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第二十二話:空裂く爪と風使いの罠
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『風鳴りの渓谷』の入り口は、巨大な洞穴だった。だが、一歩足を踏み入れると、そこは洞窟というよりは、巨大な岩の裂け目が延々と続く、複雑な渓谷地形になっていた。天井は高く、場所によっては空が見えるほど開けているが、足元は狭く不安定で、一歩踏み外せば奈落の底へと落ちてしまいそうな箇所も多い。そして何より、絶えず強い風が吹き荒れている。その風向きは一定ではなく、時には突風となり、時には渦を巻き、探索者の体勢を容赦なく奪おうとする。
「これは……予想以上に厄介な環境だな」
俺は思わず呟いた。立っているだけで体力を消耗するし、バランスを崩しやすい。遠距離攻撃は風の影響で精度が落ちるだろうし、魔法なども軌道を曲げられる可能性がある。
「ご安心を、神崎様。風の流れは、私がある程度予測し、誘導することが可能です」
隣を歩くセバスチャンが、こともなげに言った。彼の周囲だけ、不思議と風の流れが穏やかになっているように見える。『現象観測』で捉えると、彼の手首に装着された小型の発射装置のようなものから、微弱な魔力パルスが断続的に放たれ、周囲の気流に干渉しているのが分かった。
(風を操作するスキルか、あるいは魔法具か…? さすがはリンドバーグ家の執事、といったところか)
彼のサポートがあれば、この厄介な環境も多少はマシになるだろう。俺は足元に注意しながら、セバスチャンの後についていく。
渓谷を進むにつれて、モンスターとの遭遇が始まった。最初に現れたのは、ハーピーの群れだった。鋭い爪と嘴を持つ、鳥の体に女性の顔を持つ魔物。彼女たちは風を巧みに利用し、上空から急降下して襲いかかってくる。
「キィィィィ!」
数羽のハーピーが、鋭い爪を突き立てて俺に襲いかかる。その動きは素早く、風に乗っているため軌道が読みにくい。
「神崎様、右上方三体、左下方二体です!」
セバスチャンが冷静な声で警告を発する。彼は戦闘に参加する様子はない。あくまで、俺のサポートに徹するつもりらしい。
「了解!」
俺はクロスボウを構え、まず右上方から迫る一体に狙いを定める。
(風の影響を計算に入れる必要があるな。『現象観測』で風向きと風速を読み、弾道を予測・補正する)
同時に、『状態保存』で鋼鉄矢の運動エネルギーを最大化。引き金を引く。
**ビシュッ!**
矢は、風に流されることなく、正確にハーピーの胸部を貫いた。一羽が悲鳴を上げて墜落していく。
残りの四羽が、速度を上げて迫る。クロスボウの再装填は間に合わない。俺はショートソードを抜き放ち、接近戦に備える。
「キシャア!」
左下から迫ったハーピーが、鋭い爪で俺の顔面を狙ってきた。俺は身を屈めてそれを躱し、すれ違いざまにショートソードで翼の付け根を切り裂いた。翼を傷つけられたハーピーはバランスを崩し、壁に激突する。
だが、右上方から迫っていた残りの三羽の連携攻撃は避けきれなかった。一体が陽動のように正面から突っ込み、俺の注意を引きつける。その隙に、左右から回り込んだ二羽が、同時に爪を振るってきたのだ。
(まずい!)
咄嗟に擬似生体金属装甲でガードする。
**ガキンッ! ガンッ!**
装甲が爪を受け止め、貫通は防いだが、強い衝撃が伝わってくる。体勢が僅かに崩れる。
その瞬間を、セバスチャンは見逃さなかった。
「――風よ」
彼が短く呟くと、俺の周囲の気流が急激に変化した。左右から襲ってきた二羽のハーピーが、まるで見えない壁に阻まれたかのように、強制的に吹き飛ばされたのだ。
「なっ……!?」
ハーピーたちも、そして俺自身も、その予期せぬ現象に驚く。
「お下がりください、神崎様。ここは私が」
セバスチャンは、いつの間にか腰の細身の剣を抜き放っていた。その剣身は、淡い緑色の光を帯びている。
吹き飛ばされて体勢を立て直そうとしたハーピーに向かって、セバスチャンは流れるような動きで踏み込み、剣を一閃させた。
**ヒュッ!**
風を切る音だけが響く。次の瞬間、ハーピーの体が、首から下、綺麗に真っ二つになって落下していった。その切断面は、まるでレーザーで焼き切られたかのように滑らかだった。
(なんだ、今の剣技は……!?)
