地味スキル? いいえ、『法則操作』です。 ~落ちこぼれ探索者が現代科学でダンジョンをハックする話~

夏見ナイ

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第二十一話:風読む執事と法則の射手

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エリーゼからの新たな指令――『風鳴りの渓谷』ダンジョン調査。それは、俺にとって研究成果を試す絶好の機会であり、同時に未知の『プライマル・コード』に触れる可能性を秘めた、危険な遠征でもあった。

出発は翌日と決まった。俺は残された時間で、開発した試作品の最終調整と装備の選定に集中した。

「よし、『魔晶光線銃 MarkII』、出力安定。エネルギー効率も初期型比で150%向上。連射はまだ無理だが、単発の威力と精度は格段に上がった」

手のひらサイズの光線銃は、洗練されたとは言い難いものの、以前のガラクタ同然の姿からは見違えるほど機能的なフォルムになっていた。クイーンの外骨格素材を一部転用し、耐久性も向上させてある。

「小型魔力爆薬も、安定性を確保しつつ、起爆タイミングを調整可能に。これは複数用意しておこう」

クイーンの体液由来の爆薬は、少量でも凄まจいエネルギーを秘めている。取り扱いには細心の注意が必要だが、状況次第では強力な切り札になる。信管代わりに、微弱なMPパルスで起爆できる回路を組み込んだ。

「擬似生体金属装甲…これはまだ試作段階だな。全身を覆うのは無理だが、胸部と腕部の重要箇所に追加装甲として装着しよう」

クイーンの外骨格構造を模倣したプレートは、驚くほど軽量でありながら、既存の金属装甲に匹敵する強度を持つ。『状態保存』で分子構造を精密に制御しながら積層造形した、まさに科学とスキルのハイブリッド技術の産物だ。

これらの新しい「玩具」に加え、耐酸・耐熱コーティングされた革鎧、ショートソード、クロスボウ、鋼鉄矢、各種薬品といった基本装備も入念にチェックする。バックパックは、以前よりもさらに重くなったが、その中身は俺の生存確率を格段に引き上げるはずだ。

準備を終えた翌朝、研究工房にセバスチャンが姿を現した。いつもと変わらぬ完璧な執事服姿だが、その背中には、彼には不釣り合いな、しかし機能的にデザインされた特殊合金製のバックパックが背負われている。

「準備はよろしいようですな、神崎様」
「ああ。いつでも出られる」
「では、参りましょう。移動車両は地下ドックにご用意しております」

セバスチャンに案内され、エレベーターでビルの地下へと降りる。そこには、想像していた高級車ではなく、装甲車と呼ぶべき、無骨で頑丈そうな多目的車両が停まっていた。太いタイヤ、高い車高、そして車体表面には、僅かに魔力的な防護フィールドが展開されているのが『現象観測』で見て取れた。リンドバーグ家の技術力の一端が窺える。

「これで行くのか?」
「はい。『風鳴りの渓谷』までの道のりは、未舗装路や、時にはモンスターが出現する危険地帯も通過いたしますので。この『ランドクルーザー・カスタム』ならば、安全かつ迅速に目的地まで到達できます」

セバスチャンはこともなげに言った。俺たちは車両に乗り込み、運転席にはセバスチャン自身が座った。彼が運転もこなすとは、少し意外だった。

車両は静かに、しかし力強く発進し、地下トンネルを通ってフロンティアの街の外へと出た。舗装された道路を外れ、荒野へと続く轍を、その太いタイヤはものともせずに進んでいく。

車内は、外見の無骨さとは裏腹に、快適だった。揺れは少なく、防音性も高い。セバスチャンは黙々と運転に集中している。俺は、この機会にいくつか質問を投げかけてみることにした。

「セバスチャン。今回のダンジョン、『風鳴りの渓谷』について、何か詳しい情報は?」
「Dランクに分類されておりますが、内部の気流が非常に不安定かつ強力で、飛行能力を持つモンスターや、風を利用した特殊な攻撃を仕掛けてくる敵が多いと報告されております。また、地形も複雑で、落石や崖崩れの危険も伴います。最深部への到達は、比較的困難とされておりますな」

セバスチャンの説明は、簡潔かつ的確だった。まるで、事前に完璧なブリーフィングを受けているかのようだ。

「プライマル・コードについては? 本当に発見されたのか?」
「確証はございません。あくまで、エリーゼ様が独自の情報網で掴んだ『可能性』に過ぎません。ですが、エリーゼ様の直感は、しばしば真実を指し示しますので」
「……直感、ね」

