地味スキル? いいえ、『法則操作』です。 ~落ちこぼれ探索者が現代科学でダンジョンをハックする話~

夏見ナイ

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第二十七話:重力の井戸へ

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フロンティアに戻ってからの数週間、俺は再び研究工房に引きこもる生活を送っていた。目の前には、山積みの課題と、それを解決するための無限の可能性が広がっている。『風鳴りの渓谷』で得られたデータは、まさに宝の山だった。

「…コアの暴走エネルギーパターンとプライマル・コードの反応…やはり相関関係がある。コードは、単なる記録媒体や装飾ではない。あれ自体が、周囲の魔力環境やエネルギーの流れを制御する、一種の『物理法則演算装置』のような機能を持っている可能性がある」

大型モニターに表示された複雑なグラフと数式を睨みながら、俺はノートに新たな仮説を書き殴る。プライマル・コードの幾何学構造が、特定のエネルギー波形に対して共鳴し、その流れを増幅したり、指向性を与えたりするのではないか? もしそうなら、コードの構造を解読し、人工的に再現できれば、魔力エネルギーを自在に操ることも可能になるかもしれない。それは、現代のスキル体系や魔術理論を根底から覆す、革命的な技術だ。

「だが、解読にはまだピースが足りなすぎる…」

得られたデータは断片的で、全体の構造や文法を理解するには至らない。もっと多くのサンプルと、異なる環境下での反応データが必要だ。

一方で、実用的な研究も着実に進んでいた。

「『魔晶光線銃 MarkIII』…よし、エネルギー収束レンズの研磨と、冷却システムの改良で、出力はさらに20%向上。限定的ながら三点バースト射撃も可能になった。MP消費は依然として大きいが、ここぞという時の切り札にはなる」

「擬似生体金属装甲も、第二世代へ移行。カバー範囲を胸部、腕部、脚部へと拡大。素材の積層構造を最適化し、限定的な自己修復機能――微細な亀裂程度なら、周囲の魔素を取り込んで自動修復する――の実装にも成功した。完全なものではないが、継戦能力は向上するはずだ」

「改良型魔力爆薬は、指向性を持たせるためのケース設計と、起爆タイミングを遠隔で精密制御するシステムの開発を進めている。これで、より戦術的な運用が可能になる」

さらに、『法則操作』そのものの応用研究も深化させていた。

「空間内の特定元素の状態操作…例えば、空気中の窒素分子の運動エネルギーを『状態保存』で極端に低下させ、局所的な超低温・低圧状態を作り出す。あるいは逆に、酸素分子を強制的に励起させ、瞬間的な燃焼反応を誘発する…」

実験室内の特殊チャンバーで、小規模な実験を繰り返す。成功すれば、冷却攻撃、真空攻撃、あるいは酸素爆槍のような、既存のスキルとは全く異なる原理の攻撃手段を生み出せるかもしれない。だが、これもまた膨大なMPを消費するため、実用化にはまだ遠い。

「やはり、根本的なMP効率の改善が必要だ。エネルギーを直接操作するのではなく、物理法則の『歪み』や『境界』に干渉し、最小限の力で最大限の効果を引き出す…そういうアプローチを探らないと」

熱力学第二法則、エントロピー増大の法則、あるいは量子力学的なトンネル効果。それらの概念を『法則操作』に応用できないか、思考を巡らせる。壁は高いが、不可能ではないはずだ。

そんな研究漬けの日々を送っていたある日、エリーゼから定期的な進捗報告を求める通信が入った。俺は解析中のプライマル・コードのデータの一部と、開発中の技術概要を、契約に基づき開示範囲内で報告した。

『…素晴らしい進捗ですわ、神崎譲。特に、プライマル・コードがエネルギー制御に関与しているという仮説、そしてそれを裏付ける可能性のあるあなたの実験データは、非常に興味深い』

エリーゼの声は、純粋な知的好奇心に満ちているようだった。

『それで、次のステップですが…やはり、さらなるデータが必要ですわね。特に、異なる環境下でのコードの反応を観測したいところです。幸い、いくつか候補となるダンジョンが見つかっておりますの』

彼女が提示してきたのは、いずれもCランク上位からBランク下位に分類される、高難易度ダンジョンのリストだった。それぞれに、古代遺跡の存在や、プライマル・コード発見の可能性が示唆されている。

「…この、『グラビティ・ケイブ』というのは?」

俺の目に留まったのは、その中でも特に異質なダンジョンだった。説明には、「内部の重力場が不規則に変動する特殊環境ダンジョン。Bランク下位指定」とある。

『あら、そちらに興味がおありで? あそこは、探索者泣かせの難所として有名ですわよ。重力異常は予測不可能で、時には数倍の重力負荷がかかったり、逆に無重力状態になったりもする。通常の戦闘技術は通用しにくく、踏破記録も少ない。古代文明との関連も、今のところ明確な証拠はありませんわ』