残りのハーピーも、セバスチャンの敵ではなかった。彼は風を操り、ハーピーたちの動きを完全に封じ込めながら、正確無比な剣閃で次々と仕留めていく。その動きには一切の無駄がなく、まるで舞いを舞うかのようだ。執事服姿からは想像もできない、達人の域に達した剣技だった。
あっという間に、ハーピーの群れは全滅した。セバスチャンは剣についた血を一振りで払い落とし、静かに鞘に納めると、何事もなかったかのように俺に向き直った。
「お見苦しいところをお見せいたしました。神崎様のサポートに徹するつもりでしたが、少々手が出過ぎましたな」
「……いや、助かった。あんた、ただの執事じゃないな?」
「申し上げたはずです。私の役目は、エリーゼ様とそのお望みを守ること。そのためには、多少の心得も必要になりますので」
セバスチャンは、それ以上語ろうとはしなかった。だが、彼の戦闘能力は、少なくともAランク探索者クラスか、それ以上であることは間違いないだろう。
(……とんでもない護衛が付いてきたもんだ)
俺は改めて、リンドバーグ家の底知れなさと、エリーゼという少女の持つ影響力の大きさを思い知らされた。
セバスチャンの予想外の活躍(?)もあり、その後の道中は比較的順調に進んだ。風を操るトカゲのようなモンスターや、突風を巻き起こす巨大な甲虫なども出現したが、セバスチャンの風操作によるサポートと、俺の『法則操作』を組み合わせることで、危なげなく撃退していく。
『法則操作』も、この環境ならではの応用を試すことができた。
例えば、強風を利用して、小型魔力爆薬を敵の群れの中心へと正確に「運搬」させる。
あるいは、風の流れを『状態保存』で一時的に固定し、即席の「風の壁」を作り出して敵の突進を阻む。
さらには、『現象観測』で空気中の微細な塵や水分の動きを捉え、風に乗って接近してくるステルス能力を持ったモンスターを事前に察知する。
セバスチャンは、俺の戦い方を興味深そうに観察していたが、特に何かを尋ねてくることはなかった。ただ、時折、彼の冷静な瞳の奥に、僅かな驚きや感嘆の色が浮かぶのを、『現象観測』は捉えていた。
渓谷をさらに奥へと進むと、地形はより険しくなり、風も一層強くなってきた。そして、奇妙なことに気づいた。特定の場所で、風が不自然な渦を巻いたり、あるいは完全に無風になったりする箇所があるのだ。
「……セバスチャン、この辺りの風の流れ、何かおかしくないか?」
「お気づきになりましたか。ええ、どうやらこの先には、風を利用した巧妙なトラップが仕掛けられているようですな。あるいは、風を操る強力なモンスターが潜んでいるか……」
俺たちは警戒レベルを最大に引き上げ、慎重に先へと進む。
やがて、比較的開けた場所に出た。だが、そこは異様な静寂に包まれていた。あれほど吹き荒れていた風が、ここでは嘘のように凪いでいるのだ。
(……罠だ)
直感的にそう感じた。周囲の岩壁には、不自然な穴がいくつも空いている。そして、地面には、風化しかけた骨のようなものが散乱していた。
『現象観測』を最大稼働させる。空気の流れは完全に停止している。だが、岩壁の穴の奥から、微弱な魔力の流れと、何かが蠢く気配を感じる。
「神崎様、ご注意を。おそらく、我々がこのエリアの中心に入った瞬間に、何かが起こります」
セバスチャンも、細身の剣に手をかけ、警戒態勢をとっている。
俺たちは顔を見合わせ、頷き合う。そして、意を決して、静寂のエリアへと足を踏み入れた。
エリアの中心付近まで進んだ、その瞬間。
**ヒュオオオオオオオオオオッ!!!!**
岩壁に空いた無数の穴から、一斉に凄まじい勢いで風が噴き出してきたのだ。それは単なる強風ではない。鋭利な刃のように空気を切り裂き、渦を巻きながら襲いかかってくる、魔力的なエネルギーを帯びた「風の刃」の嵐だった。
同時に、地面からも突風が吹き上げ、俺たちの体勢を崩そうとする。
「くっ……!」
俺は咄嗟に『状態保存』で足元の地面との摩擦を最大化し、吹き飛ばされるのを防ぐ。擬似生体金属装甲が、風の刃を受けて火花を散らす。
セバスチャンも、風操作能力を駆使して、自身の周囲に風の盾を展開し、攻撃を防いでいる。だが、その表情には僅かな焦りの色が見えた。
「これは……風使い(ウィンドマスター)系のモンスターの仕業か、あるいは古代の防衛機構か……!」
風の刃は止むことなく、ますます激しさを増していく。このままでは、防御していてもいずれ突破されるだろう。
「セバスチャン! あの穴が風の発生源だ! あれを塞ぐか、破壊するしかない!」
「承知! ですが、数が多すぎます! 私の風操作だけでは、全ての穴を同時に抑えるのは困難です!」
彼の言う通りだ。穴の数は、数十個はある。
(どうする? 何か、広範囲に効果のある攻撃手段は……そうだ!)
