もやりたがらない雑用を、文句一つ言わずに引き受けてくれた。だから私たちは、戦闘と自分の役割にだけ集中できた。アラン君も、今のように苛立つことは少なかった。
あの頃の私たちには、確かに「仲間」としての絆があったはずなのに。
「……ごめんね、カイル君」
誰にも聞こえない声で、私は呟いた。
あの日、ギルドの前で、私は彼を見捨てた。アラン君に「一緒に抜けるか」と脅され、彼の隣に立つことができなかった。彼の未来を奪うのが怖かったから。でも、それはただの言い訳。私は、自分の立場を守りたかっただけなのだ。
勇者パーティの神官。その肩書きを失うのが、怖かった。
自分の保身のために、一番大切な幼馴染を、私は見殺しにした。
その罪悪感が、鉛のように私の心に重くのしかかっている。
「エリナ!」
アラン君の鋭い声に、私はびくりと肩を震わせた。
「ぼうっとするな! お前の回復魔法も、最近は精彩を欠いているぞ! カイルのことでも考えているのか!?」
「そ、そんなこと……!」
「図星か! いいか、あんな役立たずのことなど、さっさと忘れろ! あいつは、俺たちのパーティの汚点だったんだ!」
汚点。その言葉が、私の胸をナイフのように抉った。
違う。カイル君は汚点なんかじゃない。誰よりも優しくて、誰よりも努力家で、そして、誰よりも私たちのことを考えてくれていた。
そのことに、私たちは彼を失ってから、ようやく気づいたのだ。
「……もう、やめて」
私の口から、か細い声が漏れた。
「え?」
「もう、やめてよ……!」
私は立ち上がっていた。自分でも信じられないほどの勇気を振り絞って、アラン君をまっすぐに見つめていた。
「どうして、そんな酷いことばかり言うの!? カイル君が、私たちに何をしたっていうの!? 私たちは、彼に甘えて、全部押し付けて、それで用済みになったら捨てただけじゃない!」
涙が、次から次へと溢れ出てくる。
「アラン君だって、昔は違った! いつもカイル君を守って、私たちの先頭に立ってくれていたじゃない! 勇者になって、聖剣を手にして、あなたはいったい何が変わってしまったの!?」
私の魂からの叫びに、アラン君は一瞬、言葉を失ったようだった。彼の瞳に、かつての優しさが、ほんの一瞬だけ蘇ったように見えた。
だが、それも束の間だった。
彼は、苦々しく顔を歪めると、私を睨みつけた。
「……黙れ。お前に、俺の何が分かる」
それは、拒絶の言葉だった。
彼は、もう昔のアラン君ではない。勇者という重圧と、プライドという名の鎧に心を閉ざしてしまった、知らない誰かだ。
その時、私ははっきりと理解した。
もう、この場所にはいられない。このパーティは、もう壊れてしまっている。私がここにいても、誰も救われない。私も、アラン君も、ゴードンさんも、レナさんも。みんな、不幸になるだけだ。
「……私、決めた」
私は涙を拭うと、静かに、だがはっきりとした口調で言った。
「このパーティを、抜けます」
その言葉に、アラン君だけでなく、ゴードンさんもレナさんも、驚いたように目を見開いた。
「何を……言っているんだ、エリナ」
「もう、あなたたちとは一緒に旅はできません。私は、私のやり方で、本当に救いたい人を助けに行きます」
本当に救いたい人。
それは、今、どこかで一人、孤独に震えているかもしれない、私のたった一人の大切な人。
「……カイル君を探しに行きます。そして、あの日、言えなかった言葉を、彼に伝えるの」
ごめんなさい、と。
そして、ありがとう、と。
「ふざけるな! 俺を、この勇者アランを捨てるというのか!」
アラン君が激昂し、私の腕を掴もうとする。だが、その手は、ゴードンさんの太い腕によって阻まれた。
「……やめておけ、アラン」
ゴードンさんが、静かな、だが有無を言わさぬ声で言った。
「もう、終わりなんだよ。俺たちのパーティはな」
レナさんも、何も言わずに俯いている。彼女もまた、この結末を、心のどこかで分かっていたのかもしれない。
私は、アラン君に最後の一瞥をくれると、彼らに背を向けた。
自分の荷物は、小さな鞄一つだけ。私はそれを手に取ると、一人、夜の闇の中へと歩き出した。
「エリナ!」
背後から、アラン君の悲痛な叫び声が聞こえた。
でも、私はもう振り返らなかった。
冷たい夜気が、火照った頬に心地よかった。涙は、もう出てこない。
私の心は、不思議なほどに晴れやかだった。
カイル君、待っていて。
今、会いに行くから。
たとえ世界中を探してでも、必ずあなたを見つけ出す。
そして、今度こそ、あなたの隣に立つ。
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夜空には、満月が静かに輝いていた。
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