エリーゼは、あまり乗り気ではないような口調だった。だが、俺にとっては、これ以上ないほど魅力的な挑戦に思えた。

「いや、ここがいい。重力…物理学の根幹に関わる要素だ。それが不安定な環境ならば、『法則操作』の真価を試せるはずだ。それに、もし古代文明が重力制御技術を持っていたとしたら…その痕跡が残っている可能性もある」
『……あなたらしい選択、ですわね。ですが、危険すぎるとは思いませんこと?』
『危険は承知の上だ。それに、俺のスキルは、そういう特殊環境でこそ活きる』

俺の決意は固かった。重力という根源的な法則が揺らぐ場所。そこで何が起こるのか、どんな法則が隠されているのか、この目で確かめたい。

『…分かりましたわ。あなたがそう言うのでしたら、止めはしません。ですが、くれぐれも無茶はなさらないように。セバスチャンには、万全のサポート体制を指示しておきますわ』

エリーゼは、最終的に俺の選択を尊重してくれた。ただし、その声には僅かな心配の色も混じっていたように聞こえた。

目標は決まった。Bランクダンジョン『グラビティ・ケイブ』。

俺は早速、ギルドへ向かった。Dランクになり、閲覧できる情報も増えたはずだ。『グラビティ・ケイブ』に関する過去の攻略記録や、重力異常に関する報告書などを徹底的に洗い出す必要がある。

ギルドに足を踏み入れると、以前にも増して多くの視線を感じた。Dランクに昇格し、『法則ハッカー』の異名と共に、俺の存在は良くも悪くも注目を集めているらしい。特に、俺が単独でDランクを踏破したことへの驚きや、その方法への憶測は、まだ燻っているようだった。

資料室で『グラビティ・ケイブ』の情報を探していると、ふと、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。

「…だから、言ってるだろ! 俺たちの実力なら、もうCランク中位のダンジョンだってクリアできるはずだ! なのに、なんでギルドは次のランクアップを渋るんだ!」

声の主は、レンだった。彼は受付カウンターで、何やらギルド職員に食って掛かっているようだ。隣には、困ったような表情の栞と、オロオロしているミナの姿もある。

「申し訳ありません、レン様。ですが、規定では、パーティー全体の安定した活動実績と、一定以上の貢献度が…」
「貢献度なら十分なはずだ! この前の『腐臭の沼』だって、依頼達成率は最高評価だったじゃないか!」
「それは承知しておりますが、他のパーティーからの報告で、レン様の少々…その、過剰な戦闘行為に関する懸念も上がっておりまして…」

レンは、指名手配の件とは別に、その戦闘スタイル――おそらくはプライドの高さ故のスタンドプレーか、あるいは過去のトラウマに起因する過剰な攻撃性か――が原因で、ランクアップを停滞させられているらしい。彼の表情には、焦りと苛立ちが浮かんでいる。

(……相変わらず、問題を抱えているようだな)

俺は、彼らと視線を合わせないように、資料の棚へと意識を戻した。だが、栞がこちらに気づき、小さく会釈をしてきた。俺も無言で頷き返す。それだけの、短い邂逅。

『グラビティ・ケイブ』に関する資料は、予想通り少なかった。踏破記録自体が少なく、内部の詳細なマップも存在しない。ただ、いくつかの報告書には、「特定のエリアで急激な重力増加により装備が破損した」「無重力状態での方向感覚喪失により遭難しかけた」「重力レンズ効果のような空間歪曲現象を目撃した」といった、断片的な記述が見られた。

(…なるほど。これは、付け焼き刃の対策では通用しないな)

俺は工房に戻り、『グラビティ・ケイブ』攻略に向けた、特別な準備を開始した。

まず、擬似生体金属装甲に、衝撃吸収能力をさらに高めるための内部ダンパー構造を追加。急激なG(重力加速度)変化に対応するためだ。

次に、『状態保存』の応用として、俺自身の体重、あるいは慣性質量を一時的に変化させる実験に着手した。高重力下では体重を「軽い状態」で保存し、無重力下では逆に「重い状態」で保存することで、安定性を確保できないか、という試みだ。MP消費は大きいだろうが、緊急回避手段にはなるかもしれない。

さらに、空間歪曲現象に備え、『現象観測』の精度を上げるための補助センサーデバイスも試作した。周囲の空間の歪みをリアルタイムで計測し、視覚情報と統合することで、より正確な状況把握を目指す。

数日後。準備は整った。セバスチャンも、重力異常に対応するための特殊な装備(彼の執事服の下には、おそらく高度な慣性制御システムが組み込まれているのだろう)を身に着け、準備万端のようだ。

俺たちは再び装甲車両に乗り込み、フロンティアを後にした。目指すは、南方に位置するという『グラビティ・ケイブ』。

車窓から流れる景色を見ながら、俺は思考を巡らせる。重力。それは、宇宙を形作る四つの基本相互作用の一つ。その法則が歪む場所で、俺は何を見つけ、何を為すことができるのか。

未知への期待と、それに伴う緊張感。だが、今の俺には、以前のような絶望や諦念はない。手には、自ら鍛え上げた知識とスキル、そして最新の装備がある。隣には、頼もしい(そして謎めいた)協力者もいる。

『グラビティ・ケイブ』――重力の井戸。その底に何が待っていようとも、俺は挑む。法則をハックし、真実へと至るために。

新たな挑戦の幕が、今、静かに上がろうとしていた。
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