俺はバックパックから、改良した小型魔力爆薬を数個取り出した。
「セバスチャン! 俺が合図したら、風の操作を一瞬だけ解いてくれ! その隙に、こいつを叩き込む!」
「……! 承知いたしました!」
俺は魔力爆薬の信管にMPを流し込み、起爆準備を完了させる。そして、風の刃が僅かに途切れる瞬間を待つ。
『現象観測』が、複雑な風の流れのパターンの中に、ほんの一瞬だけ、全ての穴からの噴出が弱まるタイミングが存在することを発見した。
(……今だ!)
「セバスチャン!」
「――解!」
セバスチャンが風の盾を解いた瞬間、俺は三つの魔力爆薬を、異なる方向の岩壁の穴めがけて、全力で投げつけた。
そして、着弾とほぼ同時に、遠隔で起爆させる。
**ドゴンッ! ドゴォン! ドッゴオォォォン!!!**
三つの爆発が、渓谷全体を揺るがすほどの轟音と共に炸裂した。爆風と熱波が、風の刃の嵐を打ち消し、岩壁の一部を崩落させる。
噴き出していた風が、明らかに弱まった。いくつかの穴は、爆発によって完全に破壊されたか、あるいは崩れた岩で塞がれたようだ。
「やったか!?」
だが、安心したのも束の間だった。
崩れた岩壁の奥から、新たな気配が現れたのだ。それは、風の刃を生み出していた元凶――あるいは、このトラップを守護する存在。
ゆっくりと姿を現したのは、人間ほどの大きさでありながら、全身が半透明の、まるで風そのものが形を成したかのようなエレメンタル系のモンスターだった。その体は常に揺らめき、周囲の気流を自在に操っている。その手には、圧縮された空気で作られた、鋭い槍のようなものが握られていた。
「……エア・エレメンタル。それも、かなり高位の個体のようですな」
セバスチャンが、低い声で呟いた。その表情は、これまでにないほど険しい。
風の刃の嵐は止んだ。だが、代わりに、より強力で、知性を持った敵が、俺たちの前に立ちはだかったのだ。
「これは……予想以上に厄介な環境だな」
俺は思わず呟いた。立っているだけで体力を消耗するし、バランスを崩しやすい。遠距離攻撃は風の影響で精度が落ちるだろうし、魔法なども軌道を曲げられる可能性がある。
「ご安心を、神崎様。風の流れは、私がある程度予測し、誘導することが可能です」
隣を歩くセバスチャンが、こともなげに言った。彼の周囲だけ、不思議と風の流れが穏やかになっているように見える。『現象観測』で捉えると、彼の手首に装着された小型の発射装置のようなものから、微弱な魔力パルスが断続的に放たれ、周囲の気流に干渉しているのが分かった。
(風を操作するスキルか、あるいは魔法具か…? さすがはリンドバーグ家の執事、といったところか)
彼のサポートがあれば、この厄介な環境も多少はマシになるだろう。俺は足元に注意しながら、セバスチャンの後についていく。
渓谷を進むにつれて、モンスターとの遭遇が始まった。最初に現れたのは、ハーピーの群れだった。鋭い爪と嘴を持つ、鳥の体に女性の顔を持つ魔物。彼女たちは風を巧みに利用し、上空から急降下して襲いかかってくる。
「キィィィィ!」
数羽のハーピーが、鋭い爪を突き立てて俺に襲いかかる。その動きは素早く、風に乗っているため軌道が読みにくい。
「神崎様、右上方三体、左下方二体です!」
セバスチャンが冷静な声で警告を発する。彼は戦闘に参加する様子はない。あくまで、俺のサポートに徹するつもりらしい。
「了解!」
俺はクロスボウを構え、まず右上方から迫る一体に狙いを定める。
(風の影響を計算に入れる必要があるな。『現象観測』で風向きと風速を読み、弾道を予測・補正する)
同時に、『状態保存』で鋼鉄矢の運動エネルギーを最大化。引き金を引く。
**ビシュッ!**
矢は、風に流されることなく、正確にハーピーの胸部を貫いた。一羽が悲鳴を上げて墜落していく。
残りの四羽が、速度を上げて迫る。クロスボウの再装填は間に合わない。俺はショートソードを抜き放ち、接近戦に備える。
「キシャア!」
左下から迫ったハーピーが、鋭い爪で俺の顔面を狙ってきた。俺は身を屈めてそれを躱し、すれ違いざまにショートソードで翼の付け根を切り裂いた。翼を傷つけられたハーピーはバランスを崩し、壁に激突する。
だが、右上方から迫っていた残りの三羽の連携攻撃は避けきれなかった。一体が陽動のように正面から突っ込み、俺の注意を引きつける。その隙に、左右から回り込んだ二羽が、同時に爪を振るってきたのだ。
(まずい!)