俺は内心で、その言葉の曖昧さに眉をひそめた。リンドバーグ家の情報網というよりは、エリーゼ個人の何らかの能力が関与している可能性もあるのだろうか。

「エリーゼ様は、なぜそこまで古代文明に執着するんだ? 大財閥の令嬢なら、もっと安楽な生き方もできるだろうに」

少し踏み込んだ質問をしてみる。セバスチャンは、バックミラー越しに俺を一瞥した。その瞳には、一瞬だけ、感情とも呼べないような、微かな揺らぎが見えた気がした。

「……それは、エリーゼ様ご自身の問題であり、私が軽々しくお話しできることではございません。ただ、申し上げられることがあるとすれば、エリーゼ様にとって、古代文明の探求は、単なる知的好奇心以上の、もっと根源的な意味を持っている、ということです」

やはり、核心には触れさせないか。セバスチャンのガードは固い。

「あんたは、いつからエリーゼ様に仕えているんだ? ただの執事には見えないが」

今度は、セバスチャン自身について探りを入れてみる。彼は僅かに口元を緩めた。それは、微笑みというよりは、能面のような、感情の読めない表情だった。

「私は、物心ついた頃から、リンドバーグ家に仕えております。そして、エリーゼ様がお生まれになった時から、そのお側におります。私の役目は、エリーゼ様をお守りし、そのお望みを可能な限り実現すること。それ以上でも、それ以下でもございません」

完璧な答え。だが、何も答えていないのと同じだ。彼の過去、能力、そしてリンドバーグ家における真の位置づけ。全てが謎に包まれている。

俺はそれ以上の質問を諦め、窓の外に流れる景色を眺めることにした。荒野は延々と続き、時折、低ランクのモンスターと思しき影が遠くに見えることもあったが、車両の速度と威圧感のせいか、襲ってくる様子はない。

移動は、二日間に及んだ。夜は、車両の内部を拡張して作られた簡易的なベッドで交代で仮眠を取った。食事は、リンドバーグ家特製の栄養食(味はともかく、効率は良さそうだ)。その間、セバスチャンはほとんど無駄口を叩かず、淡々と運転と警戒を続けていた。俺も、ノートを取り出して考察をまとめたり、持参した小型の測定器で周囲の魔素濃度や地磁気の変動などを記録したりして過ごした。

そして、三日目の昼過ぎ。前方に、巨大な岩山が連なり、その間を深い谷が刻む、壮大な、しかしどこか荒涼とした風景が見えてきた。

「……あれが、『風鳴りの渓谷』です」

セバスチャンが呟いた。その名の通り、谷の間からは絶えず強い風が吹き上げ、ゴウゴウと不気味な音を立てている。風に乗って、砂塵や、時には小石までもが飛んでくる。空には、大型の鳥類のようなモンスターが旋回しているのが見えた。

車両は、渓谷の入り口から少し離れた、風の影響が少ない岩陰に停車した。

「ここからは、徒歩で向かいます。車両は自動防衛モードにして、ここに待機させます」

セバスチャンは手早く車両の設定を行うと、俺に向き直った。

「神崎様、装備の最終確認をお願いいたします。この先は、いつ何が起こるとも限りません」

彼の言葉には、これまでの淡々とした口調とは違う、僅かな緊張感が滲んでいた。そして、彼が背負っていたバックパックから取り出したのは、執事服の上から装着する、軽量素材で作られた特殊なボディアーマーと、腰に吊るされた細身の剣、そして手首に装着された、小型の発射装置のようなものだった。

(……やはり、ただの執事ではなかったか)

その装備は、明らかに戦闘を想定したものだ。特に、あの細身の剣からは、尋常ではない魔力が感じられる。おそらく、何らかの特殊な効果を持つ魔法剣(マジックソード)なのだろう。

俺も自分の装備を再確認し、改良した魔晶光線銃をホルスターに収め、小型魔力爆薬をポーチに入れる。擬似生体金属装甲が、胸部と腕部をしっかりとガードしている。

「準備はできた」
「では、参りましょう」

セバスチャンは、まるで風を読むかのように、吹き荒れる突風の合間を縫って、淀みない足取りで歩き始めた。俺も、その後に続く。

目の前には、『風鳴りの渓谷』ダンジョンの入り口と思われる、巨大な洞穴が口を開けていた。ゴブリン洞窟や蟻塚迷宮とはまた違う、荒々しく、そしてどこか神秘的な気配が漂っている。

ゴウ、と一際強い風が吹き抜け、俺たちの服や髪を激しく揺らした。その風は、まるでダンジョンの深奥から吹き付けてくる警告のようにも、あるいは、未知なる発見へと誘う手招きのようにも感じられた。

法則の射手と、風読む執事。奇妙なコンビによる、新たなダンジョン攻略が、今、始まろうとしていた。
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