咄嗟に擬似生体金属装甲でガードする。
**ガキンッ! ガンッ!**
装甲が爪を受け止め、貫通は防いだが、強い衝撃が伝わってくる。体勢が僅かに崩れる。
その瞬間を、セバスチャンは見逃さなかった。
「――風よ」
彼が短く呟くと、俺の周囲の気流が急激に変化した。左右から襲ってきた二羽のハーピーが、まるで見えない壁に阻まれたかのように、強制的に吹き飛ばされたのだ。
「なっ……!?」
ハーピーたちも、そして俺自身も、その予期せぬ現象に驚く。
「お下がりください、神崎様。ここは私が」
セバスチャンは、いつの間にか腰の細身の剣を抜き放っていた。その剣身は、淡い緑色の光を帯びている。
吹き飛ばされて体勢を立て直そうとしたハーピーに向かって、セバスチャンは流れるような動きで踏み込み、剣を一閃させた。
**ヒュッ!**
風を切る音だけが響く。次の瞬間、ハーピーの体が、首から下、綺麗に真っ二つになって落下していった。その切断面は、まるでレーザーで焼き切られたかのように滑らかだった。
(なんだ、今の剣技は……!?)
残りのハーピーも、セバスチャンの敵ではなかった。彼は風を操り、ハーピーたちの動きを完全に封じ込めながら、正確無比な剣閃で次々と仕留めていく。その動きには一切の無駄がなく、まるで舞いを舞うかのようだ。執事服姿からは想像もできない、達人の域に達した剣技だった。
あっという間に、ハーピーの群れは全滅した。セバスチャンは剣についた血を一振りで払い落とし、静かに鞘に納めると、何事もなかったかのように俺に向き直った。
「お見苦しいところをお見せいたしました。神崎様のサポートに徹するつもりでしたが、少々手が出過ぎましたな」
「……いや、助かった。あんた、ただの執事じゃないな?」
「申し上げたはずです。私の役目は、エリーゼ様とそのお望みを守ること。そのためには、多少の心得も必要になりますので」
セバスチャンは、それ以上語ろうとはしなかった。だが、彼の戦闘能力は、少なくともAランク探索者クラスか、それ以上であることは間違いないだろう。
(……とんでもない護衛が付いてきたもんだ)
俺は改めて、リンドバーグ家の底知れなさと、エリーゼという少女の持つ影響力の大きさを思い知らされた。
セバスチャンの予想外の活躍(?)もあり、その後の道中は比較的順調に進んだ。風を操るトカゲのようなモンスターや、突風を巻き起こす巨大な甲虫なども出現したが、セバスチャンの風操作によるサポートと、俺の『法則操作』を組み合わせることで、危なげなく撃退していく。
『法則操作』も、この環境ならではの応用を試すことができた。
例えば、強風を利用して、小型魔力爆薬を敵の群れの中心へと正確に「運搬」させる。
あるいは、風の流れを『状態保存』で一時的に固定し、即席の「風の壁」を作り出して敵の突進を阻む。
さらには、『現象観測』で空気中の微細な塵や水分の動きを捉え、風に乗って接近してくるステルス能力を持ったモンスターを事前に察知する。
セバスチャンは、俺の戦い方を興味深そうに観察していたが、特に何かを尋ねてくることはなかった。ただ、時折、彼の冷静な瞳の奥に、僅かな驚きや感嘆の色が浮かぶのを、『現象観測』は捉えていた。
渓谷をさらに奥へと進むと、地形はより険しくなり、風も一層強くなってきた。そして、奇妙なことに気づいた。特定の場所で、風が不自然な渦を巻いたり、あるいは完全に無風になったりする箇所があるのだ。
「……セバスチャン、この辺りの風の流れ、何かおかしくないか?」
「お気づきになりましたか。ええ、どうやらこの先には、風を利用した巧妙なトラップが仕掛けられているようですな。あるいは、風を操る強力なモンスターが潜んでいるか……」
俺たちは警戒レベルを最大に引き上げ、慎重に先へと進む。
やがて、比較的開けた場所に出た。だが、そこは異様な静寂に包まれていた。あれほど吹き荒れていた風が、ここでは嘘のように凪いでいるのだ。
(……罠だ)
直感的にそう感じた。周囲の岩壁には、不自然な穴がいくつも空いている。そして、地面には、風化しかけた骨のようなものが散乱していた。
『現象観測』を最大稼働させる。空気の流れは完全に停止している。だが、岩壁の穴の奥から、微弱な魔力の流れと、何かが蠢く気配を感じる。
「神崎様、ご注意を。おそらく、我々がこのエリアの中心に入った瞬間に、何かが起こります」
セバスチャンも、細身の剣に手をかけ、警戒態勢をとっている。
俺たちは顔を見合わせ、頷き合う。そして、意を決して、静寂のエリアへと足を踏み入れた。
エリアの中心付近まで進んだ、その瞬間。
**ヒュオオオオオオオオオオッ!!!!**
岩壁に空いた無数の穴から、一斉に凄まじい勢いで風が噴き出してきたのだ。それは単なる強風ではない。鋭利な刃のように空気を切り裂き、渦を巻きながら襲いかかってくる、魔力的なエネルギーを帯びた「風の刃」の嵐だった。
同時に、地面からも突風が吹き上げ、俺たちの体勢を崩そうとする。
「くっ……!」
俺は咄嗟に『状態保存』で足元の地面との摩擦を最大化し、吹き飛ばされるのを防ぐ。擬似生体金属装甲が、風の刃を受けて火花を散らす。
セバスチャンも、風操作能力を駆使して、自身の周囲に風の盾を展開し、攻撃を防いでいる。だが、その表情には僅かな焦りの色が見えた。
「これは……風使い(ウィンドマスター)系のモンスターの仕業か、あるいは古代の防衛機構か……!」
風の刃は止むことなく、ますます激しさを増していく。このままでは、防御していてもいずれ突破されるだろう。
「セバスチャン! あの穴が風の発生源だ! あれを塞ぐか、破壊するしかない!」
「承知! ですが、数が多すぎます! 私の風操作だけでは、全ての穴を同時に抑えるのは困難です!」
彼の言う通りだ。穴の数は、数十個はある。
(どうする? 何か、広範囲に効果のある攻撃手段は……そうだ!)
俺はバックパックから、改良した小型魔力爆薬を数個取り出した。
「セバスチャン! 俺が合図したら、風の操作を一瞬だけ解いてくれ! その隙に、こいつを叩き込む!」
「……! 承知いたしました!」
俺は魔力爆薬の信管にMPを流し込み、起爆準備を完了させる。そして、風の刃が僅かに途切れる瞬間を待つ。
『現象観測』が、複雑な風の流れのパターンの中に、ほんの一瞬だけ、全ての穴からの噴出が弱まるタイミングが存在することを発見した。
(……今だ!)
「セバスチャン!」
「――解!」
セバスチャンが風の盾を解いた瞬間、俺は三つの魔力爆薬を、異なる方向の岩壁の穴めがけて、全力で投げつけた。
そして、着弾とほぼ同時に、遠隔で起爆させる。
**ドゴンッ! ドゴォン! ドッゴオォォォン!!!**
三つの爆発が、渓谷全体を揺るがすほどの轟音と共に炸裂した。爆風と熱波が、風の刃の嵐を打ち消し、岩壁の一部を崩落させる。
噴き出していた風が、明らかに弱まった。いくつかの穴は、爆発によって完全に破壊されたか、あるいは崩れた岩で塞がれたようだ。
「やったか!?」
だが、安心したのも束の間だった。
崩れた岩壁の奥から、新たな気配が現れたのだ。それは、風の刃を生み出していた元凶――あるいは、このトラップを守護する存在。
ゆっくりと姿を現したのは、人間ほどの大きさでありながら、全身が半透明の、まるで風そのものが形を成したかのようなエレメンタル系のモンスターだった。その体は常に揺らめき、周囲の気流を自在に操っている。その手には、圧縮された空気で作られた、鋭い槍のようなものが握られていた。
「……エア・エレメンタル。それも、かなり高位の個体のようですな」
セバスチャンが、低い声で呟いた。その表情は、これまでにないほど険しい。
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